第269話 幸せになることを願った故に
十数分して、二人が落ち着いた頃。
アリーはフィオナを連れて広間に戻ってきた。
「お疲れ、従妹様」
「お疲れ様ですわ、従兄様」
先ほどとは違い表情を取り繕うことなくアリーは優斗の隣に座った。
「とりあえず二度目は絶対になしの方向で。ダメージが大きすぎる」
「当たり前ですわ。何が嬉しくて大魔法士と二度も対立しなければならないのですか」
ほんの数十秒のことだとしても、二度もしたくない。
「まあ、でも、これで必要なことは終わったからね。僕に喧嘩を売って爵位を落とされたって実例がある以上、馬鹿は減るでしょ」
「ですわね。もちろん次の馬鹿が出ないようにするのが王族の役目ではありますが、出た場合はユウトさんが何かするよりも前にわたくしが潰しますわ。そういった意味合いとしても、二度目はありません」
大魔法士がリライトで暮らしている奇跡と、手を貸している幸運を手放すような奴らに遠慮することはない。
ワルドナ侯爵のような配慮も考える必要がないので、選択としては潰す一択だ。
「というわけで従兄様、極度に緊張したわたくしの心を解してくださいな」
「……おーい、お互い様なはずなんだけど」
「それはそれ、これはこれですわ。フィオナさんのおかげで大分回復しましたが、やはり最後はユウトさんがしてくれなければ元に戻れません」
今はもう大魔法士と王女ではなく仲間に戻っている。
だからこその甘えに優斗は肩を竦めた。
「しょうがない従妹様だよ、本当に」
ふっ、と笑った優斗は次いでニヤリと悪い笑みに変える。
そして、
「メロディ・オブ・アリーシアって名前は正直、ないと思うんだけど?」
先日仕入れたばかりのネタをこれ見よがしに披露した。
一瞬、先ほどとは違う意味で空気が止まったが、すぐにココが反応する。
「あっ、わたし乗ったことあります! 結構豪華な船ですよね!」
優斗に追随するように、からかう調子で話す。
レイナもこの時ばかりは近衛騎士ではなく姉御として何度も頷いた。
「昔は何とも思わなかったが、今になって考えれば中々に恥ずかしい名だと私も思うぞ」
優斗達が召喚される前に竣工された船だ。
ほとんど関わりなかった昔は何とも思わなかったが、仲間になった今はどうかと思うようになってしまった。
アリーは優斗だけではなくココやレイナにからかわれた途端、顔を真っ赤にする。
「あ、あの高速船は父様がわたくしに因んで付けた名前ですから、わたくしは関わっていませんわ!」
自分自身で名付けたわけではない。
けれど言われてみれば、自分自身の名が付いている船に乗られるのは恥ずかしい。
「というより従兄様! このタイミングで言うことですか!?」
「ここで言わなきゃ、いつ言うのか分からないね。せっかくネタみたいな名前の船でリヴァイアス王国まで行ったんだから」
「ネタと言わないで欲しいですわ!」
軽く優斗の肩を何度も叩きながら、アリーは縋るような目で大親友を見る。
「フィ、フィオナさんは話に乗っからないですよね!?」
「話には乗っかりませんが、船には乗ってみたいと思ったのですが駄目だったでしょうか? せっかくアリーさんの名前が付いた船ですから」
かといってアリーの大親友はかなりズレている。
からかうことはしないが、素の感想で意外とダメージを与えてきた。
「み、皆さんに裏切られましたわ」
がっくりと肩を落とすアリー。
けれど少しして、彼女の身体が震え始めた。
段々と震えは大きくなり、徐々に声が漏れてくる。
気付けば堪えきれないように、笑ってしまっていた。
「さすがは従兄様に皆さんですわ。こんな方法でいつも通りにしてくれるなんて、思ってもいませんでした」
いつも以上に構ってくれて、接してくれる。
優斗がやってくれるのは、そういうことだと思っていたのに。
皆を巻き込んで一気にいつも通りに戻してしまった。
ココやレイナがすぐに話に乗ってくれたのも心配だったからだろう。
「というわけで、わたくしはいつも通りに戻りましたわ。なので早速ですが伺うとしましょう」
アリーはトラスティ邸で見たことのない三人に視線を向ける。
「何故、リヴァイアス王がこちらに? それと、そこの二人は何でしょうか?」
「色々とあって、そこの二人――ロレンとロニスを僕の家臣にするんだよ。リヴァイアス王は二人のことを子供のように可愛がってるから、働き先の確認に来てる」
「ではロレンとロニスはリライトの人間になる、ということですわね?」
「その通り。ロレンは家令にでもしようかと思ってて、ロニスは家政婦として雇う予定だよ」
「了解しましたわ。こちらも手筈を整えておきます」
「うん、よろしく」
流れるような会話にトラスティ邸にいる面々はほとんど、驚かない。
けれど唯一、リヴァイアス王だけは目を細めた。
「アリシア王女。私がここにいること、驚きはないのですか?」
「いいえ、ありませんわ。予想を言えば二人は読心出来る何かを持っており、そのためにリヴァイアス王が一計を案じて今回の出来事があった。そういったところでしょう?」
だから優斗が招き入れることを許している。
リヴァイアス王はアリーの予想を聞くと、思わず破顔してしまった。
大魔法士の『色々とあって』だけで、ここまで察するとは驚きを禁じ得ない。
「大魔法士様と同様、聞きしに勝るとはこのことでしょうね」
リライトの宝石――アリシア=フォン=リライト。
これは彼女の容姿が美しいからこそ呼び名ではあるが、それだけではないからこそ彼女は燦然と輝いている。
先ほど行われた大魔法士とのやり取りでさえ、アリーの隠しきれない頭脳の片鱗が垣間見えていた。
「賢王に評価されるのは嬉しい限りではありますが、わたくしがこのまま対応するのは二人の保護者で来ている場合ですわ。王として相手取るとなれば、また違った対応になります」
「ええ、分かっていますとも。リライトには王として来ることはありません。そもそも私はもう少しで退位する予定ですから」
「であれば問題ありませんわ。これ以上の面倒事は勘弁被りたいので」
展開を考えれば、リヴァイアス王は自分達を嵌めたのだろう。
優斗の引きずりだし、ロレンとロニスを大魔法士の家臣にした。
物の見事に彼が目論んだ通りの結果になっている。
そのような相手と対するのは、素直に面倒だとアリーは思う。
「ここにいるのはユウトさんの従妹と、ロニスとロレンの父親。それ以上でもそれ以下でもありませんわね?」
「その通りです。アリシア王女に伺いたいのは国の機微ではなく、この国で幸せに暮らすために必要なこと。それだけですから」
「でしたら後ほど、生まれも育ちもリライトのわたくしがお答えしましょう」
王族同士が分かったように頷き合う。
と、ちょうど歓迎パーティの準備が終わったらしい。
ロレンとロニスを囲むようにたくさんの人が集まり、周囲から囃し立てられて優斗が乾杯の音頭を取る。
「ついに来てしまったと言うべきか、僕の家が出来る前提で家臣を雇うことになりました」
「前提じゃなくて決定事項よ」
「義母さん、茶々入れないで」
エリスのツッコミに優斗は苦笑する。
義親子のやり取りに、周囲の空気も一段と柔らかくなった。
「王城で真っ当に働いていたロレンとロニスにとって、この家は奇異に映るかもしれない……というより奇異そのものでしょうね」
今、まさにそうだろう。
勝手に連れ帰った家臣に対して、いきなり歓迎会を開くのだから。
しかも王族、貴族、平民が入り交じって。
人によっては魔境でしかない。
「なので全員に言いたいことは一つです」
優斗は見渡すと、単純明快なことを告げる。
「二人のことをトラスティに染め上げて下さい」
貴族らしい貴族の家にすることはない。
トラスティ家こそ優斗が最も居心地の良い場所なのだから、自分が家を持つ時も同じようにする。
「ロレンとロニスも、この家こそが僕の求めている家だということを知って欲しい」
「かしこまりました、ユウトさん」
「はい。精一杯、頑張ります」
「それじゃ、二人が挨拶してから乾杯にしよう。それと保護者もついでに挨拶してくれ」
簡単でいいから、と言って優斗は三人を前に出した。
困惑するような仕草を見せるロレンとロニスだが、リヴァイアス王が背に手を添えると安心したようで、意を決したようにロレンが口を開く。
「ロレン・ヴァイドです。この度は父と慕う王の優しい策略とユウトさんのご厚意により、この家で仕えることとなりました」
人と違う力を持つ。
それ故に起こった今回の出来事だが、二人を狙っていた輩も相手が悪かった。
希代の策士に蘇った伝説が揃ってしまえば、狙い通りにいくわけがない。
「私はまだ若輩であり、色々と考えが及ばないこともあります。驚くことも多いと思います。ですが――」
結果としてロレンとロニスはリヴァイアス王国を離れて、リライトで暮らすことになる。
育った国を離れることは悲しいが、決して悪いことばかりではない。
「――父の息子として、大魔法士様の家臣として恥じぬ自分でいたいと思っています」
父と慕っていた相手を父と呼べるようになった。
さらに世界最高の立場を持つ家臣となり、自分達の力を全く恐れない人達にも出会った。
「家政婦長のみならず皆様には、厳しいご指導をよろしくお願い申し上げます」
これからもっと頑張ろう。
宮川家の最前線を担うのは自分だと、自負を持てるようになっていきたいから。
ロレンが腰を折って頭を下げると、今度はロニスが一歩前に出た。
「ロニス・ヴァイドです。私も兄と同じように、この家に仕えることになりました」
リヴァイアス王が自分達を守るためにリライトへ来ることになったのだから、ロニスも異を唱えることはない。
むしろ娘のように思ってくれていることが分かって、嬉しい結果となった。
「私は今までリヴァイアス王国で他国の要人を担当していました。精一杯やってきたつもりですが、今日は家政婦長のことを知って自分の未熟さを思い知らされました」
ロニスとてたくさんの王族や貴族を担当してきたが、それでもトラスティ家の家政婦長ほどの老練さはない。
たかが家政婦が……と言う人もいるだろうが、少なくとも宮川家の家政婦になるのであれば、相手が王族であろうと対応の仕方は一般と異なる。
ほんの少しのやり取りと仕事をしている姿を見ただけだが、それを見事にやってのけたラナの凄さは家政婦になる身として素直に尊敬してしまう。
「私は家政婦長を目標として、今後も精進していきたいと思います」
ロニスもロレンと同じように、しっかりと頭を下げる。
そして最後、二人の発言をしっかりと聞いて何度も頷いていたリヴァイアス王が、あまり国王らしくない調子で挨拶を始めた。
「私は息子と娘を守るため、二人を大魔法士様の家臣とすることを決めました。もちろんここにいる時点で目論見通りなのですが、早々に大魔法士様が気付かれているとは衝撃的でしたよ」
「……リヴァイアス王。アリーがいる中で普通に暴露するのはやめてくれ。一応は喧嘩別れしたリライトの王女様だ」
「ですが彼女は大魔法士様の従妹として、ここにいるということですので。それにアリシア王女のことですから、今回の商談に関わった方々にはお伝えしないでしょう?」
「……いや、まあ、確かにその通りだが」
優斗は軽く頭を掻くと、仕方なさそうに息を吐いてリヴァイアス王に続きを促す。
「大魔法士様には気付いた上で二人のことを家臣にしていただき、心より感謝しています」
読み切った上でこちらの願いを叶えてくれた。
なので大魔法士には心からの感謝しかない。
「二人は私の自慢ですが、まだまだ若い。吸収すべきことは多いでしょう」
相応しいと思っている。
問題なく仕事が出来ると信じている。
しかし現在進行形で仕事をこなしているトラスティ家の家臣には、まだ敵わないだろう。
だからこそ、
「どうか愛息と愛娘のことを、よろしくお願いします」
今一度、願い出る。
離れていても大丈夫だと信じている。
何より、幸せになって欲しいと心から思っている。
故にリヴァイアス王はトラスティ家の人々に、王ではなく一人の父親として頭を下げた。
「ロレンにロニス、リヴァイアス王も簡単な挨拶をありがとう。せっかくだから僕からも一つ、三人に伝えておこうと思う」
優斗は三人の挨拶を聞き終えると、柔らかな表情を浮かべる。
伝えるのは唯一無二、自身の身内になるからこその断言。
「宮川優斗の家臣である以上、幸せになる結末以外は許さない」
威風堂々、絶対的に言い放つ。
トラスティ家も、その家臣も、仲間達も、彼の発言があまりにもいつも通りで笑ってしまった。
リヴァイアス王やロレン、ロニスでさえ彼の断言には表情が綻んでしまう。
「というわけで、面倒な口上はここまで」
優斗がコップを持って掲げると、その場にいる全員が同じようにコップを掲げた。
「それではトラスティ家にやって来た二人に――乾杯っ!!」
大魔法士が初めて受け入れた家臣。
ロレンとロニスは、これからリライトで生きていく。
けれど心配する要素はどこにもない。
ここには家臣の不幸を許せない大魔法士がいる。
他の人とは違う力を持っていようと、容易に受け入れる同僚がいる。
そして何より、希代の賢王がいつも二人のことを見守っているのだから。
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