第116話 小話⑥:先に至る道

 

 リステルから帰ってきた卓也が、トラスティ家で疲れた様子を見せながらソファーに座った。

 愛奈が心配そうにやってくる。

 

「たくやおにーちゃん、つかれてるの?」

 

「さすがにな」

 

 リルの親族と会って話して、一緒に食事して。

 相手が王族なだけに心臓に悪かった。

 

「ちょっとだけ、ぐた~っとさせてもらうよ」

 

 ソファーにうつぶせになる卓也。

 少し休んで回復したら、愛奈とマリカと遊ぼう。

 そう思っていたのだが、

 

「ぐた~」

 

「うあ~」

 

 卓也の背中に軽い衝撃が二度、訪れた。

 同時に僅かな重みが背にのしかかる。

 

「愛奈と……あとはマリカが乗っかってるんだな?」

 

「うんなの」

 

「あいっ!」

 

 背中越しに頷かれた。

 卓也の背に愛奈、愛奈の背にはいつの間にかやってきたマリカが乗っている。

 そんな光景を背に卓也は小さく笑い、

 

「じゃあ、一緒にぐた~っとするか」

 

 そのまま3人でうつぶせになり休む。

 

「ぐた~」

 

「ぐた~」

 

「うあ~」

 

 三人で言うと、さらに卓也が笑んだ。

 

「せっかくだし、このまま昼寝でもしようか」

 

 

 

 

 

 

 

 

「リルちゃん、リルちゃん」

 

 卓也から遅れてリルが広間にやって来ると、エリスが手招きしてきた。

 

「おば様? どうしたの?」

 

 呼ばれるがままに近寄ると、一枚の型紙をエリスが見せる。

 

「イズミ君から借りたカメラの試作品で、この姿撮ったんだけど……いる?」

 

 写っているのは卓也、愛奈、マリカが仲良く背中に乗っている姿。

 そして三人が仲むつまじく眠っている。

 あまりにも可愛らしくて微笑ましくて。

 思わず、答える前にリルの手が型紙を握った。

 

「……いる」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 休んだあと、存分に愛奈とマリカと遊び、

 

「それにしても、あんたらって無い物ねだりをしないわね」

 

「どういうことだ?」

 

 今は卓也とリル、二人でお茶をしていた。

 

「自分が出来なくても仲間が出来るならば、それを信じて任せられる。本当に良い間柄だと思うわ」

 

「……ああ、そういうことか」

 

 優斗とフォルトレスの戦いの時のことを言っているのだろう。

 確かに卓也はあの時、優斗を信じて戦いを任せた。

 

「とはいってもシュウとユウトなんて、ほんとに酷いしね。信じられるのも分かるけど、ああいう力に嫉妬しなかった?」

 

 言うなれば特別。

 誰も彼もが持っているわけじゃない。

 それ故に嫉妬しても仕方ない、とはリルも思う。

 けれど、

 

「嫉妬なんてとっくの昔に過ぎたことだよ」

 

 卓也は軽く手を振って肯定と否定をした。

 

「過ぎたってことは……」

 

「最初の頃、だったかな。出会って間もない頃、あいつらのことを理解していない時には修にも優斗にも和泉にもしてた」

 

 人並みだと思っている自分だから。

 特別な彼らに嫉妬していた。

 

「理解してなかったってどういうこと?」

 

 リルが彼の返答の気になる点について訊く。

 

「俺が嫉妬してたことっていうのはあいつらの歪みそのものなんだよ」

 

 そのせいで彼らは普通とかけ離れている。

 

「修は『天恵』があるからこそ欲しいものがあった。優斗は力を手に入れる『経緯』があるからこそ、望むものがあった。和泉は『猛進』だからこそ、恐がるものがある。まあ、和泉の場合は最近、無意識じゃなくてちゃんと自覚したっぽいけどな」

 

 誰も彼もが自分の意思を介在していない。

 

「修や和泉は生まれ持ったものだけど、優斗の場合はことさら嫉妬なんかしちゃいけないと思う」

 

「どうして?」

 

「知ってるからな。あいつの経緯を」

 

 そして知ったからこそ二度と嫉妬などできない。

 

「優斗の『力』っていうのはさ、言ってしまえば誰でも手に入れられるものなんだよ」

 

「誰でも?」

 

「そう、誰でも。オレもあいつと同じ教育を受けていれば、神話魔法の一つぐらいは使えてると思う」

 

 おそらく、ではあるが間違いない。

 

「あいつの才能だって、たぶん高いとは思う。けれどな、やっぱりそれは仮定の域を出ないんだ。だから嫉妬なんかしたらいけないんだ」

 

「どうしてなの?」

 

「幼い頃に才能って前提を壊されてしまった奴に対して、『力』があるから嫉妬なんてどうかしてる」

 

 優斗の場合、才能の壁を無理矢理に壊された。

 

「まあ修は特に何もやってなくて、あのスペックだしな。さすがに嫉妬したし、和泉の特定の物事に対する情熱だって憧れでもあるけど、ある意味で嫉妬だった」

 

 けれどそれが、自分達がおかしい原因でもある。

 

「もう、嫉妬なんてしてないけど……」

 

 ただ信じるものに代わっているけれど。

 それでも。

 

「オレはあいつらから出遅れてるって思う」

 

 才能でも何でもなく。

 ただ、歩む道で出遅れている。

 

「オレ、何が出来るのか分かってないんだ」

 

 一人だけ将来が決まっていない。

 

「修はリライトの勇者で、優斗は大魔法士――というか宮廷魔法士か。それで和泉は技師。みんな道が決まってる。けれどオレだけ決まってないんだ」

 

 勇者であることに頷く修に、大魔法士であることを認めた優斗。

 技師として走り始めている和泉。

 自分だけ立ち止まっている。

 

「ほんと、出遅れてるなって思うよ」

 

 才能じゃない。

 努力じゃない。

 情熱でもない。

 それ以外のことで出遅れている。

 けれど、

 

「そんなことないわ」

 

 リルは優しく笑って否定する。

 

「卓也は自己評価が低すぎ。治療魔法だって、そんじょそこらの人じゃ太刀打ちできないほど凄いし、防御魔法だって同じ」

 

 確かに修も優斗も和泉も、彼らは目に見えた功績がある。

 けれど、卓也の良いところは目に見えないところにある。

 

「黒竜は確かにシュウとユウトが倒した。けれどあたしを護ったのは卓也よ」

 

 リルに傷すら付けさせず。

 勇者と大魔法士が来るまで護りきった。

 

「あんたはあんたが思っている以上に凄い人なのよ」

 

 相対的に考えないでほしい。

 絶対的に知ってほしい。

 

「でもね。もし、あんたがそれでも自分で何も出来ないって思ってるなら」

 

 それでもいい。

 

「あたしがいるわ」

 

 リル=アイル=リステルが一緒に歩んでいく。

 

「一人で何もできないって思うなら、あたしと一緒にやろう?」

 

 時には先を歩いて、手を引っ張って。

 時には後ろを歩いて、手を引っ張られて。

 一緒に歩こう。

 

「だってあたし達は政治の思惑を超えた二人なんだから、なんだって出来るわよ」

 

「そうなのか?」

 

 リルが婚約者だということで、できないこともありそうなものだが。

 

「例えば……そうね。異世界人と他国の王族がリライトでくっ付いた、なんて世界で見ても初めてなんじゃない?」

 

 少なくともリルは聞いたことがない。

 

「リステルは異世界人の召喚ができないしね。普通なら引っ張り込みたいところよ。特にリライトなんて異世界人に対して世界一寛容だし、卓也みたいに巻き込まれて召喚されたのなら様々な便宜を図ってくれるし、リステルに連れてきても問題なんてないわけ」

 

「っていうか、異世界人ってそんなに引っ張り込みたいものなのか?」

 

 卓也の問いかけに対し、リルは頷く。

 

「勇者をやってもらってる異世界人は言わずもがなだけど、基本的にあんたらって平均よりも能力がかなり高いのよ。それで異世界人が子供でも産んだら、子供にも結構引き継がれるわけ。フィオナだってひ孫だったか玄孫だけど、能力高いでしょ? まあ、あの子は隔世遺伝っぽいかもだけど」

 

「……そういやそうだな。平然と大精霊を召喚するし」

 

 優斗の嫁補正がついてるから考えたことがなかった。

 

「異世界人が基本的に好待遇なのは、強制的に召喚した上に能力が高いがゆえ役目をお願いする申し訳なさがあるの」

 

 勝手に連れてきて、勝手に役目を押しつける。

 だから少しでも謝罪するかのように、待遇を良くする。

 

「特にリライトが一番顕著よね。貴族よりも上って国はそうそうないわ。他の国なら侯爵とか公爵とか、上位の爵位を与えるくらい」

 

 リルの説明を聞いて、卓也が少し疑問に思う。

 

「基本的にってことは、そうじゃない国も――」

 

「アイナのこと、忘れてない?」

 

 二人の視線が同時に妹へと向かう。

 今はマリカと一緒に、積み木で遊んでいた。

 

「……失念してたな。それが優斗が愛奈を連れてきた理由だった」

 

「まあ、あんなことする国はほとんどないわ。知られれば世界から非難されること請け合いよ」

 

 それほどまでに貴重な存在だ。

 異世界人というものは。

 

「話を戻すけど、他国にとって異世界人は来てほしい人材。けれどあたしは王族であるにも関わらずリライトに来た。だからこそあたし達は何でもできるの。卓也をリステルに引っ張り込むっていう、リステルにとって一番有益なことをしていないから」

 

 一番の利益を離しているから。

 言うなれば友好の架け橋程度で終わる。

 もちろん、今となっては“大魔法士の親友”という利益もあるが、後々の話であって当時婚約したことには関係がない。

 けれど卓也は首を捻る。

 

「さっきも言ってたけど、政治の思惑を超えてるっていうのは言い過ぎじゃないか? 邪推するやつだって出てくるかも――」

 

「ないわね」

 

 リルが断言する。

 

「なんでだ?」

 

「ただでさえあんたをリステルに連れてきていないわ。それに加えて、本当に政治目的ならあたしが結婚すべきはシュウかユウトよ」

 

 そこを考えているというなら、相手は卓也じゃなくなる。

 

「当時の状況、覚えてる? あたし達王族はあんた達が異世界人ってことを知ってる。でもね、あたしが輿入れするとしたら相手は名も無き異世界人である卓也じゃなくてリライトの勇者であるシュウだし、リステルに引っ張り込むとしたらSランクの魔物でも余裕で勝てるユウトよ」

 

 つまり政治というべき結婚をするのなら。

 

「卓也じゃない」

 

 彼を婚約者とすることはない。

 

「シュウもユウトも目に見えるほどのものを持ってる。あたしだって仮にも王族だから、この二人こそ政治として結婚するにはベストだって分かってたし、それこそ望むべきものだって思ってるわ」

 

 そしてリルならば、望んだことを可能にできる血筋を持っている。

 

「要するにあんたを政治目的で婚約者にしたら“意味がわからない”って思われるの。すぐ側にシュウとユウトがいるんだから」

 

 普通ならば理解できない。

 修と優斗を選択肢にすら入れず卓也と婚約したのだから。

 

「だからあたし達は政治の思惑を超えてるって言ったの」

 

 ただ、恋をした。

 ただ、好きになった。

 目の前にいる少年に。

 

「あたしは王族として失格かもしれないけど、卓也と一緒にいたかった」

 

 隣を歩みたかった。

 

「そこに政治の思惑は一切ない。だから……」

 

 だからこそ、言える。

 

「卓也は――あたし達は何でもできる」

 

 他の誰にも咎められることはない。

 

「まあ、今となってはあたしのことを馬鹿にしてた連中も後の祭りよね。だってあたしの婚約者はリライトの勇者と大魔法士の親友で、龍神を姪っ子にしてて、何よりも……目に見えない凄さを持っている人だから」

 

 今はまだ賞賛はなく、栄光もない。

 けれど、

 

「そんな卓也があたしは大好き」

 

 リルは誇りに思っている。

 

「勇者よりも、大魔法士よりも、誰よりも――あたし達の中で一番の可能性に満ちた卓也のことが大好き」

 

 誇ることに何も問題としない。

 

「でも本当に何をしようかしら? 卓也の異世界料理って美味しいし、二人で料亭を開いたっていいかもしれないわね。珍しいし美味しいから絶対に儲かるわよ。リライト一の料亭になるかも」

 

 くすくすと笑いながらリルが提案する。

 思わず呆気に取られた卓也だが、

 

「リ、リステルの王族が料亭で働くっていいのか?」

 

「いいわよ。重要なのは卓也とあたしが一緒にいるってことだもの」

 

 だったら何だってやってみせる。

 

「いい? 卓也にはたくさんの可能性がある。政治にだって関われるし、料理人にだってなれる。医療者にだって絶対になれる」

 

 誰よりも多様な未来に満ちている。

 

「あんたが知らなくても、あたしがそれを知ってるわ」

 

 佐々木卓也の可能性を。

 

「というかあたしがこれだけ知ってるなら、シュウ達なんてもっと知ってるわよ。悔しいけどね」

 

 一緒にいる年期が違う、というのはやっぱりずるいと思う。

 けれど卓也は首を横に振った。

 

「いいや、違う。あいつらはオレの性格を考えて、これは無理、あれは無理って言う奴らだ」

 

「でも性格を考えてのことであって、能力を考えてではないでしょ?」

 

「……まあ、そうだな」

 

 思わず頷かされた。

 彼らは性格的にどうこう言うだけで、能力的にどうこう言うことはない。

 

「何よりもあんた、勇者でも大魔法士でも何でもないのに可愛い王族を婚約者にしてるんだから、一番の勝ち組じゃない」

 

 単純に考えれば、確かにそうだ。

 勇者ではなく大魔法士でもない。

 なのに王族を婚約者にして引っ張り込んだというのは、いくら異世界人とはいえ凄いことだろう。

 

「……自分で可愛いって言うか?」

 

「な、なによ! 言っちゃ悪い!?」

 

 思わず突っ込まれた単語を思い返して、リルの顔が赤くなる。

 

「ぶっちゃけ可愛いより美人っていうのがオレの正直な感想だけど……。まあ、確かに今のリルは可愛いな」

 

 照れている彼女はとても可愛い。

 そして、卓也の言ったことでリルがさらに真っ赤になる。

 

「でもな、お前はちょっとオレを持ち上げ過ぎじゃないか?」

 

 勘違いしてしまいそうになる。

 過小評価を良しとは思わないが、過大評価もされたくはない。

 

「い、いいじゃない! だってあたし達はすでに『世界一』を一つ持ってるんだから、ちょっとぐらい自慢したっていいと思うもの!」

 

「……はっ? 世界一って何をだ?」

 

 修なら分かる。

 優斗でも分かる。

 けれど自分達が世界一とはどういうことだろうか。

 

「……だ、だから……その…………………の…………よ」

 

 ぼそぼそ、とリルが言う。

 

「悪いけど、もう少し大きな声で頼む」

 

 しかし卓也の耳に届かない。

 

「……っ!」

 

 すると、リルは完熟したトマトのように赤い顔で恥ずかしそうに、けれど吹っ切れたかのように言った。

 

「あ、あたし達の恋愛はリステルで『世界一の純愛』なんて呼ばれてるのよっ!」

 

 

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