第195話 演劇前日
日曜日――演劇の前日。
午前中は空いているフィオナは、エリスやノイアー達と一緒にドレスを見繕うため、家を出ていた。
しかしお店の中に入ると、ノイアーとケイトはガッチガチに緊張する。
明るい店内に、色とりどりの綺麗なドレスがこれでもかとばかりに飾ってあったからだ。
「本当はもう少し早く来てもらって、オーダーメイドにしようと思ったんだけどね。さすがにノイアー君のお仕事の都合もあるから諦めたのよ」
エリスがのほほんとした様子でケイト用のドレスを物色し始める。
けれどノイアーはノイアーで本当に買ってもらっていいのか、悩み始めていた。
「あ、あの、エリス様。本当にいいんですか?」
「どうして? 貴方達を呼んだのは私達。だったら、やるべきことをやらないと貴族とはいえないわ」
無論、自分達に甘えるような人間であればやらないが、ノイアー達は違う。
だからこそ問題ない。
「それにドレスは女の子の夢。違うかしら?」
エリスがケイトにウインクすると、ケイトは感激して何度も頭を下げる。
「あ、ありがとうございます、エリス様! 一生、大切に扱わせていただきます!」
「一生って……。ふふっ、今度はノイアー君が買ってくれるから大丈夫よ」
そして皆であれこれと相談しながらケイトのドレスを選び始める。
数着を選びケイトが試着を始めた時、フィオナはふとチョーカーが目に付いた。
マリカと一緒に近づいて手に取り、まじまじと確認して頷く。
「これはあーちゃんに似合いそうですね」
アクセサリーとしては申し分なく、また妹に似合いそうだった。
「あーちゃん、ちょっといいですか?」
フィオナは愛奈を呼び寄せてチョーカーを着けてみると、予想通り似合っている。
「これなら――」
と、満足げに頷こうとしたフィオナだったが、愛奈の表情が若干ではあるが強張っていることに気付く。
何事かと思い、フィオナは原因を考える。
「あーちゃん、もしかして首に何か巻くのが苦手ですか?」
「……うん。でも、だいじょうぶなの」
フィオナの想像通りの返答ではあったが、外すことが嫌なのか首をふるふると横に振る愛奈。
けれど目聡く気付いたエリスが叱った。
「こら、アイナ。苦手なら苦手って言わないと駄目よ」
「だけどおねーちゃんがえらんでくれたの」
「別にチョーカーを着けなくても、アイナの可愛さは陰らないわ」
「でも、がんばるの」
「今日じゃなくていいのよ。アイナが明日やらないといけないのは、お兄ちゃん達の舞台をちゃんと見ることなんだから」
せっかく姉が選んでくれたのだからと愛奈は退かないが、エリスとしてもフィオナとしても妹に無理はさせたくない。
だからフィオナは微笑んで、愛奈からチョーカーを外した。
「苦手なものは今日、明日に治るというわけじゃありません。だからちょっとずつ、お母様とお姉ちゃんと練習していきましょうね」
「……おねーちゃん、ごめんなさいなの」
「どうして謝るんですか? むしろお姉ちゃんのほうが、苦手なものを知らなくて『ごめんなさい』です」
フィオナは愛奈の頭を撫でて、チョーカーを元の場所に置く。
そして手を繋いで、エリスのところへと歩き出す。
「だけどお姉ちゃんはあーちゃんのこと、また一つ知ることができたから嬉しいですよ」
「……ほんと?」
「嘘は言いません。お姉ちゃんはあーちゃんのことが大好きですから」
「ちなみにお母さんもよ。娘のことをまた一つ、知ることができて嬉しいわ」
何が苦手、ということを知ることができたのは朗報でしかない。
「ノイアー君達も同じよね?」
「そうですね。やっぱりコリンのことを一つでも多く知ることができるのは、嬉しいことです」
ケイトのドレスを選び、愛奈のドレスも選び終わった。
残りはマリカとコリンのドレスなのだが、
「やっぱり、同じドレスにしたほうが可愛いわよね?」
「エリス様。形は一緒で色合いが違う、というのはどうでしょうか? 相乗効果でより可愛さが引き立つような気がします」
「ケイトさんの案も有りね。だから同じ形状のドレスを選んで、同じ色合いと別の色合いでどっちが可愛いか試してみましょう」
エリスとケイトがいかに幼い二人の可愛さが際立つかの相談を始める。
一方、フィオナも案を出しては見たものの、
「でしたらフリルがたくさんついたピンクのドレスにしませんか?」
「フィオナはちょっと黙ってなさい。貴女、予想外にセンスないから」
「……お母様が厳しいです」
確かに親友達に言われ、母からも言われては自分にセンスがないのはフィオナも理解している。
特に優斗関連では駄目駄目だということは分かっている。
だがしかし、妹と娘に関しては案外、まともなのではないだろうかとフィオナは考えていたのに、直球で駄目出しされた。
「おねーちゃん、服をえらぶのにがてなの?」
「そうなんです。だから頑張って克服しようとしてるんですよ」
「あいなもおてつだい、するの」
可愛らしく両手を握りしめる愛奈を、フィオナはぎゅうっと抱きしめる。
「そうですね。姉妹仲良く、苦手なものを克服していきましょう」
◇ ◇
そして午後から集まった3年C組は、演技の最終確認を終えた。
卓也とリルは二人仲良くリステル邸へと戻ると、出迎えた家臣達へサプライズのようにチケットを差し出す。
「フィグナ家とリステル王族へ渡されたのでは?」
代表して何枚ものチケットを渡されたシノは、若干呆然としていた。
確か卓也の分はフィグナ家に渡されていたし、リルの分は当然のことリステル王家へと渡っているはずだ。
だからこそ想像していなかった。
「どこぞの誰かが気を利かせてくれたのよ。『リライトで呼びたい人ぐらい、いるでしょ?』とか言ってね」
リルが苦笑する。
まだまだ余っているチケットがあったことから、誰かしらにあげたのだろう。
「しかし我々家臣に与えるのであれば、他に渡すべき方々がいらっしゃるかと思いますが」
「あんた達以上に渡したい人達なんていないわよ」
ただでさえ他の貴族とは関連が薄い。
リライトでリルがチケットを渡したい相手は、家臣以外に今のところ存在していない。
「ユウト達と一緒だけど、あたしはあんた達をただの家臣だなんて思ってあげない。あたしはシノ達のことを家族だと思ってる」
「リル様の家族は血族であるリステル王族と婚約者であるタクヤ様です」
とてもじゃないが、立場あるものが自分達に対して言っていい言葉ではない。
「なんとも決まった返事だけどね、家族がいくつもあったら駄目なの?」
だが正直者のリルはシノの反論に対して、真っ直ぐに言葉を放つ。
「血が繋がってるかどうかなんて関係ないわよ。卓也なんてシュウ達と一切血が繋がってない赤の他人だけど、普通に家族だって言ってるわよ」
優斗なんてもっと滅茶苦茶だ。
義両親だの嫁だの娘だの何だのと、どういう関係なのか意味分からなくなってくる。
「それにあたしは卓也を婚約者にしてるのよ。普通なんて考え、とっくに汚染されて変になってるわ」
酷い言い草だが、確かに間違ってはいない。
明らかにおかしいのはリルだ。
けれど彼女は言葉を続けていく。
「お城に居た時は分からなかったけどね、こうやって家で過ごすと家臣との距離が近いのは間違いないわ。そしてあんた達はあたしのことを給料を渡す主人だけじゃなくて、あたしのことを想ってくれてる」
「家臣なのだから当然です」
「そこが違うの。あくまで仕事なんだから感情は必要ない。リステルの城にいる女官長なんてそんな感じよ。けどシノはあたしのことをからかうし、おちょくるし、大切にしてくれてる」
「それはそうですが、しかし……っ」
シノが困惑したように反論しようとする。
すると今度は卓也が問い掛けた。
「オレが来た時、みんな喜んでくれただろ?」
シノの背後にいる家臣達を見回す。
誰もが喜んでくれていたことを卓也は知っている。
「どうしてだ?」
「当たり前です。リル様の喜びようを見れば、家臣である私達も――」
「基本的に同じ家で過ごしている人達が、喜べることを一緒に喜んでくれてる。それってさ、家族とどう違うんだ?」
信頼関係が出来ている。
ただ仕事先なだけ、という関係ではなくて。
嬉しいことも悲しいことも共有してくれる。
だとしたらそれは、家族と呼んでもいいのではないだろうか。
「もう一度言うけど、あたしはあんた達のことを大切な家臣だけじゃなくて、大事な家族だと思ってるわ。変だってことは分かってるけどね、もう変えられないもの。あんた達が否定したって曲げてあげない」
変だったら変でいい。
間違っているなら、間違ったままでいい。
頭のおかしい王族でいい。
「だからあたしと卓也の演劇を見てくれるとあたしは嬉しい。これは主人としての命令じゃなくて、あたし個人のお願いよ」
どこまでも正直に。
どこまでも真っ直ぐなリルの言葉。
強情な主人だというのは知っていたが、ここまでだとは思ってもいなかった。
シノは周囲を見回したあと、同じような感想を抱いた家臣全員と大げさに溜息を吐いた。
「身に余る光栄というのは、このことを言うのでしょうね。ラナが本当に嬉しそうな理由がよく分かります」
単なる家政婦に留まらない。
仕えている家にいる赤子の曾祖母となった友人のことを思いだし、シノは苦笑した。
「大変な家を紹介してくれたものです」
「なに、嫌なの?」
「一人でも嫌な者がいれば、どうあっても拒否しています」
シノの返事に満足するリル。
「じゃあ来てくれるわね?」
「楽しみにさせていただきます」
◇ ◇
卓也とリルが帰ったあと、クラスメートは“本当の最終確認”をしていた。
アリーがそれぞれに声を掛けていく。
「白竜、フィオナさん。問題はありませんか?」
『大丈夫だ』
「精霊達も白竜に怖がりませんから、安心して隠蔽出来ます」
フィオナは頭の上で両手を合わせて大きく丸を作る。
「ライトは大丈夫ですか?」
「オッケー! いつでもアドリブで追っかけられますよ!」
「照明、タイミングは覚えましたか?」
「大丈夫です!」
スポットライトと照明からも了解が出た。
アリーは今一度、皆を見回すと小さく笑む。
「タクヤさんが“あの提案”をした以上、皆が手伝わなければ成功はありません」
あれだけ演技することに照れていた卓也にしては、正直限度を超えた提案だとは思う。
けれどやる時はやる、というのが彼の強み。
だから提案に沿った変更点をリルにバレないよう日々、練習を重ねていた。
「演劇の主役はタクヤさんとリルさんですが、演出の主役はわたくし達ですわ」
皆で近くにいるクラスメートとハイタッチを重ねていく。
そして挙げた手をそのままに、アリーは力強く宣言した。
「明日一夜限り、わたくし達のわたくし達による――唯一至高の物語を成功させましょう!!」
「「「「「「 おーっ!! 」」」」」」
◇ ◇
しかし居残ったクラスメートが帰って尚、居残りになる者達がいる。
リライト組数名、近衛騎士数名、リステル部隊。
その中でも修がめんどくさそう、とばかりにぶー垂れた。
「なんで俺が居残りの居残りになるんだよ」
「修以外に結界系の神話魔法が使えないからだよ。クラスの皆にばらすわけにもいかないし」
「そうだ」
「そういうことですわ」
優斗、和泉、アリーが事も無げに彼の発言を否定する。
「優斗が精霊に頼んでもいいんじゃね?」
「精霊だと常に魔力供給しないと駄目だから却下。神話魔法なら一回使えば供給した魔力で勝手に発動し続けてくれるし、消す時だってお前の任意なんだから精霊術より圧倒的に楽なんだよ」
修の悪あがきをいなすと、優斗はイアン達と話し合う。
「さっきフェイルさんと打ち合わせしたことを再確認します」
優斗は劇場内の図面を広げて、チェックの付けてある場所を順々に示していく。
「撮影箇所は計7ヶ所。舞台右前、左前、後方席の右寄り、左寄り、3階席の右と左。あとは舞台裏。写真を撮る際、舞台裏以外の6ヶ所は修がこれから神話魔法を使って結界を張ります。演劇最中にそこから一歩たりとも出ることは許さない。舞台裏担当も極力、舞台に近付かないように。シャッター音が響かないとも限りません」
優斗の再確認にカメラ部隊が真摯に頷く。
「撮影場所にはそれぞれ、近衛騎士を配備します。それは別にリステルが危険だからというわけではなく、貴方達が暴走するかもしれないことを考慮してのものです」
「それは信用してないと言うんじゃないか?」
イアンが笑って茶々を入れた。
優斗も笑みを返す。
「カメラ部隊を『卓也とリルへの敬愛を叫んだ者』の中から高得点者選んだ時点で信用出来ると思わないように」
全員で苦笑した。
けれど今度は真面目な表情に変わる。
「ついでに、もう一つの最終確認」
優斗はイアンへ真面目に問い掛ける。
「リステル側で危険人物もしくは不審人物、裏がありそうな人物はいますか?」
「我が国は万全の態勢を取った。親族に至るまで全て確認済みだ。私の名に誓おう」
何度も何度も失態はしない。
懸念すらもかき消すために色々と動いた。
優斗は頷くと、続いて近衛騎士のビスへ話し掛ける。
「ビスさん、書状等で購入した他国の客はどうなってますか?」
「各国、好意的に協力をしてくれたから問題ないよ。君の二つ名のおかげだ」
清廉潔白であることを証明する為に、進んで手伝ってくれた。
次いでフェイルにも確認を取る。
「リライト販売分も大丈夫ですよね?」
「ああ、問題ない」
「明日は受付で持ち物検査と身分確認。それと卓也とリルが出入りする際には細心の注意をお願いします」
「タクヤとリル様は当然のことだが、君達のクラスに関しては全員に隠れて護衛を付けさせる。リステルからやって来ている兵士達との話し合いもすでに終わっていて、受付での作業はリライトの騎士と風紀委員、リステルの兵士で共同して行う」
「手間になるかとは思いますがお願いします」
舞台上でも優斗と修は護衛も兼ねる。
まあ、演劇が始まってしまえば、ある意味で卓也とリルは安全が保証されたも同然だ。
「あとは明日、臨機応変に対応しましょう。ここまでやっているからあの二人に命の危険が迫ることはないでしょうが、熱狂的なファンの危険があるでしょうから」
優斗の苦笑混じりの声に、全員が表情を弛緩させた。
「今回の件はリライト、リステル合同の護衛です。さらに言えばリライト側は風紀委員が護衛の主役を張る、といったこともあります。このような大規模で両国間の共同作業になる話し合いがスムーズに進んだのは、一重に卓也とリルのおかげでしょうね」
どちらか片方の国だけではなく、両国が。
リライトでも兵士や騎士だけではなく、生徒達も。
全員が協力して今回の演劇の無事を作りだしている。
イアンが優しい表情で頷いた。
「本当にあの二人はリライトとリステルの架け橋だと私は思う」
「そうですね。僕も同感です」
良い方向へ向かっている。
誰も彼もがあの二人が悲しむことがないように動いている。
「明日の本番、皆で守りましょう。卓也とリルが創る世界随一の物語を」
「ユウト、それは違う。世界で最も至高な物語だ」
イアンがツッコんできた。
優斗は笑って手で小さく謝ると、言い直す。
「それじゃ、明日の至高な物語。僕達の手で何も問題なく終わらせるとしましょうか」
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