第265話 足掻いた先にあった結末
リヴァイアス王国は流通の拠点だ。
けれど、だからこそ起きる問題もある。
その一つが捨て去られる子供のことだ。
山に置き去りにすれば、気付きにくいように。
似たような理屈で、船着き場もまた誰が捨てたのか分かりにくい。
数多の国の、数多の船が行き来するからこそ――捨てやすい。
それがリヴァイアス王国における、問題の一つだった。
しかし国内を改革し、孤児を受け入れ、教育し、あまつさえ王城内における侍従として雇ったのが今のリヴァイアス王だ。
当然、多々問題はあったが、全てを根気よく解決し、その手腕を以て導いたリヴァイアス王は当然、賢王として名高いのも当然だった。
だが、それでも、だ。
孤児院を気に掛け、その子供達も国民なのだから愛していくと誓ったリヴァイアス王が、動揺してしまったことがある。
それは十年前、捨て去られた兄妹のこと。
虐げられてこの場所に置いてかれたのか、最初は酷く怯えていた。
だからこそリヴァイアス王は他の孤児よりも多くの時間、二人と接した。
他の孤児達と同じように笑ってほしい、と。
そう願ったから。
――だけれども。
そう、だけれどもと言うべきだろう。
願いは難しいものだと気付いてしまった。
足繁く孤児院へ通っていくうちに、生じる違和感。
どうしようもないほどに、確信が芽生えた瞬間がある。
「君達はもしかして、人の考えを読めるのですか?」
もし、そうであるのなら。
普通の子供として愛することは、難しいだろう。
考えなければならないことが、たくさんある。
これは大変だと思っていると、自分の前に立っている幼い子供達の表情が歪んだ。
「……ん? ああ、そういうことですね」
きっと二人は自分の思考を読んだ。
悲しそうな表情を浮かべている幼い子供達の頭を撫でる。
「今の私の思考を読んでごらんなさい?」
けれど、けれどだ。
難しいだけであって、叶わないと思っているわけではない。
他の孤児と変わるところはどこにもない。
自分が守る愛すべき子供達と、何一つ違いはない。
ただ、少しばかり育てることが難しいと思っただけのこと。
「大変だということも、他と違うということも、分かった上で私は受け入れますよ。理解しましたね?」
問い掛けに対して、幼い二人が頷く。
それはよかったと思いながら、とりあえずは二人の思考を読む能力を使っては駄目な状況を教えなければと考えて……やっぱり大変だと思いながら笑ってしまった。
それからというもの、ロレンとロニスはすくすくと成長した。
他の孤児とも仲良くして、礼儀作法も貪欲に学ぶ。
思考を読んでいい状況を教え、うっかり思考を読んでしまったとしても表情に出さない術も教えた。
けれど感情表現がないわけではない。
二人の瞳は、何を思っているのか雄弁に語っているから。
しばらくしてリヴァイアス王は、孤児達を城内の侍従として働かせ始めた。
元より、働く伝手が他の国と比べて幾つもあるわけではない。
容易に他国に行くことも出来ない。
だからこそリヴァイアス王は礼儀作法を学ばせ、他国から来た客の相手が出来るようにした。
皆、素直に学んだ甲斐があって小間使いとしても、侍女としても、メイドとしても、執事としても優秀だ。
同じように礼儀作法を学ばせた実の子供は大抵が無駄に増長しているというのに、どうしてこうも違ってしまうのだろうと頭を悩ませることもある。
けれど愛すべき子供達として、平等に。
どんなことであろうとも守っていこうと思っていた。
けれど、だ。
リヴァイアス王は唯一の失態を犯した。
長男であるグロウに兄妹の能力を知られてしまったこと。
さらにはグロウを次期王にすると馬鹿な貴族共が集まって、一斉に推し始めた。
ふざけたことを、と思いながらもリヴァイアス王は思考を巡らせる。
実子の中でも、一番横暴で横柄で何より頭が悪い。
つまりは物事を誰よりも短絡的に考える人物だ。
どこから知ったのかと考えて……リヴァイアス王は舌打ちをする。
昔なじみの孤児は二人の能力を知っているが、仲間意識が強く誰かに言うことはないだろう。
言えば国が荒れるのは必至だと、リヴァイアス王が言い聞かせている。
働き口も命も、本当に左右されかねないのは事実。
しかも告げ口したことを自分に気付かれてしまえば、許されるわけがないと知っている。
そうなると、側近の誰か。
グロウという愚か者を王に据え、ロレンとロニスを使って金を貪る。
信用ある者を置いたつもりだが、そいつだけは分不相応に欲を掻いた結果だろう。
いずれはグロウとの繋がりを見せるだろうから、それまでは泳がせる。
目下、頭が痛いのはグロウだ。
短絡的に考えれば、あの二人の能力がどれほど有効かなど馬鹿でも分かる。
けれど短絡的故に、必ず世界各国に知られてしまう。
グロウは必ずや世界に二人の存在を見せつけてしまう。
そうなれば、どうなるか。
答えは単純で、ロレンとロニスの奪い合いが始まる。
問題とするのは、それが許せるか否か。
リヴァイアス王は鼻で笑って答えを出す。
「許せるはずもないでしょう」
同じく愛情を持って育てたグロウは最低なことをやらかしたが、ロレンとロニスは何もしていない。
ならば権利があるはずだ。
普通に生きる権利が、あの二人にはある。
それを――育ててきた自分が諦めるわけにはいかない。
だから考えた。二人が普通に暮らせる方法を。
この国でなくとも、自分の下でなくとも、それでも笑えるように。
愛すべき子供達を守るために。
リヴァイアス王は策を巡らせる。
そして考えた結果、最上となるのは唯一無二がいる場所だった。
「やはり、大魔法士様との関わりを持つしかないでしょうね」
大魔法士――千年の時を経て蘇った伝説であり、最強と呼ばれている存在。
彼であればどんなことになろうと、二人のことを守れる。
ロレンとロニスの能力がどれだけ貴重で有用だとしても、それ以上の存在が庇護しているのならば問題ない。
逆に言えば彼ほどの存在でなければ、二人の安全は保証出来ない。
つまり自分がすべきは――大魔法士の家臣になれるように、策を練ること。
だが、それがどれほど難しいかをリヴァイアス王は知っていた。
大魔法士の実像は噂程度しか広がっていないが、少しでも興味を持って調べれば気付くことがある。
彼はどれだけ魅力的な提案をしても、頷くことはほとんどない。
呼び出して出てくるようなことは、絶対にないだろう。
ならばどうするか。
数多の可能性を見据えて考えたところで結果は一つだ。
出てくるしかない状況に追い込む。
大魔法士に頼らざるを得ない状況にしてしまえばいい。
そこから、さらに綿密に計画を立てた。
半年後の退位はもう揺るがせないのだから、それまでに全てを終わらせる。
まずやったことは、ロレンとロニスを使っての横暴な商談。
あの二人は自分が二人の能力を使って商談するなど、考えてもいなかったろう。
不審と、不安と、懐疑の視線を向けられるが、それでも二人が自分の思考を読むことはない。そうするように教えてきた。
さらに横暴に振る舞う理由は二つあって、一つはリライトの焦りを生み出すこと。
大国故に商談は幾つもあり、関わる機会も多い。
他の国も同じように横暴な対応はしているが、一番酷い態度を取っているのはリライトだ。
もう一つ――こっちが一番の理由だが、ロレンとロニスの未練を残さないこと。
後ろ髪引かれることなく、この国から出すために必要な処置。
幼い頃から知っている二人を、蔑ろに接することは嫌だったが仕方ない。
そうしなければ安心して生きられる道筋をリヴァイアス王は作ってやれない。
そして狙い通り、リライトは大魔法士を連れてくることを伝えてきた。
ロレンとロニスを大魔法士の家臣にすると決めてから、リヴァイアス王は最強の存在について、さらなる情報を集めていた。
結果として朧気に見えた実像に、リヴァイアス王は笑みを浮かべる。
彼の存在の真髄は、おそらく魔法でも精霊術でもない。
圧倒的なまでの洞察力と観察眼。
根幹としてあるのは、それだ。
思考の深さはリヴァイアス王よりも上で、さらには頭の回転速度も上だ。
でなければ、何度となく降り掛かってきた難題を、あれほど軽やかに解決出来るわけがない。
――だから、きっと大丈夫です。
宮川優斗ならば教えずとも気付いてくれる。
グロウが大魔法士とやり取りをすると言い出した時も、渡りに船だと思った。
ほんの数分だろうと、ほんの数秒だろうと、グロウの失態によって大魔法士は絶対に気付く。
ロレンとロニスに〝何か〟がある、と。
そうなれば、後は簡単だ。
リライトに襲い掛かった問題を穏便に収めるにはどうするか。
一言、二人を気に入ったから連れて帰ると言えばいい。
特別性を隠している二人は、ただの執事とメイドでしかない。
それを気に入ったから家臣にすると言われたら、こちらとしては頷くしかない。
リヴァイアス王国から大魔法士の家臣となる者が出るのなら、誉れ以外に言うべきことはないのだから。
ロレンとロニスも乱心した王よりは、大魔法士の家臣になったほうがいいと考えるだろう。
けれど当日、リヴァイアス王は一度だけ取り乱した。
愛すべき子供達を貶された時、その一瞬だけは素が出てしまった。
問題にはならないだろうが、どうして大魔法士があのような暴言を吐いたのか。
それだけが少し、リヴァイアス王の胸にしこりを残した。
しかし、それも今は関係ない。
午前中と同じように、リヴァイアス王は遅れて大魔法士の下へと向かう。
すでに息子とのやり取りは終わっている。
だからリヴァイアス王は会議室の前で大きく深呼吸してから、仮面を被るように嘲るような笑みを浮かべて部屋に入る。
「これはこれは、息子との会話は楽しまれましたか?」
前を見れば、大魔法士が堂々と座っている。
おそらくは……いや、絶対に大魔法士は息子の醜態によって気付いたはずだ。
彼の背後に立っているロレンとロニスが、どのような能力を持っているのか。
そして自分が、二人を使って何をしていたのかを。
――つまりは私が、どれほどのことをしているのか把握した。
リヴァイアス王は思考を読み取り、世界各国を相手取った卑怯者。
そんなレッテルが張られているはずだ。
だから無能であることを演じよう。
大魔法士はロレンとロニスを助けてくれる。
そして二人は気兼ねなく彼の部下になり、普通の日々を過ごす。
それだけで十分だ。
十分に満足の出来る結果を得られる。
――やっと、ここまで辿り着きました。
実の子供と同じように愛した。
けれど実の子供以上に親愛を向けてくれた二人に、自分が出来る最後のことだ。
だから最後の最後まで。
ここに残る必要がないように。
新天地に胸が踊るように。
道化を演じよう。
そう思った賢王の考えは、
「――喜べよ、リヴァイアス王」
たった一言で打ち砕かれた。
全てを見通すように、真っ直ぐ見据えた瞳。
堂々たる態度の大魔法士に、それを守るように立つ二人の近衛騎士。
何より側に控える執事とメイドは、昔から仕えているかのように自然だった。
あまりにもしっくりと来て、あまりにも望んでいた光景。
演技することを忘れて息を呑んだリヴァイアス王に、大魔法士は笑みを向ける。
「最後の悪あがきに興味を抱いた。そして僕の興が乗ったのだから――」
この後、告げられる言葉は望み通りだろうか、と。
リヴァイアス王は願うように大魔法士を見ていた。
その気持ちを届いたのかどうか、分からない。
けれど、大魔法士は一つ頷くと、
「――お前の願いは叶う」
望んでいた言葉を、望んでいた態度で、望んでいた声音で。
大魔法士は言い放った。
◇ ◇
優斗はまるで宣言するように言い放つと、リヴァイアス王に座るよう促す。
「とりあえず座ってくれ。今後の話をするとしよう」
促されるように座ったリヴァイアス王は、真っ直ぐに前を見る。
目の前にいる大魔法士は何かを気にしている様子もなく。
淡々と伝えた。
「お前の考えは正しい。野心のある人間は必ず、この二人の力を欲する」
それはまさしく、何もかも気付いていると言ったに等しかった。
優斗はふっ、と笑って告げる。
「だからもう、演技は必要ない」
「……そこまで気付かれたのですか?」
「僕を謀ろうとするのなら、午前中はもっと間抜けにならないといけなかったな」
そう言って優斗は指を二本立てる。
「扉の前であろうと気を抜いたこと。侍従に対する暴言に反応したことが失敗だ」
つまりは午前中の時点でリヴァイアス王の演技に気付いていた、ということ。
そこから思考を巡らせれば、今日の出来事は一体何だったのか。
「馬鹿な王を演じて、馬鹿な王子を舞台で踊らせた。だとしたら、この状況をデザインしたと考えるのは難しい話じゃない」
優斗は確認作業のように、自身の予想を語る。
「リヴァイアス王も自信はあったろう? 馬鹿息子が醜態を晒して、二人の能力を僕に気付かせてしまうことを。そして馬鹿な王子がこれから、ロレンとロニスをどのように扱うのかを」
実際には、この点についても午前中から気付いていた、と。
付け足すように言われたことに、リヴァイアス王は驚愕を隠せない。
だが優斗は目の前の王の反応など、さして気にもせずに会話を続ける。
「さて、ここからは簡単な思考実験だ。リヴァイアス王が馬鹿王子を潰すつもりだとしても、運悪くあれが王に即位した場合。いや、潰した場合においても問題は残る」
そう言いながら、優斗は背後に立っていた執事とメイドを側に呼び出す。
「問題とはロレンとロニス、二人の情報がどこまで漏れているか分からなかったこと。全て把握するのは僕ですら難しい」
どれだけ優秀だとしても……いや、優秀だからこそ優斗と同じ結論に至る。
ロレンとロニスの価値と、重要性を知っているからこそ。
「つまるところリヴァイアス王国において、危険性の完全な排除は不可能。ならば二人のためにどうするべきか、一番良い方法は何だろうか。リヴァイアス王は考えたことだろう」
最も安全に二人が生きられる場所。
どうしたらロレンとロニスが、怯えることなく暮らせるのか。
「そこで大魔法士に目を付けた」
優斗は語りながら、自分自身を指差した。
「最強の存在の庇護下にあれば、誰も手出しすることはない」
出し抜けると愚かにも考える馬鹿ならば、その前に捕まる。
運良く連れ出す機会を見つけようと、実行出来るか否かは別問題。
それほどに大魔法士という存在は並外れている。
「要するに対策としては僕の家臣にすることが最高で、余計な邪魔が入らず解決する方法になる」
展開としては大魔法士が二人を見出し、家臣にしたいと申し出た。
これだけで済む。
あくまで今の二人は執事とメイドであって、無理に引き留めると無用な疑いを生んでしまうのは誰にだって分かることだ。
「だが、ただの執事とメイドを大魔法士の家臣とするためにはどうするべきか。普通にお願いすれば一蹴されるのは目に見えている」
言いながら優斗は自分だけでなく、ロレンとロニスのことも指し示す。
「だから演技をした。そうだな?」
色々と意図があることだろう。
たくさんの思惑を携えているだろう。
だが、
「演技した理由は大別すれば二つ。一つは横暴な交渉に加えて僕とのやり取りをちらつかせれば、リライトがいつか頼る先に僕はいる」
優斗を呼び出せ、と前々から言っていたのも伏線の一つ。
リライトならば、優斗以外にも解決出来る人間はいることだろう。
しかし、リヴァイアス王がわざわざ大魔法士の名前を出したのならば。
一挙に解決するためには、優斗が対応することこそ一番合理的だと誰もが考える。
事実、リライトは引っ掛かった。
「僕がやってくれば、リヴァイアス王やグロウの側に二人を置いている危険性に気付く。そしてリライトにも自分自身にも面倒な被害が出るとなれば、僕の重い腰も動くだろう。その後に起こるのは先ほど言った通り、手っ取り早く解決する手段を取るのが一番だ」
つまりはロレンとロニスを己の家臣にすること。
愚かな王と、愚かな次代から二人を引き剥がす。
それが大魔法士のやるべきことだと、リヴァイアス王は思わせたかった。
「もう一つはロレンとロニスの未練が無くなるように、だな」
先ほどリヴァイアス王が演技した理由に、優斗は自分と二人のことを指差した。
けれどロレンとロニスは、その内容に目を見開く。
「お前達は二人とも、リヴァイアス王国もリヴァイアス王も好きだろう? だから離れがたくならないように、嫌われようとしたんだよ」
違うか? と、からかうようにリヴァイアス王へ視線を向ける優斗。
「……お見それしました」
嘘を吐いたところで意味はない。
だから素直に、優斗の言葉に頷くリヴァイアス王。
「ロレン、ロニス。二人とも席に着け」
優斗は自分の両隣にある椅子を引く。
侍従であれば本来、あり得ないことだとしても今は違う。
「リヴァイアス王が記した脚本は、お前達の未来を救う物語だ」
他の誰でもないロレンとロニスのために、試行錯誤し思い描いたこと。
「だからお前達は最も間近で、最も敬愛する王の足掻く様を見届けろ」
チャンスは一度だけ。
大魔法士は、何度も出逢えるような存在ではない。
だからリヴァイアス王はこの一回に全てを賭けて、必ずや想いを成し遂げる。
「ロレンとロニスにとっては――」
父親のように慕っている人間が足掻く様は、どのように映るだろうか。
無様だと笑い、憐れだと嘆き、つまらないと蔑む?
それとも人の人生に対して、何を勝手にやっていると騒ぐ?
いいや、それだけは絶対にない。
「――何にも代え難い、大切な瞬間のはずだ」
自分達のために動く父親が、そこにいるのだから。
だとしたら、目に焼き付けて然るべきだ。
「……ありがとうございます、大魔法士様」
代表してロレンが頭を下げる。
そして二人は優斗の両隣に座った。
満足げに頷いた大魔法士は、再び真正面へ視線を向ける。
「さあ、交渉といこうか」
全てはこの状況を作り出すため。
本来の予定では、ここからが本当の勝負だったはずだ。
それを分かっているからこそ優斗は問い掛ける。
「リヴァイアス王。お前の願いは何だ?」
「どちらも貴方様の家臣にしていただきたい」
間髪入れずに答えたリヴァイアス王に、優斗は興味深そうに聞き返す。
「二人のことを家臣にするとして、僕にとって何の利益がある?」
普通に考えれば読心が出来ることこそ、優斗にとっての利益となる。
そんなことは分かった上での問いに、リヴァイアス王は迷うことなく答えた。
「ロレンは執事としても優秀ですが、学者にも興味を持っています。おそらくは自分達がこのような魔法を宿してしまったルーツを探りたい故の衝動でしょうが、これは大魔法士様にとっても有益なことでしょう」
大切な子供のことだから、知っているとも。
愛している子供達のことだから、何をしたいか気付いているとも。
そして大魔法士のことも調べたのだから、それこそが最も価値ある答えだと理解している。
「貴方様は知識も知恵も大切だと考えておられる。深慮する貴方様にとって、過去に想いを馳せるロレンは重用するに足る人間です」
過去を見据え、点と点を繋ぎ線とする。
大魔法士にとっては有益だと、リヴァイアス王は胸を張って答えた。
「なるほど。だとしたらロニスはどうだ?」
「ロニスは単純にメイドとして、とても優秀です。それは大魔法士様とて実感されたことでしょう」
数多の相手国を担当していたロニス。
そして、それが出来ることこそ彼女の優秀さを示している。
「緊張して当然である他国の要人に対して、いつも完璧な対応をしてきました。そして今回は大魔法士様という緊張を与える極致の相手であっても、十分に及第点の働きをしました」
リヴァイアス王には自信がある。
午前中の商談で、文句一つなくロニスの紅茶を飲んでいた優斗だからこそ、彼女がどれほどのメイドであるか理解しているはずだ。
「確かに僕の家臣とするに最低限必要なものを持っていた」
「最低限とは何を仰います。貴方様の家臣にとって、それが最も大切なことでは?」
リヴァイアス王は優斗の言葉に対して、読み間違えることをしない。
この世界において最高の立場を持つ人間は、相応の付き合いが発生する。
ならばロニスは、彼の家臣となることに対しての必須条件を満たしている。
「大物に対して緊張することなく、適切な対応をする家政婦。貴方様の立場を考えれば、ロニスは手元に置く価値がある人間です」
一から育てる必要がない。
大魔法士の家臣となるに必要条件は、全て満たしている。
断る理由を探すことこそ難しいはずだ。
「そして貴方様は、交渉だと仰いました」
何のために大魔法士はそんなことを言ったのだろう、とリヴァイアス王は少しだけ考えた。
これは自分が願ったことで、受け入れてくれるだけで感謝すべきこと。
だというのに、わざわざ交渉と言ってくれたからには、返すべき言葉がリヴァイアス王にはある。
「大切な子供を差し出す私に対して、大魔法士様は一体何を与えて下さいますか?」
守ってもらえるだけで十分だ。
何の憂いもなくロレンとロニスが生きていけるのなら、それに勝るものはない。
けれど最強の存在が、柔らかい表情で笑みを浮かべていたら。
いや、浮かべているからこそ期待してしまう。
ただ平穏に生きるだけではない――その先のことを。
「二人が幸せになる様子を見せてやる」
そして告げられたことに対して、リヴァイアス王は少し呆けた後に下を向いた。
期待外れだろうかと考えて、内心で首を振る。
何故なら自分の理想とすることを、叶えてくれる言葉だった。
「ロレンとロニスの幸せ。それ以上に与えるものが必要か?」
優斗の問い掛けに対して、リヴァイアス王は下げた視線のまま。
けれど、愛すべき子供達のために策を弄した希代の賢王にとって。
言えることなど、たった一つしかないだろう。
「いいえ。唯一無二の言葉を――頂きました」
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