第194話 演劇一週間前②
クラインとレンドの襲来を何とか凌いだ卓也とリル。
ほっとしていると、数ヶ月前に会った異世界人の後輩達が近付いてきた。
「おっ、お前達も来たのか」
三人組の姿を見て卓也とリルは笑みを浮かべる。
「久しぶりだな、卓先」
刹那が軽く手を挙げて挨拶した。
しかし卓也は僅かに哀愁を漂わせて、
「刹那は元気そうで良かったよ」
なんか実感の籠もった言葉が返ってきた。
どうして彼がそうなってしまったのか、刹那は理解しているので同情してしまう。
「卓先は……その、なんだ。この度は……ご愁傷様だ」
「もう諦めてるよ」
卓也は乾いた笑いを浮かべる。
ここまで来てしまったら、あれこれ言っても仕方が無い。
「リル、こんばんは」
「こんばんは、リル様」
一方でミルと朋子も、もう一人の主役に挨拶していた。
すぐ後ろではルミカが微笑んで頭を下げている。
「久しぶりね、あんた達も」
たった一度行った時の出会いだったとはいえ、特にミルは印象深かった。
「会えて、嬉しい」
ミルが僅かに眦を下げた。
彼女にとってリルは恩人だ。
大切なことを教えてくれた人。
「ミル、ちょっと変わったみたいね」
「そう?」
「ええ。間違いないわ」
少しでも感情表現が出来ている。
おそらくは、あの男の子が良い影響を与えているのだろう。
「トモコも素敵な格好ね。これだと男共が放っておかないんじゃない?」
三人ともドレスを着ている。
それぞれが映えていて、注目を浴びるにも十分だ。
「どうかしら? 基本的にはミルに目がいくと思うんだけど」
「あんたはちょっと自信持ちなさい。間違いなく可愛いわよ」
真っ直ぐなリルの言葉。
珍しく朋子が頬を赤くした。
修も懐かしい老人の姿を認めて、声を掛けに動く。
「天下無双のじいさんじゃねぇか」
名を呼ばれたマルクは修に視線を向けた。
「久しいな、小僧」
「じいさん、演劇なんて興味なさそうだけどよく来たな」
優斗も送ったはいいが、来るかどうかは分からないと言っていた。
マルクは今までの人生が戦いオンリー。
趣味は修行です、と言ってのけられそうな人物だというのに、よく演劇というものを見に来たものだ。
「リーリアが楽しみにしているのだ。それに儂も学生闘技大会というものに興味が沸いた」
「あん? だってじいさんにとっちゃ……って、もしかしてリーリアの相手探しか?」
「リライトならば才ある者もいそうだからな」
マルクはアリーと話しているリーリアを優しい目で見る。
だが修は内容が内容なだけに、心の中で合掌した。
「じいさんに目を付けられたら災難だな」
「ダンディさん、やっほ」
優斗が手をひらひら、と振りながら筋肉ハゲに挨拶をしに来た。
「この度は招待、感謝するぞユウト殿」
「こっちも世話になってるからね」
闘技大会、愛奈、クラインの件で色々と関わってきた。
本当に素晴らしい好漢だと優斗は思っている。
だからチケット三枚を送付した。
「こちらは?」
そして彼が連れてきた人物は褐色の肌を持つ美男美女だった。
人付き合いの広いダンディのことだから友人か何かだとは思う。
しかし、
「む? 儂の兄と姉だ」
「……へっ?」
予想に反した解答で優斗が唖然とした。
するとまるで筋肉が付いていなく、髪の毛もしっかりとある男が丁寧に頭を下げた。
「いつも弟が世話になっています。大魔法士殿」
続いてナイスバディで髪の毛がある女性も頭を下げた。
「不出来な弟を戦友などと仰っていただき、本当に感謝します」
しっかりとした挨拶をされて、優斗も唖然とするのだけは避けた。
「いえいえ、ダンディさんとは僕も友人になれて嬉しく思っていますから」
どうにか体裁を整えて挨拶を返す。
「儂は兄者と姉者とは母が違う故、肌の色も違うのだ。しかしながら仲の良い関係を築いておる」
二人と肩を組むダンディ。
まあ、末の弟だと言っていたし、彼の性格上相性が悪い人などそうそういない。
「今回の舞台は『瑠璃色の君へ』という世界規模で人気の作品だ。二人が是非とも見たいと言っておってな。兄者と姉者ならユウト殿の懸念もない」
三人揃って笑みを零す。
とはいえ、だ。
優斗のイメージとしては兄も姉も骨格が凄くて、ダンディに似た人物を想定しただけに驚くのも無理はないと思う。
そして別室ではリステルよりやって来た、ある意味で精鋭部隊が整列していた。
「いいか! 明後日行われるのは世界最高の舞台にして、歴代至高の物語だ! 明日の事前準備と舞台当日の会場入場から演劇終了に至るまで、魔力が尽きるほど詳細を撮ることがお前達に与えられた特別任務と知っておけ!」
リステルの勇者が拳を握りしめながら、演説調で今回の任務の詳細を述べていた。
そこにいるのは和泉とレイナ。
特にレイナはどうしてこうなっているのか分からない。
「……和泉、これはどういうことだ?」
「試作カメラVer5.00が50個ほど売れた。まだ完成品とは言えず、売るにしても高価だと言ったのだが、それでも構わないと」
正直、リステルの熱の入れようを舐めていた。
というか想像の遥か上だった。
「舞台を見ることができない者達にも、我らが撮った写真なるもので展示会を行い閲覧可能にする! 私が勇者になって以来、最も国民の期待が集まる任務だ!」
イアンはさらに続けると、整列していた者達が雄叫びみたいなものをあげた。
素晴らしい演説みたいになっているが、内容は少し残念だ。
レイナは何度かカメラを使ったこともあるので和泉に確認する。
「しかしカメラは“カシャッ”と音が鳴るだろう? 劇の邪魔になると思うのだが」
「修に完全防音気配遮断の結界魔法を展開させる。明日試しにテストをしてみるが、神話魔法でもあることだし問題はないはずだ。フラッシュは完全禁止だが、そこはレンズで調整を行う。舞台上は明るいからどうにかなるだろう」
つまりはカメラスペースを作って撮らせる。
縦横無尽にやられるよりは断然マシだ。
そしてイアンの演説はまだ続く。
「リルのクラスメートに迷惑を掛けることは許さない! そして最上級の相手だと敬いつつ、感謝をしながら彼らのことも写真に収めろ! 決してタクヤとリルだけの舞台ではない! 主役だけを写せばいいなどと勘違いしている愚か者はここにいないな!?」
全員が肯定の意を示す為に膝をついた。
何と言うかもう、酷い。
「各自、イズミの説明を聞き任務に励め!」
◇ ◇
大物の客人を迎えたあと、優斗が個人的に呼んだ人物はトラスティ邸で出迎える。
「久しぶり、ノイアー」
「ああ、久しぶりだ」
重要人物ではない為、トラスティ邸に泊まることになった客人。
ノイアーとケイト、コリンが優斗の手配した馬車に乗ってやって来た。
「タクヤとリル様が劇をするんだろ? 呼んでくれてありがとな」
「でも私達、ちゃんとした服装とか持ってなくて……だいじょうぶ?」
王立劇場という名前からして凄そうだ。
けれど自分達は普通の服しか持っていない。
場違いになるのでは、と心配になる。
「大丈夫だよ、ケイトさん。何の為に早く呼んだと思ってるの?」
どうして劇の当日ではなくあらかじめ呼んだのか。
理由は一つ。
「うちの義母が準備万端だから」
優斗が苦笑する。
「覚悟しといてね。明日は一日中引っ張り回されると思うから」
そしてケイトに抱かれているコリンの頭をよしよし、と撫でる。
「コリンもマリカと一緒に可愛い格好しようね~」
「たー!」
元気よく返事をしたコリンに三人で笑顔を浮かべて広間へと入っていく。
すると面白い光景が広がっていた。
ノイアーがこてん、と首を傾げる。
「……くじ引き?」
愛奈が持っている箱に次々と家臣達が手を突っ込んでいく。
全員が引き終わると、フィオナの号令が掛かった。
「それでは皆さん。紙を広げて下さい」
家臣達が折りたたまれている紙を広げていく。
瞬間、ガッツポーズをした家臣と項垂れた家臣が生まれた。
「当たりだ!!」
「……外れちゃいました」
いきなりのことで唖然とするノイアー達。
「一体、どういうことだ?」
「余った分、ちょろまかしたんだよ。で、くじ引き大会をやってみた」
そして歓喜と嘆きの図が生まれた。
ちなみに家政婦長であるラナと守衛長であるバルトは無条件で渡されている。
「……お前、それいいのか? 私的流用ってやつじゃないのか?」
「色々と仕事はやってるし、これぐらいの恩恵はあっていいと思うんだよね」
◇ ◇
一方で卓也とリルも今日は家に戻るのではなく、フィグナ邸へとお邪魔している。
ついでにもう一人、ミラージュ聖国からやって来ていた。
「今日からしばらく、お世話になります」
ラグが大量の荷物を持ってココの両親であるナナとダグラスに挨拶していた。
ナナはきっちりしている彼の姿に微笑み、
「ラグ、違うのです。こういう時はただいま、と言うのです」
柔らかな口調で間違いを指摘した。
彼は僅かに照れ笑いをする。
「ただいま帰りました」
そして再び、きりっとした表情で挨拶をするとダグラスも柔らかい表情になった。
「ここは君の家でもある。ゆっくり寛ぎなさい」
「はい!」
卓也からチケットを受け取ったナナは、少々唖然としていた。
全席指定席である客席の中でも、最上の個室と呼ぶべき席。
リライト王が鑑賞する席よりも良い場所だ。
同等の席はリルの親族であるリステル王達が座る場所しかない。
「わたし達、リステル王族と同じくらいの扱いでいいのです?」
自分達の王を差し置いて、それでいいのだろうか。
「だってダグラスさんもナナさんもオレの後見だから。王様にだってちゃんと伝えてあるよ」
そして二つ返事で頷いてくれた。
もちろん王様の席も似たような場所であることだし、護衛等の問題もないことは確認済みだ。
「主役張るってことで良い席もらったしさ。ダグラスさんとナナさんに使ってもらいたいんだ」
確かに主役を演じるのはもの凄く恥ずかしい。
それは今でも間違いない。
ただ、せっかく貰ったのだから大切な人達に使ってほしい。
「……タクヤ君」
ナナは貰ったチケットを胸元でぐっと握りしめる。
彼はいつもそうだ。
後見人だから自分達のことを気に掛けてくれている。
まるで優斗とエリス達の関係みたいに錯覚してしまう。
「オレは後見がダグラスさんとナナさんで本当に良かったと思ってる」
卓也は言い切ると、少し照れたように頬を掻いた。
「だから、まあ……当然だろ。そのチケットを二人に渡すのはさ」
何と言うか改めて言うのも恥ずかしいのだろう。
卓也がそっぽ向いた。
「タクヤ君……」
感極まったようにナナが泣き出した。
ダグラスも嬉しそうにチケットを眺めている。
「ああ、もう。ナナさんは泣かないでくれよ。っていうかダグラスさんはニヤニヤしてないでナナさんを慰めてくれ」
「いや、タクヤ君。もう少し感慨に浸らせてほしい」
「それどころじゃないだろ!?」
慌てる卓也を尻目に苦笑しているココは、隣にいるラグに話し掛ける。
「そういえばラグ、思ったより荷物が多かったですけど何を持ってきたんです?」
数日はいるとしても、日数に対して荷物が多すぎる。
ラグはここに視線を向けると、あることを伝えた。
「ユウト様に頼まれた事がある」
「頼まれたこと?」
「先日起こった事件で気になったことがあるらしい。念のため、情報が欲しいと言っていたから関連性のありそうな書物を持ってきた」
面倒だとは思うけれど、お願いしたいという旨が書かれた書状がラグの元へと届いた。
もちろんのこと、ラグは総力を結集して情報収集。
「ユウの無駄すぎる心配性が発揮されたんです?」
「そう取っても過言ではないとユウト様も言っていた」
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