第44話 なぜこの面子で

 のんびりと紅茶を啜りながら食後の会話を楽しむ優斗とフィオナ。

 

「クリスとクレアさん、婚前旅行に行くみたいだね」

 

「そうなのですか?」

 

「結婚式の1週間前にリスタルで闘技大会があるじゃない?」

 

「はい」

 

「あれって世界中から人が集まるイベントだから、ちょうどいいってことで行くみたいだよ」

 

 結婚式というのはもっと忙しいイメージがあったのだが、彼らはそうでもないらしい。

 

「レイナさんも出るらしいし、ついでに応援もするんじゃないかな」

 

「学生の部に出られるみたいですね、レイナさん」

 

「大変そうだよね」

 

 世界中から猛者が集まるのだから。

 けれどフィオナが、

 

「あら、意外にそうでもないですよ。チーム戦ですから」

 

「チーム戦?」

 

「ええ。一般の部は個人戦なのですが」

 

 学生の部は三人チームで勝負が行われる。

 

「まあ、レイナさんだったらチーム戦でも問題ないだろうけど」

 

 同年代と比べれば圧倒的な実力で周囲を引っ張るだろう。

 

「あっ、でも……」

 

 と、あることに気付いたフィオナが声を発した。

 

「どうしたの?」

 

「優斗さんも出られるのでは?」

 

「なんで?」

 

 優斗は首を捻る。

 少なくとも闘技大会出場の話は一度も聞いていない。

 

「選ばれるのは各学年から一人ずつ。出場選手の選考理由の一つがリライトで行われた学生闘技大会の結果でして、優斗さんは決勝まで行っていますし」

 

 成績的にも大会の結果的にも選ばれる可能性は高い。

 

「けど一週間後なんだよ? まだ話が来てないってことは選ばれなかったんじゃないかな?」

 

「どうなのでしょう? 私も詳しくは知らないのでなんとも言えませんが……」

 

 互いに悩むが答えは出ない。

 すると、家政婦と話をしていたエリスが優斗たちに向き直った。

 

「ユウト、お客様よ!」

 

「誰ですか?」

 

「レイナさんと近衛騎士団副長。あとはラスターって男の子よ」

 

 

 

 

 レイナの姿が見えて、フィオナの腕の中にいるマリカが、

 

「なーっ!」

 

「マリカ、久しぶりだな」

 

『なー』はレイナの『ナ』だ。

 名前を呼ばれて彼女は軽く笑む。

 

「最近は2週間ほど来られなかったが、少し大きくなったんじゃないか?」

 

「どうだろ? 毎日見てるから僕達は分かりづらいかも」

 

 レイナが近付いてマリカの頭を撫でる。

 マリカはされるがままに喜んでいた。

 

「用件は?」

 

「来週リスタルで行われる闘技大会についてだ」

 

 ドンピシャだ。

 優斗とフィオナが呆れたように顔を見合わせた。

 

「まさしく今、その話をフィオナとしてたんだけど……」

 

 副長とラスターが一緒な理由がよく分からない。

 優斗は視線を巡らせる。

 ラスターには睨まれた。

 副長は視線を受けて一歩前に出る。

 

「この度はリライトから一般の部出場、及び学生の部出場選手の選考を任された近衛騎士団副長のエルです」

 

 なるほど、と優斗が相づちを打つ。

 

「闘技大会について話をされていたということで、ユウト様のことですから予想されているとは思われますが正式に伝えさせていただきます」

 

 副長の視線が優斗に固定された。

 

「ユウト・ミヤガワ様。来週より行われるリスタル闘技大会学生の部にリライト代表として出場していただきたく思います」

 

 次いで、フィオナの視線を移し、

 

「そしてフィオナ=アイン=トラスティ様。貴女様には予備選手として、サポートメンバーとして同行をお願いしたいと思っております」

 

 彼女の名前も告げられた。

 驚きはしたものの、表には出さずに優斗は尋ねる。

 

「選考理由はどのように?」

 

「リライトの闘技大会の結果、及びに学院の成績や実際の実力を鑑みて各学年より一人ずつ、選出させていただきました。比重としましてはやはり、リライトの学生闘技大会の結果に大きく偏るのですが、成績を合わせ見てもユウト様の選出は妥当だと考えさせていただきました」

 

 やはり闘技大会決勝進出が大きな理由なのだろう。

 成績は上位のほうに持って行ってはいるものの、秀才くらいで終わる成績で留めているのだから。

 

「フィオナ様は闘技大会こそ出ておりませんが成績、実力共にトップクラスであります。アリシア様やクリスト様も考えたのですが、精霊術士という希少性と有用性から選抜を」

 

 言われてみれば、と確かに思う。

 精霊術を使って弱い部類とはいえBランクの魔物を平然と倒せるのだから。

 

「他に三年からはレイナを。一年からはラスター・オルグランスを選出しました。大会期日ギリギリまで選考が伸びてしまいましたので、予定があった場合には断っていただいても問題はありません。ただ、出来るかぎり出場していただきたいのがこちらの願いとなっております」

 

「レイナさん達を一緒に連れてきた理由はどのような?」

 

「早計とは思いましたが、同じチームとして闘うことになりますので顔合わせをさせたかったのです」

 

 断ると思っていないのだろう。

 優斗としては副長と前に会ったときの様子から、自分たちをねじ込んでるんじゃないか、とも少し疑ったがどうやら違うらしい。

 正しく選んでもらったのであれば断る理由もない。

 

「分かりました。僕としても適正な判断の下、選出していただいたのであれば是非とも参加させていただこうと思っています」

 

「私も問題はありません」

 

 二人して納得する。

 

「ユウト様、フィオナ様。こちらの申し出を受けていただき、真にありがとうございます」

 

 副長が頭を下げる。

 つまり今、闘技大会に参加するメンバーが決まったわけだが。

 

「まさか、あの時の面子で闘うことになるなんてね」

 

 シルドラゴンを倒したときに組んだメンバーだなんて。

 

「ふん。精々足を引っ張るなよ」

 

 偉そうにラスターが告げる。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………はぁ」

 

 フィオナと副長が眉をしかめ、レイナが盛大にため息をついた。

 前途は多難そうだ。

 

 

       ◇      ◇

 

 

「今日からパパとママは四日間、帰ってきませんからね」

 

「あい」

 

「本当はまーちゃんと一緒に行きたいんですが、色々な国の方々が来ていますので危ないんです。分かってくれますね?」

 

「あい」

 

「まさかまーちゃんと四日間も離れ離れだなんて……」

 

 ぎゅうっとマリカを抱きしめるフィオナ。

 予想外だったのが、大会の期間。

 全日程三日間のうち、二日目の後半と三日目が学生の部。

 事前申請による登録は終わっているが、前日には現地で本登録などをしなければならないため、行程としては全四日間だ。

 優斗とフィオナがこんなに長い期間マリカと離れ離れになるのは初めて。

 そこがさらにフィオナに不安をもたらす。

 

「あぅ?」

 

 フィオナとは違って平然としているマリカに、優斗は紐の付いている笛をマリカの首に掛ける。

 

「これはパパからマリカにプレゼント。もし怖いことがあったり遊びたかったら、笛を吹くこと。すぐに修達が飛び込んできてくれるから」

 

「あいっ」

 

 和泉作、特定個人の耳に入る笛。

 聞こえる距離は半径50キロほどなので、ほぼ確実に修には届くはずだ。

 

「パパとママがいない間、良い子にできる?」

 

「あいっ!」

 

「うん。良い返事だ」

 

 軽く頭を撫でる。

 

「義母さんもマリカのこと、よろしくお願いします」

 

「まかせておきなさい」

 

「危ない場面があったら、遠慮無くマリカに笛を吹かせてください。マリカにしか吹けませんし、修ならどうにかします」

 

 唯一優斗が安心して任せられる相手だ。

 

「分かったわ」

 

「では行ってきますね」

 

 フィオナと二人して待機していた馬車に乗る。

 中には副長、ラスター、レイナと、

 

「和泉?」

 

「イズミさん?」

 

 なぜか和泉がいた。

 

「なんでいるの?」

 

「会長の武器を改良したのは俺だ。ということで、何かあったときのために一緒についていくことになったんだ」

 

 そういえば、と頷きながら優斗とフィオナは隣同士に座る。

 すると突然、

 

「フィオナ先輩! ここも空いてます!」

 

 ラスターが自分の隣を叩いてアピールし始めた。

 最近は近付いてこなかったので、もう邪魔されないと安心していたのだが。

 

「だから、何です?」

 

 温かみの欠片もない声音でフィオナが問う。

 

「いや、オレの隣が……」

 

「だから?」

 

「えっと……」

 

 前に全力でキレられたせいか、さすがのラスターもフィオナの機嫌が悪くなったことぐらいは気付く。

 優斗が小さくフィオナを小突いた。

 

「こらこら。それぐらいでやめないと」

 

「……分かりました」

 

 優斗に窘められて、フィオナは冷たい視線をやめる。

 

「問題ありすぎだろう、このメンバー」

 

 端的に和泉が言った。

 それは優斗もレイナもフィオナも感じていたことだから、否定も何もできない。

 と、副長が空気を読まなかったかのように優斗とフィオナに話しかけた。

 

「道のりは長いですので、是非ともフィオナ様とユウト様には色々とお話をさせていただきたく思っているのです」

 

 丁寧に訊いてくる副長。

 礼儀正しいのは騎士としてなのかもしれないが、優斗は前から思っていたことを伝える。

 

「あの、引率の立場にある副長に様付けされるのも変な感じがするので、レイナさんみたく呼び捨てで呼んでもらえると気分が楽なんですが」

 

「無理です」

 

 即答された。

 

「ユウト様方を呼び捨てなど、恐れ多い」

 

「ではせめて“様”を除いてはいただけませんか?」

 

 これならばとフィオナも続くが、

 

「無理です」

 

 すぐに却下された。

 

「無理なのですか?」

 

「はい」

 

 断言される。

 ここまで頑なに否定される理由は分からないが、副長の譲れない部分というのもあるのだろう。

 優斗もフィオナも強要することはできない。

 

「それでは話の続きをさせていただいてもよろしいですか?」

 

「ええ、どうぞ」

 

 仕方なく優斗は頷いた。

 

「……では。まずフィオナ様は魔法も精霊術も両方とも使えますが、個人の訓練としては精霊術に重きを置いているとレイナから聞いたのですが、それはどうしてなのですか?」

 

 武芸に身を置くものとしては気になるのだろうか。

 副長のみならずレイナ、和泉も耳を傾ける。

 すると優斗はなるほど、と頷きながら説明を始めた。

 

「魔法も精霊術も、行使するにあたって最低限必要な魔力というものが必要なのは分かりますよね?」

 

「はい」

 

「精霊術の恩恵は、その“最低限”の部分を限りなく低くすることができるんです」

 

「というのは?」

 

「精霊は意思があります。上手に対話をすることができれば、精霊というのは僅かな魔力で動いてくれるんですよ」

 

 要は精霊術士のことが好きだから、進んで動いてくれる。

 逆に毎度のこと強制的に命令をするような精霊術士に対しては、精霊が最低限のラインを下げることはない。

 

「特にフィオナは精霊にすごく好かれていますから、進んで力になってくれている分、必要な魔力が少なくて済むんです。要はコストパフォーマンスがとんでもなく良いってことですね」

 

 へぇ、と感慨深く頷くレイナと和泉。

 副長も目から鱗が落ちたかのようにしきりに頷いていた。

 

「では、続いての質問を」

 

「どうぞ」

 

「ユウト様はレイナとフィオナ様のどちらがお強いと思いますか?」

 

 副長の質問に優斗はフィオナとレイナを見る。

 

「…………」

 

 そして二人の実力を考え、

 

「……………………おそらくはレイナさんでしょう」

 

 結論を出した。

 

「ずいぶんと悩まれましたね」

 

「そうなったか」

 

「フィオナも強くなっているということか」

 

「さすがフィオナ先輩!」

 

 和泉たちも感想を口々にする。

 

「訊いた私が言うのもおかしいとは思いますが、レイナの実力は相当のものです。悩まれたということはフィオナ様はレイナと互角に太刀打ちできる可能性があるとお考えなのでしょう?」

 

「もちろんです」

 

「なぜ、その結論に至ったか教えていただいてもよろしいでしょうか?」

 

 副長の疑問に優斗は頷く。

 

「まず最初に……副長は大精霊がどれほどいるか知ってますか?」

 

 突飛な質問が来たが、副長は表情一つ変えずに答える。

 

「基本である四大属性、地水火風と別途に氷、雷。その上位に位置する二極と称される光と闇。そして精霊の主として唯一契約を必要とする精霊王――大精霊パラケルスス。合計九体です」

 

「正解です」

 

 昔から姿形を持っている“大精霊”格は九体と言われている。

 

「フィオナはその中の六体――四大属性に氷、光の大精霊を召喚することができます」

 

 優斗の爆弾発言に思わず副長も声を弾ませた。

 

「本当なのですか!?」

 

「マジですか!?」

 

 副長とラスターが興奮しながらフィオナに訊く。

 ラスターは精霊のことは詳しく分からないが、凄いということだけは分かる。

 

「えっと、その……はい」

 

 フィオナとしては別段、凄いとは思っていなかったので逆に焦る。

 隣にいる御仁はもっととんでもない人物だから、相対的に自分の評価は下がっていた。

 

「それで?」

 

 レイナが腕を組んだまま優斗に訊く。

 

「まだ何かあるんだろう?」

 

 大精霊を召喚できる“くらい”で、優斗がそこまで悩むとは思えない。

 

「さすがレイナさん」

 

 優斗が苦笑する。

 

「では、フィオナが組み合わせ次第で出来る同時召喚は最大で何体だと思います?」

 

 この質問に驚愕したのは副長。

 少なくとも大精霊の同時召喚というのは、ここ最近の精霊術士には聞いたことがない。

 優斗は驚いている副長を尻目に、答えを告げる。

 

「答えは三体」

 

 ピッ、と指を三本立てる。

 

「さすがのレイナさんも精霊術士との戦いはほとんどやったことがない。だからこそ初見で大精霊三体を同時に相手取るには難しいでしょう」

 

 平然と優斗は言っているが、難しいどころではない。

 副長は反論する。

 

「三体も相手取るとなると、さすがにレイナでも勝てないと思うのですが」

 

「いや、同時召喚できるだけで、フィオナも行使には慣れていませんから。そこを鑑みての結論です」

 

 特に最近の実力の伸びはレイナも目覚ましい。

 出会ったばかりのレイナなら余裕でフィオナも勝てるだろうが、今の彼女には無理だろう。

 

「ふむ。ユウトもすぐに答えを出せないわけだ」

 

 上にいる優斗と修を相手取ろうとしているが、下を見たら見たでフィオナやクリス、卓也がすぐ近くにいるというのも、武人としては最高の状況下にいるのではないだろうかとレイナは思い、にやけてしまう。

 

「しかし、フィオナ様でも無理なのですか」

 

 副長が少し残念そうに言った。

 

「六体の大精霊を召喚できるフィオナ様でも、さすがに伝説の大魔法士以外では契約することのできなかったパラケルススを召喚するというのは難しいのですね」

 

 十分凄いフィオナでも召喚できていないということは、パラケルススとはもっと並外れた存在なのだろう。

 

「いや、まあ……確かに難しいのもありますが、パラケルススは召喚する際に問題がありますから」

 

「どういうことなのですか?」

 

 何かがある、ということなのだろうか。

 

「まずパラケルススを真っ当に召喚できるのは、契約を交わした一人だけ。さらには契約を求めたときに生じる戦闘がこの上なく厄介だということです」

 

「厄介、というのは?」

 

「強制的に魔力でも吸い取られるのか?」

 

 何気なしに言った和泉に、優斗は「正解だよ」と告げた。

 

「契約なしで召喚した場合、契約者に足る人物かどうか確かめるために問答無用で戦闘を行います。なぜ厄介なのかというと、召喚者の魔力を使って自由気ままに遠慮なく術をぶっ放してくるんです。パラケルススのせいで魔力は減る、けれどパラケルススを倒すには自分も魔法や精霊術を駆使して応戦する必要がある。つまり自らの魔力が枯渇する前に倒さなければならないタイムトライアルです」

 

 パラケルススについて説明する優斗。

 まるで講義をするかのような説明だが、レイナは話を聞いていて分かったことがある。

 

 ――ユウトの奴、絶対に契約している。

 

 副長は優斗の化け物っぷりを聞いているだけであり、見ていないから想像つかないだろうがレイナは幾度となく見ている。

 だからこそ自分の予想が当たっていると確信していた。

 

 ――今の話は経験者だからだろう、ユウト?

 

 でなければ事細かに話せるわけがない。

 心の中で小さく笑いながら、本当に愉快だと実感する。

 そして隣を見れば和泉も同じ結論に達しているのだろう。

 呆れたように笑っていた。

 

 

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