第268話 たった一度だけの対立





 それから数時間後。

 アリーはリヴァイアス王国からリライト一行が帰ってくる日も時間帯も知っていたが、彼らのことを気に留めていなかった。

 問題が解決したと分かっているのだから、簡単な報告を受ければいい。

 ただそれだけだと、誰よりも理解していたから。


「……?」


 しかし最初におかしかったのは、戻ってきた面々の中に優斗がいないこと。

 一緒に報告をしてくれると思っていたのに、王城に顔を出すことなく帰っている。

 優斗としては明らかにおかしい対応だ。

 さらに言えばドロニス達が神妙な顔をしていることもおかしい。

 少なくとも解決して帰ってきた表情ではない。


 ――嫌な予感が……しますわね。


 全幅の信頼を置いている優斗がいない。

 それが意味することは何か、色々な憶測が生まれていく。


「ご、ご報告します」


 何故かワルドナ公爵ではなくドロニスが報告を始めた。

 それだけで『最悪』が近付いているとアリーは気付くも話を遮ることはせず、ドロニスからの報告を聞いた……のだが、彼が語る内容はあまりにも馬鹿馬鹿しいものだった。

 こちらから頼み込んで一緒に行ってもらった大魔法士に対して、二度の暴言を吐いたこと。

 さらに大魔法士から決別の言葉を受けたこと。

 ついでに三日間の商談、全て負けてしまったこと。

 全ての報告を耳に入れて咀嚼してしまえば、アリーは侮蔑していることすら隠さなくなっていた。

 この場にいるドロニス、ワルドナ公爵、そして張本人のシュイにアリーは絶対零度の視線を向ける。


「結局のところ、国庫に財を入れられるのは初日の交渉だけですわね」


 優斗がいるのだから初日で解決すると知っていた。

 ならば二日目と三日目の資料を弄る必要はない。

 もちろん念には念を入れるのがアリー達だが、今回は時間が足りないこともあっての判断だ。


「……い、いえ、アリシア様。初日こそが最も負けた日で――」


「だから大丈夫だと言っているのです」


 優斗を愚弄した人物を信じたが故に責任者となったドロニス。

 彼はアリーより歳上だというのに、どうにも青さが鬱陶しい。


「ワルドナ公爵を考慮し、やらかしたことを考えれば伯爵に落とすのが妥当ですわ。しかし国内のバランスを考えると、侯爵に落とすのが現実的なラインです」


 まるで温かみのない声音で斬り捨てるように言う。

 爵位を落とすことは決まっていると断ずる言葉に、ドロニスは恐怖で震えそうな自分を叱咤した。


「す、全ての責は私にあります。家には――」


「一体、何を勘違いしているのですか? 全ての責を負うのならば、家も付随するもの。そしてワルドナ公爵がやったことは、多大な貢献であると理解しています。だからこそ伯爵が妥当なのであって、理解せずに行っていたのなら――」


 アリーは単純明快な事実を言う。


「――爵位など剥奪していますわ」


 大魔法士を蔑ろにして、ただで済むわけがない。

 それに気付かないのだから、アリーとしては溜め息しか出ない。


「今後、国内外における商談は内々にロジル侯爵へ引き継ぎを行い、全ての公表は来年の四月とします」


 それだけを伝えてアリーは席を立とうとする。

 けれどシュイが慌てて頭を下げて、言葉を発した。


「あ、あの、わ、私が死んでお詫びしますからどうかドロニス様には――っ!」


「貴方が死んだところで意味はありません」


「ですが……っ!」


 それでも尚、食い下がるシュイ。

 だがアリーは一切表情を変えずに切り返した。


「言い方を変えましょう。貴方が責任を取って死んだところで、何も変わりはしないのですわ」


 死んで侘びる。

 確かに命を使った最上級の謝罪のように思える。

 だが、


「詫びにならないことをやっても、無意味であり無駄というもの。余計なことでしかありません」


 優斗にとってシュイが死んで侘びたところで責任を取れるほどの価値はない。

 道ばたの石ころ程度でしかない命、消えたところでどうでもいい。

 今度こそアリーは立ち上がって執務室から出ようとした……その時だ。


「だ、大魔法士様と懇意であるアリシア様であれば、どうにか出来るのではありませんか!?」


 絶対に言ってはならないことをドロニスは言った。

 家が窮地に陥るが故に発したのかもしれないが、それでも今の言葉がアリシア=フォン=リライトを本気で怒らせるには十分過ぎる。

 歩みは止まり、絶対零度の視線はさらに険しさを増した。


「……ふざけたことを」


 小さく、無意識に零れた言葉。

 けれど声音に込められた凄まじい怒気に、部屋の中が一気に凍り付いた。

 アリーは振り向くと、最大の失言をしたドロニスに言い放つ。


「ただでさえ、わたくしと大魔法士は今日……相対します」


 それが必要なことだから。

 逃げることが許されないことだとアリーは知っている。

 嫌だと思っていても、それでも対するべきだと理解している。


「だというのに大切な仲間――大事な従兄様との関係を、貴方達のためだけに取り返しがつかないほど壊せと?」


 失態を犯した馬鹿共のために。

 大切な従兄と培ってきたもの全てを捨てろとほざいた。


「わたくしとミヤガワ・ユウトが、王女と大魔法士として対する。その意味が分かっていないのなら黙りなさい」


 これ以上、口を開くことは許さない。

 何かを発することも、単語一つすら認めない。


「ワルドナ侯爵。子息の不手際を穏便に済ますこと、感謝してほしいものです」


 優斗も一度は彼らに甘い判断を下した。

 だからアリーも同じように一度は甘い判断をする。

 しかし、


「もし二度目があった場合、父にどのようなことを言われようと――」


 視線で殺せるのであれば、すでに殺している。

 それほどの怒りを以てアリーは三人を見据え、


「――潰しますわ」


 吐き捨てるように告げて部屋から出て行った。

 そして控えている近衛騎士に行き先を伝える。


「トラスティ公爵邸へ向かいます」



       ◇      ◇



 優斗はリライトの高速船ではなくリヴァイアスの高速船で戻ってきた。

 リライトの一員であるマルスと別れて帰るのは残念だったが、それでも義親子で観光できたのは良かったと素直に思う。

 もちろん商談については喧嘩別れしているから王城へ報告する必要もない。

 なのでロレンとロニス、それにリヴァイアス王を連れて優斗はさっさと家に帰っていた。


「ミヤガワ邸が出来るまで、トラスティ家の家臣として仕えさせます」


 皆を集めて二人のことを紹介する。

 優斗がこのように連れ帰ったからには、普通ではないだろうと察しが付いているので、家政婦長であるラナがすぐに言葉を発する。


「ロレンさんとロニスさんは、一体どのような方々なのですか?」


「心が読める魔法を使えるんです。まあ、近いうちに和泉から魔法具を渡してもらって、分かりやすく制御しておきますけどね」


 優斗の返答に対して、トラスティ家の家臣達は顔を見合わせる。

 表情に浮かんでいるのは、若干の困惑だ。

 けれど意味することはロレンとロニスの予想とは全く違う。


「他に能力はどのようなものが?」


「これだけしか持ってないですよ」


「それは、また……随分と普通の方ですね」


 ラナを筆頭に感覚が麻痺しているからこその感想。

 身内ですら大魔法士にリライト最強の精霊術士、いずれ神話魔法を使える天才幼女と揃いも揃っている。

 どれもこれも優斗が関わっているので、必然的にロレンとロニスにも身構えていた。

 だというのに、二人が出来るのは心が読めるだけ。

 トラスティ家の家臣が困惑するのも仕方ない。


「ユウトさんが未来の家臣として連れてきたぐらいだから、国一つぐらいは壊せるのかと疑いました」


「最低でも都市は破壊出来るものだと勘ぐったのに外れましたね」


 誰も彼もが二人の力が予想以下で驚いている。

 というより優斗が連れてきただけで、まともじゃないと断言しているも当然だ。

 今日はココもトラスティ邸に遊びに来ていて、同調するように頷きながらフィオナと話している。


「ユウが普通な人を家臣にしたの、ビックリじゃないです?」


「はい。拍子抜けしてしまいました」


「というかユウの家臣ってことは、フィオの家臣でもあるってことですよ? これから大丈夫です?」


「大丈夫だと思いますよ。優斗さんが私やまーちゃんに対して、問題となるような方々を家臣にするはずありません」


 そこらかしこでロレンとロニスのことを話している。

 だが、一つとして怯えたり怖がったりする様子がない。

 むしろ予想より遙かに普通で、驚いてもいなかった。

 トラスティ家の反応にリヴァイアス王は目を丸くする。


「二人の力について、本当に誰も気に留めないのですね」


「心が読める程度で動揺していたら、うちの家臣は務まらない」


 優斗が断言すると、ラナも追随するように頷いた。


「そもそもユウトさんも読心術を使われるので、お二人が増えたところで関係ありません。むしろ魔法具で防ぐ術がある分、ユウトさんよりマシというものです」


 家政婦長の補足説明に優斗は苦笑いを浮かべ、リヴァイアス王はころころと笑う。

 次いでラナは丁寧に頭を下げて、


「リヴァイアス王。私が大切な御子息、御息女を監督する立場となるラナ・クリストルです」


「大魔法士様の家臣として適している二人だと信じていますので指導のほど、よろしくお願いしますね」


「誠心誠意、教えるとお約束致します」


 一国の王に対しても平然と会話を交わす家政婦長というのも珍しい限りだが、そもそも大国の王がふらりと飲みに来たり、大魔法士が一緒に住んでいる家の家政婦長だ。

 ついでに言えば龍神の曾祖母扱いされて、それをしっかり受け入れているのだから他国の王が来たところで驚くに値しない。


「せっかくリヴァイアス王も来て下さったのだから、二人の歓迎会をするわよ」


 と、ここでエリスが名案とばかりに皆へ声を掛ける。

 そして家臣達も動きは早かった。


「では準備致します」


 コックのロスカはすぐに厨房へと向かい、他の面々もテーブルなどを動かし始める。

 現在地はトラスティ邸の広間であり、当然の如くトラスティ公爵家の面々が普段は食事等をしている場所だ。

 だというのに事前情報なしの突発的な家臣追加に対して、平然と対応する姿はロレンとロニスも驚いてしまう。

 なのでロレンは思わず家政婦長に確認してしまった。


「その、我々に対してもう少し……危機とかはないのですか? まだ出会ったばかりで得体の知れない二人なのですから……」


 優斗はまだしも、他の人達は彼ほどの洞察力はないはずだ。

 だから主人のことを守る危機管理は必要になる。

 最もなことを言うロレンに、ラナは視線を向けた。


「貴方はロレンでしたね?」


「はい、家政婦長」


「二人に対して最低限の警戒はしますが、最大限の警戒はしません。後に待つのが破滅だと分かっていて動く愚か者でもないでしょうし、ロレンとロニスの失態は即ち父と慕うリヴァイアス王の失態となるのですから」


 事を起こしてしまえば、やったこと以上の最悪が待ち構えている。

 利がないことをするような馬鹿を優斗が連れてくることはない。


「そもそもロレンとロニスが、ユウトさんを出し抜けるとは思えません」


 世界で一番厄介な相手を出し抜けるのなら、褒め称えてもいいぐらいだが……残念ながら二人は普通だ。

 思考を読まれたところで、それを利用しようと考えるような輩に対して対抗出来ると思えない。


「しかし貴方の考えは正しい。ミヤガワ家の家臣になるのであれば、当然の思考というものです」


 世界最高の立場を持つ家の家臣。

 であれば見知らぬ相手に警戒するのは当然のこと。


「誰に対してどの程度、警戒せねばならないのか。そういった部分から論理的に教えていきましょう。誰彼構わず警戒するのは実力不足でしかありませんので」


 諭すよう伝えるラナに対して、ロレンは素直に頷いた。

 次いで家政婦長はロニスに視線を向ける。


「貴女に対しては城ではなく家に仕える家政婦として、教えていきます。気になる点、分からない点は私を含めて皆に質問して下さい」


「はい、ありがとうございます」


「ですが今日は主賓として、歓待を受けることです。もちろん我々の動き方は気になるでしょうが、全ては明日からにしましょう」


 そう言ってラナも準備に取り掛かる。

 テーブルが用意され、椅子も用意され、料理も着々と準備されている……その最中だ。

 一人の少女が近衛騎士を連れてトラスティ邸に現れた。

 眩いばかりの金髪を靡かせる少女は、普段であれば意気揚々とソファーに座ったりしていただろう。

 けれど今日だけは違う。

 無表情で真っ直ぐに優斗を見据えていた。


「アリーさん、どうされました?」


 親友のおかしな態度に気付いたフィオナが声を掛ける。

 けれどアリーが何かを言う前に、優斗が彼女の前に立った。


「要件を問うことはしない。だから簡潔にいくとしよう」


 いつものような声音……ではない。

 固く、冷たく、まるで温かみのない声に先ほどの柔らかな空気は一変し、歓迎会の準備をしていた家臣達も動きを止める。

 今まで仲間に対して一度もなかった優斗の態度に、驚きの表情を浮かべたのはフィオナやココだ。

 唯一、近衛騎士として一緒に来ていたレイナだけはドロニスの報告を聞いていることもあって、優斗の対応にも察しが付いていた。

 けれど、だからといって言葉を差し挟めるわけではない。

 今、二人の間には明確な壁が立ちはだかっている。


「アリシア=フォン=リライト。結果はどうなった?」


 今まで、どのような立場であろうとも隔たっていなかった。

 王女であろうと大魔法士であろうと、考えが対立していようと二人に隔たりはなかった。

 だが、この瞬間だけは違う。

 大魔法士と大国の王女という立場は、二人に明確な隔たりを生んでいる。


「……大魔法士ミヤガワ・ユウト様」


 普段は優斗と同じく温かさと柔らかさがあるアリーの声も、表情と同じように固い。

 彼女が傅くと、追随するように近衛騎士も傅く。


「この度は我が国の不手際、大変申し訳ございません」


 リライト王国の王女としてアリーはまず、謝罪の言葉を告げる。

 次いで伝えるのは、今回の結果。


「……貴方様からの貸しを一つ、承ってもよろしいでしょうか?」


「分かった」


 互いを理解しているからこその簡潔なやり取り。

 無駄な会話はなく、余計な時間を掛けることもしない。


「寛大な措置に感謝致しますわ」


 頭をもう一度、下げてからアリーは立ち上がる。

 そして真っ直ぐに大魔法士を見て……ほんの僅かに表情が歪んだ。


「…………っ」


 相手が相手であるからこそ仕方がない。

 そうなってしまうのも当然だ……というわけではない。

 大国の王女であり、傑出した能力を持つアリシア=フォン=リライトが表情を取り繕いきれなかった。

 それがほんの些細な変化で、彼女の仲間だけしか気付けない程度のことだしても。

 彼女を知っているからこそ、フィオナやココは衝撃を受ける。


「アリーさん、私の部屋に行きましょう」


 だからフィオナは王女を広間から急いで連れ出した。

 二人がいなくなってから、優斗もソファーに深く座り込む。


「……ユウ。なんとなく理由は分かりますけど……」


「やるべきことであるのは理解しよう。しかし今、やる必要があったのか?」


 ココとレイナは残って優斗に話し掛ける。

 すると先ほどとは打って変わって、優斗も疲れたような表情を浮かべた。


「やっぱりユウも嫌だったんです?」


「喜んでやることじゃないよ。それに先延ばしもキツいから、さっさと終わらせるに限る」


 必要があるからやっただけ。

 別に喜び勇んでやることではない。


「ある意味では茶番で、だからこそ茶番になり得ない。僕とアリーがしなければならないことで、僕達以外では起こらないことだけど……」


 仲間の中で唯一、一度の対立がある。

 それが今日、この瞬間だった。

 優斗もアリーも分かっていたことだが、


「意外とダメージはあるものだね」


 唯一の違いは優斗のほうが表情を作ることに長けていた。

 ただ、それだけの違いだ。

 優斗は苦笑いを浮かべて、辟易した様子を見せる。


「まったく、仕方ありません。レナさんも手伝って下さい」


 するとココはレイナを連れて優斗に近付く。

 そして二人で優斗を挟むと、乱雑に頭を撫でた。


「タクじゃないんですから、二度目はありませんよ」


「一度で十分だよ、こんなのは」


「普段が普段だ。辛いのならば寄り掛かっても構わない」


「……ありがとう、レイナさん」


 髪の毛をぐしゃぐしゃにされながらも、それでも自分のことを安堵させようとしてくれる二人に、優斗は小さく笑みを浮かべた。



       ◇      ◇



 一方のアリーは連れてこられたフィオナの部屋で、親友にぽつりと本音を漏らす。

 もう取り繕う必要はないから、先ほどとは全く違う表情を見せた。


「初めて……表情を作ることが嫌だと思いました」


 アリーは仲間を得てから、彼らに対して悪い意味で表情を作ったことがない。

 けれど今日、初めて王女としての仮面を被って……大魔法士と相対した。

 仲間のためではなく、大切な人のためでもなく、国として。

 リライトの王女であるからこそ、逃げることは許されなかった。


「わたくしだけが……唯一、一度だけユウトさんと対することがある。それを分かっていたつもりでしたが……」


 覚悟はあった。理解もしていた。

 だけど、それだけでは済まないほどにアリーは仲間のことが大好きで、従兄と呼べる優斗のことが大好きだ。

 だから表情を取り繕いきれなかった。

 一度しかないことだけれど、その一度が本当に嫌だったから。


「……アリーさん」


 フィオナは親友の思わぬ独白に対して……優しい表情を浮かべると、彼女のことを抱きしめる。


「優斗さんとアリーさんは、いつも同じ方向を向いていましたね」


 明晰な頭脳を持つ二人は、常に互いの思考を理解した会話をしている。


「仲間のために討論することがあっても、見解の相違であり想いは変わりません」


 立つ場所は変わらない。

 見ている場所も変わらない。

 仲間として一緒にいるからこそ、問題が起こるはずもない。


「けれど今日、初めてアリーさんと優斗さんの間に明確な壁がありました」


 大魔法士とリライトの王女。

 普段は気にしない立場だとしても、この瞬間だけは違った。

 大魔法士に無礼を働いた国の代表として同じ場所に立ち、同じ方向を向くことは許されなかった。


「ですがアリーさんはリライトの王女として、すべきことをしましたよ」


 ほんの僅かな時間だったとしても、間違いなく優斗とアリーは対立した。

 大魔法士の二つ名を持つ者として。

 アリシア=フォン=リライトという国の名を冠する者として。

 二人には仲間とは到底呼べない瞬間が存在した。

 自分では耐えられないだろうとフィオナは思う。

 他の誰が敵対するとしても、仲間だけは敵対しない。

 仲間だけは特別だということを、誰よりも自分達は理解している。



 だけど、一度だけ。



 アリーは対立することを知っていた。

 従兄と呼び慕う優斗と対立することを。

 しかし知っていながら逃げなかった。

 逃げることを是としなかった。

 何故なら大魔法士の相手をするのはアリーこそが最適だと――他の誰でもない自身が理解していたから。


「私の国の王女がアリーさんでよかった」


 大魔法士があれほどまで簡単に、しかも深く尋ねることなく了承したのは相手がアリーだからだ。

 リライト王でさえ、それほどの信用はない。


「大親友として、公爵令嬢として。私はアリシア=フォン=リライトのことを誇りに思います」


 こんなにも凄い女の子が自分達の国の王女で、自分の大親友だということを心から誇りたい。


「今は甘えて下さい。いつもは私ばかり全力でアリーさんに甘えてるんですから、こういう時くらいは返さないと大親友と呼べません」


「フィオナさん……」


 アリーも抱きしめられながら、フィオナの背に手を回す。

 同性だからこその触れ合いと、彼女だからこその温もり。

 王女である自分のことを大親友と言ってのけるフィオナの剛胆さも本当に嬉しい。

 だからアリーはぎゅっと手に力を入れると小さく笑った。


「甘えられる大親友がいるのは良いものですわね」





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