第316話 If. After the villainess:宣戦布告
「……戦……争……?」
ウェイク王は優斗の発言を呟くと、はっとしたように気付いた。
千年来の伝説だの御伽噺だのと呼ばれているが、そもそも大魔法士の二つ名――その意は『最強』。
国を壊す魔物すら一人で瞬殺する、本物の化け物。
そんなモノが目の前で嗤っている。
「冤罪で陥れられた女性を救うために戦争をする。大魔法士としても悪くはない話だ」
まるで決定事項かのように話す大魔法士は、この場にいる全員を戦慄させた。
戦争するというのなら、しかも大魔法士が動くというのなら数多の命が消えていくというのに。
そのことについて全く興味がない。
けれど前提として語られたことには、突っ込まなければならない。
だから呆然としているウェイク王に代わって、とある男性が優斗に声を掛けた。
「……冤罪とは聞き捨てなりませんね、大魔法士様」
砕けた腰を奮い立たせて立ち上がった男を優斗は一瞥する。
すると背後からエリザが端的に説明をした。
「わたくしの元兄です」
「ああ、影でこそこそ動いていた小物か」
最初から見下す物言いに元兄――テンド公爵は言葉を返そうとするが、優斗はさらに追撃した。
「小物が違うのなら三下か雑魚になるんだが、見た目からしても小物と呼ぶのが一番似合っているな」
見事すぎるほどに漂う小物臭と小物顔。
ある意味で感嘆してしまう。
「というより冤罪が聞き捨てならないとか言っていたが、少なくともお前は分かっているよな? 彼女が何もしていないことを」
あの小説を読んだからこそ分かる。
テンド公爵が理解も何もなく、裏で動いているわけがない。
「反論するにしても言葉は選べよ? 事実を知っている僕に対して、機嫌を損ねることなく出来るものならやってみろ」
「事実など馬鹿なことを! この女が十四年前に――」
「僕の言葉を理解出来てなかったのか? 嘘八百を並べて、ここで殺されたいのなら続けろ」
少しだけ威圧を強くする。
たったそれだけのことだが、動揺させるには十分。
先ほど国王に対して聖剣を突きつけたことも、脳裏に過っているだろう。
宮川優斗は王族であろうと貴族であろうと、敵対することなど造作もない。
「……っ」
それが恐怖として滲み出た表情をテンド公爵は浮かべながら、それでも言葉を返す。
「じゅ、十四年前のことを……どうやって……?」
「大魔法士は事実か否かを判断出来る術がある」
優斗はちらりとエリザを見た。
「けれど、ただ単に証言したからといって助けるには理由が弱い。僕が動くわけにはいかない」
先ほども言ったように十四年前。
それを覆すには相応なリスクがある。
「だから彼女には命を賭けさせた」
「……命……?」
「ああ、その通りだ。嘘を吐けば死ぬ状況下において、彼女は身の潔白を証言した」
己の命を賭して、エリザは優斗が信ずるに値するものを見せた。
「僕は全て確認したぞ? お前達がエリザさんを断罪した件について。断罪に至る経緯も何もかもを彼女は否定したというのに、結果として彼女は生きている」
その言い草だけで理解出来るはずだ。
優斗は彼女を生かそうと質問していたわけではない。
死ぬことがなかった現実があるから信じたと言っている。
「だからこそ僕が動くに足る証拠となった」
優斗はそこでふっ、と嗤った。
「ちなみに僕は同じ事をお前達にも出来るが、やってみるか?」
軽い調子で提案されたことだが、テンド公爵は顔を引き攣らせた。
「もちろん見本を必要だろうから、まずはお前で試してやる」
エリザが本当に罪を犯したというのなら。
本当に王妃を殺害しようとしていたのなら。
優斗がやることは何一つ問題がない。
当然、死ぬわけがない。
「来いよ、小物。冤罪じゃないというのなら、お前が証明してみせろ」
人差し指をくいくい、と曲げながらでテンド公爵を呼び寄せる優斗。
だが、あまりにも軽く扱われる命を前にテンド公爵の足は竦む。
「どうした? 彼女が大罪人なのは『真実』なんだろう? 現状で僕との戦争を回避するには、お前の歴とした証言が必要だ」
テンド公爵は間違いなくエリザを嵌めた人間。
彼が十四年前に告げた証言など嘘の固まりでしかない。
それが分かっているからこそ優斗は言い放つ。
「だからほら、滑稽に踊ってみせろ」
エリザと同じように言葉を並べて。
それで自分達を優位に覆せるというのなら、やってみればいい。
「とはいえ踊りきれなかった場合……」
ほんの少しでも嘘が交じったら、どうなるかは分かるはずだ。
「お前は死ぬ」
「……っ!」
「けれど心配することはない。嘘を吐かなければいいだけの話だからな」
ウェイク王国の真実が、そのまま事実であるのなら。
大魔法士が敵対することはない。
と、その時だった。
「……お父様、どうしたのですか? 何故、何も言わないのですか?」
側にいたテンド公爵の娘が父親に声を掛けた。
「あそこにいるのは罪を犯した大罪人……なんですよね?」
ライトと同い歳という少女は、確認するかのように父親へ問い掛ける。
だがテンド公爵は何も答えなかった。
いや、答えられなかった。
「さっきも伝えたが嘘を吐かなければ死ぬことはない。だから愛娘が尋ねたことぐらい、しっかり答えろ」
黙ったところで状況が好転することはない。
自分の意思で舞台上に立ったのであれば尚更だ。
「さあ、言えよ。いつだって、誰だって、王族から貴族から平民に至るまで全ての人間が認めていただろう? お前の元妹は王妃を殺害しようとした大罪人だ、と」
だから今更、退くことなど許さない。
大魔法士という例外が現れたといって、逃げることなど認めない。
「お前達の『真実』が『事実』だと、僕に対して証明してみせろ」
ただ一言、娘の言葉にその通りだと言えばいい。
自分達が今まで貶めていた相手は、間違いなく大罪人なのだと高らかに謳えばいい。
しかしテンド公爵は絶対零度の視線を優斗に睨まれて、身体を震わせているだけ。
「だから小物だと言ったんだ。お前程度の小心者で小物が、自分の小さいプライドを満たしたいがためにエリザさんを嵌めた。さらには今、それを事実として発言することも出来ない」
優斗はまだ何もやっていない。
嘘だと判断する術すら用いていない。
だというのに、テンド公爵は恐れて何も言えなくなっていた。
「ああ、でも、これぐらいは答えられるはずだ。お前は娘をヴィクトスの勇者の婚約者に目論んでいたか?」
そういえば、といった調子で尋ねるがテンド公爵は何も言えない。
代わりに娘へと視線を向ければ、彼女はビクリと身体を震わせながらも答えた。
「……あ、あの、私、ヴィクトスの勇者様とお会いしたら、婚約を結ぶことになっていて……」
「あり得ないな。この小物にそんな権力はない」
優斗がテンド公爵を切り捨てるように言う。
「それに親の罪が子に関係ないとはいえ、今のお前はヴィクトスの勇者の妻に相応しくない」
淡々と語る優斗の言葉に、テンド公爵の娘は衝撃を受けたようだった。
中堅国の公爵令嬢として過ごしていたのだから、相応しくないと言われるはずないと思っていたのだろう。
「ヴィクトスの勇者はエリザさんを助けるために奮い立ち、決して退かずに戦うことを決めた。けれどお前は彼女の扱いを知っていながら、それを当然とばかりに見過ごした。生まれた時から彼女の扱いが酷かったとしても、親に何を言われようとも――」
それでも、と優斗は言葉を続ける。
「――彼女の境遇を当然と思ったお前を、ヴィクトスの勇者が好むと思っているのなら馬鹿馬鹿しい」
「で、ですが彼女は大罪人で……」
「僕は冤罪だと言った。そして大罪人であることをお前の父親は肯定出来なかった」
「しかし今までは公爵の父に国王陛下が――」
「僕はそいつらよりも圧倒的に格上だ。立場の格で信じるのなら僕の言葉こそが正しい」
「いや、あの、でも……っ!」
矢継ぎ早に否定されて少女の言葉が乱れ始める。
思考も滅茶苦茶になっているだろう。
だから優斗は嘆息しながらも少女に声を掛けた。
「まずは自分の思考を持て。ゆっくりと息を吸って、吐きながら考えろ」
有無を言わせず命令する優斗に、少女は身体を一瞬だけ震わせるも指示に従った。
そして何度か深呼吸をすると、再度確認するかのように問われる。
「罪人とは罰せられる場合、どこにいる?」
「……ろ、牢屋です。ば、場合によっては処刑もあります」
「では牢屋に投獄されたとして、だ。罰せられた後はどうなる?」
「……牢屋から解放されます」
「罪人だったという過去があるのは仕方がない。それは当然だとしても、牢屋に入れられて罰せられ、外に出た後も罪人で在り続けるのか?」
「……いえ、元罪人なだけです」
「だとしたら彼女が大罪人と呼ばれ、蔑まれ、傷付けられ、男爵夫人であったにも関わらず平民に石を投げつけられるのは当たり前のことか?」
真っ当な思考を持っているのであれば。
答えは分かるはずだ。
彼女の扱いが例外であることを。
だから少女は喉を一度鳴らすと、小さく首を横に振った。
「……違い……ます」
「もっと言えば、お前の親も含めて彼女を存在しない罪で陥れて断罪した。罪なき人間を十四年間、私刑にしたわけだ。国民が、貴族が、王族が、そしてお前が罪なき人間にやった私刑は――罪と呼ばないのか?」
エリザに対する扱いを罪と呼ぶべきか否か。
それは人によって違うかもしれない。
だが、何も問題ないと受け入れられる人間はそういない。
だから少女は自らに向けられた罪に震えて、その罪悪感を初めて感じて、視線を下に向けてしまう。
「分かったのなら、それでいい。お前は……いや、君は父親と違って利口な子だ」
罪人というのは例外があるかもしれない。
そう考えるのは、この国で生まれ育てば仕方ないのかもしれない。
けれどエリザを例外に入れるべきではなかった。
それを理解したのだろう。
「子供は優秀で良かったな、小物」
父親とはまるで似ていない。
理性的に考えられるだけ、改善の余地は十二分にある。
「ああ、そうだ。一応は訊いておくが隣国の王女を王太子の婚約者にしたのは、お前が主導したことか?」
優斗の問い掛けに対して、テンド公爵は僅かに視線を上げた。
ただそれだけで、大魔法士は納得したように理解する。
「どうやら当たりみたいだが……目論見としては残念だったな。どう足掻いても時間が足りなかった」
つまるところテンド公爵はウェイク王国が持たないことに気付いていた。
だからこそ国外の勇者に娘を嫁がせて、自分も移住しようと考えていた。
エリザの予想は間違っていなかったわけだ。
「彼女は昨日、クズに殴り殺された。僕が霊薬を使わなければ死んだままだったから、仮に僕がここで手を引いたとしても弱っている彼女は今度こそ死ぬ。それこそ一年以内に」
優斗が何を言っているのか、何を説明しているのか。
テンド公爵は自分の狙いを看破されたと理解出来ただけに、恥の上塗りだと分かってしまった。
「生かすために多少の優遇をしようとしても、それは周囲が認めない。結果として彼女の死期は一年以内で変わらないわけだ。お前の目論見はどうしたって時間が足りない」
自分では思い通りに動かしていたのかもしれないが、それは周囲に馬鹿だけがいる場合の話だ。
少し真っ当な人間がいるだけで、容易に崩れてしまう。
「所詮は小賢しい小物の浅知恵だな」
考え足らずの馬鹿だと断言されるテンド公爵は、へたり込んで下を向いてしまう。
わざわざ舞台に上がってきた馬鹿を扱き下ろした優斗は、さらに周囲を巻き込んでいく。
「それに王太子が優希と『運命の出会い』をしたとしても、婚約を結ぶことは不可能だ」
「……えっ?」
無意識に驚きの声が漏れる王太子。
彼の反応に優斗は呆れるような反応を見せた。
脳内お花畑の連中だからこそ、分かっていない。
自分達がそうだったから、その者達に憧れているから叶うと考え妄想だと理解していない。
「優希が王太子のことを『あり得ない』と考えていることもそうだが、優希は婚約するにあたって四つの承認が必要になる」
誰もに聞かせるように。
分かりやすく、はっきりと明言する。
「承認ラインとして最初は後見となっている家。次に天海優希を監督しているアガサ=ロル=ミルス公爵令嬢がいる公爵家。その後に王家となるわけだが、王家よりも最後に承認するのが誰か分かるか?」
問うたところで誰一人として分かるわけがない。
この場にいる全ての人間が、それを知らない。
何故なら、
「この僕だ」
堂々と断言する優斗の言葉は……大嘘だから。
優斗はそのことに関わっていないし、今後も関わる予定はない。
ただ単純に『大魔法士が絡んでいる』と思わせることで、ウェイク王国側の考えを叩き潰すための嘘でしかない。
「言いたいことは分かるはずだ。僕以前の承認者達に対する根回しが癇に障る場合、関係者として僕が乗り込む」
この言葉を嘘だと明確に理解しているのは、おそらくアガサのみ。
優希やライトでさえ、優斗と優希に血縁関係があるから本当かもしれないと思っている。
だからこそ、この嘘は通る。
当事者が嘘だと思っていないのだから。
演じる必要すらない。
「まあ、これほどの醜態を晒しておいて、優希に何か出来ると思ったら爆笑するがな」
暗に王太子と優希の婚約など可能性は全くないと伝えてやる。
だが案の定、分かりやすく言ってやったのに王太子は食い下がった。
「で、ですが私は彼女と『運命の出会い』をしたかもしれないと――」
「優希がお前のような盆暗に『運命の出会い』を感じると思っているのか? お目出度い脳みそも、ここまでくると害悪ですらあるな」
嘆息し、見下し、馬鹿馬鹿しいと思っていることが丸わかりの態度を取る優斗。
「ど、どうして大魔法士様に言われなければならないのですか! 彼女だって、もしかしたら――」
「――えっ? 王太子殿下、本当に気持ち悪いのですよ」
何故か王太子が自分に光明を見出そうとしていたので、うっかり本音が漏れる優希。
優希の感想としては優斗が言っていることが当たりである。
何一つ違わないのだから、口を挟むこともなかった。
「正直、王太子殿下は最低だと思うのです。婚約者がいるのに『運命の出会い』を探して『真実の愛』を求めるって……あり得ないのです」
そんな気持ち悪い考えの対象が自分とか勘弁して欲しい。
はっきりと顔を顰めた優希を見て優斗は笑うと、王太子に対して辟易したように告げる。
「優希はかなりオブラートに包んだわけだが、はっきり言ってやろう」
あの親に育てられたのだから、分かるはずがない。
けれど言わなければならなかった。
「お前は国王と同じく不誠実なゴミだ」
王太子の親がやったことは、決して誰もが賞賛するものではない。
酩酊した国でしか通用しない。
「まあ、どうして不誠実と言われているかは理解出来ないだろうが、お前が出てくること自体が不快だから下がれ。僕はお前が舞台に立つことを許していない」
それだけを伝えると、優斗は王太子から国王に視線を向けた。
先ほど話してから合間に二、三人ほど挟んだから時間は与えたも同然。
「さて、と。そろそろ落ち着いたか?」
ただ呆然と過ごしたのであれば、それでもいい。
考える時間はあったとしても、この程度の人間では何を反論していいかも分からないだろう。
だからといって、無限に猶予を与えることはない。
「これは宣戦布告だ、罪人の王よ」
最初に犯した罪を引っ張り出し、さらに立場の格を下げた物言いをしながら優斗は響き渡るように声を発した。
「僕が庇護下に置いた人間を奴隷とする。そのことに対してお前が退かないというのなら――」
もう、この国にエリザを使わせない。
十四年も苦しんできた女性を虐げさせない。
そして目の前の男がそれを拒むというのあであれば、やるべきことは一つ。
「――ウェイク王国を滅亡させてやる」
この国そのものを破壊し尽くす。
物だろうと命だろうと何だろうと、それがウェイク王国に属するというのなら。
全てを真っ新にしてやろう。
「お前らの戯けた『運命』も、虚飾に塗れた『真実』もここまでだ」
都合の良い展開はこれ以上、存在しない。
見過ごすことも、見逃すこともしない。
「十四年前の『事実』を以て、相容れぬ現在には『戦争』を用いて――」
たった一人を救う。
そのために何万何十万何百万何千万の命が失われる未来があろうとも。
それでも、エリザを陥れることを是とするのであれば。
「――ウェイク王国の『全て』を否定してやる」
酩酊して微睡んで、それでも目を背けるなら。
戦争という現実でこちらを振り向かせる。
「せ、戦争など周辺諸国も許すわけがない!!」
ウェイク王が反論するが、それは優斗に何の意味も持たない無意味なものだ。
「許す必要もない。周辺諸国が黙ってないのなら、纏めて相手にしよう」
何故なら優斗は隠れて事を起こそうと思っていない。
大々的に各国へ伝えることだと考えている。
だから、すでに状況は整えてある。
「隣国に各国の王を集めた。一国で戦争することになるのか、それとも連合として戦争することになるのか楽しみにすることだ」
戦争をすることに黙っていないのなら、黙る気がないのなら、その場合は周辺諸国も諸共相手にするまでだ。
優斗は踵を返し、ゆっくりと歩きながら告げる。
「ここから先、ウェイク王国の平穏は終わりになる」
覚悟はなくていい。
分からないと宣うのなら、それでもいい。
何故なら『宮川優斗』という存在の理解を拒むことは、誰にも出来ない。
「お前達が戦争をするに至った相手は、千年の時を経ても変わらない“意”を持つ二つ名であり――」
紛うことなき伝説を継ぎ、紡いでいく者。
虚飾と虚構に塗れた物語とは違う、何一つ偽りのない神話の担い手。
「――本物の御伽噺だ」
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