第134話 親バカ×親バカ
村へ連れて来られたカプスドル伯爵はケイトに、全員に対して謝罪する。
ケイトには『会いたくなければ家に籠もっていればいい』と言ったのだが、一言文句を言わないとやってられないと、土下座して顔を起こしたところをビンタしていた。
文句と言っていたのにビンタをするとは、やっぱり気丈な女性だと優斗は思う。
そして、
「僕は他国の人間ではありますが、ミエスタ女王と面識があります。なのでこれからカプスドル伯爵をミエスタの王都へと連れて行きます。そこで然るべき処分をしていただくので、どうか皆様はこの場での怒りは収めて下さい」
先程言わなかったことを村人全員を含めて告げる。
驚きの表情は誰しもがしたが、一番驚愕したのは誰でもないカプスドル伯爵。
「は、話が違うじゃないか!?」
これで終わりだと思っていた。
けれど優斗は相手にしない。
「何一つ違うところはないし、どの口が甘いことを言うんだ。お前は“僕の恩人”に手を出したんだ。徹底的にやるに決まっているだろう」
「わ、私を連れて行ったところで向こうの奴らが話を聞くとでも思っているのか!?」
連れて行かれるのはミエスタ王国の貴族。
どこの誰とも分からない他国の男の話を聞くとは思わない。
だが、残念なことに連れて行くのは宮川優斗。
「言わなかったか? 誰を相手にしているのか、と」
ミエスタという国が話を聞かないわけがない。
「パラケルスス」
優斗が名を呼べば、ふわりと老人が降りてくる。
というかこの好々爺は何なのだろうと誰もが思う。
名前的には精霊の主ということは何人か、分かっていた。
だがまさか本物だとは誰もが思ってもいない。
『呼んだかの?』
「悪いけどこいつら全員を運んでほしい」
◇ ◇
一方でミエスタ女王は頭を悩ませていた。
「……ああ、もう。何でユウト君の車がなくなっちゃうのよ」
2日前、血の気が引くような話を聞かされた。
優斗を乗せていた車がない、と。
「ユウト君なら大丈夫だと思うし、問題ないと思うけど……」
殺しても死なないだろうし、むしろ殺そうとしたら殺してくる人物だ。
窮地に陥るとは思えない。
だが、それはそれ。
責任はミエスタにある。
だから捜索しているのだが、どこからいなくなったのかも分からない。
「いっそ精霊術とかで空でも飛んでくれたら分かりやすいんだけど、ユウト君って照れ屋だからやらなさそうなのよね」
常識外の存在なのに常識に拘るので厄介だ。
ミエスタ女王がさらに頭を悩ませていると、外から騒ぎ声が上がった。
「何かしら?」
椅子から立ち上がり、窓を覗く。
そこで視界に入ったのは、あまりに想定外の光景。
「……うそ」
人間の集団が空から王城の広場に落ちている。
幻でも見ているのかとも勘違いしそうになるが、広間にいる兵士達の驚きの声が否定する。
「なんでこう、次から次へと問題が起こるのよ!」
文句を言いながら女王は広場へと足を運んでいく。
そこで目にしたのは結界の中で震えている者や呻いている者――総勢151人が蹲っている状況。
「……な、なんなの?」
理解の範疇を超えている。
あまりにも唐突すぎた出来事だ。
しかし、
『ミエスタ女王というのはいるかの?』
上のほうから声が聞こえてくる。
見れば、ご老体が空に浮かんでいた。
察しの良い女王はまさか、と思う。
「……パラケルスス?」
『いかにも』
あまりにも簡単に頷かれた。
とはいえ、こんなとっぱずれたことをやったのがパラケルススだとすると納得できる。
「貴方がいるってことはユウト君は?」
『そのことだがミエスタ女王、契約者殿からの言伝がある』
パラケルススは承った言葉をそのまま彼女に伝える。
『今からそっちに行くからクラート村へ迎えに来い。以上じゃ』
ミエスタ女王の眉間に皺が寄った。
あまりにも普段の彼と口調が違いすぎる。
「……一言一句、間違いはないの?」
『まさしく、そう言っていたの』
飄々と答えるパラケルスス。
女王は頭を抱えたくなった。
彼は基本的に我々のような人物に対して言葉を崩すことはない。
年輩や見知らぬ貴族、王族に対しては特に。
けれど今のような口調になった時、ミエスタ女王には分かっていることが一つだけある。
「大魔法士として私と会うってことね」
そう、今の優斗は自身を大魔法士だと認めている。
だからムカついている相手以外にこの口調の場合。
彼はミエスタ女王と同等の立場として振る舞う覚悟があるということ。
それを彼は示してきた。
女王は思わずやって来た馬鹿共を睨み付ける。
パラケルススが結界を張っているということは、助けるなと言っているようなもの。
こいつらが絶対に優斗の逆鱗に触れる何かをした。
腹立たしさしか覚えないが、それでも冷静に女王は指示を出す。
「今からユウト=フィーア=ミヤガワ様をクラート村からお連れしなさい!」
◇ ◇
待つこと2時間弱。
高速馬車が村へと辿り着いていた。
「オレらも行ったほうがいいんじゃ……」
「そうよね。だって当事者なんだし」
優斗が馬車に乗り込もうとした矢先、そんなことをノイアーとケイトが言ってきた。
はぁ、と大きく優斗が溜息を吐く。
「殺されかけたり『死ね』と言われた人達が何を言ってるの。しっかり休んでなよ」
肉体的疲労も精神的疲労も酷いはずだ。
だからゆっくりと養生してほしい。
けれどノイアーがツッコミを入れる。
「お前が一番暴れてただろ」
「あの程度、軽い運動だよ」
疲れるわけもない。
なので優斗は村長に頭を下げ、
「村長、申し訳ありませんがこの二人をよろしくお願いいたします。皆様こそよく知っていると思いますが、この二人は親切だからこそ余計な苦労も背負います」
「ええ、よく知っているとも」
「というかもう面倒なんで家に縛り付けておいて下さい」
「任せておいてくだされ」
ノイアーの尊敬する村長だけあって、話がよく分かる人だ。
優斗は再び馬車に乗り込む。
「ユウトくん!」
するとケイトが大声で叫んだ。
「今日、どっちが親バカか決めるんでしょ!? だから世界の損失になるほど美味しい夕ご飯を作って待ってるから!」
次いでノイアーも同じように、
「このまま帰るとか駄目だからな!! オレのケイトの美味い飯、食いに戻ってこいよ!!」
二人の言葉に思わず優斗も破顔した。
「了解。楽しみにしてるよ」
今度こそ馬車に乗り込み、扉を閉めて出発する。
だんだんと姿が見えなくなったところで村長がノイアー達に訊いた。
「彼は一体、何者なのかね?」
村の恩人たる方だというのは分かるが、あまりにも手際が良すぎてどういう人物なのかが全く想像つかない。
だがノイアーとケイトは顔を見合わせると、ぷっと吹き出して言った。
自分達が知っていることはただ一つ。
「「 親バカ 」」
けれど彼を評するには、その一つがあればいい。
◇ ◇
ここから先は純粋なノイアー達に見せられない領域。
冷徹と冷酷が入り交じった空間になる。
「数日ぶりですね、ミエスタ女王」
優斗は謁見の間で女王と相見えた。
彼女は彼の姿をはっきりと正面から受け止めて、言う。
「口調はさっきの――貴方の立場を示す為に使った口調でいいわ。さすがにいつものだと『ユウト君』と勘違いしそうになるもの」
彼の口調は、ムカつかない相手の場合は意識的に。
そしてムカついている相手の場合は無意識に変わる。
同等、もしくは上の立場として振る舞う為に。
とはいえ、だ。
少なくとも友好を持っている女王に向ける為のものではないのだが、今回は事情が事情。
立場だけではなく、立ち振る舞いすらも示してもらわないといけない。
「ある程度の事情はあいつらから聞いたつもりだけど、改めて伺うわ。ユウト様、何があったのかしら?」
優斗は今日、あったことをミエスタ女王に伝える。
彼が話すことは彼らとあまり差異はない。
足りなかった部分も話してもらったことで、頭の中の情報を補完し終わった。
女王は大きく溜息を吐く。
「ミエスタ女王。分かってるな?」
「分かってるわよ。私の国で、しかも貴方の前で大層な愚行を犯してくれたものだわ」
あまりにも酷い出来事にミエスタ女王は眉根を揉みほぐす。
「そして貴方がどうして、大魔法士として私の前に来たのかも分かってるつもり」
今回の件、絶対的にカプスドル伯爵が悪い。
何があっても、何を言おうとも、情状酌量の余地は欠片も存在しない。
けれどもカプスドル伯爵は貴族だからこそ、優斗は僅かばかりの懸念すらも消す為に大魔法士としてここに来た。
「……クラート村には後悔の念しか生まれないし、貴方をこういう形で招きたくはなかったわ」
「……同感としか言えないな」
二人して頷いたその時、扉の開く音が聞こえた。
一人の男が縛られ、連れて来られる。
優斗と女王は視線を向け、
「クラート村に対して犯した罪。貴女はどう贖わせる?」
「決まってるわね。極刑よ」
裁くための会話を世間話のように始める。
やって来て早々、カプスドル伯爵の表情が引き攣った。
「僕に胡麻を擂るために言っているわけじゃないだろうな?」
「違うわ。貴方との友好を望むからこそ勘違いするかもしれないけど、私がこういうこと大嫌いなだけよ。何よりも5年前より3年間、同じことを続けて彼らを押さえつけてきた貴族に何の価値があるというの? ミエスタの法からしても極刑にしかならないわ」
「ならいい」
カプスドル伯爵が処刑されることを確認する為だけの会話。
決定事項であり覆せないもの。
「じ、自国の貴族が他国の人間にやられているというのに、どうして!?」
当然、カプスドル伯爵が納得できるわけもない。
しかし、あれだけのことをやって『守ってもらえる』という希望を僅かばかりでも持っているのだろうか。
「自国の貴族が私の愛する民を傷つけているのに、何を考えて『どうして』という言葉が吐けるのかしら」
貴族が民衆の上にいるのは事実だ。
だから彼らには権力と責任が存在する。
決して放り投げていい責任ではないし、押さえつける為に存在する権力などではない。
「私はユウト様に感謝しかないわよ。貴方のような馬鹿を見つけてくれたのだから」
国の全てを女王たった一人で見ることは無理だ。
故に貴族というものがいる。
だというのに、この男は貴族としての責任を放棄した。
いや、放棄したどころか権力を悪用し、人として外れた行いを平然と行った。
女王が庇う理由など一つとして存在しない。
「た、他国の人間の言葉を真に受けるなどどうかしている! たった一人の少年の言葉で伯爵である私を極刑にするなど、国を揺るが――」
「貴方は『大魔法士』が嘘偽りなく伝えてくれたことに対して、一国の王が信じないとでも思っているのかしら?」
素性も知れぬ他国の人間ならば疑わしいだろう。
けれど彼は違う。
世界の王達が頷かされる『大魔法士』。
「最低でも私と対等である彼に対して、何もなしに信じない……とは言えないわ。私はユウト様の人柄も性格も知っているからこそね」
例えば彼がミエスタという国を貶めるつもりであるならば、もっと残忍で狡猾にやるだろう。
自分の趣味趣向の為にカプスドル伯爵を貶めるつもりなら、この場に出てくる必要性はない。
さらに言えば、こんな小物をちまちまと虐めるなど性に合わないだろう。
叩き潰すことこそ、彼の信条なのだから。
そして何よりも和泉が世話になっている国に仇なすなんて、ありえない。
無用な問題など起こしたくない、とすら思っているはずだ。
「とはいえ別に裏を取らない、なんて言わないわ。彼の話していることが間違っていることもあるだろうし、考え無しに肯定するとは言わない。けれどね、彼が大魔法士としてミエスタ王国にやって来た、ということがすでに貴方が悪事を働いた証明なのよ」
リライト王が許可していないから、と。
自分がどれほど言っても大魔法士としてこの国には来ない優斗が、わざわざ大魔法士として来た。
それがどういう意味を持つか、女王にはよく分かる。
「……だい……まほうし?」
カプスドル伯爵が信じられないように言葉を反芻させた。
「ええ、そうよ。歴史上二人目の大魔法士――ユウト=フィーア=ミヤガワ様。精霊王パラケルススと契約し、独自詠唱の神話魔法を操る彼に喧嘩を売るということは即ち、自殺行為としかならない」
愚の骨頂と言われても仕方ない。
「貴方は誰を相手にしたと思っているのかしら? 『最強』の意を持つユウト様の恩人に手を出すなんて、正気の沙汰じゃないわ」
「だ、大魔法士など聞いたことがない!」
「それはそうよ。知っているのは王族と、ある程度の立場にいる人間だけだもの」
彼が知る機会など存在しない。
「もちろん、貴方に義があるのならば私だってどうにか出来る。例え相手が大魔法士だとしても」
女王が何としても守ってみせる。
「けれど貴方、どこに義を持っているの?」
この男がやったことのどこに。
この男が行ったものにどこに。
正しさがあるのだろう。
「私が守るべきは愛する民であり、下衆じゃないわ」
「わ、私はやっていない! 私が直接、手を下したことなど――」
「命令すれば同じことよ」
自分が手に掛けなければ同じ、とでも言うのだろうか。
ふざけているにも程がある。
「それに貴方、ここにいるのが私だけじゃないと分からないの? 貴方の相手をしたユウト様がいる。迂闊なことを抜かせば、その時点で死ぬわよ」
そして女王自身、止めるつもりは無い。
「もう一度、ユウト様の前で言ってみなさい。自分は何もやっていない、と」
彼女の言葉を受けてカプスドル伯爵はちらり、と優斗を見る。
だが、
「…………う……ぁ……」
言えない。
正体を知ってしまったからこそ、尚更。
女王は彼が何も言えないのを見届けると、さらに無機質な声音になる。
「だから私は王として、上に立つ者として判断を下す」
空気が重くなる。
緊張の糸が張り巡らせられた中、女王は告げた。
「カプスドル伯爵――貴方を処刑するわ」
無情の沙汰を。
「けれど貴方がやっていた処刑という名の娯楽とは同じと思わないことね。愉悦も快楽も何もない、冷酷と冷徹の刃にて斬首されなさい」
淡々と、されど逃れられない事実を突き出す。
「…………」
カプスドル伯爵は叫ぶこともせず、暴れることもせず、ぐったりとする。
まるで理解することを拒否しているようだった。
だが、彼はもっと残忍なことをしてきた。
自業自得というものだ。
女王は兵士に命令する。
「連れて行きなさい」
カプスドル伯爵の姿が見えなくなると、少しだけ空気が緩んだ。
「お疲れ様です」
「本当に迷惑を掛けたわ。この国のことなのに」
「それは先程“大魔法士としての僕”が話し終わっています。後々のことは貴女に任せますよ」
多大に干渉しようだなんて思わない。
「ユウト君はこの後、どうするの? 泊まっていく?」
まだ夕時。
とはいえリライトへ帰るには少し厳しい時間帯。
けれど、
「すみませんがこれから、どっちが親バカか決めないといけないんです」
優斗は笑ってクラート村に戻ることを告げた。
険しい表情の女王も一瞬だけ、ふっと表情を和らげる。
「だったらすぐに手紙を書くから、それを持って行ってちょうだい。村長宛てとノイアー君とケイトちゃん宛てに合わせて二通。よろしくね」
◇ ◇
「女王様が謝罪に来るって書いてある」
ケイトが食事を作っている際に手紙を読み進めていたノイアー。
内容を見て驚きの表情を浮かべる。
実際には手紙にも謝罪が書かれているが、さらには村に来て直接頭を下げるらしい。
「気付かなかった年月を考えれば申し訳なさが満載だからね」
「だからって女王様が来るのか……」
ノイアーは少し難しそうな顔になると、優斗を見た。
「偉い人ほど頭を下げることはしない。お前が言ってたことだよな?」
「そうだね」
そして確かにカプスドル伯爵は頭を下げなかった。
優斗から言われ、仕方なしにやったと考えて間違いはない。
「オレは……ユウトの言ってるような村長になりたいと思った」
あんな馬鹿にはなりたくない。
駄目なことは駄目だと、悪いことは悪いとしっかり謝罪できる人間でありたい。
「そんで女王様はオレ達に頭を下げてくれるって……さ」
言ってしまえば、たかだか村民の自分達に。
国のトップが頭を下げると言っている。
「……ユウト。オレらは最初の対応が間違ってたんだな?」
だから気付いた。
届かないと嘆いていた自分達。
それは本当に事実だったのだろうか、と。
「国に何かを言っても『カプスドル伯爵がどうにかするから無駄だ』って考えは、駄目だったんだな?」
それが権力だと思っていた。
だから無駄だと思っていた。
でも、間違いだったのかもしれない。
「……どうだろうね。僕はこの国の人間じゃないから、少なくともその判断をするには難しいと言わざるを得ない」
優斗としては全てを肯定することは出来ない。
「けれどミエスタ女王は僕が尊敬する王の一人だよ。本気の懇願を無視するような王ではないと思ってる」
先見の明があり、交渉に長けている。
嘘も偽りも見抜ける眼力を持った女王。
それが優斗の評価だ。
「……じゃあ、やっぱオレらが馬鹿だったんだ」
女王に届くほどに大きな声を上げられれば。
可能性がないと諦めていなければ。
何かをやっていれば、変わっていたかもしれない。
ノイアーは頭をガツン、とテーブルにぶつける。
「うしっ、反省終わり!」
これから自分達を正していく為の反省は終了。
この事実を自分がしっかりと持っていれば、不当な押さえつけも何もかもを跳ね返してみせる。
「ご飯できたわよ~!」
ケイトの声が届いてくる。
ノイアーと優斗の表情が緩んだ。
「世界の損失となるくらいの食事だ。楽しみにしとけよ?」
「もちろんだよ」
最後の夜だからこそ、話すことはたくさんある。
「すっげー格好良かったんだよ。ユウトが『暗闇の恐怖にでも絶望してろ』とか言ってさ」
「マジで勘弁して、ノイアー! 思い返すだけでもの凄く恥ずかしいんだから!」
与太話も、親バカな話も。
「マリカの行動一つ一つに愛らしさが詰まってるからね」
「分かる。コリンも同じだからな」
「当然よ」
ノイアーとケイトには、久しぶりに同年代と話す本当に楽しい夜。
優斗も同い年の父親と会ったのは初めてで、新鮮な出来事。
けれど過ぎる時間は早く、夜が明け朝は来る。
「ばいばい、コリン」
「たー、うー!」
馬車の前で優斗を見送る。
彼はコリンの手を上下に動かしながらノイアーとケイトに笑いかける。
「近いうち、リライトに遊びに来て。待ってるよ」
「ああ」
「分かったわ」
彼らが頷くと優斗はニヤリと笑う。
「その時こそ、うちの娘の真の可愛さに気付くから」
「楽しみにしてるぞ」
「マリカちゃんのこと聞いてばっかりだったし実際に見ないとね。どっちが親バカか決まらなかったし」
時間足らずの引き分け。
三人で顔を見合わせ、吹き出す。
「じゃあね」
「今度は車が切り離されないようにしろよ」
「ありがとう、ユウトくん」
手を振られながら優斗は馬車へと乗り込む。
ノイアーとケイトは姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
「……あいつ、変な奴だったな」
「色々な意味でね」
全くもって全容が掴めない人物だった。
不可思議な存在、と言っても過言ではない。
「なんとなくお伽噺を思い出したのよね、ユウトくんを見てたら」
「そうなのか?」
「まあ、そんな雰囲気を持ってるって感じ」
口にするには言葉がまとまらない。
けれど、どうしてか思ってしまった。
「そういや近いうちってさ、いつぐらいに行けばいいんだろうな?」
「近いうちって言ってたんだから、近いうちに行きましょうよ」
「それもそうか」
「たーっ!」
◇ ◇
優斗はリライトに戻り、家へと帰り、そして……、
「……いや、まあ、僕も悪いとは思うよ。帰ってくるって言った日に帰ってこなかったわけだし。でも仕方なくないかな?」
「それで自分だけ他国の方達と仲良くなって寂しかった私達は放置ですか、そうですか」
正座で説教を受けていた。
「うわ~、ユウが説教受けてるって新鮮です」
「というかあれ、どういう状況なんだろうな」
ココと卓也が目を丸くする。
優斗の膝の上にはマリカが乗っていて、愛奈も肩車をしている。
そして彼の目の前にはフィオナがいて、彼女が説教をしていた。
「おにーちゃん、やくそくは守らないとめっ! なの」
「あいっ!」
というか妹と娘にも説教されはじめた。
「こっちはこっちで苦労してたんだけどな」
言い訳がましいことを言う優斗。
フィオナがむっ、とする。
「……優斗さんは言い訳するんですね」
「いや、そういうわけじゃ――」
さらに言い訳をしようとした優斗だが、フィオナは不意に笑顔になって、
「タクヤさん、ココ。どうやら優斗さんが高級料理を奢ってくれるらしいので、一緒に行きませんか?」
「当然、行くよ」
「行く行く、行きます!」
卓也とココが目を輝かせて即答した。
「……なんて調子の良い奴ら」
けれど優斗はしょうもなさそうに苦笑する。
「分かった分かった。それで手打ちとしてよね」
フィオナ達はもとより、この二人も心配はしてくれたのだろうし。
愛奈を肩から降ろし、マリカも膝の上から下ろす。
「じゃあ、ちょっと準備したら行こうか」
優斗は部屋へと戻って出掛ける準備をする。
財布等を持って、忘れ物はないかを確認。
と、フィオナが入ってきた。
「どうしたの?」
優斗が問いかけるが、彼女は何も言わずに抱きつく。
「……先に言ってくれると、心構えも出来るんだけど」
不意な行動は未だ照れる。
「優斗さん分の補充です」
「……そっか。心配させちゃったね」
「大丈夫だと頭で理解しているのと、心配だという心は別物ですから」
抱きしめてくるフィオナの頭を優斗は優しく撫でる。
すると、
「お~い、優斗の補充は終わったか?」
ドアをノックしながら卓也が声を掛ける。
どうやらフィオナが向かった理由を察したらしい。
「はい、もう大丈夫ですよ」
フィオナは優斗から離れてドアを開ける。
そして広間まで戻ると、マリカが走ってきた。
「ぱぱ~。ぎゅ~」
そして父親の足元でそんなことを言う。
「はいはい、ぎゅ~」
「あーいっ!」
優斗はマリカを持ち上げて抱きしめる。
満足そうにはしゃぐ娘を見て優斗はしみじみ、
「やっぱりうちの娘は最強に可愛い」
「……あのな。やっぱりも何も、いつも思ってるだろうに何言ってるんだよ」
卓也が優斗の頭を小突く。
「たくやおにーちゃん、あいなもしてほしいの」
珍しく愛奈が卓也にせがんだ。
どうやら、ちょっと羨ましいらしい。
「はいよ」
卓也は愛奈を持ち上げて、右腕に座らせながら抱っこして抱きしめる。
嬉しそうな愛奈を見てココが声を上げた。
「タクっ! 次はわたしがアイちゃんをぎゅってします!」
パタパタと二人に近付くココ。
だが高さ的には愛奈と同じくらい。
愛奈は不意に手を伸ばす。
「どうしたんです?」
ココが首を捻ると、愛奈はなぜか彼女の頭を良い子良い子と撫でた。
「な、なんか逆じゃないです!?」
出てきたツッコミに全員で声をあげて笑った。
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