第267話 結果がもたらすもの
翌日、騎士二人に護衛されながら優斗はロレンとロニス、マルスを連れて観光をしていた。
昨日のうちに二人が家臣になったこと、その理由までも伝えてある。
なので昼食を食べながら、優斗とマルスは今日の商談について話していた。
「やはり私としては、どうなるか気になるところではあるね」
「結果として解決になりましたから、これ以上はリライトや他国を叩く必要がありません。もちろん今日と明日の交渉は厳しいものになるでしょうが、今後は多少の有利性を貰える交渉になるんじゃないですか?」
リヴァイアス王としては、何かをやる必要がない。
最重要として定めていたことは終わらせているのだから。
そして王が替わるタイミングを見計らって横暴なやり取りを反省した姿を見せ、今まで通りの商談に戻していくつもりだろう。
「まあ、厳しくするのは僕に気を遣ってくれているからでしょうけど」
リライトはリヴァイアス王国との問題を解決出来なかったと知らしめるために。
喧嘩別れした優斗が協力しなかったと分かりやすくするためにも、リヴァイアス王は厳しい交渉を仕掛けるだろう。
と、そこで優斗は同じテーブルに着いて縮こまっているロレンとロニスに声を掛けた。
「それにしても、二人ともどうしたの? 食べないと冷めちゃうよ」
「……ユウトさん。少々どころか多大な疑問があるのですが」
外にいることもあって、大魔法士とは呼ばないロレン。
というより優斗が今朝、一番最初に言ったことは『様付けをしないこと』だ。
ついでに言えば口調も普段通りに戻しているので、ロレンとロニス的には違和感が凄まじい。
もちろん『様付けしないこと』も命令ではあるので、従順な二人は素直に従っているわけだが……。
「どうして騎士様も私とロニスも……その、ユウトさんとご一緒に昼食を……?」
「他のテーブルは埋まってるから。繁盛してるし美味しいし、良い店を紹介してくれてありがとう」
「家臣として当然のことです……ではなく、主人と同じテーブルを囲うことなどあり得ません」
「だからって時間をずらすのは面倒だし、主人として食べさせない選択肢はないから同席にしたんだよ。騎士二人は何かあった時、力が出ないと困るから同席させてる。というかトラスティ家だと一緒に食事することも年に何度かあるから、あり得ないことじゃないって理解しておいたほうがいいよ」
近衛騎士二人は優斗の無茶振りを知っているから、諦めの境地で淡々と食事を摂っている。
けれど優斗の説明に対して、信じられないものを見るような目でロレンとロニスはマルスを見た。
「そ、そこまで驚くようなことかい? 食事でのコミュニケーションも時には大切なことだよ。それにユウト君は家臣の慰労会として、自分達で給仕していたこともある」
再び信じられないような目が優斗に向く。
慰労会とはいえ大魔法士が給仕するとは何事だと思っているのだろう。
「どうにも貴族らしいことは苦手なんだよ。それに感謝するのなら自分で動かないとね」
相応の立ち振る舞いは出来るが、正直言って面倒だ。
なので可能な限り、家では普段通りに過ごしたい。
「……ユウトさん。ロレンは執事として仕事があるでしょうが、私にちゃんとした仕事はあるのでしょうか?」
ロニスがおっかなびっくり確認を取る。
ロレンは執事として家の中を取り仕切るため仕事はあるだろうが、果たしてロニスに家政婦としての仕事がちゃんとあるのだろうか、と不安になるのは仕方がないだろう。
「それはもちろん。さすがに家臣の仕事を奪う真似はしないし、今までの話は特別な事情があってのこと。ただトラスティ家の家政婦は……何て言うか一般的とは掛け離れてる部分もあるよ」
思い浮かぶのは家政婦長のラナだ。
彼女は優斗でさえ追いつかない技量の持ち主の上、家の中を取り仕切ったり公爵令嬢の教育係を請け負うなど、一般的な家政婦の領域は遙かに超えている。
「まあ、ラナさんと相談しながらにしよう。王城勤めしてた二人にとっては、異常な光景が多いと思うから」
高位貴族や王族が普通に遊びに来て、他国からも要人が平然とやってくる。
なのでトラスティ家の家臣は図太くないとやってられない。
「というわけで食べた食べた。僕のこと、同席させたのに食事を摂らせない駄目な主人にするつもり?」
再びの合図を送ることによって、ロレンとロニスはテーブルの上にある食事に手を付ける。
少しして、美味しさに表情が綻んだ。
◇ ◇
一方で商談を行っているリライトは、優斗の予想通り状況が芳しくなかった。
初日は完全に負け。
二日目もほぼ負けに等しく、三日目も同じく負け同然の結果となった。
初日以外の商談はリヴァイアス王の交渉方法が違っていたものの、結果としては初日とほとんど変わらず負けに等しい。
ロレンとロニスがいないのに、このような結果になったのは幾つか理由がある。
一つは交渉の責任者がワルドナ公爵ではなくなったこと。
彼であれば二日目と三日目、このような負けはなかったが如何せんドロニスは未熟。
リヴァイアス王を相手取るには若すぎる。
次いで二つ目の理由だが、リヴァイアス王が優斗を気遣ったことだ。
二日目と三日目の商談が上手くいってしまえば、様々な憶測が生まれてしまう。
それを消すためにもリヴァイアス王は容赦せずに商談を行った。
そして、二つ目に関連した三つ目の問題が最重要だ。
「本来であれば、このような交渉にならなかったでしょうに」
最終日の商談が終わったリヴァイアス王はドロニスに憐れむ声を掛ける。
今回、責任者となった青年は賢王が何の意味を含めていたのか、分かっているからこそ反応してしまう。
「……ユウト様のことですか?」
「もちろんです。大魔法士様を蔑ろにしたツケが、今に至っているのですよ」
最強の存在と呼ばれてはいるが、決して魔法や精霊術に特化した存在ではない。
そのことをリライトの人間、しかも公爵家の一つが勘違いしているとは思わなかった。
「他の商人や騎士の方々のほうが、よほど大魔法士様の重要性を認識しているようですね」
ドロニスの背後にいるリライトの面々は、リヴァイアス王の言葉に同意している。
ワルドナ公爵に至っては、全てを悟っているからこそ反応すら見せない。
それも当然だ。
大魔法士の真髄は圧倒的なまでの洞察力と観察眼。
たったそれだけを理解していれば……いや、そうでなくとも大魔法士を少しでも見ていれば、簡単に分かることなのだから。
だというのにドロニスは理解していなかった。
「大魔法士様は初日の午前で、ほぼ全ての把握をしていましたよ。何が起こっているのか、そして何が起きるのかも読み切っていました」
演技を見抜かれ、ロレンとロニスのことも正確に見抜いていた。
「本来であれば二日目と三日目の交渉、そちらが提出した金額そのままで通すことになったことでしょう」
「ど、どうしてですか!?」
「問うたところで、こちらが答えると思わないことです。解答を放棄したのはドロニス様では?」
本来であれば初日で全ては終わっていた。
大魔法士を蔑ろにしなければ何も問題にならなかったのだ。
「しかし私からは疑問が一つ、あります。絶対の優位を捨てて何がしたかったのか、それが分からないのですよ」
優斗が蔑ろにされていたことは、リヴァイアス王にとっても予想外だった。
ほとんどの人間にとって、彼を舞台から降ろすなどあり得ない選択だ。
だからこそ理屈を通り越した先の選択をしたドロニスに、リヴァイアス王は問い掛けた。
「仲間を……信じただけです」
「仲間を信じることで大魔法士様を超えられるのなら、最初から我が国を問題にしていないのでは?」
「それは……っ!」
「さらに言うとすれば、リライトが大魔法士様を軽んじたと私が吹聴すればどうなるか。結果が分からなかったのでしょうか?」
知らないからこそ軽視する。
会ったことがないからこそ甘く見る。
だがそんなこと、リライトに許されるはずがない。
「とはいえ大魔法士様もリライトが失態した事実は欲しかったところでしょうから、私が吹聴することはありません」
大魔法士を軽んじるような輩を牽制するために一度、やっておかなければならない行動。
余計な手出しをすれば、リヴァイアス王だろうと優斗は牙を剥く。
「ワルドナ公爵は大魔法士様の意図、理解されているのですよね?」
「ええ、理解しております」
何も分かっていない、とは言わない。
どうなるのか分かった上で、ワルドナ公爵は息子に期待を持った。
「私ほど血の繋がった子供の教育に失敗した親はいないでしょうが、そちらの御子息も苦難の道となるでしょうね」
「このような状況になったのですから覚悟しておりますよ」
どうなってしまうのか、ある程度の見当は付く。
ドロニスが今までのように綺麗な道を歩くことはない。
「貴方は良い商人でした。数十年後、御子息が貴方と同じくらいの商人になることを期待しています」
最後の最後。
ほんの一瞬だけリヴァイアス王は朗らかに声を掛けた。
でも、それだけでワルドナ公爵は気付く。
「やはり貴方様は……」
希代の賢王は暴君になったわけではなかった。
何かしらの意味があったのだと、ここでようやく理解する。
「どうなっているかは分かりませんが、全ては終わったことなのですね」
「ええ、私の目論見通りに」
リライトは何も把握出来ぬまま、成し遂げられた。
リヴァイアス王の考えも理由も理解出来ず、今後がどうなってしまうのかも不透明。
大国であるというのに、恥ずべき結果しか残せなかった。
「私はこれから船旅をせねばなりませんから失礼しますよ。リライトの方々も帰りの道中、お気を付けて」
リヴァイアス王はそう言うと、踵を返して歩いて行く。
残されたリライトの面々は去って行くリヴァイアス王を見送ってから、大きく溜め息を吐いた。
それは商談において完膚なきまでに叩きのめされた……だけではない。
今回の失態をどのように国へ報告すればいいのか、分からなかったからだ。
唯一、ワルドナ公爵だけは悟ったように落ち着いているが、彼は責任者ではない。
全てはドロニスに掛かっている。
「リライトに戻って……報告をしましょう」
「どのように報告するつもりだ?」
悔しそうに言うドロニスだが、ワルドナ公爵は息子の感情など無視して問い掛ける。
今の疑問は、ここにいる誰もが共有しなければならないことだ。
「我が王もアリシア様も此度の商談、解決したものと見て気に留めていないだろう。それを覆したとなれば、ここにいる全ての人間が叱責されるのは必至だ」
大魔法士に頼んで解決しないわけがない。
それほどの実力を、それほどの事実を優斗は積み重ねてきた。
だというのに今回の商談で問題が解決しなかった。
そこでリライト側に大きな非があったとなれば、今回の商談に関わった全ての者達に被害が出る可能性はある。
「だから全ての責はドロニスであり、ひいてはワルドナ公爵家の問題だと伝えねばならない」
「ですが、それでは……」
「全ての責を持てと言った。ワルドナ公爵家が窮地に陥るとも伝えた。ならばお前が持つべきは、否定の言葉でも疑問でもなく覚悟だ」
二度も優斗を責め立てたのに、甘い判断をしてくれるはずはない。
「ここから先は茨の道だ。覚悟して進むしかない」
当然、大魔法士の忠告を無視して息子に期待を持った自分も逃げるつもりはない。
醜聞が消えるには長い時間が必要だろうし、大魔法士と呼ばれてからはリライトで初めて優斗を表立って蔑ろにした家だ。
世界で一番の恩恵を受けている国が、しかも公爵家がやったとなれば醜聞が国内だけで治まらない可能性もある。
けれど、だからこそ意味がある。
そのことをワルドナ公爵は理解していた。
とはいえ今回の一件が意味することを、本当に理解している人間は数少ない。
大魔法士とリライトが対立した。
ならば誰が大魔法士と対立することで、最上の結果を得ることが出来るのか。
リライトに限って言えば、国の頂点に立つ王ではない。
優斗の思考を一番理解していて、相対することすら文句を言わせない唯一の存在。
それは彼女だ。
アリシア=フォン=リライト。
彼女だけが唯一、優斗と対立するに値することを。
少なくとも当人達だけは分かっていた。
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