第199話 闘技大会数週間前

 

 闘技大会数週間前。

 キリアとラスター、先日出会った1年生のヒューズはギルドの依頼で魔物を討伐していた。

 何てことない魔物だったので、さくっと終わる。

 その後、立ち寄ったカフェでキリアがノートを取り出していた。

 

「キリア、それはなんだ?」

 

「先輩がいないからね。今日、一緒に戦ったメンバー及び魔物に対するおおよその戦闘能力の数値化とレポートよ。今日は三人いたからCランクでも弱い部類の魔物討伐をやったんだけど、その件に対する安全を見出した理由を明確に示さないといけないの」

 

 兎にも角にもまずは安全第一。

 その為には敵も味方も実力をしっかりと把握していなければならない。

 というわけで、優斗に言われてキリアはノートに今日の結果を記す。

 

「数値はどのように出してるんだ?」

 

「自分を50で起点として、メンバーはわたしが想定する数値の±8以内に見切らないといけないのよ。魔物は±5ね」

 

 どうせこれでも甘くしているつもりなのだろう。

 数値として出せとか心眼でも会得しろと言うつもりか?

 はぁ、とキリアは溜息を吐いて共闘したメンバーの数値を記していく。

 ラスターとヒューズが数値を覗き込んだ。

 

「俺はキリアより高く見積もられてるのか」

 

「だってラスター君は6将魔法士に弟子入りしてるし、才能分も加えると負けてる可能性もあるかなって」

 

 キリアの言葉にラスターは頬を掻く。

 何を隠そうラスター・オルグランス、気付けばリライトにいた6将魔法士に弟子入りをしていた。

 6人いる面子の中でも人格者として評価が高い『教育者』ガイストと呼ばれる者が、リライトでギルド活動をしている。

 なので数いる弟子の一人として、ラスターも6将魔法士に教えて貰っている。

 続いてヒューズも自分の数値を見つけた。

 

「俺は46っすか」

 

「まあ、ヒューズにはね。動きとか魔法の使い方を考えて、これぐらいって感じ」

 

 彼は今まで努力という努力をしたことがない。

 才能だけでやって来たような男の子。

 なのにここまでの評価をされているということは、才能が素晴らしいということ。

 キリアとは正反対のタイプだ。

 続いて魔物の数値も何度か唸って考えを纏めると書き始めた。

 特に敵の数値に関して優斗はうるさい。

 死と直結しているから仕方ないといえば仕方ない。

 するとヒューズが脳天気に声を出した。

 

「でも俺らだったら、Bランクでも倒せるような気がするんすけど」

 

「駄目駄目。倒せるような気がするで依頼を受けたら、先輩にいつも以上のフルコースをされるんだから。わたしがそれ言って毎度毎度フルボッコにされたわ」

 

 理由が説明できていない。

 理屈が合ってない。

 自分のことも敵のことも把握していない。

 全部不合格の言い分だから、優斗から矯正指導が入る。

 

「……どういう関係なんすか? ユウト先輩とキリア先輩って」

 

「色々と教えて貰ってるのよ。まあ、師弟もどきってやつね」

 

 実際はガチの師弟なのだが、公表すれば公表したで面倒しか待ってない。

 というわけで、表向きは師弟もどきという形だ。

 しかしヒューズは納得したらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてしばらく雑談していると、ヒューズが年頃の話を二人に振った。

 

「キリア先輩の好みな男性ってどういう人なんすか?」

 

「別にないわよ」

 

 断言する。

 色恋沙汰より強さに興味があるお年頃だから。

 しかしラスターが首を捻る。

 

「強い男じゃないのか?」

 

「何でよ? そんなこと言ったら先輩に惚れなきゃいけないじゃない。ありえないわね」

 

 強い男の頂点。

 大魔法士がすぐ近くにいるのだが、あんな人に惚れる意味が分からない。

 だから強さは色恋に必要ない。

 

「じゃあ、しいて言うならどんな感じっすか?」

 

「う~ん、そうね……。わたしが強さ関係なく興味を持ったら、そうなんじゃないかしら」

 

 おそらくはそうなはず。

 基本的にキリアの興味は強さで判断される。

 弱ければ興味がないし、強ければ興味が生まれる。

 なので弱くても興味があれば、そういうことにもなろう。

 だが、またしてもラスターが首を捻った。

 

「ラスター君、どうしたの?」

 

「いや、ツッコミを入れるべきかどうか悩んでな」

 

「何がよ?」

 

「気付いていないのならいい」

 

 不思議そうなキリア。

 トントン、とヒューズがラスターの肩を叩いて小声で話す。

 

「どういうことっすか?」

 

「キリアには幼なじみにロイスというのがいるんだが、キリアが唯一強さを例外とするのがロイスなんだ」

 

「……確かにツッコミ入れたいっすね」

 

「そうだろう」

 

 とりあえず一名いる。

 しかも幼なじみとかいう、フラグ最強の存在が。

 

「わたしに訊くのはいいけど、ヒューズはどうなのよ? このあいだの委員長とは」

 

「へっ? いやいや、そんなんじゃないっす。あいつは昔から俺の世話を焼くのが好きなんすよ。最近は先輩達に出会ってやる気も出てきたんで、一緒にいる回数は減りましたし」

 

「じゃあ、好みはどうなの?」

 

「やっぱり清楚な女性がいいっす。こう、守ってあげたくなるような女性が好みっす」

 

 ヒューズの熱弁にラスターがなるほど、と頷いた。

 

「キリアと正反対だな。フィオナ先輩系統か」

 

「何言ってんのよ。フィオナ先輩、わたし達より強いんだから」

 

「しかし見た目は守ってあげたくなるだろう?」

 

「まあ、そうかも」

 

 何だかんだで実力者ではあるが、見た目は確かに清楚で守りたくなる。

 公爵令嬢ということも相俟っているだろう。

 

「フィオナ先輩って誰っすか?」

 

「先輩の婚約者よ。ついでにリライト最強の精霊術士」

 

 というかリライトどころか世界有数の精霊術士だ。

 キリアが知っている限り、彼女以上は優斗しかいない。

 

「精霊術士が強いっていうのは、何て言うか意外っすね」

 

「先輩曰く、普通の精霊術士より感応力が桁違いらしいわよ」

 

 龍神の母親になるだけはあるよね、と優斗が苦笑しながら余計な情報を暴露した時のことをキリアは思い出す。

 すると、

 

「りあ~っ!」

 

 聞き覚えのある幼い声が届いた。

 呼ばれた方向に振り向くと、

 

「マリにフィオナ先輩じゃない」

 

 ちょうど話題に出していた人が軽く手を振って近付いてきた。

 マリカはフィオナから手を離すと、ダッシュでキリアのところへ辿り着く。

 ちょっと屈んでマリカを持ち上げるキリア。

 

「あれ? もしかしてちょっと大きくなった?」

 

「あいっ!」

 

 満面の笑みを零すマリカ。

 

「あんたはいつも元気ね~」

 

 褒められて、さらに嬉しそうなマリカ。

 けれど不意にラスターが視界に入った途端、急に不機嫌そうな顔に変わる。

 

「マリ、どうしたのよ?」

 

「ぷいっ!」

 

 顔を横に振ってむ~っとした様子のマリカ。

 キリアはちらりとラスターを見て、なるほどと納得する。

 

「ほんとにマリに嫌われてるのね。レアだわ」

 

「……言わないでくれ。これでも凄く反省はしているんだ」

 

 けれど未だに許してもらえてない。

 結構根に持つタイプらしい。

 

「こらこら、まーちゃん。ラスターさんは反省しているんですから、そんなに怒ったら可哀想ですよ」

 

 フィオナが到着してマリカを窘める。

 だが駄目らしい。

 ぷく~っと頬が膨れている。

 

「どうにも怒ってしまうみたいですね」

 

「ラスター君の自業自得でしょ。仕方ないわよ」

 

 さらにヘコむラスターにトドメを刺すキリア。

 フィオナが苦笑しながらマリカを預かる。

 

「私達は行くところがあるので、これで失礼しますね」

 

 娘をあやしながらフィオナが離れていく。

 キリアは軽い調子で手を振り、ラスターは項垂れて手を振る。

 ヒューズだけは驚いたように呆然としていた。

 

「……めっちゃ美少女じゃないっすか?」

 

「そうよ」

 

 問答無用の美人なのでキリアは当然のように頷く。

 

「なのに俺達より強いんすか?」

 

「間違いなくね」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 それから先、キリアは基本的に優斗の指導を受けることが出来ずに鍛錬していた。

 演劇の練習もある上に、他国へ呼び出されたり何だりと忙しいらしい。

 もちろん優斗もただ相手をしないわけではなく、何かと課題をキリアに課していた。

 上手くいけば、闘技大会に間に合うレベルのものを。

 毎度の事ながら意味不明の技だったりするのだが、彼らの強さの一端を担うものとなれば、彼女とて頑張らずにはいられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして闘技大会前日。

 休養日にしろと厳命されたキリアは『瑠璃色の君へ』を鑑賞したあと、打ち上げに参加して卓也達を労った。

 他にも何人かの知り合いと言葉を交わし、そろそろ帰ろうか……といったところで師匠に出会った。

 

「ちゃんと休んだろうね?」

 

「休んだわよ。明日という日を十全に、でしょ? どうせ何かやったって無駄なんだから」

 

「そういうこと。まっ、頑張りな」

 

「は~い」

 

 優斗は彼女が帰り際だということを理解し、軽く声を掛けただけ。

 キリアも少しだけ話すと、打ち上げ会場を出て行く。

 その後ろ姿を憧れの人物が見ていることも知らずに。

 

「今のがお主の弟子か?」

 

「ええ」

 

 天下無双――マルク・フォレスターが優斗に小声で話し掛ける。

 マルクは彼女が帰っていく姿を見てなるほど、と頷く。

 

「才はからっきしに見えるな」

 

「間違ってませんよ」

 

 キリアに才能なんてものはない。

 何があろうとも断言できるレベルで才能がない。

 

「しかし強い瞳をしていた」

 

 振り返って帰っていく直前。

 僅かばかり見ることの出来た、意思を象徴するかのような目。

 あの歳では珍しい。

 才能がないことなど分かっているだろうに。

 それでも真っ直ぐな力強さを秘めている。

 

「天下無双なら分かるでしょう? 意思は才能を凌駕することを」

 

 壁を越える為に大切なもの。

 宮川優斗が超えていき、マルク・フォレスターが超えていった才能無き者達が壁を壊す必須条件。

『強さを求める絶対的な意思』

 マルクがくぐもった笑いを漏らした。

 

「くっくっくっ。なるほど、だからこそお主ほどの者が弟子としたわけか」

 

「しつこかったんですよ、あの猪突猛進馬鹿は」

 

 何度も何度も呆れるくらいに挑んできては、駄目なところを聞いてきた。

 思い返して優斗は苦笑する。

 

「才能はないけれど純粋に上を見る意思がある。決して屈しない心がある。それだけで十分です。酔狂者とまでは言いませんが、僕みたいな輩にはちょうどいい弟子です」

 

 ピッタリ嵌まる、と言えばいいだろうか。

 優斗の弟子はキリアしかいない、と知っている人達は口を揃えられる。

 

「ミヤガワよ。ちょうどいい、というのは語弊があろう?」

 

 しかしマルクは少しばかり違うと感じた。

 確かに間違ってはいないのだろうが、

 

「彼女ほどの確固たるものがなければ弟子を取らないのだろう?」

 

「……あら、よくお分かりで」

 

「容易に弟子を取る奴でもないだろう、お主は」

 

「まあ、僕は立場上うっかり弟子を取ると面倒ですからね。だからキリアも表向きは弟子もどきってことにしてます。誰かに見られても言い逃れ出来るように」

 

「逃れられるのか?」

 

「僕が出来ないと思いますか?」

 

「……いや、愚問だったな」

 

 大魔法士の許嫁も問答無用で終わらせた。

 知り合い全般から詐欺師扱いされる人間なのだから。

 優斗は苦笑すると、帰っていった弟子のことを想って言葉を紡ぐ。

 

「キリアは僕達と同じ系譜です。才能を凌駕する場所を望んでる」

 

 本来の彼女では決して辿り着けぬ領域。

 才能が無い者では“異常”がどうしても必要となる位置。

 “壁を越えた者”の場所をキリアは望んでいる。

 

「けれど僕のようには絶対にさせない」

 

 悪意と殺意と狂気に彩られた最強。

 そんなところへ到達などさせない。

 あまりにも間違えすぎているところへ弟子を連れていきはしない。

 

「目指すべきは天下無双、貴方のような人ですよ」

 

 人間として正しいままで。

 人としての領域を保ったままでの一番上。

 誰もが並べぬと謳われた天下無双こそ、キリアが到達すべき場所だ。

 

「導くつもりか? 儂の領域まで」

 

「彼女の意思次第ですけどね」

 

 つまりはキリアが絶対の意思を持っていれば、優斗はそこまで育てると言っている。

 マルクが自身の道を思い返し、その困難さに苦笑した。

 

「簡単に言っているわけではないのだろうが、酷な道だぞ」

 

「望んで歩くのなら、茨の道もただの歩道になるでしょう?」

 

 自分の意思で道を敷き、自分の意思で歩くのならば。

 痛みさえも覚悟しているのなら、通れないはずがない。

 マルクも思わず納得させられた。

 

「……なるほどな。歩き方を教える者がいれば尚更か」

 

 堕ちたことがある者だからこそ、堕ちない歩き方を教えられる。

 無理な道を敷いても、無茶な道を敷こうとも、無謀な道は敷くことをしない。

 マルクは何度も頷いた。

 このやり方はキリアの意思次第だ。

 折れたらそこで終了。

 けれどやり遂げるのならば、絶対に強くなれる。

 最強まで登り詰めた者が、最短ルートで最良の茨の道を敷いているのだから。

 

「ミヤガワの弟子が男であれば、儂の目にも止まるのだがな」

 

「性格は男勝りなんですけどね」

 

 くすくすと優斗が笑う。

 

「ところで今日の演劇はどうでしたか?」

 

「儂も演劇はほとんど見たことはないが、あの二人の話は心を揺さぶられた。それに最後のプロポーズはアドリブだったのだろう? リーリアが甚く感動して興奮していた」

 

 というか泣いていたので、天下無双も若干焦った。

 それほど感動的だったらしい。

 無論のこと、マルク自身も感動しなかったわけではない。

 自分が届かなかった場所へ手を伸ばした二人なのだから。

 

「先ほどウチダからササキの人物評を聞いたが『一限なる護り手』という二つ名は相応しかろう。あの者もリル王女の相手でなければ、リーリアの相手にと思う男子であったな」

 

 優斗達の親友であることからも根性はあるだろう。

 育て甲斐がありそうなのだが、惜しむべくはすでに相手がいるということ。

 

「明日の闘技大会で儂の目に適いそうな者はいるか?」

 

「僕も全て把握しているわけじゃありませんけど……まあ、数人はいますよ」

 

 闘技大会の取り纏めに優斗は関わっていない。

 なので直接、出場すると聞いている子しか知らない。

 

「まず一番目に止まりそうなのはヒューズ・バスターって子です。この子は中々の才能を持ってますから将来性は有望ですね」

 

 最近はキリア達ともちょくちょく連んでいる。

 少しぐらい実力も上がっているだろう。

 

「とはいえ才能なんてものは開花させなければ何の意味もない。現状じゃ宝の持ち腐れです」

 

「そうか。しかしお主が言うのだから楽しみにしておこう」

 

 最後にばっさりと言っているが才能自体は優斗も買っている。

 

「ガイストとも先刻偶然会ったが、奴の弟子も出るらしいな」

 

「確かに才能はありますしガイストさんの訓練で強くはなっているでしょうが、今のところは天下無双の目に適わないでしょう」

 

 優斗の情報でマルクはう~む、と残念そうになる。

 

「あまり有望な者がいないのか」

 

「一般的には十分の範囲ですけど、リーリアさんの相手で考えたらどいつもこいつも格落ちなんですよ」

 

 というかマルクの求めるレベルが高すぎるのが問題だ。

 学があり、礼儀があり、リーリアを愛していき愛されていく者。

 そして最も難関が“天下無双よりも強いこと”。

 衰えた年寄りとはいえ、それでも未だ桁違いの実力を有しているマルク。

 少なくとも“壁を越えた者”でないと相手にすらならない。

 まあ、その点については若者が集まる学生闘技大会ということもあり、マルクの目に止まれば可能性ありと判断されて扱かれるのだろう。

 

 

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