第273話 Call my name:開幕五分でいつもの展開
レンフィ王国に到着し、クリス達は馬車の中から町並みを眺める。
するとレンリ=シュイ=ナルグルは町並みを眺めながら首を捻った。
平民が住んでいる邸宅と貴族が住んでいる邸宅の差に気付いたからだ。
「ちぐはぐっていうか、貴族の邸宅が町並みと比べて豪華っていうか……。ケイン先輩、どう思います?」
「……確かに。ナルグルの言う通り、城下の建物から比較すると貴族の邸宅は遠目からでも豪華だ」
ケイン=ディレ=グリモもレンリの言葉に理解を示す。
リライトの地方程度の豪華さではあるが、それなりに貴族の邸宅は整っている。
一方でリライトと違い、平民の住んでいる建物は少し古い。
クリスは後輩二人の会話を聞くと、まるで講義をするかのように声を掛ける。
「だとしたら、どのようなことが考えられますか? 単純な答えで構いません」
「……そうですね。徴税がリライトよりも大きいか、もしくは我々の援助が民まで上手く回っていない。俺はそう考えます」
「その通りです。ニース生徒会長に対する偏見も含めて考えると、どうやら思った以上に身分や立場の違いの差が根深いようですね」
平民だというだけで、生徒会長であるククリを否定的に扱った。
大国リライトに対して良い度胸だが、それも平民に対する扱いに大きな差があれば仕方ないことだろう。
「リライトの事情もありますし、レンフィの事情もあります。なのでレンフィが一概に悪いとは思いません」
「まあ、他国のことですもんね。クリス先輩が言ってることも分かりますよ」
「ですが援助をしているリライトとしては、少々納得しかねる事態でもあります」
クリスはリライトの援助がしっかり民にも与えられていれば、このような差が出るとは思っていない。
「王族や貴族が我々の援助を懐に入れて私腹を肥やしている。町並みを見る限りそのように見られても仕方ないことでしょう?」
「……我々の感覚からすると、確かにレグル先輩の仰る通りかと。ですが今までリライトは指摘しなかったのでしょうか?」
「指摘はしていたでしょうが、それを受け入れるかどうかは向こうの判断です。大国とはいえ、援助の使い道まで強制は出来ません」
属国ではなく友好国。
故に命令することは出来ない。
「けれどレンフィ王国は身勝手にやりすぎました。大国の矜持として行っていた援助の意味を理解していなかった結果が、建物にも表れているのでしょう」
だからアリーは援助を打ち切ろうとしていた。
これ以上は無意味だと理解したから。
「とはいえ自分はアリーさんの代理でレンフィ王国を見定める部分もあるだけで、生徒会活動には何ら関係のないことです。ケインさんとレンリさんのことをニース生徒会長から託されていますから、まずは短期交流をしっかりこなすとしましょう」
「分かりました」
「了解です、クリス先輩!」
◇ ◇
レンフィ王国の王城前で馬車が止まる。
リライトの四人が降りると、そこには六人の男女が待ち構えていた。
まず、その時点でケインとレンリが首を捻る。
レンフィ王国の生徒会役員は五人と聞いているからだ。
さらにはシルヴィア=ヴィラ=ネスレと思わしき少女の顔色も険しい。
どういうことなのかと疑問は浮かぶも解決されないまま、中央にいる男子生徒が一歩前に出た。
「ようこそ、レンフィ王国へ」
自信満々に威風堂々とした姿で声を掛けてくる。
そして、
「王太子として歓迎しよう、リライトの諸君」
第一声でクリスはアリーが言っていた『おつむが若干弱い』の意味を理解した。
リライト側に困惑の様子が広がるのも当然だろう。
学生ではなく王太子として歓迎した場合、リライト側もそれに応じた立場になる。
つまりはクリスは王女代理として、優斗は大魔法士として応対することになる。
そうなると小国の王太子如きが上から目線で歓迎の意を示したのだから、呆れる以外にどのような反応をすればいいのか分からない。
シルヴィア=ヴィラ=ネスレと思わしき少女の表情も、さらに険しいものに変わった。
口を挟みたいが、それをしたところで無駄だと分かっているのだろう。
だが彼女を除いたレンフィ王国側の人間達は、気にせず爵位も含めて自己紹介を始める。
「…………」
リライト側が内心で呆れていると、一人だけ事態に気付いている少女は険しい表情から唇を噛み締めるように俯いた。
今回の短期交流はレンフィ王国側の我が侭があって、クリスと優斗がやってくることになった。
しかも我が侭の理由は「王太子である俺が平民を接待しろとでも?」という最悪なことを言ってのけたからだ。
昨年も今年も同じことを言って、リライト側は気を遣って応えてくれた。
けれどそれは子供の癇癪だと思っているからに他ならない。
成熟した国の人間として、未熟な国に合わせた。
だというのに、王太子はリライトの気遣いを台無しにしている。
シルヴィアは内心で盛大に悪態を吐く。
――どうして生徒会長として歓迎しなかったのですか!?
であれば王太子の態度もまだ理解の範疇だろう。
しかしながら彼は王太子としての立場で歓迎してしまった。
おそらくは自身を誇示したいからだろうが、悪手でしかない。
学生として相手をするから、相手側も応じてくれるのだ。
それを取り除いてしまえば、こちらから話し掛けるのは不敬でしかない。
――この人達は本当に、何も分かっていない。
今日、ここに来ているのは大魔法士――宮川優斗。
小国に来ることなど絶対にあり得ない、この世界の頂点とも言うべき存在。
次いでレグル公爵家長子のクリスト=ファー=レグル。
言葉にすればそれだけだが、その実態はレンフィ王国の王族といえども立ち向かえる相手ではない。
さらには王女代理としてここに来ている。
つまるところ、そこにいる王太子如きとは圧倒的に格が違う。
共にいるのも侯爵家の次男に伯爵家の三女であり、王太子の側近候補だ何だと調子に乗っている馬鹿共とは何もかもが異なっている。
騎士団長の子息が伯爵家だろうと、宰相の息子が侯爵家だろうとどうでもいい。
言葉の意味は同じであろうと、レンフィでは国力も歴史も血筋もリライトより劣っている。
そのことを、ここにいるレンフィ王国側の誰もが分かっていない。
「サンドラ=ヴィラ=ネスレです。皆さん、よろしくお願いしますね」
さらに生徒会に全く関係ないシルヴィアの妹――サンドラも挨拶の輪に加わった。
愛嬌の良い表情を浮かべて可愛らしく挨拶しているが、リライト側の反応は総じて愛想笑いを浮かべているだけ。
というより内心で思っていることが全員一致している。
誰だこいつは、と。
生徒会ですらない奴がどうして、ここにいるのか。
しかも装飾品が多くて、キラキラと光る宝石が目に痛い。
そんな視線をリライトの書記と会計から、ひしひしと感じる。
だからといってシルヴィアに何か出来ることはない。
「……っ」
馬鹿な妹がいることも挨拶してしまったことも覆せないし、王太子が王太子としてリライトを迎え入れた以上、シルヴィアは婚約者として挨拶せねばならない。
だから彼女は、ただ一人だけ膝を折って顔を伏せ最大の敬意を相手に払う。
「ネスレ侯爵家の長女、生徒会副会長のシルヴィア=ヴィラ=ネスレと申します」
シルヴィアの行動の意味を正しく理解しているのはリライトの人達だけだろう。
レンフィ側は総じてアホなことを言っていたのだから。
すると一人、彼女に近付いてくる足音が聞こえた。
「立っていい、シルヴィア=ヴィラ=ネスレ」
許可が出たので、シルヴィアは顔を上げて立ち上がる。
そこにいたのはクリスト=ファー=レグルではない。
引率の代表として来ているのはクリスだが、立場を振りかざすのであれば頂点は別にいる。
大魔法士――宮川優斗。
当然のように最上位の者として振る舞う彼は、面倒そうにレンフィ側を見たあとシルヴィアに僅かばかり表情を崩した。
「苦労しているな」
ただ、それだけを伝えて優斗は振り返る。
「クリス、後は任せた。こちらは学生で対応したほうが楽だ」
「分かりました」
入れ替わるようにクリスは前に出ると、レンフィ側に挨拶する。
「クリスト=ファー=レグルと申します。この度はリライト魔法学院生徒会の一員として伺っています」
「ユウト=フィーア=ミヤガワ」
クリスの後ろに下がった優斗も簡単に名前だけを名乗る。
「一年庶務のレンリ=シュイ=ナルグルです」
「二年書記のケイン=ディレ=グリモだ」
本当にただ、名乗っただけ。
友好的な表情を張り付けているが、警戒していることは隠していない。
その中でクリスだけは朗らかな表情を浮かべて、レンフィ側に声を掛ける。
「本日はレンフィ魔法学院を案内して下さるとのことですが、移動は馬車でしょうか? それとも徒歩で向かうのでしょうか?」
にこやかに、最初の挨拶の不手際を無かったかの如くクリスは話し掛けるが、王太子は何故か申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「そのことだが私達は公務の途中でね。この先はネスレ侯爵令嬢が案内する」
王太子がそう告げた瞬間、シルヴィアの心臓は止まった。
いや、そう錯覚してしまうほどにあり得ないことを告げられた。
ちらりと馬鹿げたことを言った張本人を見れば、彼は冷たい視線をシルヴィアに向ける。
「貴様程度でも、案内ぐらいは出来るだろう?」
王太子達の言い分は一つだろう。
〝虐められているサンドラ〟と〝虐めているシルヴィア〟をこれ以上、同じ場所に存在させない。
ただ、それだけのためにリライトの人達を蔑ろにしようとしている。
シルヴィアがサンドラを睨み付ければ、彼女は怖がるように王太子に縋り付いた。
同時に他の面々もサンドラを守るように動き出した。
彼らの行動も言動も馬鹿馬鹿限りだが、今の発言を通せると勘違いしていることもまたふざけている。
「公務を理由にリライトの皆様をご案内しないなど正気ですか!? どうか、お待ちを――っ!」
「それでは失礼する」
軽く頭を下げた王太子は、シルヴィア以外を引き連れてその場を去って行く。
唖然としたのはリライト側で、唯一取り残されたレンフィ側の少女は怒りのあまりに身体を震わせる。
そもそもがおかしいことに気付いていない。
何故、サンドラを伴っているのか。
生徒会の役員でも何でもないサンドラがここにいたことこそおかしい。
さらにシルヴィアとサンドラが一緒にいることを是としないのであれば、せめてシルヴィアを遠ざけて自分達で案内するべきだ。
何もかもを間違えているのに、それを当然のように許されると思っていることも腹立たしい。
「せめて一時間は持ってほしかった」
「五分も持ちませんでしたね」
苦笑するような優斗とクリスの小声がシルヴィアの耳に入って、彼女は王太子達の姿が消えた瞬間に凄まじい勢いで土下座する。
「リライトの皆様っ!! 王太子のみならずレンフィ魔法学院、並びにレンフィ王国の不手際を心よりお詫び申し上げます!!」
何が悪い、誰が悪いと問えばレンフィ王国の何もかもが悪い。
一つも情状酌量の余地がない。
けれど優斗は彼女の土下座を見ると、ふっと息を吐いた。
「いや、気にしなくていいよ。それよりもリライト勢、ちょっと集合」
シルヴィアを立たせると少し離れた場所にクリス、レンリ、ケインを呼び寄せる。
「最初からヤバさが伝わってきたけど、どう?」
「ユウト先輩。あたし、あの人が悪女とか信じられないですよ」
「ミヤガワ先輩、俺も同意見です」
唯一、悪女と呼ばれる少女だけが正しい対応をしていた。
他は論外どころの話じゃない。
「事の次第は分からないことばかりだけど、やっぱりアリーやレイナさんが見誤るわけなかったね」
「俺としては正直、本当に同年代の人間なのか疑いました」
「というか、あり得ないんですけど! ユウト先輩とクリス先輩にあんな態度が許される人、この世界にいるんですか!?」
「まあ、普通はいないね。けれど小国だろうと公務と言って押し通せない場合って、そうそうないんじゃない?」
怒り狂いそうな後輩達に優斗はリラックスさせるように笑い掛ける。
「雑魚の王太子であっても、公務といえば相手は追求しない。あの言葉を本気で捉える奴がいるかは分からないけど、少なくとも僕とクリスは普通に嘘だと看破してる」
もちろん普通は嘘だと分かったとしても、どうこう出来るわけではない。
深くツッコミを入れても機密だと言われてしまえば何も反論出来ない。
ただし今回ばかりは相手が悪かった。
「嘘だと分かっているのに、ユウト先輩でも追求できないんですか?」
「追求できない……というより彼の言った『公務』という言い訳が、論理的に考えると如何に酷いものか分かるよ」
くすくすと笑う優斗は指を一本立てる。
「まず最初に僕の相手を出来ない公務って、どのレベルの公務になると思う? ケイン、考えてみて」
「……レンフィ王国は小国ですから、ミヤガワ先輩ほどの相手を蔑ろにしなければならない公務となると…………」
どこかの地方が反乱した程度では、王太子が出る必要はない。
むしろ大魔法士を放っておけるほどの公務となると、重要性は跳ね上がる。
「国の存亡に関することでもなければ無礼になるのでは?」
「まあ、ケインの言う通りだろうね。そうなると僕がここにいるのって大丈夫だと思う?」
大魔法士を放って公務をする王太子。
普通に考えれば王太子の公務は国の存亡に関わるか、それに近しい重要な事態。
そこでケインは理解したように相づちを打った。
「ああ、なるほど。ミヤガワ先輩が示す通り、帰ったほうが無難でしょう」
「あっ、そっか。ユウト先輩達がここにいるのって、矛盾してるんですね」
次いでレンリも納得したのか何度も頷く。
大魔法士が小国に来たというのに王族が放っている。
それが意味することを王太子は分かっていない。
「そして、だからこそ彼女の優秀さが際だった」
今は少し離れた場所で、優斗達の会話をハラハラしながら見守っている少女。
シルヴィア=ヴィラ=ネスレだけが一人だけ、間違いを犯さなかった。
「一つ目は立場の違いを明確に理解していた。僕個人としては小国どころか弱小国のレンフィに頭の良い奴はいないと思ってたけど、彼女は正しい認識を持っていた。本来、理解して然るべきのことではあるけれど、王太子が馬鹿である以上は褒めてあげるべき部分だね。それに公務だと言って嘘を吐いた王太子を止めようとしたことも評価出来る」
まあ、王太子達がいなくなったのは色々な事情が含まれているのだろう。
だとしても事情などあろうがなかろうが、それは優斗達には関係ない。
「二つ目は僕とクリスが嘘だと見抜いたことに気付いた。多少、大げさにリアクションして小さくも声にした。すると彼女は僕達の反応に気付き、その後の判断は早くて正しかったよ」
頭を下げて、自分達が、学院が、国が悪かったと真摯に謝った。
「馬鹿王太子の姿が見えなくなった瞬間に謝罪をしたこと。おそらく馬鹿王太子が気付く段階で謝罪してしまえば、面倒になると思ったんだろうね」
優斗的には気付かせて王太子達の為人の判断基準を増やしたいところだったが、やってしまえばシルヴィが可哀想でしかない。
なので謝罪を受け入れて、こうやってリライト側で話し合いをしているわけだ。
「彼女に関して言えば、アリーが評価しているだけのことはあるよ」
たった一人だけ間違いを犯さなかったということは、一人だけ貧乏くじを引いたと言い換えてもいい。
優斗は憐れむようにシルヴィアを一瞥すると、クリスに話を振る。
「それで、どうする? ここから先は引率のクリスと役員の考え次第だと思うけど」
王太子にぶち切れるのもいいだろうし、優斗に対する行為を責めて帰ってもいい。
ただ学院行事である以上、続行することが無難だろう。
三人は少しばかり話し合うと、同時に頷きを返して優斗に結論を報告した。
「さすがに自分達を蔑ろにした王太子と望んで関わることはしたくありません。ですので、このまま彼女に案内してもらいましょう」
「面倒事にぶち当たる可能性は大きくあると思うけど?」
自分達の今までの結果が見れば、おそらくは面倒事にぶち当たる。
けれど問うたところでクリス達の答えは変わらないだろう。
優斗の好きな表情をさせているクリスが、そこにいるのだから。
「構いません。それにリライトは目の前にある不当に対して、黙っていることはしませんよ」
「他国だからって、あたしも黙りません!」
「何の手助けにならないかもしれないが、それでも同調することはしたくないです」
三者三様、それでも宣言する。
そして彼らの宣言は以前、リライト近衛騎士団の副長も言っていたことだ。
『リライトは目の前にある不当に対して、黙っていることをしない』
大国の矜持が、国としての在り方が、言葉や行動に反映させる。
若くともリライトの貴族である彼らは、それをまざまざと優斗に見せつけた。
だから、くつくつと笑ってしまう。
「ある意味で血気盛んなんだよね、リライトの人って」
正しいと思ったことが、正しく評価されるように。
大声で間違っていると叫ぶ。
それが出来る立場にいるのなら、尻込みすることはない。
「もし動くと決めた場合は自由にやっていいよ」
リライトの公爵家長子にして王女代理。
侯爵家の次男に伯爵家の三女。
これだけいれば十分だろうが、それでも足りないと思うのならば。
圧倒的強者による絶対的な命令が必要とあれば。
優斗は惜しみなくそれを使う。
「そのために僕はここにいる」
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