第193話 演劇一週間前①
練習を重ねる。
卓也とリルも、ようやく台詞を照れずに言えるようになってきた。
土曜、日曜と過ぎていき、翌日の月曜からはチケットの販売となる。
朝から晩まで練習しなければいけなさそう……にも関わらず卓也は土曜も日曜も数時間、私用で出掛けていた。
「そういえば昨日と今日、どこに行ってたの?」
「ギルドで小遣い稼ぎだよ。少しお金が足りなくてな」
リステル邸の広間で紅茶を飲みながら、卓也は何ともなしに答える。
けれどリルは首を捻った。
「……卓也ってお金使ってたかしら?」
守銭奴というわけではないが、彼は無駄にお金を使わない。
豪遊する性質でもないので、違和感があった。
「買いたいものがあるんだよ」
「ふ~ん」
とはいえ卓也だから変なものではないだろう。
この状況でそういうことをするのだって、必要があるからやっているはずだ。
だからリルはすぐに興味を無くして話題を変えた。
「そういえばね、今日クラスのみんなにもみくちゃにされたのよ。服なんてもう採寸してあるのに、サイズとか色々と調べられちゃって――」
そして今日のやり取りを楽しそうに話し始めた。
◇ ◇
翌日。
生徒会室ではククリと優斗が呆れた表情を浮かべていた。
「ほんと、あの二人の人気がよく分かるよ」
生徒会が土曜からテントを建ててチケット売り場を作っていたのだが、土曜朝9時の時点で何人かが並び始め、今では長蛇の列が出来ている。
「どこから聞きつけたんだろ?」
「想定以上の人数ですね」
「とはいえ想定人数の20%増。最大予想人数までには到達してないのは良かったよ」
おそらくは国内に留まらず、国外の人まで並んでいるだろう。
土曜、日曜と生徒会どころかヘルプや兵士、騎士まで使って整列をさせた。
転売不可能であること、チケットを買うには身分証の提示などを条件とした書面を用意し、承諾書として配ったり何だったり、異様に大変な週末だった。
「さて、と。下は他の生徒会役員達に任せるとして、僕達も僕達で頑張ろうか」
優斗は室内に振り向きながら告げた。
生徒会室にいる、残っている生徒会役員や協力を頼んだ一般生徒達も一斉に頷く。
ククリも同じく頷きながら、机の上に存在する手紙の束を前に座った。
そしてくすっと笑う。
「言い方は少々悪いですけど、くじ引き大会を始めてしまいましょうか」
ククリのかけ声に笑い声が響く。
各々が適当に手紙や書状を取り始めた。
そして手紙の中身を確認すると、必要条項を抜き出して手元の紙へ写していく。
全て確認が終わると生徒会会計・生徒会長・優斗へと渡していく作業を何十回と繰り返す。
「ニース生徒会長、会計さん。二人の集計したチケット総数は?」
「103席です」
「122席になります」
「了解。僕は150席だから一旦、まとめちゃおう。僕達と手が空いている人で購入希望者の住所、氏名、年齢等の間違えがないか確認。残り席数は皆で楽しみながら選ぼうか」
笑みを零す優斗に、皆が釣られて笑う。
全員でチェックを始め、最終的には優斗・会計・会長の三人で最終確認。
全て問題なく、残りの席数はわいわいと騒ぎながら皆で選ぶ。
そして他国への販売分が全て終わった。
「よし、これで問題なし。あとは国の仕事になるかな。みんな、余計な仕事させて申し訳ないね」
生徒会の仕事ではあるが、ここまで事の次第を大きくしたのは間違いなく優斗達のクラスのせいだ。
だから優斗は小さく頭を下げる。
全員が全員、問題ないとばかりに苦笑して手を振った。
すると良いタイミングで近衛騎士のビスが入ってくる。
「ユウト君。進捗状況は?」
「ちょうど今、確認が終わったところです」
書類の山と抽選に当たった手紙、当たらなかった手紙の束を詰めた箱をビスに渡す。
「あとはお願いします」
「うん、分かったよ」
ビスは頷くと、箱を持って出ていく。
優斗は見送ると、自分も準備を始める。
「それじゃ僕も王立劇場に行ってくるね」
「お疲れ様でした、ミヤガワさん」
ククリに続き、続々と労いの言葉が届く。
軽く手を挙げて、優斗は生徒会室を出て行った。
◇ ◇
向かっている途中でクリスと合流した優斗は、舞台へ到着する。
そこで想像だにしない光景を目撃した。
「……いいの、これ?」
「いるということは、いいのではないでしょうか」
舞台上にいるのはクラスメートと……白竜。
いる理由は分かる。
修が呼んだはずだ。
おそらくは序盤の見せ場、黒竜撃破のシーンをハリボテではなく白竜代役でやろうとしているのだろう。
前の劇場では無理だったが、ここでは大きさも十分だ。
しかも入念に打ち合わせしている。
『つまりドラゴンブレスを使った後、お前達に吹き飛ばされるのだな?』
「そうそう。そんで、あとは俺と優斗と和泉、レイナ役の奴に攻撃される。威力は弱くしておくから、白竜なら耐えられんだろ。あとはやられたフリをしてくれりゃオッケーだ」
『了解した』
優斗は心の底からツッコミを入れたくなる。
了解した、じゃないと。
するとクラスメート達が優斗とクリスに気付いた。
「おっ、チケットはどうだった?」
「リステル分は向こうに任せるけど、完売は確定してるようなもの。手紙や書状で来た分は全て売り捌いて、テントでの販売分も無事に完売」
「ということは客席が全て埋まるのね?」
「そうですよ」
クリスが頷くと皆が客席を見る。
壮大な客席全てが埋まるのかと考えて、皆が息を呑んだ。
「……やばいな」
「やばいでしょ」
特に出演者はそうだ。
2000人を超える客の前で演技をする。
今から緊張で吐きそうになってきた。
しかし、
『ほう。つまり我が姿を数多の人々が見るというわけか』
白竜がなんともなしに言った。
魔物が演技で緊張する、なんていうのはなさそうだ。
「でも、あれですわね。相手は黒竜なのに白竜が出てくるというのは、ちょっとおかしいですわ」
アリーが少し唸る。
すると修がさらっと、
「塗ればいいんじゃね?」
「……黒にですか?」
「ああ。ざばっと塗れば白竜も黒竜になるだろ」
『なにっ!?』
まるでコントのような人間と魔物のやり取り。
緊張を見せていたクラスメートの表情が一気に緩んだ。
◇ ◇
そして練習の日々は過ぎていき、土曜日。
優斗が招待したVIPなお客さんで、日程に余裕のある者達が王城へ続々とやってくる。
一番手は先日、優斗が行ったばかりのモルガスト。
練習が終わった面々は王城へ集まり、彼らを出迎える。
「ユウト、ユウト! チケットありがとうございます!」
「ユウト様、本当に感謝することしか出来ずに申し訳ありません。でも本当に嬉しいです」
まずはクラインとレンドがテンション上げながら来た。
演劇の話を聞いてからというもの、まず書状にて購入の意思は示した。
それでも難しいだろうと、リライトに来て並ぼうとまでしたクラインのところへ優斗の手紙が届いたのは、現地へ向かおうとした前日。
チケット二枚に王城への招待状が入っていた封筒を見た瞬間は、あまりの嬉しさに気絶しかけた。
それは今も継続中で、クラインはそわそわと落ち着かない。
「その、タクヤ様とリル様は?」
きょろきょろと周囲を見回しては、大好きな二人の姿を探していた。
「あっちだよ」
優斗が手で示す方向。
クラインは辿っていき、そして発見。
「レ、レンド! あそこです、あそこにタクヤ様とリル様がいます!」
「本当ですね。あれがタクヤ様にリル様……。ああ、何と似合いなのでしょうか」
まるでミーハーにしか思えないが、彼らにとってはそうなってしまう対象なのだろう。
大はしゃぎしていた。
「サ、サインを貰ってきましょう!」
「そうですね!」
二人は『瑠璃色の君へ』を手に持つ。
そして優斗に強請るような視線を向けた。
「はいはい、一緒に行ってあげるから」
やっぱり二人で突入するには緊張もあるのだろう。
優斗は苦笑すると、クラインとレンドを連れて卓也達の下へ歩き出す。
「ちょっと紹介したい人がいるんだけど、いいかな?」
飲み物を持ってゆったりとしている卓也とリルに声を掛ける。
二人の視線が優斗達に向かうと、レンドとクラインはがっつり頭を下げた。
「レ、レンド・フラウといいます」
「クライン=ファタ=モルガストと申します!」
カチコチに固まりながら挨拶をした。
卓也とリルは聞き覚えがある国やら名前に記憶を引っ張り出す。
「モルガストって……この間、優斗がくっ付けたお姫様か」
「妖精姫って呼ばれてるモルガストの王女よ。あたしも実際に会うのは初めてだけど、ユウトと友達になったって聞いてるわ」
その二人がどうして、こんなにも緊張しているのだろうか。
首を傾げるとクラインとレンドはまくし立てる。
「わ、妾達はっ!! タクヤ様とリル様の大ファンなのです!!」
「是非ともサインをお願いしたく、ユウト様に仲介を頼んでしまった次第で……」
瞬間、卓也とリルのこめかみやら口元がひくついた。
そして優斗を睨み付ける。
この男、知っていたはずだ。
けれど卓也達には情報がなかったということは、あえて隠したということ。
自分達をからかう為だけに。
優斗は知らないとばかりにわざとらしく肩を竦めたが、非常に腹立たしい姿にしか映らない。
「あんた達も結構な騒動になったってユウトが言ってたけど……」
「わ、妾達などお二方に比べれば矮小なやり取りですから!」
両手で大げさに否定するクライン。
自分達にとっては大切なやり取りだが、規模の大きさで言うのであればこの二人には勝てない。
優斗は面白いやり取りをする四人に安心すると、他のお客さんを迎える為に離れた。
睨み付けるような視線を無視して。
しかしながら、優斗にも天敵というものがいないわけでもない。
というか唯一と言っていいほど、ある意味で優斗と相性が悪い勇者がいる。
「優斗くーんっ!!」
後ろから飛び込まれて抱きつかれた。
数歩、前へつんのめる優斗。
誰がやったのかは明白だ。
「……正樹だね」
「久しぶり、優斗くん」
未だに彼は背中に乗っている。
優斗は引っ付いている物体を引っぺがして振り向く。
「だ・か・ら、なんで抱きつくの!?」
「嬉しいからだよ」
キラキラと輝く笑顔を向けてくる。
正樹の背後ではニアが呆れたように、額に手を当てていた。
しかしもう一人、姿が見える。
「うはっ、キター!!」
なんか異常に興奮していた。
「最初っからキターっ!! “優正”!? “優正”だよね!! やっぱり天然草食系がじゃれてくるところを、普段の素朴な感じから変身した俺様系大魔法士に襲われるのがデフォだよね!!」
クラインドールの勇者が、鼻息荒く優斗達のやり取りをガン見している。
「……春香はテンション上げないように」
呆れるように優斗も額に手を当てた。
しかしながら、まず問題児なのはフィンドの勇者だ。
「ニア、この人は大丈夫なの?」
「お前に会う時の正樹はどうにも駄目だと思う」
子犬がじゃれついているようにか思えない。
「そんなことないよ。友情表現なんだから」
ニコニコの正樹に対して、また春香がヒートアップする。
「友情っていうか愛情だよね!」
「……おいこら」
優斗がデコピンかまして春香を黙らせる。
というか、この場には彼女しかいない。
優斗は四枚渡したはずだが、どういうことだろうか。
「そういえば三人ともいないけど、どうしたの?」
「ん? ああ、ワインとブルーノはうるさいから宿取って置いてきたんだよ。少なくとも闘技大会の日までは別行動。お供はロイス君だけ」
「……鬼か」
春香大好きコンビも中々に不遇だ。
「ロイス君は?」
「キリアのところ。会いに行ってるよ」
彼も彼で、リライトに来たら幼なじみのところへ真っ先に向かった。
やはり特別なのは間違いない。
「なるほどね」
優斗は小さく笑うと、勇者達と会話に花を咲かせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます