第317話 If. After the villainess:予想と余波





 悠然と歩きながら王城を出て行く優斗達。

 あそこまで言われたら、兵士や騎士を向かわせるのが当たり前だろうが……そもそも優斗の前で立っていられる者がいない。

 なので何一つ妨害なく優斗達は馬車に乗って隣国へ向かった。


「それにしても、あれだね。エリザさんを虐げることに躍起になってるとはいえ、あそこまで堂々と僕に喧嘩を売るとは思わなかったよ」


 車内で優斗は苦笑するが、ライトは少しだけ緊張感のある声音で尋ねた。


「本当に……戦争するんですか?」


「最悪の場合はね。今はまだそこに到達していないけれども、最後の選択も間違えた場合は――」


 本当に何もかもを間違えたならば。

 その時、優斗は有言実行する。


「大魔法士が全てを壊して殺すよ」


「だけど……バルストさんみたいな人だって、いるかもしれないんです」


 全員が全員、あれほど頭がおかしいわけではない。

 バルストのような人間もいた。

 優斗だってライトが言いたいことは理解している。


「分かってる。でもね、ウェイク王国の王が選択したことなんだよ」


 バルストのような常識的な人間がいたとしても見逃すことはない。

 何故なら戦争に至るまでの失態を犯したのが“王”であるから。


「国を統べるというのは、そういうこと。そして王の権力というものは、それほどまでに重い」


 一人の人間が、ではない。

 王がエリザに対して権力を用いて徹底的に貶め、しかも優斗の手で救われたことに対しても権力を乱用して再び貶めようとした。


「あいつは格上の僕に対して、王の権力を振りかざそうとした。だからこそ問題は国家規模になるんだよ。そこで僕が日和ってしまえば、今度はこちらが軽んじられる」


 だからこそ優斗は絶対に退かない。

 退くわけがない。


「もし戦争で命を散らすのが嫌なら、ウェイク王国が退くしかない」


「……戦争になる可能性はどれくらいありますか?」


「ほとんどない、と言ってもいいだろうね。そのために周辺諸国の王も巻き込んだから」


「……えっ?」


「どういった王達なのか、まだしっかりと把握してはないよ。けれど最低でも一人、僕の動きを良しとしない王がいるんだよ」


 ウェイク王国の周辺の中で一つ、三大国と呼ばれる国がある。

 ライトも優斗の言い方にもしや、と思い浮かんだ国の名前を口にした。


「グランドエイム……ですか?」


「そうだね。グランドエイム王は僕に次ぐ立場があって、さらに言うなら『戦争』となれば世界が平穏も均衡も揺らぐことになる。その引き金を大国の王が引くとは思えない」


 今のところ、世界は落ち着いている。

 小競り合い程度はあるが、それでも戦争に至る状況はない。

 だというのに世界の均衡や平和を優斗は平然と乱す。

 乱したところで気にしない。

 もちろん手に負えないのならグランドエイム王とて、どうにも出来ないだろう。

 しかし問題なのは、現状が『大国が動けば結末は置いておくとしても、どうにか収められる』状況だということ。

 今、そこで優斗が留まっているからこそ大国は動かざるを得ない。


「じゃ、じゃあ戦争は起こらないんですね……」


 優斗の回答にライトは驚きの表情を浮かべた。

 数多の命が失われるのが嫌だったからこその反応ではあるが、それを喜ぼうとする前にアガサが釘を刺した。


「ライト。ミヤガワ様は戦争になる可能性は限りなく少ない、と言っただけです。手遅れであることは間違いありません」


 優斗がほとんどない、と言うからには戦争になることはないはずだ。

 だが優斗ははっきりとウェイク王に伝えていた。


「大魔法士様として宣戦布告した。その重さを理解しなければなりません」


 戦争にならずとも、代替的な何かが必要になる。

 それほどまでに優斗が告げた言葉には重みがあった。


「必然、ライトも理解しなければならないものですよ。何故なら勇者にも、簡単に翻せない言葉の重さというものがあるのですから」


 大魔法士と勇者は立場的に似ている。

 故にどのような言葉に重さが備わるのかは同じようなものだ。


「言葉の……重さ」


「貴方の『助けたい』という言葉一つでさえも、時に重みがある」


 間違えることはないと思っている。

 だが理解しているか、いないかは別だ。

 こういったことは理解しなければならない。


「それが勇者という『立場』なのです」


「……うん、分かった」


 理解せずにいようとライトは思っていない。

 アガサの説明は、その重要性を説いていた。


「そういえば優兄、どうして隣国なのですか? ウェイク王国に集めることも出来たのですよね?」


 ふと気になったのか優希が口を挟むと、優斗は少し驚いた表情を浮かべた。


「良い目の付け所だね。確かにウェイク王国に集めるほうが手っ取り早いんだけど、あそこには向かうだけの理由があるんだよ」


 無視しても構わないが、それでも事を始めたのならば気に掛けておくべきこと。


「シルヴィがエリザさんのことを『もしも』の自分だと言ったように、あの国には『未来』のエリザさんがいる」


「……もしかして第三王女様のことなのですか?」


 優希の問い掛けに優斗は首肯する。


「十四年前、ウェイク王国の創立記念パーティーで婚約破棄された女性。その後にどうなっていたのかも知っていたはず」


 創立記念というからには、周辺諸国からも人を呼んでいるだろう。

 そして馬鹿げたことをやった王子がいるのなら、その行く末は注視するものだ。


「僕としてはどうでもいいことではあるけれど、そうじゃない人達がいる。だから隣国に集めたんだよ」



       ◇      ◇



 急遽、呼び出したにもかかわらず隣国の王城内にある会議室には各国の王が勢揃いしていた。

 その中でも特に風格があるのは、三大国の王の一人――グランドエイム王だろう。

 関わりとしては非常に薄く、マリカの誕生日にプレゼントを持ってきた……という情報ぐらいしか優斗は知らない。

 だから壮年の男を一瞥すると、優斗は普通に着席した。

 次いで一緒に来た面々が後ろに座り、護衛は背後に立ち、唯一シルヴィだけが優斗の側で直立不動の体勢となった。


「さて、突然の呼び出しに応えていただいて感謝する。僕が大魔法士――宮川優斗だ」


 堂々とした調子で優斗は各国の王に話し掛ける。

 もちろん登城する際に本人だと確認されたからこそいるわけだが、それでも各国の王は優斗のことが初見となる。

 疑いたくなる気持ちが生まれる可能性もあるのだが、誰も口を挟まないのは優斗の纏っている雰囲気が明らかに異常だと全員が気付いたからだ。

 誰しもが理解出来るほど、あまりに突出した存在感に……幾人かの王は息を呑む。


「隣国のウェイク王国とトラブルを起こしたのは手紙で伝えた通りだ。そして十四年前、創立記念パーティーで陥れられた女性を救ったわけだが……」


 優斗は全ての王に注目される中で、はっきりとした口調で言い放つ。


「今日は選択をしてもらう」


 大魔法士の言葉に困惑した様子が広がる。

 けれど大国の王であるグランドエイム王が、僅かに眉を動かして聞き返してきた。


「選択だと?」


「ああ、そうだ。動かずに素知らぬふりをして見過ごすことは、もう出来ないということだ」


 所詮は他国のこと。

 面倒事のリスクを考えれば、関わる必要はないと考えるのは自然だ。

 だが、その選択で平穏が続くかどうかは別問題。

 何故ならこの世界には、そういった動きに真っ向から挑む『勇者』がいる。

 しかも厄介なことに、千年ぶりに現れた例外も存在する。

 だから優斗はあまりにも平然とした調子で、世界の平穏を崩す言葉を発した。


「ウェイク王国が大魔法士と敵対したため、宣戦布告をした」


 一瞬、時が止まるかのように静寂が満ちる。

 だというのに優斗は何でもないとばかりに言葉を続けた。


「戦争する場合、ウェイク王国の領土内に存在するのであれば物であれ人間であれ、何一つ考慮せずに破壊する。大魔法士の溜飲を下げる形でウェイク王国を窘めるのか、それとも協調するのか。もしくは早急にあの国にいる自国の民を引き上げさせるのか、その選択を与えるために今日は皆を集めた」


 あまりにも平然と言われた『戦争』という言葉。

 現実味がないように思えるが、それでも優斗の為人を僅かでも知っていれば嘘だとは思わない。

 だからこそグランドエイム王は険しい表情で問い掛けた。


「どういうことだ、大魔法士?」


 グランドエイム王の問いに対して、優斗はちらりと背後に立つ少女に視線を向けた。

 すると少女は僅かに前に出て、優斗の代わりに声を発する。


「ここから先はわたしがお話させていただきます」


 大魔法士が伝えるべきことは伝えた、ということなのだろう。

 引き継ぐように前へ出た少女に対してグランドエイム王は……少女だからといって軽んじなかった。

 この場を大魔法士に託された少女が、只人であるわけがないからだ。


「名を伺ってもよいだろうか?」


「シルヴィア=ファー=レグルと申します」


 名乗った瞬間、すぐにグランドエイム王が理解し……その理解は周囲に伝わった。


「そうか。貴女が大魔法士の重臣にして右腕――レグルのご令嬢か」


 大魔法士の家臣にして、諸外国との関係を請け負う右腕。

 彼女が与えられた立場は、その場にいる全ての王に油断を許さない。

 そして、それを理解しているからこそシルヴィは見回した後に声を発する。


「ご納得いただけたのであれば、まずは宣戦布告をするに至った経緯をお話し致します」





 シルヴィは要点を押さえながら、事の経緯を説明していく。

 話を聞いていくうちに、大抵の王の表情が苦み走ったものになっていった。


「以上のことから、大魔法士がウェイク王国に宣戦布告を行った次第です」


 そして最後、優斗がやったことを伝えると……グランドエイム王が大きく溜め息を吐いた。


「……前々から分かっていたが、特大のアホだな」


 頭が悪いとは思っていた。

 だが大魔法士に真正面から喧嘩を売るほどに愚かだとは理解が足りなかった。

 グランドエイム王は眉間を揉みほぐしながら、それでもシルヴィに問い掛ける。


「だが戦争はやり過ぎだと思わないのか?」


 たった一人の女性を救うために宣戦布告し、戦争をするに至る。

 あまりにも極論すぎる……と言いたかったが、


「何故?」


 シルヴィの冷えた視線と声音に、会議室に緊張が走った。


「大魔法士が庇護した人間に王命を用いて奴隷へと戻す。あそこまで我が主を虚仮にしておいて、戦争にならないとでも?」


 雑魚だから許せ、とでも言いたいのか。

 それとも笑って流せとでも言うつもりだろうか。


「グランドエイム王。貴方もウェイク王と同類なのですか?」


 シルヴィの詰問に対して、大国の王は自身の失態に気付いた。

 これは各国の王に対する相談ではなく、融通を利かせるだけの話だ。

 大魔法士はあの国に対する結果を決めているからこそ、それに付き合うのなら『構わない』と告げているだけのこと。

 やり過ぎだ何だというのは、すでに選択すべき部分から過ぎている。


「……いや、失言だった」


「そう何度も見過ごすとは思わないように」


 さらに各国の王は試されている。

 大魔法士が関わるに値するか、そして――正しく現状を認識しているかどうか。

 しかも関係の取捨選択を担っているのは、大魔法士ではなく目の前にいる少女。

 大魔法士の代弁者たる右腕が、王が集まるこの場で振り分けようとしている。

 関わるべき相手か否かを。

 そしてシルヴィが見定めるべき言葉を再度、発しようとした時だ。


「あの国は娘の婚約者がいる。娘の未来を奪う真似はやめていただきたいのだが」


 一人の王が声を上げた。

 シルヴィはそちらに視線を向けて、そして王と共にいる少女に視線を向ける。


「ナスタ王と第三王女殿下……ですね。ウェイク王国の王太子殿下と婚約していることは把握しています」


「ならば……」


「ですがこちらもお伝えしました。翻意させるべきは大魔法士ではなくウェイク王国です」


 相手を間違えている。

 こちらに向けること自体が勘違いしている。


「そもそも、わたしが先ほどお伝えしたことをご理解していないのでしょうか? 第三王女殿下の『未来』とは、即ち奴隷であると伝えたはずですが?」


「それを信じろというのか?」


「信じるも信じないも、どちらでもわたしは構いません。しかし、今のわたしの言葉は『大魔法士』が発言したことと同格の重みがあります。それを理解しないのであれば結構」


 話は終わりだ……としたいところだが、それでも意味深に見つめる王に対して、シルヴィは再度説明を始めた。


「ウェイク王国の王太子殿下は『運命の出会い』と『真実の愛』を求める愚か者です。そして彼が『運命の出会い』と『真実の愛』に定めようとしたのはユキ様であり、第三王女殿下ではありません」


「ならばヴィクトス王国が彼女を渡さなければいいだけだろう?」


「最初から渡すつもりは毛頭ありません。ですがユキ様を渡さなかったところで、婚約が継続すると考えるのは愚かでしょう」


 前提条件が違う。

 ウェイク王国にとっての婚約とは、他の国と意味合いが全く異なる。


「婚約とは『運命の出会い』と『真実の愛』のために破棄すべきもの。それがウェイク王国王太子殿下の考えなのですから」


 ふっ、と息を吐いたシルヴィはナスタ王に辟易したように告げる。


「そもそもナスタ王。貴方は娘の未来などあまり興味ないでしょう?」


 ウェイク王国には過去の行いがある。

 それを近隣諸国の王ともあろう人物が忘れているわけがなく、忘れるはずがない。

 だからこそシルヴィは良い父親面をしようとしている男を見下げる。


「貴方にとっての最善とは、ナスタ王家がウェイク王国に繋がること。ですが次善はどうでしょう?」


「……何だと?」


「ウェイク王国で王女を裁かせるのであれば、婚約を結んだ際に得た利はそのままだと言われたら?」


 響かせるように告げられ、ナスタ王は僅かに息を止めた。

 その微かな反応にシルヴィはやはり、と納得を示す。

 やはり優斗が想像していた通り、ナスタ王国有利の契約が結ばれている。

 内容は分からずとも、かなり融通されたものだと判断出来る。

 なればこそ、


「その場合は貴方が娘を捨てる、と。我々は予想しております」


「……私がそのような血も涙もない男だと?」


「では、ここで宣言されてはどうでしょう? もし婚約破棄があった場合、今の利を捨ててでも娘を取り返すと、各国の王と我が主の前で宣言されては?」


「……っ! 我が国にも首を突っ込むつもりか!?」


「愚かですね、ナスタ王。そのように宣言せず逃げることが、すでに見捨てる証明だというのに」


 淡々とした調子でシルヴィはナスタ王の評価を下げていく。

 二度と関わることはない、と判断をするほどに。


「ですが、わたしの言葉は不確定な未来を語ったもの。そのために婚約を解消するのも愚か、ということも理解出来ます」


 本当に起こるかどうかは未確定。

 絵空事と言われればそれまで。


「様子見をしたいのであれば、それもよろしいかと」


 響いた言葉にナスタ王は言葉を収めるが、別のところから声が上がった。

 グランドエイム王は鋭い視線をシルヴィに向ける。


「俺にも言っているわけだな?」


「当然です、グランドエイム王」


「だが戦争となれば――」


 そう言い掛けて、グランドエイム王は思わず口元に手を当てる。

 次いで大魔法士と、その右腕に視線を送った。


「…………っ」


 戦争、という言葉を彼女は使っているからグランドエイム王は勘違いしていた。

 一般的な戦争というのは、それも国と国が対するのであれば日数が掛かるものである。

 だが『大魔法士』にそれが当て嵌まるかといえば、それは否だ。

 まさか、といった表情でシルヴィを見据える。


「お気付きになられたようですね、グランドエイム王。戦争というのは言葉の綾であり、実態は――」


 戦争と呼ぶには烏滸がましいほど、一方的な攻撃。

 つまるところ、


「――蹂躙でしかありません」


 大魔法士の功績を思い返せば、そうなることは当然だと誰もが分かるはずだ。

 イエラート王国で起こった事件、古の魔物――フォルトレスが復活した際に大魔法士は『国を滅ぼす攻撃すら凌駕した』という事実がある。


「戦争の状況を鑑みて自国の利益を、民を守る。それは浅はかというものです。わたしでさえ一日もあれば、あの国を滅ぼすことが出来るでしょう」


 シルヴィの発言に各国の王がざわつくが、収めるように優斗が補足した。


「僕の家臣が言っていることは事実だ。シルヴィアは一日あれば十分、あの国を滅ぼすことが出来る。広域を殲滅するのなら、シルヴィアの力は始まりの勇者と大魔法士に次ぐ。天下無双やフィンドの勇者よりも上だ」


 大精霊を六体も同時召喚できるレオウガがいる。

 そして、それぞれの威力は上級魔法を軽く凌駕するほど。

 であればというのは妥当だろう。


「ちなみに言っておくが、この場にいる全員が敵対するとしても僕なら一分で壊滅させられる」


 どうでもよさそうに言うが、事実であることは優斗の声音で分かる。

 それほどの力を大魔法士は持っている。


「けれどこれはシルヴィアにやらせようと思っていることだからな。ウェイク王国と戦争する……ということに限ればシルヴィアに戦争をさせる」


 要するに、だ。


「一国でも出張れば、僕が直接滅ぼす」


 軽い調子での宣言に集まった国王達が戦慄する。

 けれど周囲の戦慄などどうでもいいのか、シルヴィが再び声を発した。


「話を戻しますが、一日で利益も民も守れるのであれば申し上げることはありません」


 出来るわけがないと知りながら、あえてシルヴィは言葉にした。


「ですから親切心からお伝えしているのです。これから『大魔法士』と戦争をするウェイク王国から手を引け、と」





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巻き込まれ異世界召喚記 結城ヒロ @aono_ao

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