第137話 only brave:同等なる存在

 『天下無双』となった男は、それからずっと女の幸せを願いながら数多の国を練り歩き、傭兵として、冒険者として生きてきた。

 そして数十年が経ち何度目かの帰郷をした時、とある貴族から要請があった。

 

 “大魔法士の許嫁”の護衛をしてほしい、と。

 

 心が揺れなかったと言えば嘘になる。

 何と言えばいいか分からない感情にもなった。

 けれど……無意識に首が縦に動いた。

 男は請われるがままに今代の“大魔法士の許嫁”と出会う。

 

「リーリア=グル=フェリエです」

 

「…………天下無双、マルク・フォレスターだ」

 

 一瞬、懐かしい思い出に触れたような気がした。

 栗色の髪を持つ少女。

 “彼女”と同じ髪の色を持つ、彼女と同じ立場となった少女。


 ――“ノイエ”よ、これは偶然か……それとも必然なのか?


 繋がりがあるように思えてしまう。

 例え偶然だとしても、懐かしさに触れてしまった。

 だからだろうか。

 

「儂がそなたを守ろう」

 

 気付けばそんなことを口にしていた。

 実際、危険なんてものはほとんどないだろうに、男は誓うように言葉を出した。

 少女は“大魔法士の許嫁”。

 他の誰でもない大魔法士と結婚するべき女性。

 なればこそ、思う。

 この手が届かなかった存在と出会う定めとなっているのであれば、

 

「そなたの時こそ、大魔法士と出会えることを願おう」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 少年から迸るような怒りを感じて、少女から冷酷なまでの残酷な事実を知らされた。

 

「……先代が……女……だと? 許嫁が……偽り……だと?」

 

 けれどマルクは考える。

 これを嘘だと突っぱねることも出来る。

 が、それは向こうも同様だ。

 むしろ彼らの言ったことが事実なのだとしたら、あっちは席に座る理由すらない。

 最初から偽物だと知っているのだから。

 

「…………」

 

 だとすれば、どうしてここにいるのか。

 マルクは目の前に座っている少女を見る。

 向こうの発言が全て事実とするならば、アリシア=フォン=リライトが審議としたのは“大魔法士の許嫁”が本物か偽物か、ではない。

 

 “大魔法士の許嫁”という制度があるかないか、だ。

 

 ないのならば、この場で嘘と突きつけ終わる。

 しかしあるのならば、余計な面倒になりかねない。

 彼女は言っていた。

『大魔法士は仲間を――最愛を傷つける者を許しはしない』と。

 傷つけたのならば結果として人、国、世界を滅ぼすと。

 ということは“余計な面倒”によって引き起こされる可能性があるものを回避するため、わざわざ彼女は出てきて話を聞いている。

 それだけのことなのだろう。

 

「……ならば……なぜだ?」

 

 マルクはここで、最初の疑問へと戻る。

 今まで疑わなかったことを自問する。

 彼女が言うように先代の大魔法士マティスが女性ならば、どうして“大魔法士の許嫁”という制度があるのか。

 彼が生まれる前からあったものだからこそ、当然だと思い問うことはしなかった。

 しかし、だ。

 

「………………」

 

 改めて疑問を呈すればおかしな点がいくつも沸き上がる。

 すぐにでも沸き上がってしまう。

 

「…………まさ……か……」

 

 ドクン、とマルクの心臓が高鳴った。

 なぜ血筋ではないのか。

 なぜ美麗な少女が選ばれるのか。

 なぜ次代が選ばれる際、貴族と婚姻を結ぶことになるのか。

 

「…………そういうことなの……か」

 

 ギリ、と歯を噛みしめる。

 疑問など数えればキリがない。

 そして沸き上がってくる数多の疑問が、まるで幼稚なパズルのように容易な理由を組み上げていく。

 

「くそっ!」

 

 マルクはテーブルに拳を叩き付けた。

 今は貴族でさえも“大魔法士の許嫁”は本物だと勘違いしているから、誠意を持って“大魔法士の許嫁”に接する。

 故に誰にだって気付ける要素はない。

 

「だとしたら、儂はどうして……」

 

 声にならない想いがマルクの胸中を駆け巡って、ぐっと胸元を握りしめた。

 けれど、

 

「……いや、今は自問自答している場合ではない」

 

 すぐにマルクは頭を振って切り換える。

 そして眼前に座っている、まだ年若い二人の男女に目を向けた。

 

「先程の大魔法士に対する非礼を詫びよう」

 

 丁寧に腰を折り、マルクは謝罪の意を表明する。

 鋭かった修の視線がふっと和らいだ。

 

「へぇ、それが“あんた”ってわけか」

 

「いや、先程の儂も儂だ。大魔法士という名に取り憑かれていた哀れな男だが」

 

 だから無茶を言い、無理なことだって押しつけてしまう。

 

「アリシア王女。貴女の言に嘘偽りはないな?」

 

「リライトの名に誓って」

 

 アリーが真っ直ぐに言葉を返す。

 けれど彼女の瞳には僅かばかり、憐憫の意が込められていた。

 これだけで先程の発言が事実だということを無言で肯定している。

 

「……そうか。貴女は察しているのだな、“大魔法士の許嫁”がどのようなものかを」

 

「ある程度は」

 

 話を聞いて、おおよその見当は付けた。

 

「お伽噺は利用し易い、ということですわね」

 

 アリーの言ったことはマルクが考えついたものと、おそらく合致する。

 だから頷いた。

 

「しかし現代ではそれが事実となった」

 

「良いことなのか悪いことなのか、判断が難しいところではありますわ」

 

 けれど納得しているのは二人だけ。

 修が首を捻った。

 

「どういうことだ?」

 

 説明を求めればアリーは全員を見回して丁寧に答える。

 

「彼が大魔法士という存在になったのは昨年の12月。今は5月ですから、国絡みならば来るにしても遅すぎますわ。そして後の貴族との結婚へ至る歴史に加えて、王族の関与が見受けられないこと。ならばこれは地域によって生まれた制度であり、ということは――」

 

 アリーの言葉をマルクが引き継ぐ。

 

「この不自然を納得させる理由を挙げるとするならば、だ。“大魔法士の許嫁”というのは、昔の貴族が軋轢なく見目麗しい女性を掌中に収めるための詭弁ということになろう。それが時が経つことによって偽りを事実と誤認したのだろう。貴族ですらもな」

 

 本物であるからこそ無礼は働けない、と。

 

「結婚に至る経緯が都合の良いように解釈されたのでしょう。大魔法士の許嫁という立場にいた者だからこそ、貴族の妻にするぐらいではないと釣り合わない。そんなところだと思いますわ」

 

 二人はあらかたの予想を言い切ったところで、顔を見合わせる。

 

「天下無双が焦っていたのは、わたくしが出てきたからですわね?」

 

 アリーの問いかけに対してマルクは頷く。

 

「アリシア王女が出てきたのならば、こちらが“世界の定め”だと言ったところで傲慢なまでに退ける可能性がある。一歩でも退けば容易に突かれることになろう。故に高圧的に行くしかない」

 

 大魔法士はリライトにいて、その妻はリライトの者。

 ということは、この地に縛り付けておくにこれほど都合の良い存在はいない。

 だからこそリーリアが許嫁だとしてやって来ても、嘘だと拒否する可能性があった。

 

「とはいえ言い放ったことは8割方本音であるし、こちらの認識は思い違いだったようだがな」

 

 ただ仲間の為だけに動いているなど考えもしなかった。

 特に修は仲間のことを想ってしか言葉を出していない。

 

「なあ、じいさん」

 

 そんな彼はマルクを見据え、

 

「あんた、純粋なんだな」

 

「……なんだと?」

 

「だってそうだろ? 普通、大魔法士になるって言わねぇよ。奪い取りに行くか諦めるだろ」

 

 一般的な人ならば、そのどちらかだろう。

 

「けれどあんたは大魔法士になって、真っ正面から真っ正直に迎えに行くって言ったんだ。ほんと、純粋なじいさんだと思うよ」

 

 伝説を引き継ごうとするなど、普通は考えもしない。

 しかし彼は真っ正面から彼女を貰うために、天下無双と呼ばれるまでの境地に至った。

 

「でもな、諦めろよじいさん。大魔法士は『力』も『心』も普通じゃ無理だ。狂ってるって言い換えてもいい。だからこそあんたは届かなかったし、そんな奴の相手を彼女が出来るだなんて到底思えない。つーか不可能だ」

 

 修はリーリアを見て、はっきりと言う。

 誰でも良いわけじゃない。

 彼の相手は本当に限られた――たった一人。

 フィオナしかいない。

 マルクも横目で“大魔法士の許嫁”を見る。

 

「……リーリア」

 

 そして決意したかのように、

 

「だが容易に諦めることはできない」

 

 肯定の意を示さなかった。

 

「儂自身が納得する為にも、大魔法士と戦わせてもらう」

 

「じいさん、あんたまだ――」

 

 思ってもいなかった言葉に修は眉間に皺を寄せるが、

 

「……ちげえな」

 

 すぐに頭を振った。

 

「戦うのに何の利点があんだよ?」

 

「逃げる奴が大魔法士と呼ばれるなど――」

 

「あいつは誰にも負けない力を求めた結果が大魔法士と呼ばれるようになっただけだ。最強と呼ばれる事実は認識していても誇ってない」

 

 そうならなければならなかっただけ。

 誰にも負けることを許されなかっただけ。

 

「それにくだらない嘘つくんじゃねぇよ。分からないとでも思ってんのか?」

 

 マルクは優斗が大魔法士であることを否定したいわけではない。

 

「じいさん、戦うことに何かの意味を持たせてんだろ?」

 

 修にだってこれくらいは分かる。

 ふん、とマルクが鼻を鳴らして僅かな笑みを零した。

 

「小僧。天下無双を前に良い啖呵を切るな」

 

「俺はあいつと同等の勇者だぜ? つまるところ“俺にさえ勝てないあんた”はあいつに勝てないってこった。諦めとけよ」

 

 まるで事実かのように言う修。

 するとマルクが苦笑し、

 

「大魔法士と同等などいるものか」

 

「いいや、ここにいる」

 

 否定をさらに否定し、修は己を指差す。

 

「あいつが『最強』だからこそ俺は『無敵』だ」

 

 それが彼らの当たり前。

 修と優斗だからこその事実。

 

「…………無敵……?」

 

 その時、マルクが不意に声を漏らした。

 思い出すかのように眉根をひそめ、修を見る。

 

「……勇者」

 

 そして続いた言葉は、

 

 

「…………始まりの……勇者……?」

 

 

 修もアリーも聞いたことがない名。

 二人を顔を見合わせて首を傾げる。

 

「じいさん、なんだよそれ」

 

「……いや、何でもない」

 

 首を振るマルク。

 今、この場には関係ない。

 だからこそ意識を切り替え、修に相対する。

 

「大魔法士と同等。その言葉に嘘偽りはないか?」

 

「ねぇよ」

 

 自信満々に事実を言ってのける修。

 あまりにも堂々としていて、マルクが歯を見せて笑った。

 彼が言外に告げているのは『大魔法士と戦いたければまず、自分を倒せ』ということ。

 

「ならば示してみせろ、リライトの勇者。大魔法士と同等であるということを」

 

 そして、

 

「見せてみろ。天下無双が届かなかった頂を」

 

 

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