第10話 闘技大会――決勝

「決勝の相手、誰だっけ?」

 

 フランクフルトを頬張りながら、修が今更のように訊く。

 

「レイナ様ですわ」

 

 アリーが呆れたように答えた。

 

「誰?」

 

「……シュウ様。学院の生徒会長をやっている方です」

 

 今度はため息を吐く。

 

「女性なのに学院で一番強いんです。わたしの憧れです」

 

 ココがうっとりした。

 

「……そんなのと対戦する僕は大丈夫なんだろか?」

 

 話を聞く限り、とんでもない相手のようだが。

 

「だ、大丈夫です。たぶん骨の一本か二本ぐらいで……」

 

 安心させようとしてくれるココだが、一切安心できない。

 

「まあ、出来る限りは頑張りますよ」

 

 とりわけ楽天的な口調をする優斗。

 

 

『もうまもなく決勝の始まりとなります』

 

 

「それじゃ──」

 

 優斗が立ち上がると、修を始めとした全員が一斉に握りこぶしに親指を立てて優斗に向けた。

 卓也あたりが教えたのだろうか、全員が綺麗にやってくれていた。

 意味を分からずともやってくれる四人に対して本当に嬉しく思う。

 優斗も同じポーズを取った。

 

「行ってきます」

 

 

 

 

     ◇    ◇

 

 

 

 

「君がミヤガワくんか」

 

 目の前に赤味がかった綺麗な髪の毛をショートカットにしているモデル体型の美女が立っている。

 決勝の相手だ。

 

「準決勝は爽快だったよ。あのラッセルをわずか8秒で倒したのだから」

 

「ありがとうございます」

 

「いや、なに。あいつの性格もほとほと困っていたからな。いい薬になっただろう」

 

 笑って、一息入れたあと……レイナは目をギラつかせた。

 

「君はまだ、初級魔法程度しか使っていない。まだ底が知れぬということだ」

 

 上のレベルの魔法はどんなものが使えるのか誰も判断できない。

 もしかしたら上級まで使えるのではないか。

 

「楽しみだよ。実にね」

 

 ……好戦的。

 と考えてよさそうだった。

 

「あまり期待しないでくださいね」

 

 ただ、それだけを伝えて。

 優斗とレイナは距離を取った。

 

 

『さあ、紛うことなく学院ナンバー1の実力の持ち主である『学院最強』の生徒会長と、準決勝を圧勝した最強の新人が今、激突する』

 

 

「じゃあ、いくぞ──」

 

 

 審判が宣言しようとした瞬間。

 “それ”は唐突に現れた。

 どこからともなくカラン、と音を立ててリング上に現れた正六角形の板。

 

「なっ、あれは!?」

 

 音に反応した闘技場内の三人だが、いち早くその場にあるものに気付いたのはレイナだった。

 次いで審判が気付き、二人して飛び込み板を砕きにいく。

 

「くそ!」

 

 だが……遅かった。

 板を中心に六芒星が地面に描かれる。

 そして始まるは……召喚。

 六芒星から徐々に人間ではない、明らかに異種族の身体がせり上がってくる。

 

「……竜」

 

 思わず優斗が呟いた。

 しかも姿は見目綺麗なものではなく、黒い体に歪な棘がついている。

 大きさも十メートル、といったところか。

 

『────ッ!!』

 

 竜が咆哮を上げた。

 

「逃げろ!!」

 

 審判が優斗とレイナに怒鳴る。

 

「非常事態だ。10秒後には強力な結界魔法を使う規則になってる。取り残されたらお前達でも出れなくなるぞ!!」

 

 審判もレイナも優斗も反応は早かった。

 言われたと同時、三つある闘技場内への出入り口に向かってそれぞれ駆け出す。

 が、みすみす逃す魔物でもなかった。

 審判と優斗とレイナを見回し、一番近かったレイナを標的にする。

 様子を逐一見ていた優斗には、竜が彼女に狙いを定めたのが見て取れた。

 傲慢なまでの鉤爪がレイナ目掛けて掲げられる。

 

 ──やばいっ!

 

 優斗は立ち止まる。

 反射的に炎の玉を竜に目掛けて当てる。

 威力はないが注意を引くには十分だ。

 そのまま二発、三発、四発とぶつければ完全に竜の視界には……優斗がいた。

 優斗が他の出入り口を確認すれば審判もレイナもすでにたどり着いている。

 自分が最速で出口に向かえば残り2秒ちょっとだとしても、確実に──。

 

「……マジで」

 

 無理だった。

 白く輝く壁のようなものが出入り口の手前に出現していた。

 すでに結界は張られ、完全に閉じ込められる。

 

「10秒経ってないのに」

 

 と言ったところで、張られてしまったものは仕方がない。

 改めて竜と対峙する。

 

「……はぁ。どうにかするしかないか」

 

 

 

 

     ◇    ◇

 

 

 

 

 竜が現れた瞬間、修とクリスが戦闘態勢を取った。

 しかし竜の視界に映ってるのは闘技場内にいる三人だけ。

 その中でレイナが標的にされているのが分かったため、修とクリスは観客席に張られている簡易結界魔法を突破してでも魔法を放とうとしたが……杞憂に終わる。

 優斗が竜の気を逸らしたからだ。

 そして安堵したのも束の間、今度は強固な結界魔法が張られて優斗が出られなくなった。

 困ったように立っている彼の姿がいやに印象的だ。

 

「……カルマがどうしてここに」

 

 アリーの呟きに修がすかさず反応する。

 

「あのカルマってのは強いのか?」

 

 周りの観客が兵士と騎士に先導されて逃げる最中、修たちは逃げることなくその場にいた。

 

「シュウ様なら普通に倒せるとは思いますわ。しかしながらカルマはAランクの魔物。上級魔法を使えるのが最低三人はいないと倒す、ということすら難しいです」

 

 アリーの説明を聞いた瞬間、フィオナもココもクリスも青ざめる。

 特にフィオナの表情が一番酷かった。

 

「この結界も上級魔法すら防ぐ結界。細かい制御は出来ずにリングの中を全て包み込むから出入り口も防御されてるんです」

 

 観客だって全員が逃げ切るには少なくとも一分以上かかる。

 その間、カルマを結界魔法から出してはいけない、というのは子供だって分かる図式だ。

 つまり優斗は観客がいなくなるまで一人でカルマと対峙しなければならない。

 まだこの世界に来て二ヶ月しか経っていない優斗に。

 

「なんだよ。だったら話は簡単じゃねーか。優斗があれをぶっ倒せばそれで終了だ」

 

 けれど安心したように修が戦闘態勢を解く。

 彼の行動がアリーには信じられなかった。

 

「だってカルマは上級魔法を使える人が最低三人はいないと──ッ!」

 

「でも俺なら普通に倒せるって言っただろ?」

 

 特に慌てた様子もなく修が尋ねる。

 しかし、どうしたって彼と優斗は比べられない。

 

「だから何だと言うんです!? シュウ様は『勇者の刻印』を持っているから倒せるんですわ!」

 

 アリーが怒鳴った。

 そして青ざめた表情のまま、フィオナがリングを見続ける。

 

「……私、まだユウトさんには四大元素の中級までしか教えてないんです。それなのにAランクの魔物なんて倒せるはずないです」

 

 無理だ。

 

「ですから観客が逃げたあと、シュウさんが結界を破ってでもユウトさんを助けに行っていただくしか……」

 

 なのにどうして修が悠長に構えているのだろうか。

 修でしか普通に倒せないと言ったはずだ。

 フィオナは非難交じりな視線を修に向ける。

 アリーもココもクリスも同意していた。

 

「はぁ……。まあ、知らねーからしょうがないけどな」

 

 修はこれみよがしにため息をつく。

 

「考えが甘いんだよ」

 

「何がですか!?」

 

 アリーが噛み付く。

 

「お前らは今日、あいつの何を見てたんだ?」

 

 中級魔法一つ使わずに勝ち進んできたじゃないか。

 

「しかも優斗は俺の親友やってんだぜ」

 

 まともなわけがない。

 

「俺は基本すらぶっ飛ばすけど、あいつは基本を完璧に習ったらはっちゃけるぞ」

 

「……つまり?」

 

 クリスを先を促すように相槌を打つ。

 

「俺より性質悪いときがある」

 

 ニヤリと修が笑った。

 それに何よりも大きな間違いが一つ。

 

「大体、俺が倒せる奴を優斗が倒せねーわけないだろ」

 

 修が断言する。

 だけどアリー、フィオナ、ココ、クリスは理解ができなかった。

 

「どういう意味ですか……?」

 

 代表でアリーが尋ねる。

 

「言った通りだ」

 

 意味はそのまま。

 何一つ変更はない。

 

「お前ら、優斗をなめすぎだ。あいつは俺と同等だぞ」

 

「……実力的に、でしょうか?」

 

「そうだ」

 

「まさか!?」

 

 アリー達が驚く。

『勇者の刻印』を持つリライトの勇者と同等だなんて。

 ほとんど存在しない。

 

「その『まさか』を実現させるのが優斗って奴なんだよ」

 

 修が苦笑する。

 

「こんな『勇者の刻印』なんてものもらってる俺でもな、あいつとガチで勝負したら普通でもイーブン。良くても勝率は六割ぐらいだぞ」

 

 実際に向き合って闘ってはいないけれども分かる。

 親友でもあるが、それ以上に修が唯一認めた“ライバル”だからこそ。

 

「あとな、優斗はいつも冷静沈着な感じで穏やかだけど──」

 

 熱量なんて持ってなさそうな性格をしているけれど。

 

「──あいつほど凄え奴を俺は他に知らない」

 

 つまり、だ。

 

「俺がチートの権化なら、あいつは化け物だ」

 

 

 

 

     ◇    ◇

 

 

 

 

 カルマと対峙してから、30秒ほど経った。

 警戒されているのか何なのか、まだ攻撃してくる気配はない。

 着々と時間が過ぎていけば観客だって逃げていける。

 少なくともその時間は稼ごうと思っていた。

 だが、視界の端に修の姿が映る。

 カルマを指差した後、親指だけ突き出して首を切る仕草をした。

 

 ──倒せってか!?

 

 カルマを改めて凝視する。

 気配、圧力、感じるもの全てを鑑みて。

 

 ──まあ。

 

 確かに“倒せないわけがなかった”。

 

「仕方ない」

 

 観客が全員逃げるのも、あと十数秒で終わる。

 出入り口に視線を送るとレイナが結界を叩いている姿が目に映った。

 少し笑える。

 

「それじゃあ」

 

 あらためてカルマと対峙した。

 

「倒すか」

 

 意識を切り替える。

 ショートソードを抜いて戦闘態勢を取る。

 さらに20秒ほど経過した。

 気付けば観客はほぼ全員が逃げ出しているが、優斗の視界にはすでに映っていない。

 ただ、時間の計算からいなくなっていると理解しているだけだ。

 

『──ッ!』

 

 動いたのはカルマだった。

 一度羽ばたき、突進してくる。

 優斗は風の魔法を使って一気に跳躍する。

 飛んでいる途中で、カルマの口の中に炎の球が生まれているのが見える。

 違わずして発射された上級魔法と同威力の球を、優斗は空中にいながらショートソードを振りぬいて斬る。

 着地すると即座に左手をかざした。

 

「求めるは地の縛り、重き懲罰」

 

 闘技場で優斗が初めて詠唱する。

 唱えた瞬間にカルマの動きが止まる。

 カルマを中心とした地面に円状の窪みが現れ、姿が歪んで見えた。

 

 ──まだまだ。

 

 右手を振りぬき、ショートソードに風を纏わせて全力で投げつける。

 弾丸のように飛び出していった剣はカルマの腹部に突き刺さった。

 

 ──そして。

 

 これで、最後だ。

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