第43話 ハーレム議論
優斗が夕食後の紅茶を飲みながらのんびりしていると、マリカを寝かしつけたフィオナが左隣に座ってきた。
心なし、寄り添う形で。
「優斗さん、今日は皆さんに私たちのことをお伝えしたんですよね?」
「うん。そうだよ」
「私も女性陣に伝えたのですが、揃って『安心した』と言われました」
状況を作ってしまった一因でもあっただけに、大層焦っただろう。
優斗が苦笑した。
「少し問題が起こったしね」
「優斗さんはどうだったのですか?」
「僕たち?」
優斗は今日の放課後を思い出す。
◇ ◇
「というわけで恋人になったんだけど……」
無事にフィオナと恋仲になったことを男連中に報告する優斗。
だが、返ってくる言葉と言えば、
「おせーよ」
「遅いですね」
「遅いだろう」
「オレの不安を的中させて、バカじゃないのか!? どこの鈍感主人公だ、お前は」
などとメタクソに言われる。
特に最後の卓也の言葉が酷い。
「いや、鈍感主人公って……あのレベルは無理だよ。だって『好き……』とか小声で言われて『えっ!?』とか問い返したり、手を繋いだり抱き合ったりして女の子の顔が真っ赤でも『どうしたんだろう?』とか疑問に思って平然な顔してるんだから。明らかな嫉妬されてるのに『なんでだろう?』って、もう人間として何か欠落してるレベルだって」
「お前が言うか!? お・ま・え・が!」
卓也が優斗の額を指で押す。
あれだけ周囲が見ても問題ないと思っていたのに。
やっとか、と思う以外にないだろう。
「お前が言うかって、もちろん言わせてもらうよ。僕はフィオナと手を繋いだら全力で心臓がヤバいし、抱きしめられた時は破裂寸前。女の子と接触することに手慣れてる鈍感主人公とは一緒にしないでほしいね」
「かろうじて鈍感主人公よりマシなレベルだ、バカ」
「ハイパーネガティブなだけですしね」
フォローしているようで全くしていない卓也とクリス。
すると修が、
「……つーかさ、せっかく異世界に来たりしてんのに、誰もマンガとかラノベみたいに次々と美少女が惚れてくるラブコメやらハーレムやらになってないのっておかしくね?」
話が繋がっているようで、まったく繋がっていないことを言い出した。
一人ぐらいはあってもいいと思う。
「特に優斗と卓也は婚約者ありだからな。これから増やすことも可能だろう? 婚約括りで考えるとクリスもだ」
「やってみねぇ? ハーレム展開」
お気楽に和泉と修が訊いてくる。
が、名前を出された三人はハーレムを作ろうと思った時点で、軽く身震いを起こした。
「クレアにマジ泣きされるので勘弁を」
「リルに八つ裂きにされるので勘弁を」
「フィオナに抹殺されるので勘弁を」
二人ほど物騒な言葉を吐いたが、あながち間違いではなさそうなのが悲しみを誘う。
「というか僕はハーレムとか駄目だし」
「優斗はラブコメもハーレムも苦手だもんな」
修が優斗の好き嫌いを考えて頷く。
「だってさ、おかしいでしょ。ギャルゲーとかでさ、ほんのちょっと優しくされただけで惚れるって。しかも好きになった理由が『他の人とは違う感じがする』とかだと『違う感じ』を説明しないでシナリオ終わるし。『下心のない優しさ』とかなんてバカらしくない? ヒロインが孤独キャラだったら分かるけど、そうじゃなかったら十数年も生きてきて、全員が下心のある優しさだったのかよ、とかツッコミを入れたくない?」
優斗が熱く語る。
珍しい彼の姿に軽く卓也たちが引いた。
「……いや、まあ……」
「……一理あるとは思うが」
「ですね」
卓也と和泉はかろうじて納得。クリスは大いに納得したのか頷いている。
どこの世界でも物語は似通うものなのだろう。
「だからテンプレも苦手になってきたんだよね」
「どういうことです?」
クリスが興味を持った。
「いろんな美少女にモテる主人公が、迷ったあげくにメインヒロインとくっ付いたとするよね」
「ええ」
「物語はそこで終了だけどさ。よくよく考えてみれば、モテる系優柔不断主人公のうち、七割は付き合った後も同じことやると思わない? だって優柔不断なんだし。そう考えるとヒロインって可哀想だよ」
「……あ~、かもな」
言われてみれば、と卓也が納得する。
「あるかもしれませんね」
クリスもまた、大いに同意した。
「あとは主人公の幼なじみといえば、主人公に?」
「惚れてんな」
「惚れてる」
「惚れてますね」
「惚れてるだろう」
全員が同じことを言った。
優斗は共通認識があることで、さらに言葉を続ける。
「けれど惚れた経緯が明確に説明されてない場合が多いんだよ。子供のころから好きですって感じで。しかも何年も何年も想い続けて、ライバルが現れて慌てるってパターン」
何かしらのスイッチが入ったのか、優斗がさらに熱弁を振るう。
「以下、義妹、ツンデレ、そういうのは基本的に好感度マックスから始めるんだから」
「いや、様式美というものがあるだろう?」
和泉がもっともなことで反論する。
しかし今の優斗には無駄だ。
「限度っていうものがある。あるゲームの主人公なんて幼なじみ、義妹、昔出会ったツンデレが最初から好感度マックス。転校先で助けた女の子も即惚れる。ヒロインキャラ五人いて四人が最初から惚れるってなんだよ。しかも全員がそんだけ惚れやすくて初恋です……とか。30分でコントローラーぶん投げたし」
優斗としては考えられないことなのだろう。
「しかも腹立つのが主人公が基本的に平凡ですよ、とかほざいてるの。どこが平凡なのか教えていただきたい。主人公が一人に対して美少女が周囲に五人も六人もいる時点で平凡じゃないと気付け。もっと性質が悪いのは自分で暴れ回ってるのに平穏が好きとか暴言抜かしてる奴。とりあえず平凡じゃないけど暴れてない卓也を見習えと思うよ」
「おい」
思わず卓也が突っ込む。
しかし優斗は無視。
「どこぞのゲームをアニメ化する際なんて、主人公が惚れられる理由が分からないってことで超イケメンにしたんだから」
あ~だこ~だと独自の考えを展開する優斗。
「こんなユウトは初めて見ます」
クリスが少し唖然とすると、修が今の優斗について説明した。
「優斗はシナリオに重きを置くから手軽なラブコメが駄目なんだってよ」
嫌悪感が生まれるらしい。
「そういうことですか」
クリスもそれは似たり寄ったりの考えだから、頷ける。
「優斗はこの点に関して潔癖症だかんな。俺らは萌えればなんでもいいけど」
ご都合主義万歳。
美少女が惚れてくれるからこそのラブコメ。
とは思うのだが、優斗だけは駄目らしい。
「別に平凡な男に美少女が惚れるな、とは言わない。言えるわけもない。ラブコメである以上は必須条件だよ。けれど三人も四人も五人も同時に惚れてるとか何? どいつもこいつも無個性に近いのに、どこに美少女がこぞって惚れる要素があるのか教えてほしい。『優しい』だけで即惚れてくれるなら、世界はもっと平凡に優しい世界だよ」
いや、自分を投影するにはそれが一番だから……とは分かりきっているためツッコミにならない。
「ハーレムもそう。駄目とは言わない。けれどハーレムを形成するなりに必要な要素があると思う」
「金があるとか?」
修が言い、
「イケメンだとか?」
和泉が追加し、
「決死の想いでハーレム作るとか?」
卓也で締める。
「そう、それなら納得する」
こんな人物であるなら優斗でさえも『やっぱり』と納得できる。
するとクリスが、
「むしろハーレムの女性達はよく平気でいられますよね」
「どういうことだ?」
修が聞き返す。
「自分なら愛されているとしても、複数の男の一人だと思うと女性から離れて行きますよ」
「そうか? みんな平等に愛してるから問題ないんじゃねーの?」
「だな。平等なら優劣がつくわけでもないし」
修と卓也は至極当たり前の意見を言ったつもりだったが、予想外にも和泉から否定の言葉が出てきた。
「甘い」
「和泉?」
優斗が驚く。
萌えれば何でもいいはずの和泉が反論するとは。
「平等に愛を注げる人間が存在するわけない」
「なんだそれ?」
修が首を傾げた。
「例えば、だ。ハーレムが四人いたとしよう。歳も格好も性格も違う四人だ。つまり魅力は人それぞれということになる」
「ふむふむ」
優斗たちは一様に頷く。
「彼女たちに主人公は言うわけだ。全員を愛している、と」
「何か問題があるんか?」
修的には何も問題がないように思える。
「あるに決まっている。魅力が違うんだ、つまりは同じ部分で比べればそこに差が生まれる。これは平等か?」
先ほどの優斗のように演説する和泉。
思わず優斗が唸った。
「哲学っぽいね」
「こんな哲学あったら嫌じゃね?」
修が呆れた言葉を発する。
馬鹿話が哲学のようなものであったら、哲学者が浮かばれないだろう。
とりあえず卓也とクリスが問い返した。
「けどトータルで同じくらいなんだったら問題ないだろ」
「優柔不断な性格なら大丈夫なのでは?」
彼らの疑問に対して和泉は反論する。
「魅力の部分で違いがある以上、心が機械でない限りは無理だと思うが……。それに、それでも確実に差はあるのではないか?」
あれこれ議論するが明確な答えが生まれない。
すると優斗が名案とばかりに、
「じゃあ、逆転の発想で彼女達は愛に差があっても主人公を愛しているから問題ないっていうのはどうかな?」
「どんだけ聞き分けいいんだっつーの」
「女に対して都合良いところを求めすぎ」
「自分は先ほど言った通り、無理ですね」
「それこそナンセンスだ。差が生まれれば優劣が生まれ、優越感や劣等感となってハーレム崩壊の危機になるだろう」
修、卓也、クリス、和泉の順に優斗の案を瞬殺する。
その後もあれこれ言うが、結論は出てこない。
修がぐったりとし始め、
「……真面目に議論すると、ハーレム作るのって無理ゲーにならねぇ?」
「当然だろう。古来よりハーレムというのは権力者が女性を囲うことであって、愛などは存在しないのが常だ。あくまでゲームやマンガにあるハーレムは願望だからな」
現実にあるハーレムなぞエグイ話ばかりだ、と和泉は付け加える。
「……こんなん話が終わらねえし面倒だから、結論としては愛されて、愛して、上手いことハーレム作るやつは超すげぇってことでいいんじゃね?」
「だね」
「そうだな」
「……まあ、そうだろう」
「ですね」
無理矢理に修が結論づける。
「つまり俺らにハーレムを作ることは無理っつーこった」
「僕は当然の帰結だよ」
「幾人もの女性を愛でるほど手慣れているわけでもありませんし」
「残念だがな」
「むしろ八つ裂きにされるし」
◇ ◇
「――って感じで僕らが付き合い始めたことについては『遅い』の一言だけだったんだよ」
むしろ他の話のほうが延々と続いた。
「やはり男性ってハーレムを作りたいんですか?」
「人によるんじゃないかな。けれど願望があるからこそ、物語が生まれるわけでもあるし」
否定はできないだろう。
「ただ、僕は一人だけいてくれればいいけどね」
というよりは何人も自分に惚れてくるとは思えない。
「じゃあ、凄い美人が言い寄ってきても優斗さんは大丈夫ですか?」
少し心配そうにフィオナが訊いてくるが、優斗は自信満々に答えた。
「何人もの女性を囲む度量も度胸もない」
男としては狭小ではないかと思わなくもないが、優斗の限界は一人のみ。
「あと、こうは言いたくないけど、僕には可愛い婚約者がいてくれて十分に物語っぽいんだから、ハーレムを望むのはバカだよ」
異世界に巻き込まれるわ、魔法が使えるようになるわ、父親になるわ、婚約者ができるわで、十分すぎるほどに物語だ。
「だからね……」
「はい」
「えーっと……だね」
「はい」
続けようとする言葉に、優斗が顔が赤くなる。
言うのをやめようかとも思うが、告白のときはフィオナが頑張ってくれたのだ。
今度は自分の番だと優斗は軽く頭をかきながら伝える。
「僕はずっと、フィオナだけだから」
「えっ?」
「だからフィオナ以外の相手は……いらない」
伝えきる。
自分はフィオナに心底、惚れているから。
魅せられているから。
他の誰かに視線が向けることがない。
とは言っても今は照れ臭くて彼女の方を見ることはできない。
真っ赤な顔を明後日の方向に向ける。
けれど、彼女が喜んでくれているのは分かった。
告げた後に握られた、左腕の袖の部分。
力としては、ほんの少しだけ。
されど決して離さぬようにと、握ってくれているのだから。
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