第135話 only brave:天下無双と大魔法士の許嫁

 

 もう、何十年も前の話。

 

「オレが大魔法士になってみせる!!」

 

 とある場所で、とある男が誓ったこと。

 

「絶対に迎えに行くから!」

 

 最強と呼ばれる、唯一の二つ名。

 その名を得て、必ず迎えに行くと。

 そう……誓った男がいる。

 

 

       ◇      ◇

 

 

「そろそろ戻ってくんじゃね?」

 

 アリーの私室で修が足をぶらつかせながら答えた。

 今、ちょっと問題になっているのは優斗がミエスタより帰ってこないということ。

 

「……あのですね、シュウ様。仮にも大魔法士ともあろう者が行方不明というのは笑えませんわ」

 

「だからどっかでまた巻き込まれてんだよ」

 

 大事なのかどうかは分からないが、きっとそうだろう。

 

「……さすがに今回は少しばかり心配しますわ」

 

 存在の所在が分からないからこそ。

 けれど修は笑ってアリーに言う。

 

「安心しろよ、アリー。優斗がやばかったら俺が気付く」

 

「……シュウ様? また頭がおかしくなりましたか?」

 

 一年以上の経験を経て、毒舌家としての才能を開眼させたアリーがさらっと言い返す。

 

「あっ、お前疑ってんな? 言っとくけど冗談じゃねーぞ」

 

 けれど修も慣れたもので、特に文句を言うこともなく説明する。

 

「なんつーか繋がってんだよ、俺とあいつはな。優斗がやばかったら俺の第六感が“ピン”って反応すんだ」

 

「…………」

 

 けれど内容が危ない。

 というか、正直言ってアリーの想像の斜め上の発言だ。

 

「……シュウ様。その領域はキモいですわ」

 

 絶対の信頼があるとしても、だ。

 さすがにこれはないだろう。

 冷たい視線を送るアリー。

 

「お、お前、その目ドン引きしてんじゃんか!」

 

「冗談です」

 

 けれども絶対にない、と言えないのが彼ら二人だ。

 ふっと柔らかい笑みに戻すことで修も安堵する。

 

「少々気になったのですが、シュウ様がユウトさんの実力を初めて知った時はいつなのですか?」

 

「体育で一対一のスポーツをやった時だよ」

 

 “宮川優斗”という異常と初めて出会ったのは、その時。

 体育の授業でバスケットの1on1をやった時。

 

「どうせ勝てると思ってた」

 

 それが修にとっての当たり前だったから。

 基本的にハイスペック。

 なのに『勝ちたい』と思うだけで際限なく上がる能力。

 負けることがあるはずもない。

 

「でもな、一瞬だった。優斗は俺が反応する間もなくかわしていった」

 

 確かに油断していた。

 勝ちたい、だなんて思っていなかった。

 けれどそんな言い訳をものともしないほどの圧倒的な実力。

 

「身体全身に鳥肌が立ったよ。偶然なんて言えない、絶対と言えるほどの負け」

 

 勝ちたいと思っても、勝てるかどうか分からないと理解させられたほどの力。

 同じ場所に立っている人間がいると教えられた出来事。

 

「思ったよ。『こいつなんだ』って。俺を一人にしないのは優斗なんだって」

 

 はしゃいで暴れたくなるくらいに嬉しくなった。

 

「正直、諦めてた。あいつらと仲良くなって、楽しくやっても、俺が『才能』によって立ってる場所は……誰も来られないんだろうなって」

 

 この『力』によって存在する孤独は一生、拭えないものだと思っていた。

 

「でも、優斗だけは来てくれた」

 

 修を孤独にしていた原因。

 自分が見られていない、と感じた元凶。

 例え支えてくれる人がいてくれたとしても、認めてくれる人がいてくれたとしても、そこに到達する者が現れるなんて信じられないことだった。

 

「俺はあいつらにいろいろ支えられてて、みんな大切だ。けれど俺の『力』と唯一、同等でいてくれるあいつには感謝だよ」

 

 同じ時代の同じ場所にいる親友に。

 本当に感謝している。

 

「……シュウ様。蜜月を独白されているみたいで非常に不愉快なのですが。というか破廉恥ですわ」

 

 けれど何と言うか、アリーには一種の告白のように聞こえた。

 

「うぇっ!? なんでだよ!」

 

 慌てる修に対して、アリーは彼の両頬を引っ張る。

 

「い、イテテテテっ!」

 

 みょーん、と修の頬が伸びた。

 思ったよりも伸びたので、アリーが面白そうに笑う。

 と、その時だった。

 

「アリシア様、エルです。少々お伝えしたいことがあります」

 

「どうぞ」

 

 パッと手を離し、副長を招き入れる。

 ドアを開けて入ってくるのは副長と彼女の補佐官――フェイル。

 そしてレイナだ。

 中でも副長の表情が厳しい。

 

「どうかなさいましたか?」

 

「何の知らせもなくボルグ国から『天下無双』と名乗る者と“大魔法士の許嫁”と名乗る者が来ています。天下無双は私も何度か顔を合わせましたし、証文からも本人であることは間違いありません」

 

「……副長の表情が厳しい理由が分かりましたわ」

 

 アリーは嘆息する。

 確かに副長からしてみれば、許されがたい存在だ。

 

「私としてはユウト様とフィオナ様のお二人に害を為す者など招き入れる必要は――」

 

「あるかもしれないと思い、アリシア様に伺いを立てに来たのです。おそらく目的はユウト……大魔法士と会うことでしょう」

 

 フェイルが副長の言葉を遮って伝える。

 確かに向こうは礼儀がなっていない。

 しかし、それでも来ている理由が理由なだけに判断を仰ぐ必要があった。

 

「アリー、優斗いないけどどうすんだ?」

 

「大魔法士と会うにはリライト王――父様の許可が必要となりますわ。それ以外で大魔法士と会えるのは、ユウトさん自身が大魔法士として会うと決めた方のみです」

 

「王様と王妃様はいねーのか?」

 

「父様は今日中に戻るとはいえリステルで会談ですし、母様は施設の見回りです」

 

 だから彼らはアリーの下へと来たのだろう。

 

「大魔法士と会わなければどうすると?」

 

「天下無双は暴れる、と」

 

「許嫁と名乗っている方はどのような?」

 

「ボルグ国の男爵令嬢です」

 

 レイナが答えると、アリーの眉根が寄った。

 

 ――少し……違和感がありますわね。

 

 それは“今までの経験”から生まれたもの。

 アリーはしばし考え、結論を出す。

 

「わたくしが行きましょう」

 

 

       ◇      ◇

 

 

「客人を待たせるとは良い度胸だ」

 

 やってきた二人を待たせている部屋に入ると、第一声からきつい言葉を老人が飛ばしてきた。

 齢はおそらく60前後。

 けれど暦年の戦士を彷彿とさせる雰囲気が漂っている。

 隣に座っているのは“大魔法士の許嫁”と称している女性だろう。

 年齢はアリー達と同じくらいであり、栗色の長い髪の毛が印象的だ。

 

「お二人を客人と決めるのはこちらであり、そちらではありませんわ」

 

 けれどアリーは意に介さない。

 椅子に座り、隣には修も座る。

 副長、フェイル、レイナは彼らの背後に立った。

 

「わたくしに名乗ることもせず、最初から罵声を浴びせるなど良い度胸をしてますわ」

 

 同じように言葉を返すアリー。

 

「まあ、いいでしょう。わたくしはリライト王国王女、アリシア=フォン=リライトですわ。隣にいるのはリライトの勇者――シュウ=ルセイド=ウチダです」

 

 アリーの自己紹介に“大魔法士の許嫁”は驚きで目を見開き、天下無双の視線は鋭くなった。

 

「……国が出てくるか」

 

 軽く歯を噛みしめる天下無双。

 相手はリライト王国の王女。

 ならば、と彼は渋々と名乗る。

 

「天下無双――マルク・フォレスターだ」

 

「リ、リーリア=グル=フェリエと申します」

 

 二人が名乗った瞬間、アリーは間髪入れずに言い放つ。

 

「残念ながら大魔法士には妻がおります。そしてここがリライトである以上、一夫一妻制。彼女が許嫁だとしても関係ありません。どうぞお引き取りを」

 

 ドアを示すアリー。

 リーリアは唐突なことに軽く身体を跳ねさせたが、マルクはどっしりと構えたまま言う。

 

「そんなものは無効だ」

 

「まさかリライトの法に刃向かうおつもりで?」

 

「こちらは世界の定めだ。法など定めの前には愚かなものに過ぎん」

 

 まるで当然のように言われたこと。

 思わず修が吹き出した。

 

「“世界の定め”なんて大層な言葉を使うんだな」

 

 まさか今更やって来ておいて“世界の定め”なんて宣う奴がいるなんて思わなかった。

 けれどマルクの逆鱗には触れたようだ。

 

「大層……だと!? ふざけるな!! 何も知らない貴様が言っていい台詞ではないわ!!」

 

 それが個人的なものか何なのかは知らないが、何かしら理由はあるのだろう。

 だから彼は怒鳴った。

 しかし、

 

「じいさん、なに怒ってんだ。何も知らないお前が、って言うけどよ。何も知らないんだから言うに決まってんじゃねぇか」

 

 赤の他人とツーカーの関係なわけがあるまいし、言って貰わなければ分からない。

 今の状況だと勝手にやって来て、勝手に切れてるジジイが修達の前にいるだけだ。

 

「っていうかよ、そっちこそ大魔法士のことを知らないのに何言ってんだよ」

 

 修が言うと、まるで馬鹿にするかのように目つきでマルクが、

 

「奇天烈なことを言うな、小僧。この世に大魔法士を知らぬ者など礫ほどしか――」

 

「ほら出た。またそれだよ」

 

 思いっきり修が溜息をついた。

 お伽噺の存在――大魔法士。

 知らない人は稀だろう、確かに。

 だが、

 

「あんたは『あいつ』の何を知ってるのかって言ってんだよ」

 

 誰が大魔法士なのかを知っている人は実際に少ない。

 なのに、分かりきっているかのような表情をさせている目の前の老人が気にくわない。

 

「結局のところ、二つ名しか見てねーんだろ。大魔法士がどういう奴か知る気もない」

 

 彼らが思い描く大魔法士は結局『大魔法士』という朧気なものだけ。

 それで分かったつもりになっている。

 

「あいつのことを何も知らない奴が“大魔法士の許嫁”とか馬鹿だろ」

 

 今代の大魔法士のことを一つも分かっていない。

 どういう結果を引き起こすのか理解していない。

 

「ふ、ふざけるなっ!! この儂がどれほどの想いでここにいると思っている!!」

 

 マルクが言い返す。

 だが修には当然だが理解できない。

 言われてもいないのに、自分が正当なことを告げているとされてもこっちが困る。

 

「いや、だから知らないっつってんだろ。それともじいさん、あれか? 自分は大魔法士に物言える立場だとでも言うつもりか?」

 

 優斗に対して何一つ関わりがないというのに、何を思って言えるというのだろうか。

 

「……そうか」

 

 するとマルクは軽く苛立ちを含めた視線を修に向ける。

 

「いいだろう」

 

 そして頷いた。

 知らないというのならば、言ってやろう。

 

「教えてやる。物言える儂の人生をな」

 

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