第149話 覚悟を持って

 

 幼なじみが異常な鎧を着けていたことが発覚した夜。

 キリアは夢を見ていた。

 

『だいじょうぶだよ』

 

 川沿いの土手を歩いている帰り道。

 幼い姿のロイスが振り返り、キリアを心配そうに見ていた。

 7歳、8歳くらいの時だ。

 

『おれがキリアを守る』

 

 子供ながら、ずいぶんと背伸びをした発言だとは思う。

 けれど――彼は言葉通りに守ってくれた。

 ずっと、キリアを守ってくれた。

 ロイスがいたから辛くなかった。

 いつも一緒にいるから『付き合ってるんじゃないのか?』と、からかわれたこともある。

 幼少時なら恥ずかしくて嘘を言うことだって、それが原因で疎遠になることだってあるだろう。

 けれど、ロイスは言うのだ。

 

『キリアはかわいいからな。ヒーローみたいでいいだろ?』

 

 胸を張り、何でか威張った感じで言って。

 そんな彼は確かにキリアのヒーローだったのだろうと思う。

 

「………………」

 

 そこで彼女は目が覚めた。

 珍しく、夢見た内容が残っている。

 

「……そうよね」

 

 ロイスに守られていた日々は、今もこの胸の内に在る。

 

「明日、話す……って言ってたものね」

 

 キリアにだけは伝える、と。

 彼はそう言ってくれた。

 だから、例え内容がどんなことであろうともロイスの言ったことを信じる。

 彼は絶対に嘘は言わないし、絶対に信じることが出来る。

 なぜなら、なんて言葉は必要ない。

 だって、ずっとキリアを守ってくれた人なのだから。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 放課後、学院が終わったキリアはロイスと二人でカフェにいた。

 オープンテラスで対面して座っている。

 

「キリアとこういう所に来るなんて思わなかった。俺が知ってる最後のキリアだと、結構無頓着だったから」

 

「先輩とか同級生と偶に来るのよ」

 

「どんなことを話してるんだ?」

 

 キリアの学院生活がどういうものか、ロイスが興味津々で尋ねる。

 

「先輩だと主に説教ね。同級生だと普通に学院のこととか話すわよ」

 

「師匠さん、説教するんだ? なんか優しそうな感じだったけど」

 

 昨日、彼女が鎧について怒鳴った時。

 彼がキリアを落ち着けてくれた。

 そして鎧について尋ねられたが、内容が内容だけにキリアだけにしか話せないと申すと、優斗は頷いてそれ以上は訊いてこなかった。

 

「優しい人ではあるけど、わたしを訓練してる時は魔王みたいだから。本当にありえないわよ、先輩は」

 

「でも信頼してるんだろ?」

 

「まあね」

 

 素直に頷くキリアに、ロイスもそうだろうと満足げに頷いた。

 キリアが訓練を受けているということは、要するにそういうことだ。

 

「ロイスはクラインドールの勇者と一緒に動いてるって言ってたけど、その人はどうしたのよ?」

 

「俺だけ先に来させてもらってるんだ。故郷だから少しでも長い時間、居たいって言ってさ」

 

「ふ~ん。そうだったのね」

 

 頷きながらキリアはコーヒーを啜る。

 口の中を潤し、一つ深呼吸をした。

 そして頭の中を切り替える。

 

「じゃあ、そろそろ本題に入りましょうか」

 

「分かった」

 

 ロイスが頷く。

 今から話すことが今日、ここにいる理由。

 内容は――彼が今、着けている鎧のこと。

 

「詳しい説明は省くけど、まず最初に言っておくのはクラインドールは異世界人の勇者と八属性の色を冠した騎士がいる」

 

「色を冠した?」

 

「例えば火の属性だったら“赤の騎士”とか、そういう感じだ」

 

 勇者と共に代表する騎士として、八騎士というものがいる。

 その中でロイスは闇属性を冠した騎士。

 故に“黒の騎士”。

 

「そしてクラインドールの八騎士には継がれていく鎧がある」

 

 ロイスは自分の鎧を指差す。

 

「今、貴方が着てるものね」

 

「ああ。で、鎧には各々、守護獣と呼ぶべき魔物の召喚陣があるんだ」

 

 胸のプレート部分に手を当てた。

 その内側部分に召喚陣が存在している。

 

「大抵、クラインドールで兵士や騎士になった奴らは、八騎士になるべく頑張るんだ」

 

 国で一番憧れる存在と言ってもいい。

 

「けどさ」

 

 ロイスの声音が変わる。

 

「黒の騎士だけは……違う」

 

 コンコン、と鎧を叩きながら紡ぐ。

 クラインドールの八騎士の中で“黒の騎士”だけは唯一、選ばれ方が異なる。

 

「昨日の言葉、ちょっと語弊があるんだよ。俺は騎士に“なった”んじゃなくて“なってしまった”」

 

「……なってしまった?」

 

「ああ。鎧が強制的に選ぶ。そして闇を司る守護――いや、魔物は鎧の装着者の命を削っていく」

 

 普通の八騎士の守護獣とは違う。

 

「俺は去年からクラインドールで兵士をしてた。それでな、一つ前の“黒の騎士”が死んだ瞬間、俺はすぐ近くにいたんだ」

 

 本当に偶然ではあったが。

 それが運命の岐路になった。

 

「選ばれた。この呪われた鎧に」

 

 だからこそ当代の“黒の騎士”に任命され、今へと至る。

 けれどキリアには説明が省かれすぎていて、理解ができない。

 

「……ちょっと待って、色々とおかしいわよ。闇って悪なわけじゃない。しかも召喚してないのに命を削るなんてこと、あるわけないじゃない。それに魔物が選ぶって何よ?」

 

 突っ込みどころがありすぎる。

 答えるまでは許さない、といった表情のキリア。

 しかしロイスは困ったように笑い、

 

「だよな。俺もよく分からないんだ」

 

「はあっ!? 自分のことなのに何をトンチンカンなこと言ってんのよ!?」

 

「あんまり大声出すなよ、キリア。ここ、カフェだぞ」

 

「……っ! こんの、馬鹿幼なじみは――」

 

 落ち着き払っているロイスを怒鳴ろうとしたキリア。

 けれど、

 

『キリアが怒って意味があるの?』

 

 不意に脳裏へ浮かんでくる師匠の言葉を思い出した。

 

「……良い感じにすり込まれてるわね、ほんとにっ!」

 

 ワナワナと怒りで震える身体を必死で押しとどめる。

 そして、

 

「――っ!」

 

 憤りを発散させるかのように、テーブルへと頭突きをかました。

 ガチャン、とコーヒーカップが音を立てる。

 零れなかったのが幸いだ。

 

「……えっ? いや、ちょ、キリア!? 何やってるんだよ!?」

 

 自分に怒鳴ろうとしていた幼なじみが、いきなりテーブルに頭突きをした。

 言葉足らずの説明で彼女も意味が分からず憤ったと思うが、それ以上に彼女の行動は意味不明だ。

 

「よしっ。これで頭は冷えたわ」

 

 さっぱりとした表情で、ジンジンする額を擦るキリア。

 

「頭を冷やさないと正解まで辿り着けない」

 

「ず、頭突きと何の因果関係があるんだ?」

 

「普段はボッコボコにされて、ようやく冷える頭だからこれでいいのよ」

 

 ロイスが理解できない言動ではあったが、キリアは視線を鋭くして尋ねる。

 

「とりあえず、その異様な気配は魔物。それは合ってる?」

 

「そうだと思う」

 

「ロイスは“黒の騎士”がそういうものだって知ってた?」

 

「……いや、世代交代が早いとは聞いてた。けれど、その理由までは知らなかった」

 

「さらに質問よ。“何か”が繋がっている感じはする?」

 

「いや、まあ、それはそうだよ。だって命を削られてるんだから」

 

「猶予は何年?」

 

「おおよそ、10年って言われてる。俺がこの鎧を着けることになって十ヶ月。だからもう、10年後のキリアを見られるかどうかは分からない」

 

 キリアからの矢継ぎ早な質問。

 ロイスも次々くる質問に対して答えていった。

 すると、キリアの口から独り言のように言葉が流れていく。

 

「……召喚系はいわゆる三つある。一つは六角の召喚陣から現れる魔物。基本的には陣が描かれているものに魔力が必要分、与えられれば魔物が召喚される。これには契約が必要な魔物の場合もある。次に精霊。これは魔法陣から精霊に魔力のパスが繋がっていて、一度パスが繋がれば召喚者の魔力が尽きない限り精霊を行使できる。最後に異世界人の召喚。これは……先輩達も詳しく見てないから分からないらしいけど、契約等の縛りみたいなものはないみたいだし。要するに、この三つのうちで関わってそうなのは二つ。魔物の召喚と精霊の召喚。けれど魔物だっていうのにノリは精霊召喚みたいなのよね」

 

 さらにキリアから流れ出る言葉は続き、

 

「あれ? でも命を削るって何かしら。寿命のこと? いや、そんな曖昧なもの削れるわけがない。もっと現実の路線で考えれば……生命力よね。これがじわじわと削られていって10年後には衰弱して死んじゃうっていうのが現実的」

 

 そう口にすると、キリアを不意にロイスを見て、

 

「死ぬ直前の“黒の騎士”ってどうだったの?」

 

「えっ? えっと、だいぶ弱られていたが……」

 

「ってことは、それで合ってるわね。じゃあ、それが削られるのはどうして? まさか生命力を吸い出すとか……ああ、そうじゃないわね。召喚される魔物なわけなんだから、魔力だわ」

 

 確認するかのようにキリアは考察を重ねていく。

 

「魔力は生まれ持った先天的なものと、努力で育つ後天的なものを合わせて総合的な魔力量になる。そして人が生きてる限りは魔力が生まれるわけだけど……先輩が『魔力が無くなったなら命を燃やして捻り出せ』とか言ってたわね。つまり生命活動から魔力は絞り出せるってわけで……」

 

 魔力が空になったから気を失う人がいるのも、そういう理屈だ。

 底が尽きても尚、魔法を使った場合――生命力を削って魔力を生み出しているのだろう。

 だからこそ気を失う。

 

「そう考えると、ロイスは常に総合的な魔力量以上の魔力を吸い取られているから生命力も絞られてる。もしくは生命力からの魔力しか受け付けないから、そうなっている……っていう二案が考えらえる。生命へ支障を来すレベルの問題がそこにあるってわけよね」

 

 そしてまた、キリアは確認を取る。

 

「ロイス、魔法は使えるの?」

 

「……あ、ああ。問題なく使えるよ」

 

「ってことは後者ね。でも、そもそも魔物から相手を選ぶとか、そこらへんが全く分からないわ。どうして主導権が向こうになってるのかしら。これはさすがにわたしが考えたところで無駄な範疇だし……」

 

 歯がゆそうにキリアの眉根が寄る。

 色々と考えてはみたが、どうしても分からないことがある。

 鎧に描かれている魔法陣を確認したところで自分じゃ理解できない。

 

「キリア、無理だって。今まで誰も出来なかったんだから」

 

 するとロイスが落ち着けるような声音で話しかけた。

 今までもずっと、継承されてきた。

 歴代の勇者が壊そうとしても無理だったし、最後に“黒の騎士”が望んで孤立したこともある。

 他にも色々と試した。

 けれども、駄目だったらしい。

 勇者では壊せず、鎧は誰かを確実に選ぶ。

 

「確かに行く先は未来も光も見えないし、暗闇に囲まれたような世界だけどさ……」

 

 死亡宣告と変わりない。

 既に死へのカウントダウンは始まっている。

 

「それでも、俺は『これでいい』って思ったんだから」

 

 ニコっと笑みを浮かべるロイス。

 

「自分の運命を全うしようって決めたんだ」

 

 選ばれたのは嫌だけど、それでも覆すことは出来ない。

 ならば、運命だと受け入れて残りの人生を生きていく。

 そう思った。

 だが、

 

「――ふざけてんじゃないわよっ!!」

 

 キリアの怒声がロイスの耳朶を響かせる。

 

「あんな風に懐かしむ目で、名残惜しむように“わたし達の通学路”を見てた奴が馬鹿を言わないでよ!」

 

 昨日、ロイスがどうしてあそこにいたのか。

 あの時、キリアを見つけるまでの彼の視線は何だったのか。

 ようやく理解できた。

 振り返りたかったのだろう。

 今まで、自分が生きてきた道程を。

 生きていた証拠を。

 だから言ってやる。

 

「そんなこと、わたしが許さない」

 

 今まで、散々自分を守ってくれた男の子が10年以内に死ぬ?

 馬鹿言うな。

 誰が死なせてやるものか。

 

「暗闇に囲まれた世界だって言うなら――」

 

 キリアはロイスの腕を取り、宣言する。

 

 

 

 

「――わたしがロイスを暗闇から引きずり出す」

 

 

 

 

 何があろうとも。

 絶対にだ。

 

「わたしの全てを使って、光の世界へ連れ戻すわ」

 

「……キリア」

 

 予想外な彼女の反応にロイスが呆然とする。

 それはそうだろう。

 今となっては性格だって違うし、それはロイスだって理解してる。

 けれど、やっぱり彼の根幹にあるキリアは『守らないといけない女の子』だったから。

 これほどまでに強い意思を見せる女の子ではなかった。

 

「で、でも、可能性はほとんど無いぞ。それでもお前は――」

 

「可能性が低いのなら戦っちゃいけないって、いつも先輩に言われてるわ」

 

 普段の生活において、リスクを負う必要はない。

 そう口酸っぱく言われてる。

 

「でもね、どうしても譲れない場合は違う。僅かでも光明が見えるのなら、どれほどの確率が低くても掴み取ってみせる。可能性があるのなら、不可能なんて言葉は知らない、見てない、聞いてない。わたしは出来ると信じて確実に掴み取る」

 

 十回に一回しか成功しないのならば、その一回を最初に持ってこさせる。

 無理矢理にでも。

 

「それが先輩から教わってることよ」

 

 キリアの宣言にロイスは呆気に取られる。

 もう、なんというか……、

 

「凄い師匠さんだな、キリア」

 

 思わず笑いが漏れてしまいそうなほどに剛胆で、強気だ。

 

「わたしの師匠だし当然……っていうか師匠もどきよ、もどき」

 

「何か違いがあるのか?」

 

「違いというよりは……まあ、ロイスならいいかしら」

 

 彼なら優斗だって許してくれるだろう。

 

「……いや。むしろロイスだからこそ、よね」

 

 キリアは大きく息を吸って……昨日、話したことを思い返す。

 優斗は『必要となるなら』と言っていた。

 

「これから先、言うことがあるかどうかは分からないけど……」

 

 たぶん、あの人は必要になることを望んではいないのだと思う。

 理由は簡単。

 優斗は『キリアが正当に評価されない』可能性があることを鑑みて、公言はしない。

 立場故の不当な評価をキリアに与えたくはない。

 そういうことを考える人だ。

 でも、だとしたらどうして優斗が『必要となるなら』と言ったのか。

 キリアに理解できないわけがない。

 

「“今のわたし”が誰なのかを、ロイスに伝えようと思う」

 

 真っ直ぐに彼を見詰めて、己を確認する。

 

「わたしは――」

 

 もう『守られるだけ』のキリアじゃない。

 弱虫だった女の子でもない。

 

 

「わたしは『大魔法士の弟子』――キリア・フィオーレよ」

 

 

 全身全霊、キリアの全てを込めて名乗った。

 宮川優斗の弟子であるということは、つまりは大魔法士の弟子でもあるということ。

 この『名』を出したからには、生半可な覚悟はないという証明。

 中途半端なことは絶対にしないという証拠。

 

「最強の意を持つ師匠の名を穢すことはしないわ」

 

 たった一人。

 自分を弟子と認めてくれた人がいる。

 自分だけを弟子だと認めてくれた師匠がいる。

 そして必要ならば『名乗っていい』と言ってくれた。

 その人の二つ名は誰よりも有名で、他に類を見ない凄さを持つというのに、それを『使っていい』と言外に教えてくれた。

 

「だから言わせて」

 

 逃げない為に。

 絶対に成し遂げる覚悟として。

 最高の師匠の弟子であることを名乗って――誓う。

 

「わたしは貴方を助けてみせる」

 

 全ては目の前にいる幼なじみを救う為。

 ずっとずっと、守ってくれた大切な人を助ける為。

 だからキリア・フィオーレが持っている全てを賭して、

 

 

 

「今度はわたしがロイスを守るわ」

 

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