第8話 頑張る理由

優斗たちが異世界に来て三ヶ月ほど。

 全員が生活にも慣れて、魔法もある程度は自在に操れるようになってきた頃。

 その話は出た。

 

「闘技大会?」

 

「はい。二週間ほど後になりますが、学生による闘技大会というのがあるのですわ」

 

 アリーから面白い情報がもたらされた。

 興味を持った修が尋ねる。

 

「参加資格は何なんだ?」

 

「中級魔法を一つでも使えることですわ」

 

「じゃあ、ここにいる全員にその資格があるってことか」

 

「そういうことになりますわね」

 

 修とアリーがぐるりと八人を見回す。

 

「誰か出られてはいかがですか?」

 

 学生の闘技大会と言えば学院でも大きなイベントのうちの一つだ。

 

「全員で出るのも馬鹿らしいし、一人だけ出ればいっか」

 

 修が提案する。

 

「ならばじゃんけんで決めるとしよう」

 

 和泉の言葉に賛成、異議なしと次々と同意が得られる。

 

「じゃあ、始めんぞ」

 

 修を合図に全員が構えを取る。

 

「「「「最初はグー」」」」

 

「じゃんけん──ッ!!」

 

 

 

 

       ◇      ◇

 

 

 

 

「はい。それではこれで、闘技大会参加ということになります。後日、通達などがありますので確認を怠らないようにお願いいたします」

 

 優斗は頷く。

 傍らにはいつものようにフィオナが付き添っている。

 

「分かりました」

 

「では、これにて登録受付は終了となります」

 

 受付係にそう言われて、二人は踵を返して教室へと向かう。

 

「二週間後に大会が始まるのか」

 

「これからは魔法の練習に力を入れますか?」

 

 今までもやってきてはいたが一層、力を入れたほうがいいだろうか。

 

「ああ、実はですね──」

 

「おや? 君も参加するのかい?」

 

 その時だった。

 ちょうど目の前にラッセルがいた。

 これ見よがしに声をかけてくる。

 優斗は心の中で嘆息する。

 出会いが最悪だったからなのか、修を中心とする異世界組にはどうにも八つ当たり気味のことをしてくる。

 とりわけ大きなことはやってこないから問題はないが、面倒なことに変わりなく出来るだけ関わりたくない人物だ。

 

「はい。僭越ながら参加させていただこうと思っています」

 

「そうなのかい。実は僕も闘技大会に出るんだよ」

 

 鼻で笑って優斗を値踏みするように睨め付ける。

 

「僕ほどの実力者が参加するんだ。田舎者なのに参加して怪我しても知らないよ?」

 

 そうだそうだ、と後ろの取り巻きがはやし立てる。

 

「ラッセル様。こちらとしてもまだ学院に来たばかりの若輩者ですので、対戦することになった場合には胸を借りるつもりで勝負させていただこうと思っています」

 

 あくまで下手に出て優斗が対応する。

 異世界組の中でもとりわけ丁寧に接する優斗には、ラッセルも気分が良いようだ。

 

「良い心がけだ。せいぜい僕と当たるまで負けないようにしたまえ」

 

「ありがとうございます」

 

 慇懃に頭を下げる。

 

「それはそうとフィオナ様。今度ディナーでもご一緒にいかがですか?」

 

 ニヒルな笑顔を浮かべて会話の対象をフィオナに移す。

 

「結構です」

 

「そうですか。ではせいぜい、貴族の嗜みというものを忘れないでいただきたいものだ。そんな平民風情に構っているのならね」

 

「──なっ!?」

 

 唐突なことに思わず反論しそうになるフィオナだが、ラッセルに気付かれないように優斗が制した。

 

「ラッセル様。フィオナ様は田舎から出てきた我々に都会での暮らし方、そして学院での過ごし方を教えてくださっています。それも良き貴族としての在り方と存じておりますので何卒、ご理解をお願いします」

 

「なら仕方がない。平民には優しく在るのも貴族というものだしね。だからといって勘違いしてはいけないよ。君達は施しを受けているのだということを」

 

「重々、承知しております」

 

「せいぜい、迷惑をかけないように」

 

 高笑いをしながら手下を引き連れて去っていくラッセル。

 廊下の曲がり角を曲がって、姿が消えた。

 とたんにフィオナが怒り出す。

 

「ユウトさん! どうしてあんなことを言われて言い返さないんですか!?」

 

「無駄な争いは面倒なだけですしね。修が蒔いた種ですけど、標的は全員みたいですから。実害がない限りはスルーしておこうかな、と」

 

「……でも私は……ユウトさんが悪く言われるのは嫌です」

 

「フィオナさんが代わりに怒ってくれているだけで嬉しいですよ」

 

 それにしても、と優斗は続ける。

 

「ラッセルって強いんですか?」

 

 なんか自信ありげだった。

 授業で見ている限り弱くはないと思うけれど実際のところはどうなのだろうか。

 

「少なくとも学院で十本の指に入るほどの強さは持っているかと思われます」

 

「すごく強いんですね」

 

「しかし、あんなやり方で強くなっても……」

 

 納得がいかないようにフィオナは眉をひそめる。

 

「どういうことです?」

 

「魔法具です」

 

「……ああ、なるほど」

 

 今まで習ってきた中にあった。

 魔法具──アクセサリー、武器の類に特性付与が付いている物だ。

 

「彼は貴重な魔法具を幾つも使っています。それは彼自身に実力などがなくても、上級魔法が使える……といったようなものです。だから強くとも、実力はないんです」

 

 元々、魔法具にインストールされているものを使っているだけなのだから、彼自身の強さというわけではない。

 

「本人が納得してるなら良いと思いますけどね」

 

 さらにフィオナが評した通りの人物ならば。

 

 ──なんとかなるか。

 

 戦う相手としては楽そうだ。

 

「あ、そうだ。さっきの話の続きなんですけど」

 

「魔法の練習の話ですか?」

 

「ええ。2週間の時間がありますが、最後の1週間は自主練習をしようと思っています」

 

「どうしてですか?」

 

 不思議そうにフィオナが問いかける。

 

「ちょっと試したいことがあるんです。けれどフィオナさんに見せるのは恥ずかしいので」

 

 頬を掻きながら、優斗は照れくさそう答えた。

 

「基本はフィオナさんのおかげでほとんど完璧に出来てますから、少し応用にも走ってみようかと」

 

 

 

 

       ◇      ◇

 

 

 

 

 魔法というのは、やはり本人によって得手不得手が出てくる。

 修は『勇者の刻印』なんてものを持っているから特にないけれども、修は例外だ。

 優斗は問題なく魔法を習得しており、その中でも風とは相性が良いとフィオナが言っている。

 卓也はどの属性が、というよりは攻撃魔法が苦手で防御魔法が得意。

 いずれは聖属性の防御魔法も使えるのでは、とはココ談。

 和泉は魔法に関しては興味がなく、どちらかといえば魔法科学のほうに多大な興味を持っていた。なので得手不得手で考えれば魔法が苦手、ということになるのかもしれない。

 そんな最中、

 

「何をやっているんだ?」

 

 闘技大会1週間前、自室で色々と試行錯誤している優斗の姿があった。

 様子を見に来ている和泉が興味半分で話しかける。

 

「上級魔法と昔のマンガにあった魔法をたくさん試してたんだけど」

 

「どんな魔法だ?」

 

「相反するエネルギーを合わせるやつ」

 

「聖と魔、もしくは氷や炎を合わせて、エネルギーを発生させるやつだったか?」

 

「そうそう。だけど、いくらやっても無理」

 

 後者で挑戦すれば魔法陣から出てくる炎と氷をぶつけたところで、さっきから結果は同じだった。

 氷が溶けて終了。

 

「お前だったら、それを試すよりもっとお気に入りの魔法があるだろう?」

 

 詠唱すら覚えてるやつが。

 

「もうやったよ」

 

「結果は?」

 

 興味津々に和泉が訊いてくる。

 が、優斗はにっこりと笑って、

 

「ないしょ」

 

 そう告げた。

 

 

 

 

       ◇      ◇

 

 

 

 

 優斗は夜中の公園で一人、剣を振るう。

 ショートソードを横に薙ぎ、切り上げ、切り下げる。

 それを10分以上、淀みなく繰り返してからショートソードを鞘に収める。

 

「……ふぅ」


 

 

 ――あとは魔法……だね。

 

 使いたいと思っている魔法を扱うために訓練をする。

 と、その時だった。

 近付いてくる足音がある。

 

「よう」

 

「修か」

 

 行動パターンを読んでいるからだろう。

「夜中に何をしているのか?」なんて訊いてこない。

 

「結構、振れてきてんな」

 

「そう?」

 

「もしかして闘技大会に出るって決まったときから、あんま寝てねーのか?」

 

「ちょっとした仮眠は取ってるよ」

 

「それで授業中に寝ないんだからすげーわ」

 

「まあ、慣れだね」

 

「だからって寝ないとか馬鹿じゃね?」

 

 視線が合い、互いにくつくつと笑う。

 

「とりあえず飲み物、持ってきてやった」

 

「サンキュ」

 

「そんじゃ、頑張れや」

 

「うん」

 

 修が軽く手を振って去って行く。

 明らかにオーバーワークと思える行動なのだが優斗は言っても止めないし、そもそも修としては言う気もない。

 今までだって表立ってやっていないだけで、きっと魔法を知り始めたころからこそこそと“何か”はやってきただろう。

 それが大会に出ると決まってから、酷くなっただけだ。

 だから修は飲み物だけ渡して帰る。

 優斗は渡された飲み物を一口、二口と飲むと特訓を再開。

 

「よしっ」

 

 ここからが本番。

 優斗はさらに集中する。

 

「やるか」

 

 本当の“特訓”の始まりだ。

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