第11話 闘技大会――化け物の実力
観客席にいるフィオナは、リング上の光景に驚きを隠せない。
「地の派生である重力系の上級魔法……」
魔法の中でも重力系は特に難しいとされる魔法だ。
「難しい魔法なのに、いとも簡単に」
これが特訓していた成果、なのだろうか。気付けばフィオナの表情も少しだけ良くなっているが、修の言葉を信じ切れていないのか不安な様子は消えていない。
けれど修は気楽にフィオナへ告げた。
「目を離すんじゃねーぞ、フィオナ。ここからが優斗の真骨頂なんだからよ」
「ここから……?」
修が言ったことにフィオナは戸惑いを浮かべる。
──すでに上級魔法を使ってます。
なのに修は、さらに何かがあると言っている。
──そんなこと……。
いくら異世界から来たとしても、どんなに凄いと言われても、魔法を習い始めて三ヶ月も経ってない優斗が、これ以上のことを出来るはずがないと。
『降り落ちろ裁きの鉄槌』
今の今まで、思っていた。優斗を中心に魔法陣が広がっているのが見て取れる。
ということは彼が告げたのは間違いなく詠唱であり、魔法を放つための言葉なはずだ。
「ですが、これは……?」
フィオナは聞いたことがない。
そもそも、最初の言葉からして自分が知っている魔法の詠唱とは異なっている。
「ユウトさん……?」
フィオナが見詰める先には、足を肩幅に開きカルマへ右手を翳している優斗の姿がある。
彼の口から、ゆったりとした調子で新しい言葉が紡がれる。
『眼前の敵に断罪を』
それはフィオナが……いや、この世界の誰もが聞いたことのない、独自詠唱による神話魔法――“言霊”の始まりだった。
優斗はカルマを見据えたまま、自分が望むままに使う魔法の詠唱を声にする。
『降ろすべきは神なる裁き』
今、口にしているのは生まれて初めてやったゲームの詠唱で、大好きなゲームの魔法詠唱だ。格好良くて、繰り返しこの魔法を使ったものだ。
『願うことは破壊なる一撃』
自分が好きな魔法がある。であるならば、使えるようにすればいい。
例え定められた詠唱がこの世界にあるのだとしても、使えないと決められているわけではないのだから。
『望むべきは贖いの白夜』
優斗の足下以外にカルマを中心とした魔法陣が生まれては広がる。
さらに天空へと魔法陣が幾重にも連なって浮かび上がった。
──これで終わりだ。
さあ、轟け剛雷。
『女神の雷』
張られた結界魔法すらも容易に壊す魔法が、甲高いノイズを響かせてリングに届いた。
闘技場一面を白く染め上げる雷がカルマへと降り注ぐ。
『――――ッ!!』
甲高いノイズのような音とは別に、何かの悲鳴が聞こえる。
同時、魔法のあまりの威力に余波が観客席まで震わせるほどに伝わった。
そして雷が降り注いだ数秒後、闘技場を包み込むほどの白光が消えた。
一人と一体の魔物が相対していた闘技場内に立っているのは優斗のみ。
皆が恐れていたはずのAランクの魔物は、
「うん、勝ったね」
消し炭すらも残っていなかった。そして観客席で事の詳細を見ていたフィオナは、カルマが消え去ったことでようやく修の言っていたことを信じることができる。
「これが……」
フィオナは思わず呟く。修が言っている優斗の実力。
リライトの勇者が自身の同等だと言ってのける自信の根源。
「……独自詠唱の神話魔法」
フィオナも彼との授業で、独自詠唱の神話魔法について触れたことは覚えている。
けれど触りだけであり、詳しい話をした覚えはない。
なのに優斗はやってのけた。平然と過去の“伝説”に肩を並べた。
「だからシュウさんは大丈夫だと……」
確かにフィオナも優斗の強さは理解できた。余裕だと思えるほどに圧倒的だった。
「……だけど」
どれほど強いのだとしても。修と同じくらいに強いのだとしても。
「……それでも」
この気持ちは拭えない。フィオナは震える手を固く握りしめる。
「えっと、みんな大丈夫だった?」
すると優斗がいつの間にか観客席までやってきていた。
「やりすぎたかな? これでも威力は抑えたんだけど……」
少し困ったように、そして何ともなかったかのように皆のところへ辿り着いた優斗にフィオナは、
「……ユウトさん」
彼のすぐ近くまで寄ると、ぎゅうっと胸元を強く握りしめる。
「へっ!?」
素っ頓狂な声を上げて、優斗が固まった。
後ろでは六人がいきなり始まった面白そうな展開にニヤニヤしている。
「無理しないって……言いました」
「え、いや、あの……」
「……心臓が止まるかと思いました。ユウトさんがカルマの気を引いて、逃げ遅れてしまった時は」
フィオナの行動に自分の心臓が止まりそうです、と優斗は間違っても口にしない。
けれど口にしないだけで、内心は大混乱に陥っていた。
「そ、それはね、でも、そうしないと──」
優斗がどうにか弁明しようとする。もちろんフィオナも彼が行動しなければ、レイナがやられていたことは理解している。
けれど感情は納得できない。
「ユウトさんが強いのは分かりました。だけど心配で怖かったんです」
目じりに涙が溢れてくる。先ほどの怖さがまだ心に残っているから、優斗の存在を感じていたくて彼の服を強く握りしめる。
「えっと、ですね……」
優斗がどうしようかと考えていると、後ろでニヤついている連中から「抱きしめてあげろよ」などなど囃し立てられる。
ふざけんな、とも思うがフィオナが震えるほどに怖がっている以上、何かしてあげたほうが安心するのも理解していた。
優斗は意を決すると、恐る恐るではあるが右手で頭を撫でる。
「ごめんね、フィオナ」
「……」
「生徒会長は逃げるのに必死だったし、僕は少なくとも死なない自信はあったから竜の気を引いたんだ」
「……」
「閉じ込められたのは予想外だったけど、それでも時間稼ぎどころか簡単に倒せることは自分で理解してたよ」
「……はい」
「でも、フィオナを心配させたのは謝るよ。あと──」
ごめん、と言うだけではなくて。
「ありがとう。フィオナが心配してくれることが、本当に嬉しいよ」
自分が認められていると。こんな自分でも誰かの大切になれていると。そう思えるから。
まるで演劇のような一幕が目の前で広がっていて、ニヤニヤと二人の様子を見ている面々ではあったが、
「オレ達はあと、どれくらい見てればいいんだ?」
卓也のツッコミに、優斗の服を掴んでいたフィオナが驚いて離れた。
優斗は彼女の反応に笑みを零し、卓也に答える。
「とりあえずフィオナさんが落ち着いたから、これ以降はないよ」
すると彼の目の前にいる家庭教師は、急に不満げな表情を浮かべた。
「フィオナさん、どうかしましたか?」
「……フィオナです」
「フィオナさん?」
「違います。フィオナです」
なんて言われても、優斗には理解不能だ。意味が分からず周りに助けを求める。
「えっと、どういうこと?」
「優斗、さっきは口調が違ったんだよ。普通にタメ口だったな」
卓也が助け舟を出した。けれど優斗は目が点になる。
「マジで?」
「マジです」
クリスが駄目押しをする。卓也は優斗の肩を嬉しそうに何度も叩き、
「お前もそろそろ、みんなに慣れてきたってことだろ」
「……うん。そうみたいだね」
優斗が頷くと、謀ったかのようにフィオナが要求する。
「もう一度、呼んでください」
「……えーっと……あー……うー……」
先ほどは意識していなかったから出来たが、あらためて意識しての呼び捨てというのは、かなり恥ずかしい。
だがフィオナが呼び捨てじゃないと今後は認めてくれないのも、なんとなく分かる。
恥ずかしさをぐっとかみ締めて、優斗は彼女の名前を呼ぶ。
「フィオナ」
意識して、初めて呼び捨てにする。顔が赤くなるのは慣れていないのだから仕方ない。
けれど同時に良かったとも感じた。
彼女の名前を呼ぶだけで、嬉しそうな返事が届いたのだから。
「はい、“優斗”さん」
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