第272話 Call my name:生徒会役員と面倒な国へ
そして出立当日の夜明け前。
高速馬車の前で生徒会長のククリが優斗とクリスに頭を下げていた。
「すみません。私が貴族であれば、お二方にご迷惑をお掛けすることはなかったのですが……」
「迷惑じゃないよ。いつもは身内が数十倍の迷惑を掛けてるからね」
「それに仕方ないことです。まさかニース生徒会長が貴族ではないことに難色を示すとは思いません」
そう、生徒会として短期交流をするのにククリは同行しない。
その理由がククリに対するレンフィ王国側の反応が著しく悪かったからだ。
「ケインさんとレンリさんのこと、よろしくお願いします」
ククリのお願いに優斗とクリスは頷く。
しかし生徒会の二年書記であり、侯爵家の次男であるケインはむっとしたままだ。
同じく一年庶務で伯爵家の三女であるレンリも納得いっていない様子。
もちろん優斗とクリスが嫌なわけではなく、二人のことはとても尊敬している。
納得していないのはククリと一緒に短期交流に行けない、その一点のみだ。
「あり得ません。生徒会長が平民だからといって、難色を示すなど」
「そうですよ! それに加えてクリス先輩やユウト先輩が行くなんて、無礼な国には過ぎた方々です!」
ケインもレンリも優斗とクリスのことはよく知っている。
臨時ではあるが生徒会の一員として、手伝って貰っている。
というより手伝いなのに、教わることが多々あるので感謝しっぱなしだ。
しかもクリスどころか優斗の存在だって生徒会役員には明かされているのだから、過ぎた方々と言って何も問題ない。
「ですがこれは生徒会行事ですので、相手に文句を言わせないとなるとレグルさんやミヤガワさんにお頼みするのがベストです。昨年も同様の反応をされましたし、仕方の無いことです」
優斗はアリーの企みで一緒に行くので、ククリに謝られるのは筋違いではあったのだが……それでも頼んだ側だからと言ってくれる彼女は本当に誠実だ。
「それにレグルさんは今回、アリシア様が持つ権限の代理執行権を有しています。ミヤガワさんは言うまでもなく大魔法士です。ケインさんとレンリさんにとって、このような機会は二度とないかもしれません。良い経験として生徒会に還元してくれると嬉しいです」
にっこりと笑顔を浮かべるククリに対して、レンリは大きく頷いたのだが……ケインは腹に手を当てた。
「良い経験っていうのは確かにそうですよね! あたし、頑張ります!」
「……会長。ミヤガワ先輩もレグル先輩も雲の上過ぎて、あまり考えないようにしていたのだが……」
普段の彼らは頼りになる先輩だ。
ケインも二人がやって来た時は嬉しいし、指導される時は真剣に耳を傾ける。
それほどの頭脳や実力を持っているのだから、聞き逃してはならないのは当然のことだ。
だが、それはあくまで先輩としていてくれる時。
一皮剥けばアリシア王女から権限の代理執行権を与えられるほど優れている公爵子息のクリスや、全貌が異世界人で大魔法士の優斗は間違いなく雲の上。
緊張しても仕方がないというものだろう。
「あのね、ケイン。こういうのは一度やっておくと、その後が楽になるよ」
すると優斗がいつも通りの様子でケインに声を掛ける。
「どういうことですか?」
「この世に僕以上の立場を持つ人間は存在しない。だから一度経験していれば、何があろうと今回より緊張しなくなるってこと」
「いや、まあ、そうかもですが……」
「ちょくちょく大魔法士モードに入るかもしれないけど、その場にいたことは確実に君の血肉となって役立つよ」
真面目な後輩の肩をパン、と叩く。
一方でレンリもクリスに疑問を投げかけた。
「クリス先輩、ユウト先輩の大魔法士モードってどんな感じなんですか?」
「嘘も偽りも全てを見通し、敵と定めれば相手を際限なく貶めて打破する恐怖の権化です」
「……えっ? 怖くないですか?」
「とてつもなく怖いですよ。威圧だけで人が軒並み失神しますので」
◇ ◇
四人で高速馬車に乗り、レンフィ王国へと向かう途中。
クリスは朗らかな表情のまま、三人に伝えた。
「しかしながら自分も今回ばかりは少々、緊張しています」
「クリスが緊張って、また珍しいね」
「短期交流を暢気に構えていたら、アリーさんが持つ権限の代理執行権が付随してしまったんです。ユウト達に慣れ親しんでいる自分でもさすがに緊張は生まれますよ」
「アリーが持ってる権限って、どこまで出来るの?」
「普通に戦争を仕掛けられます。他にも国交の締結や断交など、彼女の一存で決めることが可能です」
それが王女に与えられる権限としては、破格であることは三人とも理解していた。
しかしながらアリシア=フォン=リライトがそれを許されていることもまた、理解出来る範疇だ。
「クリスの両親は何か言ってた?」
「父からは任された以上、しっかりやるようにと言われました。母からはアリーさんの期待を裏切ることは許しません、と伝えられましたよ」
誰も彼もアリーの所業を止めなかった。
王様からも頑張れ、と笑いながら後押しされてしまった。
するとレンリがクリスの母が告げた言葉に反応する。
「……はぁ~。やっぱりオリヴィア様は淑女の鑑だけあって、クリス先輩にも厳しいんですね」
貴族の令嬢であるレンリとしては納得の言葉だったが、優斗は首を捻る。
「……淑女の鑑? オリヴィア様って、そんな風に呼ばれてたの?」
「あれ? ユウト先輩、知らなかったんですか? オリヴィア様は令嬢であれば憧れの的なんですよ!」
力説するレンリだが、優斗は自分が今まで見てきたクリスの母の様子を思い返す。
よく見ている光景は、大抵が和泉か義母絡みだ。
「僕の知ってるオリヴィア様って『いいですか、イズミさん。それでは赤子に負担が掛かってしまうのです。正しい姿勢と正しい抱き方を知ってこそ赤子は安心するのですよ』みたいに言って、イズミに構ってる姿とかなんだよね」
なので淑女の鑑と呼ばれるだけの姿を、優斗は見たことがない。
クリスも優斗の言ったことに納得を示す。
「母はあれで構いたがりですからね。もちろんパーティーではご令嬢から羨望の眼差しを受けているのですが、如何せんユウトは忙しくて母の淑女然とした姿を見ていません。それにエリス様とお茶をしている時は、母もあまり気を張っていないのですよ」
「義母さんって公爵夫人としては、あっけらかんとしてるからね」
「母もエリス様とお茶をする際は諦めたと言っていました」
クリスはくつくつと笑う。
レグル家は貴族の中でも正統派ではあるが、だからといって固定観念に囚われず異端を排除しない。
それは和泉を意気揚々と受け入れたところからも窺えるだろう。
「そういえばお二人はレンフィ王国について調べてくれたのですよね?」
と、ここでクリスは後輩二人に話を振った。
相手の国を調べて失礼のない振る舞いをするのは当然のことで、その調査をククリはケインとレンリに任せていた。
もちろん優斗とクリスにこれ以上の負担を掛けないためだが、二人のことを信用しているからこそククリもお願いしていた。
ケインとレンリは話を振られると、調査結果を記した書類を優斗とクリスに渡す。
そのまま上級生二人はペラペラと凄い勢いで読み進めていくのだが、優斗が読み進めながらも首を捻る。
「観光スポットなし、一次産業、二次産業も駄目、何十年も成長なし……って、何これ? どうやって国が成立してるの?」
「我が国の援助と周辺諸国の援助で賄っているのでしょう」
「……マジで? よく王様やアリーが許してたね」
「ええ、ですから二年前に援助の打ち切りを予定していました。今回、自分はそういった部分の確認もする必要があります」
クリスも読み進めながら大きく息を吐く。
これでは小国といより、弱小国と言い換えてもいいのではないだろうか。
ケインは二人がある程度読み進めたことを確認してから、説明を始める。
「レンフィ王国の概要はそのようになっています。俺達はレンフィ王国に到着後、王太子殿下と婚約者、そして生徒会の方々に学院内や王都を案内される予定なのですが……」
と、ここでケインは何とも言い難い表情になる。
「〝悪女〟と呼ばれるシルヴィア=ヴィラ=ネスレ侯爵令嬢が、王太子の婚約者から近々外される……みたいな噂が流れています。さすがに我々が到着するまでどうこうあるとは思えませんが、ミヤガワ先輩とレグル先輩にもご報告しておきます」
ケインの報告に優斗は何も疑問を挟まない。
だがクリスは聞いた名に反応を見せた。
「ネスレ侯爵令嬢が悪女、ですか?」
「はい。そのように呼ばれているのです」
ケインが肯定すると、レンリも補足の説明を加える。
「だけど何て言うか変なんです。会長が前生徒会長のレイナ先輩から伺った限りだと、どうにも噂と違ってて……」
「……そういえば昨年はレイナさんが生徒会長として行ったのでしたね」
そう言ってクリスは考える仕草を取った。
優斗は親友が悩む様子を珍しそうに見ながら問い掛ける。
「クリス、どうしたの?」
「レイナさんもそうですが、アリーさんやクレアの評価も噂と大きな違いがありまして疑問が生まれました」
クレアは素敵な令嬢と言っていた。
アリーはレンフィ王国の生命線と断言していた。
「ケインさん、ちなみに悪女と呼ばれるに至った理由を知っていますか?」
「彼女には妹がいるのだが、どうやら妹を虐めているとのことです」
「他には?」
「周囲に対しての横暴な振る舞いや金遣いも荒いそうです」
ケインから告げられた内容にクリスは、さらに疑問を浮かべた。
どうしたって身内からの情報と合致しない。
「……おかしいですね。クレアは天然ですが人を見る目は確かです。義父もそうですが、もし噂通りの人物であれば軽く話して終わるだけでしょう」
それに噂通りだとすれば、クレアの記憶に残っていることもないだろう。
「さらにアリーさんはネスレ侯爵令嬢がレンフィ王国の生命線であり、彼女が王妃になるのであれば援助打ち切りを様子見すると言いました。それほどの言葉を与えている女性に対して、我が国の王女が間違えた評価をしているとは思えません」
援助を続行したということは、簡易的に見たわけではない。
しっかりと見定めた上で評価したはずだ。
「ユウトはどう思いますか?」
「断言してあげるけど、従妹様がそこまで言うのなら見誤ることはあり得ないよ」
自分達はシルヴィア=ヴィラ=ネスレに会ったことがない。
現地の評価は散々で、間違いなく真っ当な相手ではない。
けれど、それがどうだと言うのだろうか。
自分達が知っている王女は、それを容易に覆す確かな観察眼を持っている。
ならば信じるべきはどちらか、決まっているようなものだ。
優斗は辟易したようにクリスに言う。
「……なんか面倒な国に行こうとしてない?」
「自分もそのように思いました」
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