第42話 告白
二日掛かりの依頼も終わり、達成料金をギルドで受け取る。
そしてそのまま優斗が、修とレイナと和泉と共に帰路へと向かっている途中だった。
優斗の隣を歩いている修が話しかける。
「優斗」
「ん?」
「辛いか?」
何気なしに問われたこと。
何に対してかは、別に聞き返すこともない。
これでも修は優斗の親友だ。
気配で、戦闘中の動きで、いつもの優斗らしさがない。
僅かなことではあるが、それだけで修は優斗の調子が悪く問題を抱えていたことを見通していた。
優斗も修が見通していることを理解しているからこそ『何が』とは問い返さない。
「僕が辛いって言うと思う?」
「思わねぇよ」
もう四年以上も連んでいる。
今更、言う奴だとも思っていない。
「俺はどうせ、くだらない理由だと思ってんだけど」
「まあね」
「そうか」
修は小さく笑った。
「なんかあったときには慰めてやんよ」
「サンキュ」
「おう」
そして修と和泉は途中の道で別れる。
今度は優斗とレイナの二人になった。
そのまま公園に入る。
「少しずつではあるが、お前達に近付いているという実感がある」
「確かにね。初めて会ったときとは比べものにならないくらい上達してるよ。Aランクの魔物もそろそろ一人で倒せそうだし」
「とは言うものの、お前らの上限が分からない以上、もっと精進する必要があるのだが」
先が見えないという点では少し、目指しづらい。
「少なくとも僕と修に並び立つには神話魔法や、それに並び立つほどの剣技を習得しないといけないからね」
「分かっている。最低限をクリアしないかぎりはお前達と並び立てないということだ」
途中の目標としてはまず、そこだ。
「レイナさんの歳で神話魔法と対等に張り合おうとするのって大変だよ」
「使えるお前が言うのか?」
レイナが切り返すと、優斗は困ったように笑う。
「まあいい。今度、闘技大会があるからな。それまでにもっと実力をつけなければな」
「闘技大会がまたあるの?」
「リライトであるわけじゃない。隣国の一つにリスタルという場所があるだろう?」
「名前ぐらいなら聞いたことあるけど」
「そこで世界中の猛者を集めた闘技大会がある」
「へぇ、凄いね」
「だから――」
と、話を続けようとしたレイナの視界に人影が映る。
よく見知った人影だった。
苦笑する。
「いや、続きは今度だな。私はここで別れよう」
「あれ? レイナさんの家ってもうちょっと先じゃなかったっけ?」
「逢瀬を邪魔するほど野暮ではないつもりだからな」
レイナはスッパリと話を切ると、走って帰っていく。
「何なんだ?」
優斗としては意味が分からない。
後頭部を軽く掻きながら前を向いたところに。
影が見えた。
夕日が落ちかけて、それはまさしくシルエットしか見えなかったが、優斗が間違えるはずもない。
「……優斗さん」
フィオナがいた。
フィオナはエリスに宣言したあと、自室に籠もって一人で編み物を完成させた。
何のために避けてきたのか。
理由をしっかりと示したかった。
翌日、昼過ぎからフィオナはギルドからの帰り道にある公園で優斗を待っていた。
いつ帰ってくるかは分からない。
けれどここで待っていれば、いずれは優斗と会える。
不安な気持ちを抱きながらフィオナはベンチに座っていた。
一時間、二時間、三時間、四時間と。
夕暮れから夜に変わろうとする時間帯に。
優斗は現れた。
隣にはレイナがいて、二人で話している。
ギルドの依頼を受けている最中もずっと一緒にいたのだろうか。
――二人きりで。
ズキリと胸が痛む。
同時に卓也の言葉を思い出す。
レイナと優斗は元々、仲が良い。
これ以上仲良くなってしまったら。
そう考えると怖い。
「……え?」
と、不意にレイナと視線が合った気がした。
気のせいかとも思ったけれど、レイナはすぐに優斗と別れた。
――気を遣わせてしまいましたね。
ベンチから立ち上がる。
左手にある袋がカサリと小さく鳴る。
――ありがとうございます。
今は優斗と二人で話したかったから。
そしてフィオナは頭を右手で掻きながら前を向いた彼に、
「……優斗さん」
声を掛けた。
正直な話、優斗はどうして彼女がいるのか理解ができなかった。
けれど久しぶりに呼ばれた名前に嬉しくなって。
そして……首を振る。
――駄目だってば。
しっかりと距離を保たないといけない。
フィオナを縛り付けようなどと思ってはいけない。
「どうしたんですか? こんなところで」
「――っ!」
フィオナが息を飲む。
優斗は笑みを顔に貼り付けながら、
「何か買い物でも?」
「……い、いえ……そうじゃなくて。優斗さんを……迎えに……」
フィオナが思わず、言葉に詰まる。
いざ、彼を前にして話していると声が震えた。
温かさのない笑みに、初めの頃の口調。
今まで自分に向けられていたものが全て無くなっている。
「義母さんですかね、貴女に言ったのは」
困ったように優斗が頭を掻いた。
「断ってもよかったんですよ」
あくまで優しく優斗は言葉を紡ぐ。
「フィオナさん、こんな時間に僕と二人で会ってたら勘違いされてしまいますから」
迷惑ですよね、と。
そう告げた。
フィオナは泣きそうになる。
――絶対に迷惑じゃありません。
迷惑なわけがない。
大好きな優斗を迎えに来たのに、思うわけがない。
「……」
「あの、フィオナさん?」
それに何よりも“これ”が嫌だった。
目から涙が溢れてくる。
――違いますよ。
前に言った。
初めて彼が自分に敬語以外を使って、そしてすぐに敬語に戻ってしまった時に。
「……フィオナです」
告げながら一歩ずつ、優斗に近付く。
「フィオナです」
困惑している優斗は立ち止まっている。
ゆっくりと近付いていって、彼の胸元を握りしめた。
零れる涙はそのままに叫ぶ。
「私は“フィオナ”です!」
“さん”なんていらない。
「……そんな風に喋って、そんな風に呼ばないでください」
今の優斗にされるのが、一番堪える。
――それに。
優斗は勘違いされると言った。
仮に彼の言っていることが“フィオナの好きな相手に勘違いされる”という意味であるなら遅い。
「もう……勘違いされてますから」
他の誰でもなく、目の前にいる男性に。
「でしたら、余計に勘違いさせないようにしてあげてください」
ゆっくりとフィオナの手を胸元から外そうとする優斗。
けれど彼女は彼の胸元にある指を外される前に、思い切り引き寄せる。
そして、少し背伸びをした。
「……ん……」
「――っ!」
ほんの数秒。
僅かな時間。
口唇を重ねる。
「…………」
フィオナが顔を少し離すと、驚きのあまりに呆然としている優斗。
「これで勘違いは……なくなりましたか?」
訊くが、答えは返ってこない。
突然のことに事実が把握できていないのだろう。
フィオナはもう一度、訊く。
「なくなりましたか?」
「……え? いや、でも……どうして?」
困惑する優斗にフィオナは真っ直ぐ伝える。
「決まっているじゃありませんか」
勘違いしているようだから、正しただけだ。
「私が愛している男性はこれまでもこれからも一人だけ」
そう。
愛しているのはたった一人。
「優斗さんだけです」
他にいない。
フィオナは胸元にある手を背中に回す。
「私が恋人では嫌ですか?」
顔を優斗の肩口に埋める。
「私が婚約者では嫌ですか?」
もし否定されたらどうしよう、と。
考えてしまうけれど。
それでも訊きたいから。
「仮初めじゃなくて、偽りじゃなくて」
正直に伝えよう。
「私が本当の妻では……嫌ですか?」
この想いを。
「……私は優斗さんと本当の夫婦になりたいです」
けれど、やっぱり恐怖は消えなくて。
どうしようもなく怖くて。
背に回している手に力が入る。
「…………」
一方で、優斗はまだ混乱していた。
フィオナにキスされ、愛していると告白され、問われた。
状況が読めない。
なぜ避けていたのに、突然こんなことをしてきたのか。
フィオナの性格からして、幾人にも恋をしているとは思わない。
ということはまさしく自分を好きだということなのだろうし、言葉を違わず信じるなら愛してくれているのだろう。
それは自分も同じだし、気持ちに齟齬があるわけでもない。
「……別に嫌じゃ……ない……けれど、だったらどうして避けてたの?」
けれどやっぱり、この点だけが納得できない。
自分は避けられていたからこそ遠ざかったわけだし、自分が遠ざかったのに彼女が近付いてきたのは理解できない。
「……その……えっと……」
フィオナは優斗から少し離れると、左手に持っている袋から編み物を取り出した。
「……これは?」
「マフラーと手袋……です」
ちゃんとした完成品を優斗に見せる。
「あ、編んでたんです。冬が来て、マフラーとか手袋がそろそろ必要になるかと思って」
ただ、優斗に喜んで欲しかった。
「けれど驚かせたくて、気付かれないように顔を合わせないようにして」
逃げていた。
「そうしたら、優斗さんが私に合わせて遠ざかって……」
今回の出来事になった。
「……そんなことだったんだ」
フィオナの事情を理解してしまうと、確かに納得できる。
「信じて……くれますか?」
「うん」
とても彼女らしいと思う。
「ホント、馬鹿みたいな勘違いだったんだね」
「いえ、私がいけないのですから」
「……君だけがいけないわけじゃないよ」
自分があと少し待てれば、こんな騒動にならなかったのだから。
――でも。
自分の心を鑑みれば、難しいだろう。
「僕は君のことが大切だから、何かあったらすぐに君を手放そうとする。君の願うこと、君の想うことの障害になりたくないから」
もっと独占欲があればいいのかもしれないけれど。
今の自分には、まだ持てない。
「でしたら私の願いは――」
フィオナはもう、引かない。
大好きだから。
愛しているから。
だから、
「もう二度と私を手放さないでください」
フィオナの言葉に優斗が目を丸くする。
「ずっとずっと貴方の側に置いてください」
フィオナはマフラーを優斗の首に掛ける。
「何があっても絶対に離さないでください」
そして巻いたマフラーを整え、
「この先に何があっても、私が優斗さんを愛していくことだけは変わりません」
また、優斗の口唇に軽く自分の口唇を触れさせる。
二度目のキス。
最初よりも暖かい感じがした。
「私が一番辛いのは優斗さんと共に歩めないことですから、それだけは知っておいてください」
伝えると、フィオナは少しだけ離れてからくるりと振り返った。
「帰りましょう。まーちゃんが待ってます」
ふわりと浮かぶ、微笑み。
優斗は彼女の見惚れながら、同じように笑みを浮かべる。
「帰ろう、フィオナ」
そして笑みと共に彼女に届けられた言葉は。
フィオナがずっと望んでいたもので。
「はい」
ただ、一度。
フィオナは嬉しそうに頷いた。
◇ ◇
普段の調子に戻った優斗達にエリスやマルスも安堵し、いつもの日常が戻る。
フィオナはマリカを寝かしつけたあと、眠ろうとしたときに今日の出来事を思い返す。
それと同時に気付いた。
――わ、わ、私からしてしまいましたっ!
顔が真っ赤になる。
足をバタバタしたくなった。
――しかも二回も!
最初は離れてしまった優斗を取り戻すためだったのに。
次は気持ちが溢れてしまって、キスをしてしまった。
――は、はしたないと思われなかったでしょうか。
女性から連続で、なんて。
けれど嬉しすぎて顔がとろける。
――でもこれで、私と優斗さんは……。
そう考えたところで、ふと引っかかる。
――あれ? でも優斗さんから言われたのは……。
大切だと言われただけで。
『夫婦じゃ嫌ですか』と問いかけたときは、うやむやに頷かれただけ。
――こ、答えを何も聞いてませんでした。
一気にテンションが落ちる。
――どうしましょう? 今更訊きにいくのも……。
あれこれとフィオナが考えている時だった。
コンコン、と控えめにドアがノックされる。
――どなたでしょう?
マリカはちょっとやそっとじゃ起きやしないが、極力静かにドアへ向かう。
そしてゆっくりと開けると、そこにいたのは、
「優斗さん?」
最愛の人。
彼は迷惑じゃないかな、といった感じで、
「寝てた?」
「いえ、起きていましたが……どうされました?」
フィオナは前に出てドアをゆっくりと閉める。
彼の用事が何なのか、しっかりと聞くために。
「えっと……その……」
けれど珍しく優斗にしては歯切れが悪い。
「……?」
フィオナには優斗のやろうとしていることが予想付かない。
先ほど疑問に思ったことを訊ける感じでもない。
でも彼と一緒にいられるのは嬉しいので、別に気まずいわけでもない。
「……あの……そのね、伝えてないことがあって……」
「はい」
優斗は散々に悩んだあげく決意したのか、言葉と共に一歩、フィオナに近付いた。
ゆっくり両腕が開いたと思うと、フィオナの身体が優斗の腕に抱き寄せられる。
「ふぇっ!?」
驚くフィオナに優斗は伝えていなかったことを紡ぐ。
「好きだよ」
心を込めて。
彼女に伝わるように。
「フィオナを愛してる」
そこまで言ったところで限界だった。
優斗は顔から火が出そうなほど真っ赤になる。
「お、おやすみ!」
パッと両腕から彼女を解き放つと、急いで自室に戻る。
取り残されたフィオナは、唐突な展開とあまりの嬉しさにへたり込む。
「……どうしましょう」
顔を優斗と同じくらい真っ赤にさせたフィオナは、彼からの言葉を頭の中で何度も反芻する。
「今夜、眠れないかもしれません」
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