第117話 小話⑦:悶絶&保護者の懇談、ブレない副長

 



※悶絶

 

 

 

 

 

 ほんの10日前ほど。

 卓也とリルはリステルで王族と会っていた。

 一番の目的は卓也を紹介するため。

 幸い、彼は問題を起こす人物ではないし、何よりも気の強いリルが惚れて婚約した相手。

 人柄はすでに認められていたようなもので、むしろ好意的に付き合ってくれた。

 だが、

 

「……お兄様」

 

「何だ? 妹よ」

 

 今日、リライトのカフェでは妙な光景が広がっていた。

 リルの眼前には三人の姿がある。

 彼女の真っ正面にいるのは卓也。

 そして彼の右隣にいるのはリステルの勇者、イアン。

 

「普通、卓也はあたしの隣だと思うんだけど」

 

「いいじゃないか。私の義弟となるのだから些末なことだ」

 

「……些末なわけないじゃない」

 

 おかしいこと、この上ない。

 次いでリルは卓也の左隣に視線を向ける。

 

「……それで、お姉様? どうして貴女も卓也の隣に座ってるのかしら?」

 

 前回、卓也と会った時に彼を大いに気に入った義姉のうちの一人。

 名をリミという。

 彼女もイアンと同じく何も問題などないように、

 

「私の義弟となるのだから当たり前よね」

 

「1週間前だってそうだったじゃない! しれっと二人して卓也の隣に座って! っていうか当たり前っていうなら卓也はあたしの隣! それが当たり前でしょ!?」

 

 こっちは卓也の婚約者だ。

 ならば当然、自分こそが彼の隣にいるべきはず。

 

「リル、落ち着けって」

 

 卓也が取りなそうと頑張る。

 だが、

 

「何であんたも文句言わないのよ! 変でしょ、これ!」

 

 明らかにおかしい。

 

「って言われてもなぁ」

 

 卓也は困る。

 これから義兄と義姉となる人物に文句を言えるわけもない。

 するとイアンが手荷物から紙の束を出してきた。

 

「リル、これでも読んで落ち着きなさい」

 

 ポンと妹の前に置く。

 

「なにこれ?」

 

「お前とタクヤの舞台の評価だ」

 

 ……唐突に爆弾がやって来た。

 卓也の頬が引きつる。

 というか落ち着けるか。

 

「……えっ? ちょ、ちょっと待てイアン。どういうことだ?」

 

「言わなかったか? お前とリルの恋愛は小説や舞台になっている。ちょうど4日前から小説は発売、舞台は開演でな。小説は発売三日で重刷、舞台は席が連日完売だ」

 

「今、二人はリステルで一番人気のカップルなの」

 

 リミが付け加える。

 もともと、話では広がっている卓也とリルの恋愛。

 それがついに小説化&舞台化した。

 人気にならないわけがないのだが、卓也は受け止めきれない。

 

「……色々と待ってくれ」

 

 リルからリステルにおける自分達の評価は聞いている。

 だが、これは予想できるわけもない。

 

「……リル、何て書いてあるんだ?」

 

「えっと……『堂々と言い放つシーン、感動しました。タクヤの「オレが惚れた女に手を出そうとしてるんじゃねぇ!!」ってわたしも言われてみた~い。リル王女がすっごく羨ましいです!!』って…………」

 

 思わずリルも読んで絶句する。

 

「ちょ、ちょっとちょっと! 卓也の台詞、ほとんど入ってるじゃない!」

 

「おお、そこか。クライマックスに向けてタクヤの格好良さが際立つ名シーンだな」

 

 イアンがなぜか誇らしげに言う。

 他にも読み進めていくと、

 

 『リル王女が可愛い!』

 

 『タクヤの告白シーン、リステルの人にとっては嬉しいものだろうな』

 

 『こんな恋愛、現実にあるなんてスゲエ! オレもあやかりたい!』

 

 『あたしもタクヤに守ってもらいたい!』

 

 などなど。

 9割以上が好意的な反応だ。

 

「……イアン。まさか実名か?」

 

「一応はノンフィクションだからな」

 

「……ここはなんて名前の地獄だ?」

 

 恥ずかしすぎて死ぬ。

 死にそうになる。

 だが追い打ちをかけるが如くリミが、

 

「来年からは異世界人も解禁されて完全ノンフィクションになるわよ」

 

 そう言いながら卓也に小説を渡す。

 なんか読みたくない。

 自分達の恋愛が書かれているなど、恥ずかしさの極み。

 だが渡されたのだからと、とりあえずパラパラと本を開く。

 

「…………っ」

 

 僅かばかり見える単語でも悶絶しそうになる。

 だが、最後。

 最終ページで明らかに酷い名が載っていた。

 

「……これ、どういうことだ?」

 

「どうした?」

 

 卓也が指差し、イアンがのぞき込む。

 

「この『編集――リステル王国』っていうのは何だ?」

 

「ああ、それか。ようするに編集者が私達だ。主に一番事情を知っている私が担当した。次いで父だ」

 

「国ぐるみなのかよ!」

 

 思わず叫んでしまう。

 何で国が関わってくる、こんなものに。

 

「仕方ないだろう。タクヤがパーティーで言い放ったシーンは今でも語りぐさだ。そこを是非読みたい、見たいという意見が貴族・平民問わず多くて仕方がなかった」

 

 そして事情通であるイアンが買って出たというわけだ。

 するとリミが、

 

「あっ、リルにタクヤ君。私、舞台は見たんだけどパーティーにいなかったから実際に見てないの。だからやってみて欲しいんだけど……駄目?」

 

 とんでもないことをお願いしてきた。

 思わず卓也とリルは口を揃え、

 

「出来るか!」

 

「出来ないわよ!」

 






※保護者の懇談、ブレない副長

 

 





 

 3月某日。

 来客の知らせがあり、エリスと愛奈が玄関で出迎えた。

 

「騎士のおねーちゃん」

 

「お久しぶりですね、アイナ」

 

 副長が小さく笑みを浮かべる。

 

「エルさん、久しぶりね」

 

「ご無沙汰しております」

 

「どうしたの?」

 

「魔力制限できるものを、と先日仰っていたので」

 

「あら、ありがとう」

 

 銀色の腕輪をエリスに渡す副長。

 

「さらに本日は王妃様と団長もこちらに来られています」

 

 後ろを示すと、アリーの母親であるシアニーとレイナの父親であるロキアスがいる。

 

「久方ぶりですわね、エリス」

 

「……シア?」

 

 シアと呼ばれた王妃は上品に笑う。

 

「今日は息抜きで来ましたわ」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 テラスで優雅にお茶を飲む。

 

「それで? 何でシアまで来てるの?」

 

「貴女たちはお茶会とか時々してるでしょう? わたくしだってたまにはお茶会、したいのですわ」

 

「自分で精力的に動いてるんだから諦めなさい。というかロキアスとエルさんを従えてくるなんてやり過ぎよ。アリスト王はどうしたの?」

 

「フォルトレス関連の処理が終わって、夫はマルスと釣りに行ってますわ」

 

「だったら、余計にどっちかを向かわせないと不味いでしょう?」

 

 リライトの王なのだから。

 

「どうも秘密の釣り場を共有している者しか行っては駄目らしくて……。ただ、近衛騎士を十人ほど連れて行ってますわ」

 

「手練れの者たちばかりだ。問題はないだろう」

 

 ロキアスが大きく頷く。

 

「あっ、そういえばレイナちゃん、近衛騎士団に内定取ったんですってね。凄いじゃない」

 

「まあ、我が娘ながら凄いが」

 

 まんざらでもない様子のロキアス。

 

「歴代有数の新人でしょうね。少なくとも同年齢の時の私を越えています」

 

「そこまで凄いの?」

 

 エリスが驚く。

 この若さで副長の座を得た彼女よりも、とは。

 

「実力も想像以上に伸びているのは確かだが、それ以上に剣がな。前に属性付与の剣を買い与えたのだが……あれよあれよという間にオンリーワンの名剣になっていた。リライトでも曼珠沙華ほどの名剣を私は知らない」

 

「レイナの全力全開での一撃の威力は私や団長すら凌駕するかもしれません」

 

 肉体の枷を外した刹那の瞬撃。

 その威力たるや、凄まじい。

 

「本当に凄いですわ」

 

「イズミ君のおかげね」

 

 エリスが和泉の名前を出した瞬間、ロキアスの顔が曇る。

 

「何よ? 変な顔をして」

 

「その……だな。お前達はイズミのことを知っているか?」

 

 問いに対して、エリスもシアも副長も顔を見合わせる。

 

「まあ、うちにはよく来るし」

 

「娘から話は聞いてますわ」

 

「私は世界闘技大会の時、一緒に観戦をして彼がどういう人物なのかは把握しています」

 

「それがどうしたのよ?」

 

「うちの娘が……だな。その……イズミに惚れ込んでいるのではないか……と」

 

 あのレイナが、だ。

 初めての状況なだけに、ロキアスも心配でたまらない。

 

「アリーは首を捻ってましたわ。『よく分からない』って」

 

「でもミエスタではイケメンだったらしいわよ。ミエスタ女王に『良い男』認定されるぐらいの台詞を言ってるもの」

 

「しかし強いわけではないだろう?」

 

 彼の言葉にエリスの眉根が少し上がる。

 

「ロキアス、貴方もしかして“力の強い男”じゃないとレイナちゃんの婿に認めない……とかじゃないでしょうね」

 

「そうわけではない……が……」

 

 言葉尻が段々と弱くなっていくロキアス。

 盛大に女性陣がため息をついた。

 

「いい? ミエスタ女王に『良い男』だと認められたのよ、イズミ君は」

 

「そうですわ。『異なる叡智』という二つ名は伊達じゃありませんの。あのミエスタに認められたリライトの技師ですから」

 

「ユウト様やシュウのように『戦闘』では強くありません。けれど彼はその事実を受け入れて別の分野で強く在ろうとし、そして確かに認められた」

 

 最高の技術を持つ国に。

 副長は口にして、あらためて納得したかのように頷く。

 

「なるほど、確かに良い男です」

 

「今の世の中ね、ただの『力』があればいいってもんじゃないわ。貴方みたいに脳筋バカじゃ駄目なのよ」

 

「……むぅ」

 

 突きつけられて、ロキアスが呻く。

 

「それにイズミ君の作品を見てるんでしょう? 『曼珠沙華』を」

 

 ならば分かるはずだ。

 父親ではなく、戦士として。

 

「あれはレイナちゃんの『魂』。イズミ=リガル=トヨダがレイナ=ヴァイ=アクライトの為に造った、彼女だけしか扱えない剣。あれを見ても認めないわけ?」

 

 どれだけの想いが籠もっているのか、分からない彼ではないだろう。

 

「もちろんイズミ君は変人だし、礼儀作法がなってるとは言い難いわ。でも“強い男”で“良い男”だっていうのは認められる。まあ、礼儀作法はロキアスも良いとは言えないし、そこは文句言えないでしょう?」

 

「……う、うむ」

 

「それに団長は世界闘技大会でのレイナの姿、絵画になっているのをご存じないのですか?」

 

「なに!?」

 

 ロキアスが本当に驚く。

 

「ユウト様は残念ながら諸事情でありませんが、レイナは違います。全力全開の一撃――剣の名の通りに“曼珠沙華”と私は呼んでいますが、曼珠沙華を放った瞬間と最後に勝ち名乗りを上げた瞬間。その絵画は今大会において一、二を争うほどの売り上げだと聞いています」

 

「美人だものね、レイナちゃんは」

 

 売れただろう。

 

「そして勝ち名乗りを誰に向けて名乗ったか。それは一目瞭然です」

 

 レイナが自分達の方向を向いていたのは分かった。

 けれど意識していたのは、彼。

 和泉。

 

「団長はレイナが誰のおかげで素晴らしい武人となり、良き女性となったのかを把握してあげたほうがよろしいかと」

 

「何よりも貴方に似て堅物なレイナちゃんが認めた相手であるなら、父親はドンと構えて待っていればよろしいのですわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう考えると、一番の常識人はタクヤ君でしょうね」

 

 優斗はある意味で常識を度外視した存在だし修も同様。

 ならば卓也がメンバーの中で一番常識的だ。

 

「そろそろ第一版が出るらしいですわ」

 

 シアの言葉の意味が分かったエリスが問う。

 

「タイトルは?」

 

「『瑠璃色の君へ』とか、そういうタイトルだったと思いますわ」

 

「あの二人は小説みたいにドラマチックな出来事こなしてるから、実際に小説になってもしょうがないわね」

 

 特にパーティでの宣言は素晴らしい。

 

「来年、卒業すれば大々的に『異世界の客人』となりますし、ノンフィクション版が出るらしいですわ。劇もやるらしいとか」

 

「タクヤ君のことだから、知ったら絶対に困惑するわね」

 

 何せ他のメンバーのような精神構造をしていない。

 

「彼も強いわけではないのだろうが……」

 

「ロキアス、貴方はそういう考えをやめなさい。それに弱いわけじゃないわよ。タクヤ君は守りに特化してるらしいし」

 

「聖の上級防御魔法を扱えるのは、リライトだとあまり耳にしませんわ」

 

「ユウトとシュウ君の親友なんだから、ある意味普通じゃないのは分かるんだけどね」

 

「ユウト様の親友なのですから当然です」

 

「……エル。それは褒め言葉なのですか?」

 

 

       ◇      ◇

 

 

「でもアイナも大変でしょうね」

 

 話が変わり、今度は愛奈の話題になった。

 エリスが抱っこしている愛奈はかわいらしく首を捻る。

 

「ただでさえ『異世界の客人』であるというのに、トラスティ公爵家の次女で『大魔法士の妹』であり、『リライトの勇者』『一限なる護り手』『異なる叡智』その他もろもろ王族すら巻き込んでの妹分。さらには『龍神の叔母』ですから。しかもユウト様が仰るには魔法の才能も飛び抜けているそうで、いずれは神話魔法を使えるようになるだろう、と」

 

「……小国のお姫様以上の存在ですわね」

 

 特典が満載過ぎる。

 

「政略結婚とかさせないわよ」

 

 守るようにエリスがぎゅっと愛奈を抱きしめる。

 

「エリス様が言わずとも『大魔法士』と『リライトの勇者』が黙ってはいないでしょう」

 

 副長の言ったことにエリスは心の底から納得する。

 

「確かにそうね。あの子達も身内のこととなると本当に過激なのよ。本気で危険な目に遭わせたり不幸にさせたら、ユウトは絶対にフォルトレスを倒した時以上の力で相手を粉砕するわよ。シュウ君も同じでしょうね」

 

 身内以外には鬼過ぎる。

 

「結局のところ、シュウ君とユウト君ってどれくらい強いのでしょうか?」

 

 シアの疑問ももっともなところだが、誰も回答は見出せない。

 

「お伽噺の魔物を平然と倒せるというのは……いくらなんでも、な」

 

 笑えない。

 

「シュウ君は無敵でユウトは最強らしいわよ」

 

 この間、言っていた。

 

「最強無敵のコンビですか。さすがユウト様、素晴らしい」

 

「シュウ君はどこ行ったのよ」

 

 エリスが苦笑する。

 すると、後半の話のちょっとは理解できた愛奈が問いかける。

 

「おにーちゃんとしゅうにい、つよいの?」

 

「すっごく強いわよ」

 

 理解できないくらいに。

 すると愛奈は、

 

「あいなもおにーちゃんたちの次くらい、がんばるの」

 

 ビックリするような発言をした。

 しかも、言っているのが愛奈なだけに、

 

「……本当に『大魔法士の妹』になりそうだわ」

 

「冗談抜きでの『妹分』ですわね」

 

「断言できるのも凄いことだとは思うが、リライトは安泰だな」

 

「当然です。ユウト様がいるのですから」

 

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