第266話 最初の家臣、最初の命令





 優斗とリヴァイアス王、ロレンとロニスはそれぞれ書類にサインをする。

 全てに署名が終わると、リヴァイアス王はほっと一息吐いた。


「私はロレンとロニスを……受け入れた孤児の皆を息子や娘だと思っています」


 たくさんの子供達がいる。

 これはリヴァイアス王にとって自慢すべきことだ。


「どうしてでしょうね。同じように接しているはずなのに、血を分けた子供達はどうしようもなく力に溺れました。その最たる例がグロウです」


 生まれながらに王族だからこそ、増長してしまったのか。

 それとも生来の気質か……あるいは教育によって歪んだか。

 どれにせよグロウは王となるには、あまりにも考えが足らず傲慢だった。


「孤児院にいる我が子供達は、誇らしいと自慢できるほどだったのに」


 誰もが一生懸命に働き、とても素直な性格に育った。

 だからこそリヴァイアス王は、孤児達が健やかに生きていけるように全力で守ろうとした。


「けれど誇らしい我が子供達の中で唯一、私の力で守り切れないのが貴方達二人です」


 ロレンとロニス。

 人の思考を読み取れる神話魔法を宿した兄妹。


「他の子供達は私のところへ連れて行けます。しかしロレンとロニスの力はグロウに知られ、道具として使われてしまう。私はそれが許せなかった」


 王であることに固執してはいない。

 適した人物が王となるのなら、リヴァイアス王とて否定はしない。

 だがグロウは駄目だ。

 あの考え足らずでは、ロレンとロニスを人間として扱うことがない。


「どうしても二人を守りたかったのです。だから大魔法士様の家臣にすることを思い付きました」


 リヴァイアス王はそう言うと、二人に近付いて柔らかく頭を撫でた。


「今の私の思考を読んでごらんなさい?」


 告げられたことにロレンとロニスはハッ、とした表情でリヴァイアス王を見る。

 今、言われたのは……初めて思考が読めることを気付かれた時と同じ言葉だ。


「私の考えをしっかりと知って、胸を張って大魔法士様の家臣になりなさい」


 二人のことを優斗に任せる理由は紛れもなく一つなんだということを、どうしてもはっきりと伝えたいから。

 だからリヴァイアス王は思考を読むことを許した。


「さあ、どうでしょう。私は二人に嘘を付いていますか?」


 優しい表情で、温かい声音で問い掛けるリヴァイアス王。

 ロレンとロニスは顔を見合わせ、そして敬愛する相手に視線を向ける。

 ただそれだけの行動なのに……ロレンとロニスの瞳からは涙が溢れてきた。


「私の下から巣立つのは寂しいものですが……、それでも心配はしていません」


 伝わってくるのは大きな安堵と心からの喜び。

 そして少しの寂しさがある。

 けれどそれ以上に、誇らしいと言わんばかりの想いがそこにある。


「何故ならロレンとロニスは、私の自慢できる子供達なのですから」


 大魔法士の家臣に出来ると分かっていた。

 世界最強の存在も認めると理解していた。

 それほどまでに誇れる二人のことを、自慢したくなるのは当然のこと。

 と、その時だった。


「仕えることだけが、想いを示す証拠というわけじゃない」


 優斗は微笑ましく三人のやり取りを見ながら、それでも口を開いた。


「二人はリヴァイアス王のことを、どんな風に見ていた?」


 今、賢王の思考を読んだことで彼の想いは伝わったことだろう。

 だが一方通行では寂しいじゃないか。


「言わなくても分かるかもしれない。けれど言葉にしたほうがいいこともある」


 リヴァイアス王が何を考えていたのかを教えてくれたなら、今度はロレンとロニスの番だろう。


「だから最初の命令だ」


 サインすべき書類は全て終えている。

 すでにロレンとロニスは優斗の家臣だ。

 そして家臣となった二人に対して、主たる優斗が最初に命令することがある。


「想いの全てをリヴァイアス王に届けろ」


 何を考えて、どう思っていたのか。

 ロレンとロニスは一体、リヴァイアス王のことをどんな風に想っていたのか。

 今、この瞬間だからこそ伝えるべきだ。


「無礼であっても、それを命じたのは僕だ。つまり責任は全て僕にある」


 家臣として主人の命令は絶対だ。

 相手が王だからといって遠慮する必要はない。


「大魔法士様……」


 ロレンとロニスは大魔法士の命令に対して、一度だけ新たな主人となった相手に視線を向けた。

 朗らかで、柔らかい表情の優斗は二人の視線を受け止めると頷く。

 それで覚悟は決まった。


「ぶ、無礼を承知で……っ、失礼を承知した上で申し上げますっ!」


 ロレンは涙を溢れさせたまま、頭を撫でてくれている手に触れる。

 王である存在が読心出来る者を近くに置くことが、どれほど危険であるかは分かっていただろうに。

 それでもこの人は守るべき子供達として、自分達を守ってくれた。

 この手が孤児となった自分達を掬い上げてくれた。

 たくさんの愛情を注いで、たくさんのことを教えてくれた。


「……っ」


 伝えたいことがある。

 心から想っていたことがある。

 けれど侍従として、決して言葉にしないと決めていた。


「私とロニスは……っ!」


 だけど今、それを伝えろと命令された。

 新たな主が命令してくれた。

 だから伝えようと思う。

 ずっとずっと、幼い頃から抱いていた気持ちを。



「我々は貴方様のことを父のように慕っておりました!」


「初めて頭を撫でてもらった時から大好きです……っ!」



 二人は一歩踏み込み、父親のように思っていたリヴァイアス王に抱きつく。

 ぎゅうっと、今まで培ってきた全てを込めるように強く。


「……ロレン、ロニス」


 リヴァイアス王は思いの丈を込めた言葉に嬉しそうで……少し寂しそうに微笑んだ。

 そして二人の背中をポンポン、と優しく叩くと優斗に向けて小さく頭を下げた。


「大魔法士様。愛息と愛娘のことをどうか、よろしくお願い致します」



       ◇      ◇



 それからというもの、リヴァイアス王は表情を崩したままだ。

 大切にしていた子供達の内心を聞いて、本当に嬉しいのだろう。


「リヴァイアス王に少し訊きたいことがある」


「何でしょうか?」


「リライトとの商談が終わったら、王としての仕事は全て終わりになるのか?」


「はい、その通りです」


「だとしたら暇はあるわけだな?」


「……? ええ、仕事については隠れて育て上げた王族の遠縁に、引き継がせる準備は終わらせております。グロウにしても他の馬鹿息子に腐った貴族、ついでに言えば私を裏切った側近についても様子を見て潰す手立ては済んでおります。これからは落ち着いて暮らそうと思っていますよ」


 ロレンとロニスのために動きながら、並行して国内の掃除も企てた。

 特に二人の情報をグロウに渡した馬鹿は、生きる気力がなくなるほどに叩きのめすとリヴァイアス王は決めている。


「それなら二人を迎え入れる日、うちに来い。来年まではトラスティ公爵家で仕事をしてもらうが、息子と娘の職場環境は気になるだろう?」


「大魔法士様ですから心配はしていないのですが、確かに気にならないと言えば嘘になります」


「だったら決まりだな。帰りはリライトと同日だから、船も準備しておいてくれ」


「かしこまりました」


 すでに優斗はリライトから離れて単独で動いている身。

 それを知っているからこそ、リヴァイアス王は問うことなく頷いた。


「やっぱり僕とリライトが今回、喧嘩別れした情報は回っているのか」


「その通りですが、それよりも午前中の会議では目を疑いました。大魔法士様を蔑ろにして密談しているのですから」


「頭が悪いどころか無能がいたからな。あそこまでやられて、それでもリライトに肩入れすればバランスが崩れる」


「でしょうね。しかしリライトにとっても良い教訓になるのでは?」


「ワルドナ公爵にも、そこを考慮してもらった点は否めないが……まあ、爵位は叩き落とすつもりだ」


 むしろそれで終わらせてやる、と言ったほうが正しい。

 優斗のためにもトラスティ家のためにもやったほうがいいとはいえ、ワルドナ公爵は自身の息子にも期待を持った。

 そこはやはり非難すべき部分だ。


「あとはリライトの上層部がどう判断するのか、ですね」


「ワルドナ公爵を考慮すれば伯爵で済ますのが妥当だが、侯爵もしくは現状維持を選んだ場合はリライトに貸しだ」


 王族がどんな選択をするのかは分からないが、譲歩することはない。

 優斗もそのことだけは、アリー達に申し訳なく思う。


「ロレンとロニスも時折、こういうことが起きる可能性を覚えておいてくれ」


「かしこまりました」


「はい、分かりました」


 リライトに住んでいようと大魔法士である以上、完全にリライトの人間になるわけではない。

 今回のように対する可能性がある。

 おそらく最初で最後になるはずなので、余計な心配をする必要はないが……それでも覚えておくべきだろう。


「それと二人に伝えておくことがある」


 なあなあにして、曖昧にしるわけにはいかない。

 最初だからこそ、はっきり告げるべきこと。


「お前達の忠義は僕が貰う。僕の家臣になる以上は必然だ」


 少しだけ真剣に告げたこと。

 言わずともロレンとロニスは分かっているだろうが、それでも言葉にする意味がある。


「だからといって、リヴァイアス王との縁を引き裂くつもりは毛頭ない。これからは王と侍従ではなく、ただの家族として会えばいい」


「……えっ? で、ですが王は我々を守るために貴方様の家臣にするのですから、会うことはままならないのでは?」


 ロレンが驚きで目を見開きながらも確認を取る。

 二人がリヴァイアス王国を離れるのは、優斗の家臣になって守られるため。

 だから父のように慕っているリヴァイアス王と会うのは難しいと思っていた。


「重要なのは二人が僕の家臣であり、リライトにいるということだ。リヴァイアス王が会いに来る分には危険性は全くない。というより二人が幸せになる様子を見せてやると言った以上、会わせないと意味がない」


 重要視しているのは優斗の庇護下にあり、尚且つリライトにいること。

 事情を知っている者達に、二人が大魔法士の家臣になったと知らしめることだ。


「リヴァイアス王には今後、僕との窓口になってもらう」


 優斗がロレンとロニスのことを気に入って家臣にするとはいえ、リヴァイアス王国から出した二人だ。

 国としては繋がりを保つためにも余計な面倒を起こさないためにも、フォローをする体制は整えておくべきだ。

 そして優斗がそれを許すのは、リヴァイアス王のみ。


「隠居する身とはいえ、大役は望む所だろう?」


「ええ、もちろんですとも。当然、他の子供達と一緒に伺ってよろしいのでしょう?」


「そこら辺はリヴァイアス王の匙加減に任せる。どうとでも出来るだろうからな」


「はい、ありがとうございます」


 希代の策士と大魔法士のやり取りは、ややこしいであろう事柄すら簡単に思わせてしまうから不思議だ。

 流れるような会話で終わらせるべきことではないのに、淡々と話を進めてしまう。


「それと僕は読心を使うべき状況であれば、間違いなく使うように命令する。そこは理解しておくように」


 と、その時だった。

 優斗はロレンとロニスにとっての重大事項を気軽に言い放った。


「状況とは、一体どのようなものでしょうか?」


「身内を守らなければならない時だ。他の状況で使うことはない」


 ロレンの疑問に優斗は迷うことなく答える。


「それに僕自身、似たようなことが出来る。リヴァイアス王が示したようなことを、ロレンとロニスにやらせる必要はない」


 相手の内心を知りたければ、揺さぶって感情を引きずり出してやればいい。

 優斗やアリーにとっては常套手段なのだから、大魔法士にとって読心出来ることは特別に値することではない。


「それと僕が家を持つまで働いてもらうトラスティ家限定で、二人の能力は伝える」


「……ですが大魔法士様、私とロニスの力は周囲に不安を抱かせます」


「不安……? トラスティ家の面々が不安を抱く様子を思い描けないが……まあ、対処の仕方は考えてあるから気にする必要はない」


 優斗はそう言って、二人の読心に対する攻略法を説明する。


「まず一つ目は精霊での防御。魔法は精霊に対して弱い。とはいえ手練れの精霊術士以外、現実的な防ぎ方じゃない。トラスティ家では僕と嫁しか出来ないやり方だ」


 むしろ優斗以外に防げる人間がいることに驚くものだが、やはり彼自身で言ったように現実的ではない。


「二つ目。封印の神話魔法を使って思考を読む魔法を封印する。これが一番楽ではあるけれど、残しておきたいのが本音になる」


 本来、誰にも二人の存在がバレていなかったのなら、内密にやってしまえば二人がリヴァイアス王の側を離れることはなかっただろう。

 けれど知られているのだから、神話魔法の封印とはいえ躍起になって解除しようとする輩は現れる。

 結局のところ、危険性は変わらず大魔法士の家臣にすることも変わらない。


「三つ目。魔法具を作って魔法の発動を防ぐか、思考を読まれるのを防ぐ」


 そう言いながら優斗は胸元にあるペンダントを取り出す。


「後者はこれだが、さすがに量産は面倒だ。今のところは発動を防ぐ方向性で考えているから、親友に作るよう頼んでおく」


 トラストの勇者も厄介なものを仕込まれていたとはいえ、ある意味では未来視を防ぐ魔法具を持っていたのだから和泉なら作れるはずだ。


「本当にそのようなものが出来るのですか? 私も二人のために世界中から探しましたが、見つかることはありませんでした。魔力抑制の魔法具も無駄でしたので……」


 リヴァイアス王とて、当然探していた。

 けれど魔法の発動を阻害する魔法具など存在せず、作って貰うにしても難しすぎて技師には無理だと言われていた。


「僕の親友は作る物が厄介なほど燃える性質で、喜んで取り組んでくれる。加えて言うのならトップクラスの技師だから、ある程度の無茶も問題なくこなす」


 出来ないと絶対に言うことがない。

 むしろ出来るまでは頭を抱えながらも目を輝かせて、試行錯誤を繰り返す。


「不安要素は徹底的に潰すから安心してくれ」


 安心させるような声音で伝えると、リヴァイアス王は柔らかく笑んだ。

 やはり彼の家臣にしてもらえて良かった、と心から思う。

 世界最強にして最高の立場を持つ存在。

 自分の考えはやはり間違えではなかったのだと断言出来る。

 すると優斗もリヴァイアス王に笑みを返した。


「誇っていい。幾重にも策を弄し、大魔法士すら引きずり出して、守りたい二人を確かに守り切った」


 考えることは多く、幾つもの可能性から取捨選択があっただろう。

 けれどリヴァイアス王は間違えることなく、ロレンとロニスは確かに優斗の家臣となった。


「お前の企みは間違いなく――成功したんだよ」


 誰にでも出来ることではない。

 賢王にして希代の策士であるリヴァイアス王だからこそ出来たこと。

 孤児も我が子のように愛し、孤児からも親のように愛されたからこその結末。


「さて、名残惜しいだろうがそろそろ時間だ。ロレンとロニスは同僚と別れの挨拶をして、リライトに渡る準備を始めてくれ」


 気持ちを切り替えるように、パンと手を叩いた優斗は二人に指示を送る。

 ロレンとロニスは素直に了承した……ところで大魔法士はニヤリと笑い、


「ついでにリヴァイアス王のことを『お父様』と呼ぶ練習もさせるとしよう」


 からかうような声音で命令を言い放った。

 突然のことで、さらには予期せぬ言葉にロレンとロニスは狼狽えてしまう。


「だ、大魔法士様……!?」


「さすがにそれはご迷惑ですから!!」


 表情にあまり変化はないが、それでも焦ったような口調と瞳の動きに優斗とリヴァイアス王は吹き出してしまう。

 そしてロレンとロニスにはある意味で残念なことだが、大魔法士と希代の策士は二人の内心などお見通しだ。

 なので優斗はわざとらしく考えた振りをして、


「僕としては家臣とリヴァイアス王が、気兼ねのない間柄になるのは良いことだ。だから二人に命令してもいいか?」


「ええ、是非ともお願い致します」


 なんとも決まり切ったやり取りをして、優斗はロレンとロニスの肩を叩く。


「リヴァイアス王の願いは叶えてやりたいところだが……どうする?」


 新しい主の無茶振りと今までの主の期待が籠もった眼差し。

 自分達の心を読心するかのごとく看破された二人が、その問い掛けに反論など出来るはずもなかった。





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