第148話 再会

 

「でも、さっきの発言っていいの?」

 

 キリアが尋ねてくる。

 先程の優斗の発言──“愛弟子”と言ったこと。

 今まで彼は面倒事があるからこそ、キリアをはっきりと“弟子”など言ったことはなかった。

 

「教えてることが教えてることだし、あくまで僕らとしては……って話だよ。もちろん、対外的に師弟もどきっていうのは基本的に崩せないけどね」

 

 やれ上級魔法を使えるようにしたり、優斗独自の魔法を教えたりしてる。

 こんなものは“もどき”では厳しい。

 弟子でなければ教えを請えるわけもない。

 とはいえ、だ。

 公に弟子と認めてしまえば、メリットよりもデメリットが多すぎる。

 

「だけど、もし必要となるなら名乗ることは恐れなくていいよ。どうにでもしてあげるから」

 

「必要な時って……どういう時?」

 

「例えばキリアがお偉い男の子を好きになった時とか。『大魔法士の弟子』とか、かなりのネームバリューだし」

 

「まあ、そりゃそうでしょうけど」

 

 少なくとも名前負けはしないだろう。

 

「そういえば気になってるんだけど、先輩とか凄い人ってどうして名乗るの?」

 

 ジャルから愛奈を奪う時もそうだし、律儀に名乗っている気がする。

 どうしてなのだろうか。

 

「脅すのに十分な二つ名でしょ、僕が持ってるのは」

 

「……脅し用なの?」

 

 胡散臭げなキリア。

 優斗は苦笑して言葉を続ける。

 

「あとは確認……かな」

 

 少なくとも自分にとっては、周囲に知らしめるわけではない。

 

「その『名』が何を持っているのか。何を背負っているのか。何の意味を担っているのか。自分がどういう人物なのかを己に確認させる手段なんだよ」

 

「じゃあ、言い回しもそうなの?」

 

 やたら格好良い言い様な気がするが、何かしらの意味があるのだろうか。

 

「あれはただの格好付け」

 

「……うわ、引くわね」

 

「案外、テンション上がるんだって」

 

 やってみれば分かるよ、と言われるがキリア的にはやりたくない。

 

「しっかしなぁ。ちょっと予想が外れたかも」

 

「何のことよ?」

 

「キリアとラスターのこと。あれだけ一緒にいるから、もうちょっと何かあるかと思った」

 

 二年の男子と女子のトップで、仲が良い。

 邪推するには十分な要素がある。

 

「ラスター君はライバルってだけ。というよりラスター君は変にフラグ立てそうだから、見てる方が面白いわ」

 

「同感」

 

 優斗も納得する。

 

「あとさっきの才能云々で思ったんだけど、シュウ先輩ってどれくらいの才能を持ってるの?」

 

「修? まあ、あいつは単純計算で言うと1000年に一人」

 

 キリアの疑問からとんでもない答えが出てきた。

 とはいえ大魔法士と同等なのだから、単純で考えればそうなる。

 

「……さっきの子、五年に一人だったわよね?」

 

「ざっと200倍の才能の持ち主ってこと」

 

 本当に論外な人物だと、優斗はしみじみ実感する。

 

「シュウ先輩の髪の毛毟ったら才能も抜け落ちないかしら」

 

「怖いこと言わない」

 

 ペシっと頭をはたく。

 はたかれたキリアが乱れた髪を直しながら前を見ると、道の途中に真っ黒い物体が見えた。

 

「うわっ、なんか黒いのがいるわ」

 

「なにが……って、あれか。確かに黒いね」

 

 優斗も前を見ると、確かに黒い物体……というか全身真っ黒な鎧を着ている人が立っている。

 唯一、頭部だけは何も付けていないので、蜂蜜色の髪が変に違和感を醸し出していた。

 立ち止まっている黒い人物にだんだんと近付いていく優斗達。

 

「…………」

 

 件の人物は遠い目をしながら、ぼうっと川を見ていた。

 優斗達がだいぶ近付くと、少年だということが分かる。

 すると、

 

「……あれ?」

 

 キリアが首を捻った。

 

「ロイス?」

 

 そう口にすると、真っ黒な人物はビックリしたように優斗達を振り向いた。

 

「……えっ?」

 

 そして名を呼んだ人物を見て、

 

「キリアか!?」

 

 ロイスと呼ばれた少年は、さらに驚いた面持ちでキリアの名を呼んだ。

 

「なんだ、やっぱりロイスなのね」

 

 どうやら二人は顔見知りらしい。

 キリアの表情が珍しく柔和になる。

 

「久しぶり。前にリライトへ遊びに来た以来だし……二年ぶりぐらいかしら?」

 

「そうだな。それぐらいだ」

 

 少年も同じように柔らかい表情に変わる。

 

「っていうか、そのごつい鎧はなに?」

 

 全身真っ黒。

 あまりにも目立つ出で立ちだ。

 

「俺、騎士になったんだ」

 

「だからって今時、鎧を着る人なんていないわよ。しかも真っ黒なんて気味悪いわね」

 

 昔は一時期、鎧を着ることも流行ったらしい。

 しかしながら魔法耐性のあるものでないと格好の的にしかならず、僅か数瞬で流行りが終わった代物でもある。

 

「……お前、言葉に鋭さが増してるよ。昔のキリアはどこに行ったんだ?」

 

「会う度にそれよね、ロイスは。昔のわたしなんてどっかに飛んでったわよ」

 

「あの小動物みたいに可愛かったキリアに会いたい」

 

「言ってなさい」

 

 軽口の応酬をして、互いに破顔する。

 と、ここでキリアは優斗のことを忘れていたことに気付いた。

 隣を見て、ロイスのことを紹介しようとすると……僅かに視線の鋭くなった優斗がいる。

 

「先輩? 何を難しい顔をしてるの?」

 

「ん~、ちょっとね」

 

 軽く目頭をほぐしながら優斗は尋ねる。

 

「彼はキリアの知り合い?」

 

「さっき話した幼なじみよ」

 

「ああ、なるほど」

 

 キリアを守っていたという幼なじみ。

 それが彼――ロイス。

 

「キリア。そっちの人は?」

 

 同時にロイスも優斗のことが気になったらしい。

 キリアは手の平で示して紹介する。

 

「わたしの師匠もどき。ユウト・ミヤガワ先輩」

 

「そうなのか……って、師匠!? キリアが!?」

 

 ものすごく驚いていた。

 どうやら、彼が最後に会ったころにはすでに今の性格だったらしい。

 

「はじめまして。ロイス君……でいいかな?」

 

「はい。『クラインドールの勇者』と一緒に動いてる“黒の騎士”――ロイス・シュルトです」

 

 彼の自己紹介に優斗の眉が軽く反応を示す。

 

「……世間って本当に狭いな」

 

「どうしたの?」

 

「新たな勇者シリーズの名前を前に聞いたから、いつか出会うとは思ってた。それも問題付きで」

 

「それそれはご愁傷――」

 

 言いかけてキリアが気付く。

 

「あれ? わたしも?」

 

「幼なじみが勇者のパーティメンバー。というわけで諦めて」

 

「はいはい、分かったわよ」

 

 軽い口調のキリア。

 しかし優斗の表情が会話の内容よりも重い。

 明らかにおかしい。

 

「先輩、どうしたの?」

 

「あ~……いや、なんと言えばいいか……」

 

 口ごもる優斗。

 正直、こんな彼は見たことがない。

 

「珍しいわね。歯切れが悪い先輩なんて」

 

「かもしれない」

 

 優斗は頷き、ちらりとロイスを見る。

 色々と可能性は考えた。

 最悪な状況や、最低な展開も色々と。

 けれど彼は彼女の幼なじみだ。

 

「ごめん、キリア。一つだけ確認するよ」

 

 だから問おうと思う。

 優斗はキリアの耳に口を寄せ、

 

「君は彼を信じてる?」

 

 キリアにだけ聞こえるように言った。

 しかし意味が分からない。

 なぜ、今このようなことを優斗が訊いたのか、キリアには理解できなかった。

 それでも、

 

「当たり前じゃない」

 

 キリアは正直に答える。

 自分が幼なじみのロイスを信じないわけがない。

 

「…………そっか」

 

 優斗は大きく息を吸い、溜息を吐きながら頷いた。

 彼女が信じているというのならば、だ。

 自分が想像している最低な展開とは違う。

 

「……だけど悪い状況だと見たほうがいいか」

 

 誰にも聞こえないくらいに、ぼそりと呟く。

 そしてまたキリアの耳に口を寄せた。

 

「キリア、目を凝らしてロイス君の鎧を見て」

 

「何よ、いきなり?」

 

「いいから」

 

 拒否できないくらいに強く言われた。

 なのでキリアは不承不承ではあるが、言われた通りに鎧を見る。

 

「…………」

 

 一体、何なのだろうか。

 こんな真っ黒な鎧を見たところで――

 

「……えっ?」

 

 ビクリ、とキリアの身体が震えた。

 

「……な、なに、今の?」

 

 悪寒がした。

 ロイスからじゃない。

 彼からは昔と変わらない気配がする。

 だけど、だ。

 何か別の存在が“いる”。

 

「キリア?」

 

 様子のおかしくなった彼女に首を捻るロイス。

 けれどキリアはそれどころじゃない。

 

「……ロイス。それはなに?」

 

 問うた瞬間、彼も優斗達の様子がおかしい理由に気付いた。

 けれど気付かないフリをして、

 

「何のことだ?」

 

「……とぼけないでよ、ロイス」

 

 昔だったら分からなかった。

 少し前でも無理だっただろう。

 けれど今は違う。

 宮川優斗の弟子になったからこそ、気付けた。

 

 

「その鎧は何なのかって訊いてるのよ!」

 

 

 禍々しい気配が――そこにある。

 

 

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