第150話 救いと新たな出会い

 

 キリアは決意を表明したあと、そのままトラスティ家に足を運んだ。

 そして、

 

「お願いします! ロイスを助けるのを手伝ってください!」

 

 広間にいる優斗へ思い切り頭を下げる。

 予想外な光景を目撃した修、フィオナ、アリーが目を丸くした。

 

「優斗。誰だこれ?」

 

 誰もが知っているキリアじゃない。

 こんな殊勝な姿、見たこともない。

 

「確かに違和感あるね」

 

 とはいえ優斗としては、なぜキリアが頭を下げたのか理由は分からなくもなかった。

 

「切羽詰まった状況なの?」

 

「そうじゃない。けど、少しでも早くロイスを解放したいの」

 

「僕に頭を下げるほどに?」

 

「失敗は許されない。だから、わたしが持っているもの“全て”を使って助ける。その為なら何だろうと使うわ」

 

 真っ正面から見据えるキリア。

 優斗は彼女の瞳を見て、ふむと頷いた。

 

「だったら頼み方を間違えてるよ、キリア」

 

 真剣だからこそ頭を下げる、ではない。

 

「誰にとって正しい行動だとしても、僕にだけはしなくていい」

 

 見た感じ、キリアは気負いすぎている。

 事の重要性を見定めて、背負うことはいい。

 けれど背負いすぎては十分に力を出せない。

 

「気を張る場面は少ないほうがいいんだし、今は普段通りでいこう」

 

 軽い感じで優斗がキリアの肩を叩く。

 すると、若干強張っていた身体から緊張が抜けていくのが見て取れた。

 

「……入れ込みすぎだったかしら?」

 

「いや、最初から入れ込む必要はないってことだよ」

 

 諭すような優斗の言葉に、キリアの表情にも僅かばかりの余裕が生まれた。

 

「だったら、お願い先輩。手伝って」

 

「ん、分かった」

 

「シュウ先輩も頼むわ」

 

「はいよ」

 

 二人のやり取りを見ていた修が二つ返事で応えた。

 

「アリー先輩、フィオナ先輩。ちょっと先輩達を借りるわよ」

 

「ご自由に使ってくださって構いませんわ」

 

「優斗さんはキリアさんが望むことのためなら、幾らでも協力しますよ」

 

 アリーとフィオナも簡単に了承した。

 そして優斗、修、キリアは玄関へと歩き始める。

 

「ロイス君は?」

 

「外で待たせてるわ」

 

「了解。合流したら、とりあえずはあそこに行こうか」

 

「どこ?」

 

「王城だよ」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 正直、ロイスはこんな展開を予想していなかった。

 

「な、なあ、キリア」

 

「どうしたの?」

 

「いや、その、俺……大丈夫なのかな?」

 

「何がよ?」

 

 不思議がるキリア。

 しかしロイスは内心で焦っていた。

 

「言いたくはないけどさ。俺って変な鎧持ってるし、もしかしたらここでそいつを召喚して暴れたり……とか考えないのかなと思って。正直、かなり緊張してる」

 

 自分はリライト生まれだ。

 だからずっと見てきた王城の中を歩けるのは嬉しい。

 けれど自分が持っているものを鑑みると、疑って然るべきであるため素直に喜んでいいものか悩む。

 

「あのね、わたしだって王城内へ入ったことに関して緊張してるわ。でも、少なくともロイスの心配は無用よ。ここにいるのは最強無敵の二人。何をしようと無駄だから」

 

「君がどうこうする前に息の根を止められるから、変な心配はしないでいいよ」

 

 にこやかに物騒な言葉を告げられた。

 思わず引き攣ったロイスだが、

 

「それにキリアがロイス君を信じてるって言ってたからね」

 

 続いた優斗の言葉と柔らかな笑みに、ふっと力が抜ける感じがした。

 キリアが信じているから大丈夫なんて普通は言えない。

 

「その……師匠さん、大魔法士なんですよね?」

 

「そうだよ」

 

「とんでもなく凄い人なのにキリアのこと、信頼してくれてるんですね」

 

「師匠が弟子を信じてなかったらお終いだよ」

 

 軽い調子で答える優斗に、ロイスは本当に良かったと思う。

 キリアの師匠は本当に彼女を信頼していると分かったから。

 

「まさか大魔法士が実在して、しかもキリアの師匠になるなんて思いもしませんでした」

 

 キリアから言われなければロイスだって信用出来なかった。

 

「こっちもまさか大魔法士と呼ばれるなんて思ってもみなかったからね」

 

 苦笑しながら優斗は立ち止まる。

 

「目的地はここだよ」

 

 目当ての部屋へと辿り着いた。

 ノックをすると中から反応があり、優斗はドアを開けた。

 

「待ってたぞ」

 

 いたのは和泉。

 そして、

 

「久しぶりなのだよ、大魔法士」

 

「どうも、ウェザーさん」

 

 ミエスタから派遣された技師、ウェザー。

 モノクルに軽く触れながら、彼は優斗の後ろにいるロイスを見た。

 

「来た理由はイズミから聞いたことでいいのだね?」

 

「ええ。その通りです」

 

 頷く優斗。

 

「……先輩、もしかして」

 

 キリアはハッとして師匠を見た。

 すると笑みのままの優斗がいて、

 

「頼りになりそうなところへ話を通しておいただけだよ」

 

 

       ◇      ◇

 

 

「どうですか?」

 

 ロイスに鎧を脱いで貰い、胸の内側部分にある魔法陣を調べ始める和泉とウェザー。

 しばらく陣を見てはあれやこれやと話し込み、

 

「うむ。やはり異質だといわざるを得ないのだよ」

 

「そうだな」

 

 二人は頷いて異常であることを肯定した。

 

「どこがおかしいの?」

 

「ここの部分が通常よりもおかしい」

 

 和泉がなぞるように陣の一部分に触れ、

 

「変質したのか、エラーなのかは分からないが……ここの部分が変に命令を持っているんだろうな。『生命力からの魔力を糧としろ』と。それと強制的な関係を結ばせるのもそうだろう」

 

 さらにロイスから話を聞けば、あまり鎧から距離を離せないとも言っていた。

 距離を置くと、倦怠感が増していくらしい。

 

「壊せる?」

 

「お前と修なら鎧ごと壊せるだろうが……どう反応が出るか読めないから、やめたほうがいい」

 

「どういうこと?」

 

「鎧が魔法を反射させる。威力過多のお前らだから問題ないだろうし一瞬で消し去るとはいえ、魔法反射という要素を持っている以上、やはり反射には魔力を使う。この場合、彼の命が危なっかしい」

  

「つまり魔法でどうにかする……っていうのは、他の案より危険性を消しきれないってことだね」

 

 和泉の説明に納得しながら優斗は頷いた。

 

「俺らの結論としては魔力による魔法陣を壊すことを推奨する。魔力だと鎧も反発はしない。この魔法陣が欲している魔力の質としては違うだろうが、やってやれないことはないだろう」

 

 和泉から提案が出てきた。

 

「和泉、ウェザーさん。他に方法は?」

 

「ないのだよ。あればそちらを先に言っている」

 

「そういうことだ」

 

 彼らの返答に優斗は目を瞑る。

 そしてしばらく考え込み、

 

「……ここまで、かな」

 

 ぽつり、と呟いた。

 目を開けて二人を見据える。

 

「キリア、ロイス君。僕達が示せるのはここまでだよ」

 

 可能性を示すことは出来た。

 だから、この後は二人次第。

 

「どうしたいのか、決めるのは君達だ」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 皆で揃って王城外にある草原へ向かう。

 

「異変があったら、すぐに言って」

 

「はい」

 

 優斗が声を掛け、ロイスが頷く。

 二人が選択したのは『優斗による陣破壊』だ。

 彼ならば慣れているし、常識外も平然とやってのける。

 キリアはそこに頼りを置き、お願いした。

 

「それじゃ、いくよ」

 

 ほんの僅かばかりロイスから離された鎧に優斗は手を翳す。

 その時だった。

 

「……っ」

 

 ロイスが僅かに顔をしかめた。

 反射的に優斗は手を引く。

 

「……今のは?」

 

 まだ何もしていない。

 魔力も何も込めていない。

 なのに、なぜロイスは顔をしかめたのだろうか。

 

「彼の感情に反応した、と考えたほうがいいと思うのだよ」

 

 その疑問に答えたのはウェザー。

 

「どういうことですか?」

 

「言い方を変えれば、彼は餌なのだよ。つまり餌の感情の機微――不安に注意を向けているのだろうね。続けてしまうと、おそらく無理矢理出てこようとするために生命力を吸い出す。結果、彼は倒れるか……もしくは死ぬのだろうね」

 

「おいおい、まだ召喚されてないのに感情の機微とか分かんのか?」

 

「元より陣が異常なのだよ。常に繋がりが保たれているということは、そういうこともあると考えたほうが納得するのだよ」

 

 常識で考えてはいけない。

 

「キリア、ロイス君。どうする?」

 

 すると、再び同じ問いかけを優斗がした。

 キリアはロイスへと向き、ロイスもキリアを向く。

 互いが視線を交わし、

 

「……俺は…………」

 

 ロイスが決断するように声を発した。

 

「俺はキリアなら預けられる」

 

 真っ正面にいる幼なじみに信じている、と。

 

「キリアなら安心できる」

 

 頼っている、と。

 そう告げた。

 

「……ロイス。もしかしたら、他にも方法があるかもしれないわよ」

 

「確かに。でも、こんな鎧とは早くおさらばしたいし、たぶんだけど他に方法はないと思うんだ。だってここにいる人達、凄い人ばかりなんだろ?」

 

 ロイスが優斗達を示す。

 確かにいる面子は論外が多い……というか論外しかいない。

 

「そうよね。それにあったとしても、わたし達の頭じゃ思いつかないわ」

 

「あとはな、安心してる理由は簡単なんだ。キリアが俺を守ってくれるんだろ?」

 

「ええ。わたしが守ってやるわよ」

 

「だから俺は安心できる」

 

 決意を込めた視線を二人は優斗達に送る。

 全員で頷いた。

  

「期待してるぜ?」

 

「いくら安心している相手とはいえ、猶予はおそらく二分……いや、二分もないのだろうね。だから一分以内にケリをつけるのだよ」

 

「フォローは俺らに任せておけばいい」

 

 それぞれが声を掛けていき、優斗は最終確認をする。

 

「キリア、できるね?」

 

「……一分、か。上等じゃない」

 

 やってみせる。

 やってのけてやる。

 

「君が助けると誓ったんだから、助けてみせなよ」

 

「先輩。わたしを“誰”の弟子だと思ってるのかしら?」

 

 嘲笑するかのようで、覚悟を決めた声音。

 その『名』を忘れない為に、己が誰の弟子なのかを今一度、自身に刻み込む。

 

「良い啖呵だね」

 

「しかし大丈夫なのかね? 大魔法士は魔法陣を破壊して、新たな魔法陣を生み出していると聞いているから先程の行いも頷けた。だがしかし彼女はどうなのだね?」

 

 言葉にすると簡単ではあるが、実際に行っている者をウェザーが知っているのは優斗だけ。

 それほどまでに魔法陣を破壊するということは難しい。

 けれど、だ。

 

「キリアは僕の弟子ですから。同じことはすでにやらせてますよ」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 キリアが目を閉じて、精神を集中し始めた。

 あらゆるパターンを模索して、あらゆる不可能を潰していき可能を引きずり出す。

 その為の作業だ。

 彼女の姿を見届けながら、修は優斗の肩を叩いて小声で喋る。

 

「優斗。本当ならお前も出来んじゃねーのか? 俺だって出来そうな感じがするしよ」

 

「まあね」

 

 可能か不可能かで言えば可能ではあると思う。

 

「だけどお前は、そうすることが一番だと思ったんだろ?」

 

 キリアがやらなければならない、と。

 そう思ったのだろう。

 

「修だったら僕ら以外の誰かに命を預けられる?」

 

「無理に決まってんじゃねーか」

 

「つまりは、そういうことだよ」

 

 今回の件は100%問題無しで解決できることじゃない。

 

「さすがにこの状況で、僕もロイス君の命を預かることはできない。馬鹿をぶっ飛ばせばいい、とか単純なことじゃないからね」

 

 力技のみでどうこう出来るのであれば、もっと話は簡単だろうが今回は違う。

 

「師匠の贔屓目って可能性はあんのか?」

 

「捨てきれないけど……それでも言うよ。キリアは僕の弟子だ」

 

 生温いことは一切していない。

 出来る可能性は彼女の中にある。

 ならば、やらせることが出来る。

 不可能を可能にしろと言っているわけではない。

 僅かでも可能性あるのならば、引きずり出せと言っているだけだ。

 

「甘いよな、お前」

 

「厳しいよ。人の命を背負えと言ったんだから」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 トクン、と心臓が高鳴る。

 誰かの命を預かるなんて初めてだ。

 

「準備はいい、ロイス?」

 

「いつもでいいよ、キリア」

 

 けれど幼なじみは恐れる様子なく、怖がる様子なく笑みを浮かべている。

 キリアは一度、胸元を握りしめた。

 

 ――応えたい。

 

 そう思って……頭を振る。

 

 ――違うわ、応えてみせる。

 

 自分だからこそ預けてくれたロイスのためにも。

 やってみせる。

 

「いくわ」

 

 キリアが右手に力を込め、陣に手を置いた。

 僅か一分の勝負が……始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、優斗。何か問題はあんのか?」

 

 キリアが魔力を送り始める。

 やっていることと、結果は分かっている。

 しかしながら修はいまいち、内容が掴めない。

 

「簡単な説明をすると問題は二つある。一つはおかしな契約のようなものがあって、キリアの魔力を陣が受け付けるわけがないこと。もう一つは陣に持って行かれる魔力が普通のものとは違うこと。で、その二つを解決するには――」

 

「力技ってことか?」

 

「そういうこと。だから無理矢理、陣に魔力をねじ込む」

 

 異常な魔法陣であろうとも、僅かぐらい普通の魔力を通すことは出来るはず。

 そこへ無理矢理にでも魔力を通し込み、破壊する。

 優斗はキリアの様子を見て、呟いた。

 

「30秒経過、か。これからが勝負だね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正直に言って、指先が痛い。

 普段とは違う。

 反発されているのが分かる。

 

 ――でも、感覚は掴めた。

 

 無理はしないレベルで探っていた。

 管理外の陣への魔力の通し方。

 問題と言われていた場所も僅かばかりだろうと、魔力が通ることも分かった。

 そこまで分かれば、あとは一番壊しやすいように頭の中で描いた最良のパターンへと持って行く。

 だから、

 

「……無理と無茶は……ここからよっ!」

 

 さらなる魔力を手に込める。

 バチリ、と陣が輝き始める。

 それと同時に、

 

「…………えっ?」

 

 いきなり足許がふらつき、ガクンと身体に倦怠感を感じた。

 

「キリア!?」

 

「――っ!」

 

 ロイスの呼びかけで倒れそうになった身体に気付き、無理矢理に立て直す。

 

 ――わたしからも魔力を持っていこうとしてる!?

 

 倦怠感が急激に身体を襲う。

 気付かれたのは別にいい。

 いずれバレることは予想していた。

 しかし、どうやっているかは知らないがこんなことも出来るのか。

 

「…………よくやるわ」

 

 今まで歴代の黒の騎士を殺してきただけはある。

 ハッ、と笑った。

 

「ロイスが命を賭けてるんだから、わたしだって賭けてやるわよ」

 

 覚悟は元より決めている。

 ベットがロイスの命に加えて、自分の命も加わっただけのことだからどうでもいい。

 魔力を持って行きたいのならば持って行けばいい。

 

「肉は切らせてあげるし、骨も断たせてあげる。でも――」

 

 さらに魔力を込める。

 何を持って行かれようとも、最後の一線は譲らない。

 

「――勝利はもらうわ」

 

 ピシリ、と陣にヒビが入った。

 無理矢理に魔力を流し込み、無理矢理に破壊する兆候が現れた。

 さらにヒビは陣全体へと広がる。

 

『――――っ!!』

 

 その時だ。

 あと少しで壊れる瞬間、陣が一層輝いた。

 同時に黒く巨大な物体が一瞬にして出てきては、キリアへと攻撃を――

 

「へぇ~、こいつって本当に任意で出てこれるんだな」

 

 しようとした。

 右腕のようなものからの攻撃を修が剣を抜き、攻撃を防ぐ。

 

「やらせねーよ」

 

 彼らの目の前にいるのは、黒い靄で形成されている15メートルほどの人型。

 胸のあたりには巨大な赤い宝石みたいなものが存在している。

 いかにも強そうな感じ……いや、実際に強い。

 少なくとも優斗達が出会った魔物の中では一番だろう。

 

「陣をぶっ壊されたら、餌がなくなっちまうもんな。つーか陣から出てくる意味での餌かと思ってたけど、あれだとリアルに魔力を餌にして生きてんじゃねーの?」

 

 優斗に話を振ってみると、彼も納得するように頷いた。

 

「……確かに赤い球が魔力を餌として捕食していると考えれば、おかしくはない。とはいえ珍妙な魔物だな」

 

「だからぶっ壊そうとする奴を倒そうとしたんだろ」

 

 追撃でもう一度、腕を振ってきた。

 しかし、今度は優斗が防ぐ。

 

「これ見よがしに弱点があるとは残念な魔物だ」

 

「強さ的には今までで一番強いけどよ。馬鹿なんじゃねーの、こいつ」

 

 抜いた剣で簡単に攻撃を押さえつける。

 呆れるような声を出したのはウェザー。

 

「この魔物を馬鹿にできるのは君達だけだと思うのだよ」

 

 実際、ウェザーとてこの二人がいなかったら恐怖で震えていたかもしれない。

 それほど圧力のある魔物だ。

 

「単純な弱点があるならキリアに華を持たせるとするか」

 

「……お前、すげーな。その発想は出なかったわ」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 魔法陣から何か黒い物体が出てくるのは見えた。

 が、そんなものは“どうでもいい”。

 優斗がいて、修がいる。

 背中を預けるのに何一つ問題なんてない。

 

「あと……少しっ」

 

 響く剣戟も、音も、今の自分には興味ない。

 為すべき事をやり遂げる。

 陣を破壊する。

 どれだけ魔物が強かろうが知ったことか。

 ロイスを助けることこそ最優先事項。

 

「これで終わりよ!」

 

 少しだけ、右手を押し込むように前へ出す。

 瞬間――砕けた。

 鎧に描かれている陣が、歪み、軋み、破裂するように霧散した。

 

「…………よかった。ちゃんと壊せた」

 

 ぺたん、と座り込むキリア。

 気が抜けた。

 疲れた。

 たくさんあるけれど、これでロイスは大丈夫になるのだという実感がある。

 それだけで嬉しい。

 

「あとは師匠さんに任せていいんだな」

 

 ロイスがキリアの肩に手を置いた。

 お疲れ様、という意味が込められた手に触れながら、キリアは優斗達の方を見て、

 

「……あれ?」

 

 違和感があった。

 優斗達は未だに魔物と戦っている。

 それがたまらなく“おかしい”。

 

「そういうわけにも……いかないみたい。嫌な予感がするのよ」

 

 足に力を込めて立ち上がる。

 ロイスが少し慌てた。

 

「……えっ? キリア、どういう――」

 

「ああ、違うわ。ロイスが思ってるような『嫌な予感』じゃないの」

 

 魔物が云々、という意味でのものではない。

 

「先輩を知ってるからこその予感ってことよ」

 

 大魔法士とリライトの勇者が魔物をフルボッコにしていたのだが、完全に倒しきっていない。

 赤い球体は全体的にヒビが入り、亀裂が生まれるものの壊れるには値しない。

 そして優斗が精霊を使い、修が魔法を使い魔物を完全に拘束した。

 やっぱり、としか言い様がない。

 笑みを携えている修と冷静な表情の優斗。

 二人が同時にキリアへ告げた。

 

「出血大サービスだぜ?」

 

「決めろ、キリア」

 

 トドメを刺せ、と。

 どうせ優斗が何か言ったのだろうと思う。

 それが問わずとも分かるから性質が悪い。

 

「まあ、だからこそ先輩か」

 

 大きく息を吸って、吐く。

 いくらあの二人にやられているとはいえ、相手はSランクの魔物。

 普通の魔法で倒せるわけもない。

 

「あれしかないわよね」

 

 使うべきは宮川優斗直伝――神話魔法“虚月”の下位互換。

 この世で使えるのは優斗とキリアだけ。

 たったの二人しか使うことの出来ないオリジナルの魔法。

 

「……ふぅ」

 

 大きく深呼吸をする。

 

 ――やろう。

 

 これはキリアだから教えてもらうことが出来た。

 努力を重ねた末の魔力量。

 優斗が教えることが出来ると思った技量。

 故に知っている者達は皆が認める。

 

 

「求めるは穿つ一弓――」

 

 

 彼女こそが『大魔法士の弟子』なのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 両の手に現れた火と氷の魔法陣を合わせながら砕く。

 足元に散った魔法陣の欠片を丁寧に繋げながら、キリアは思い返す。

 この魔法を教えてもらった時も辛かった。

 まず優斗以外、誰もやったことがない。

 アドバイスもほとんどされてない。

 なのに自分になら出来る、と。

 変に信頼しているのだ、自分の師匠は。

 もちろん信頼通り、死ぬほど苦労したけれど……というか死ぬ気でやって出来るようになったし、結果オーライだとは思う。

 これのおかげで今回の問題を自分が解決することが出来た。

 

「…………」

 

 欠片となった陣を全て組み合わせ、一つの魔法陣と成す。

 同時、キリアは両手を広げた。

 光の弓と矢が現れ、最後に詠唱を紡ぐ。

 

「――消滅の意思」

 

 右手を開いた。

 放たれた光の矢は寸分違わず、魔物の胸元にある赤い球へと命中する。

 そして抹消するかのように球体が消滅し、一緒に魔物自体が消えた。

 これで全部終わり。

 

「お疲れ様、キリア」

 

「頑張ったじゃねーか」

 

 ポン、とキリアの肩を叩いて褒める優斗と修。

 

「普通、わたしに倒させる!?」

 

 あれだけ頑張って陣を破壊したというのに。

 トドメを刺せとか酷いにも程がある。

 

「師匠としてはどうなんだよ?」

 

「主役はキリアなんだから、キリアにやらせるだけだよ」

 

 しかし優斗はいつも通りでしかない。

 

「という感じのコメントだけど、弟子の感想はどーよ?」

 

「ほんっとうに最悪な師匠よね」

 

 こういう時ぐらい、と思ってしまいたくもなるが、こういう時だからこそやらせる……というのも理解できてしまう。

 キリアは幼なじみに近付き、

 

「ロイス、だいじょうぶ?」

 

「…………なんか、身体が軽い」

 

 ロイスが身体がぐるぐると回す。

 むしろ普通にしていた今まででも多少の影響があったことに今、気付いたようだ。

 

「じゃあ、もう大丈夫ね」

 

 安堵したキリアの頭をポコっと優斗が叩く。

 

「ロイス君の言葉だけで判断しない。ほとんど大丈夫なのは分かってるけど、ちゃんと全部を鑑みて判断しないと」

 

「は~い」

 

 窘めながらも優斗の表情は温和だ。

 それだけで、もうロイスは大丈夫なのが分かる。

 すると修が鎧を手に取って、

 

「これ、どうすんだ?」

 

 ロイスの前へと置いた。

 もう胸元に陣は存在しない。

 

「……あれ? もしかして魔物が召喚できないとヤバいとか、ある?」

 

 優斗がふと思ってロイスに訊いてみる。

 

「いや~、ちょっと分からないです。でも“黒の鎧”だけは別物だって上は分かってるので、問題はないと思います」

 

「だったらいいけど」

 

 普通に考えれば良い事はしたわけだし、問題にはならないはず。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 和泉とウェザーは今日の出来事が興味深かったのか検討するために王城へと戻り、優斗、修、キリア、ロイスは帰宅の路を辿る。

 

「ロイス君はこれからどうするの?」

 

「今日か明日にはクラインドールの勇者達がやってくるので、合流しようと思います」

 

「何の為に来んだよ?」

 

「各国王族への顔見せという点が一番大きいです。新しい勇者なので」

 

 他にもどこかで細々とした問題があればお手伝い、というのがクラインドールの勇者がやっていることだ。

 

「……なあ、優斗。逃げれるか?」

 

「無理じゃない?」

 

 せっかくクラインドールの勇者が顔を出してくれるのだから、こちらの勇者も顔出しするのが普通だろう。

 というか自分だって逃げられるか分からない。

 

「ロイスはいつまでこっちにいるの?」

 

「ん~……そうだな。たぶん数日ぐらいだ。あんまり期間は分からない」

 

「だったら一度くらい、勝負してもいいかもしれないわね」

 

 キリアの発言に男勢が全員、苦笑する。

 その時だ。

 

「あっ、ロイス君!!」

 

 少し離れた場所からロイスを呼ぶ女性の声が聞こえた。

 今歩いているのは商店街。

 人通りもあるのだが、その声は良く響いた。

 声の主は人通りをすり抜け、優斗達の前へと顔を出す。

 

「ハルカ様、もう来てたんですか」

 

「うん。ちょうどいい感じで来れたんだよ!」

 

 元気印がトレードマーク、といった印象の少女だった。

 黒髪にショートカット。

 目はくりっとして大きく、それが殊更に活発そうなイメージを与える。

 鎧は着けていなく、服装は普通。

 なのに背にある大型の両手剣がミスマッチだ。

 

「あれ、そっちの人達は誰?」

 

「俺の幼なじみと恩人の方々です」

 

 ロイスが手で示すと、彼女は嬉しそうに笑った。

 

「へ~、そっかそっか。この子がロイス君がいつも言ってた幼なじみなんだ」

 

 何度も何度も頷き、そして胸元へと手を当てた。

 

「自己紹介するね」

 

 楽しそうな笑みのまま、少女は紡ぐ。

 

「ぼくは『クラインドールの勇者』――鈴木春香だよっ!」

 

 

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