第198話 小話⑳:演劇後・フルブースト

演劇後・フルブースト

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 卓也達に打ち上げでの挨拶一番乗りを果たしたのは、クラインとレンド。

 

「タクヤ様、リル様!!」

 

 クラインはもの凄い勢いで二人の手を握る。

 

「こ、この度の演劇、妾は本当に感動しましたっ!!」

 

「俺もですっ!」

 

 熱意と気合いが半端なく入っている。

 僅かに卓也達も引いた。

 

「あ、ありがとな」

 

 乾いた笑いを浮かべる二人に対して、未だクラインは夢見るように今日の出来事を口にする。

 

「タクヤ様の思いの丈が詰まったプロポーズ!! それに応えたリル様。ああ、まさしく『世界一の純愛』!! 名に偽りなしの素晴らしいものでした!!」

 

 手を握る力がさらに強まる。

 ここにいるのは本当に『妖精姫』と呼ばれた美麗な少女なのだろうか?

 実際と聞いた話がかけ離れすぎていて、正直理解の範疇を超えていた。

 しかも驚きはまだ続く。

 なぜか泣き始めた。

 

「ちょ、ちょっと泣かないでよ!」

 

「妾はこのような至高の演劇を見ることが出来て本当に幸せなのです!!」

 

 感情移入とか、そういうレベルじゃない。

 というかもう意味が分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 続いて二人の前に現れたのは腐った勇者。

 

「卓也センパイ、すっごく良かったよ」

 

「そうか」

 

「……ありがと」

 

 最初の一撃が凄まじく、疲れ切った表情の二人。

 けれど春香はお構いなしに話を続ける。

 

「でもせっかく皆で出てるんだから、ちょっと足りなかったかな」

 

「……ん? ああ、はいはい。そうかそうか」

 

 卓也が何を言いたいのかに気付く。

 あの劇を見て、まだそう思う彼女はある意味で本当に凄い。

 

「卓也センパイ。ぼく、まだ何も言ってないけど……」

 

「ホモっぽさが足りないんだろ」

 

 直球で言い放つ。

 

「なぜばれた!?」

 

「お前の頭のネジが吹き飛んでるんだよ!! 年中脳内ホモ祭りのお馬鹿娘が!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タクヤ君、格好良かったのです!!」

 

 ナナはやって来て早々、卓也を褒めるように抱擁する。

 ダグラスは苦笑して二人のやり取りを見ていた。

 

「二人とも、素晴らしい舞台だった。タクヤ君のプロポーズには感動させられたし、リルさんの幸せそうな顔もこちらが嬉しくなるぐらいだった」

 

 リライトで一番二人と関わっている大人勢はおそらく、ダグラスとナナだ。

 その分、感情の入り方も他の人達と違うのだろう。

 劇を思い返すようにダグラスが目を瞑った。

 

「……ダグラスさん、そこで感慨に浸らないでよ」

 

「仕方ないだろう、リルさん。我が家に関わる……というよりは、大切にしているタクヤ君とリルさんの晴れ舞台、感動せずに見られるものか」

 

「ココも出てたわよ」

 

「今日の私達はタクヤ君とリルさんにしか注目していない。ココの時はココの時にまた、感慨に浸ろう」

 

 なので今日は全力で卓也達に感動する。

 

「……ココがああなった理由、ちょっとだけ分かったわ」

 

 感情表現が比較的豊かなココ。

 母親だけでなく、父親からも影響があるのだろう。

 すると卓也から応援要請が届いた。

 

「っていうか、二人でしみじみ話してないでナナさんを止めてくれ! なんか首が絞まってきたから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リステル王も何人かを引き連れて卓也達の前へとやって来た。

 

「素晴らしい演劇だったよ」

 

「ありがとうございます」

 

「ありがと」

 

 丁寧に感謝する卓也と、恥ずかしいのか適当に相づちを打つリル。

 するとリステル王もなんか泣き始めた。

 

「ちょ、ちょっとお父様!? なんで泣くのよ!?」

 

「……いや、あのリルがこんなにも素晴らしい恋をするとは思わなかったんだ」

 

 父親として本当に感慨深いのだろう。

 まだ婚約しているだけなのに、心境は娘を嫁に出す父親状態だ。

 

「タクヤもありがとう。娘が幸せなのは君のおかげだよ」

 

「い、いえ。オレはただ、リルに喜んで貰いたくて……その……」

 

「そうやって王族であることを鑑みないで“リル”を見てくれるから、君は本当に『良い男』だと私達は思っているんだ」

 

 どんどん涙を零していくリステル王。

 

「タクヤが私の義息子になることは本当に嬉しい」

 

 うんうん、と涙を拭いながら頷く。

 すると後ろにいた息子にリステル王は話し掛ける。

 

「ああ、そういえばイアン。タクヤへリステルにおける爵位を渡す話はどうなっているんだい?」

 

「伯爵あたりが妥当だと話し合っていましたが、この分だと侯爵になるかもしれません。リステルの名を素晴らしきものにしてくれた二人ですから」

 

 会話の内容に卓也の表情が固まる。

 今、この人達は何かとんでもないことを話していた。

 

「……待て、イアン。何の話だ?」

 

「タクヤがリステル王族と親族になる。だから必要だろう?」

 

「ま、待て! いいから待て! オレもリルもリライトの人間になる予定だぞ。それにリライトで爵位だって貰ってる」

 

「リステル王国の爵位を持っていても問題はない。というよりお前の真なる存在が知られたら周囲が納得しない」

 

 異世界人は王族より稀少だ。

 そんな彼がリステルの王女と恋をした。

 しかも『世界一の純愛』という素晴らしい恋物語になった。

 いくら卓也がリライトで過ごすとはいえ、こんな人物をただのお客さんで済ませていいはずがない。

 少しでもリステルと関係性を保たせたい、というのが当然の帰結。

 

「まあ、リライトの人間であるというスタンスを崩す必要はない。リステルの爵位を渡すにしろ渡さないにしろ、お前達が来るときは基本的に国賓待遇になるのは言うまでもないのだから」

 

「……どんどん大事になってる」

 

 とんでもないことになった優斗よりもずっと程度は低いのに、卓也は頭を抱えたくなってくる。

 

「諦めろ。おそらくは今日の出来事でタクヤを次期リステル王に、という声だって出る可能性は生まれた」

 

「……絶対嫌だ」

 

「ああ、分かっている」

 

 断固拒否の姿勢の卓也にイアンは苦笑して頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「卓也くん、リル様もよかったよ」

 

 正樹がニアと共にやって来た。

 

「ボク、あんまり演劇には興味なかったんだけど二人の舞台を見て面白かったから、他の演劇も見たくなったよ」

 

「私もだ」

 

 にこやかに話し掛けてくる。

 卓也はからかうように、

 

「もしかして代わりたいか? 正樹さん達だったら十分だろ」

 

「いや、私達では駄目だ。何より正樹が、な」

 

 ちらりとニアが正樹を見る。

 どういうことかと思ったが、すぐに卓也は理解した。

 

「王道だからな、この人」

 

「分かってくれるか」

 

「要するに依頼するほうもそうだろうし、助ける人達も助ける人達ってことだろ?」

 

「ああ。とてもじゃないがタクヤ達の代わりを務められるわけがない」

 

 この二人の象徴は“世界一の純愛”。

 その他男性陣はモブだし、その他女性陣もモブだ。

 けれど正樹の場合、ご当地ヒロインっぽく登場してしまう。

 

「っていうかニアがそんな感じだと違和感があるな。以前が以前だったから」

 

「そうよね。あたしも慣れないわ」

 

 特にリルはノッケから暴走状態のニアと出会ったも同然だ。

 今の雰囲気に違和感を覚えるのも仕方ない。

 

「そ、その節は大変申し訳ありませんでした!」

 

 ビシっとニアが頭を下げる。

 王女にあれほど無礼な口を聞いていたとは、本当に不味い。

 

「別に構わないわよ。レアルードの時にも謝ってもらったし、別にあたしは気にしてないから。あんただって影響されてただけなんだしね」

 

「ありがとうございます!」

 

 卓也とリルは顔を見合わせる。

 本当に誰なんだろうか、この人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たくやおにーちゃん、リルねぇ」

 

 可愛らしい白のドレスを着た愛奈がちょこちょこと二人の前に立った。

 卓也が抱き上げる。

 

「お~、可愛い可愛い」

 

「とっても素敵よ、アイナ」

 

「おかーさんがえらんでくれたの」

 

 褒められて嬉しいのか、愛奈が笑みを零す。

 本当によく笑えるようになったと思う。

 

「たくやおにーちゃんとリルねぇ、とってもすてきだったの。あいなもしょうらい、たくやおにーちゃんたちみたいになりたいの」

 

 愛奈には目標に出来る人達がたくさんいる。

 それは本当に良い事だろう。

 とはいえ、

 

「……そうよね。いずれアイナも相手を連れてくるのよね」

 

 今はまだ小さい子供だが、自分達ぐらいの歳になれば相手を連れてくるはず。

 

「オレら、阿鼻叫喚の図になるだろ」

 

 可愛い妹が男を連れてきた、となったら。

 大騒動に違いない。

 

「それにこの子相手だと王族に手を出す以上の根性必要だものね」

 

 立場だろうと何だろうと色々と問答無用で凄いのだが、その中でも特筆すべきは兄のうち一人が大魔法士で一人が勇者。

 愛奈を泣かせてしまいでもしたら半殺し確定になる。

 

「愛奈はどういう人と結婚したいんだ?」

 

「おにーちゃんたちみたいなひとなの!」

 

 この子にとっての理想像とは今のところ、そうなのだろう。

 身近にいる男性で歳が離れてすぎていない。

 子供らしくていい……のではあるが、

 

「……当たりはオレかクリス、普段の優斗系統か」

 

「外れは魔王化してるユウト、シュウ、イズミ系統ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後。

 ダンディがにこやかに今日の感想を二人に述べていた。

 優斗の戦友にして彼が好漢と評する王族。

 今までの登場人物と比べて、あまりにも真っ当だったので安心していた卓也とリルなのだが、

 

「しかし二人の物語は今後、王族の恋愛すら変える一石になっただろう」

 

 どうにも落ち着けない話題が飛び出してきた。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! それはおかしいでしょ!? あたしは第4王女だから卓也と一緒になっても問題ないってだけで――」

 

「しかしのう。お主達のおかげでモルガストの妖精姫、クライン殿が勇者パーティの一員とはいえ平民と恋人になった」

 

 優斗が協力したからこそだが、それでも一石を投じたのは間違いなく『瑠璃色の君へ』だろう。

 

「レンドって奴は確か優斗から『真なる緑の手』とか言われて、重要人物認定されたんだろ? だからじゃないのか?」

 

「それはユウト殿が国を説き伏せる為に使えると思っただけに過ぎん」

 

 ちょうどいいから使ったまで。

 もしそうでなければ、また別の方法を優斗は考えたはずだ。

 

「お主達は特別だとしても、そうやって身分違いの恋は広まっていく。そして正しく頑張っていけるのならば、貴族とて認めざるをえまい。彼らも『瑠璃色の君へ』の二人のように頑張っている、とな」

 

 権力者の親族になったが故の発展ではない。

 当人達の努力次第による発展。

 愛する者がいるからこそ為し得る努力を。

 

「どうか今後も幸せな物語を。お主達の恋は皆の希望となるのだから」

 

 ダンディは二人の肩を叩いて離れていく。

 卓也とリルは顔を見合わせると、がっくりと項垂れた。

 今回の件で事態がよりいっそう酷くなっている気がする。

 自分達はただ、普通に過ごしているだけなのに。

 

「……ああ、もう。どうしたらいんだよ」

 

「……諦めましょうよ。あたし達が考えても仕方なさそうだもの」

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