第197話  演劇後

 

 卓也達は舞台の幕が降りて控え室へと戻ってきた途端、クラスメート全員にもみくちゃにされた。

 

「大成功も大成功、タクヤ君すごい!!」

 

「マジでよくやったタクヤ! めっちゃ格好良かったぞ!」

 

 卓也は乱雑に頭を叩かれたり何だりと大変だ。

 

「リル様可愛かったぞ!!」

 

「ほんと、リル様嬉しそうでよかった~っ!」

 

 リルも周りを囲まれて、全員で喜びを分かち合う。

 完全に大成功だ。

 全員で大喜びする最中、ふとリルは疑問が浮かんだ。

 

「でも、いつあたしの指のサイズ知ったの?」

 

 ピッタリと左手の薬指に嵌まっている指輪。

 さすがの卓也だって、手を握っているだけでサイズは分からないと思う。

 

「そこはほら、クラス総出で機会を探ってもらってた」

 

 すると彼から予想外な返答がきた。

 そういえばさっきから全員喜んでいる。

 

「も、もしかしてみんな知ってたの!?」

 

「そりゃそうだ。お前の指のサイズなんて、うちらだけだと今更すぎて違和感になるし。お前、彼女達にサイズ調べられたりしただろ?」

 

 示された先にいる女子達はピースサインをしている。

 面々を見て、一週間近く前のことを思い出した。

 

「あ~っ! もしかしてあの時!?」

 

「大正解ですよ、リル様」

 

 あれこれやりながらサイズを計り、卓也に指輪のサイズを知らせた。

 

「スポットライトだって、上手い具合に照らしてくれてたもんな」

 

「そりゃササキが一世一代のことをやるっていうからな」

 

「こっちもミスれないわよ」

 

 卓也とライト担当がハイタッチする。

 何かもう、自分だけが仲間はずれで恥ずかしい。

 するとさらに修達が煽り始めた。

 

「つーか、お前ら今日のやり取り凄かったわ。普通に一生もんのネタだな」

 

「……はっ?」

 

「どうして?」

 

 二人がきょとん、とした。

 卓也は卓也でリルを喜ばせたいが為に動いただけなので、そこまで想像していない。

 リルは幸せすぎて思考が追いついていないのだろう。

 優斗と和泉はニヤリと笑う。

 

「ただでさえ『世界一の純愛』なんて呼ばれてるのに、舞台上で公開プロポーズなんてしたら……ねぇ」

 

「お前達は知らないだろうが、観客の発狂ぶりが凄まじかったぞ。幕が下りた後、何十人も興奮のあまり気絶して運ばれていた」

 

 まさしく大絶叫。

 スタンディングオベーションによる賞賛と一緒に奇声みたいなのが交じっていた。

 フィオナとアリーが苦笑する。

 

「本には書かれていない続き。皆さんが焦がれる物語の続編を見てしまいましたから」

 

「リアルタイムで『瑠璃色の君へ』をされてしまっては、皆やられてしまいますわ」

 

 ココとクリスは若干心配そうに、

 

「リステルに行く時、だいじょうぶです? たぶん、国を挙げてのイベントになってしまいそうですけど」

 

「リステル王国がウォーミングアップ始めていそうですね。『瑠璃色の君へ』第二巻ということで」

 

 未来の光景があまりにも簡単に想像出来て、卓也が頭を抱えた。

 リルも同じように頭を抱える。

 二人の姿にクラス全員で爆笑していると、劇場のスタッフから声が掛かった。

 カーテンコールを所望しているらしい。

 

「最後の挨拶だってよ。演劇っぽいな」

 

 修が即座に立ち上がった。

 優斗もさっと立つ。

 

「それじゃ、全員で舞台に上がろっか」

 

「普通は上がっても端役が限度じゃないの?」

 

「別にいいでしょ。僕達劇団じゃないんだから」

 

 クラスメートの疑問を簡単に回避する。

 これは演劇ではあるけれど、クラスの出し物だ。

 別に実際の通りにする必要はない。

 

「じゃあ、全員が舞台に上がったら誰が役名とか色々と紹介するの?」

 

 再び問い掛けたクラスメートの言葉に修が、

 

「言い出しっぺだろ」

 

 優斗の肩を叩いた。

 

「……はっ?」

 

 意味不明としか思えない論理を展開する修。

 しかしクラスの皆は乗った。

 

「まあ、ミヤガワ君よね。無駄に度胸あるし」

 

「いいだろ、ユウトで。オレやりたくない」

 

「問題ないと思います」

 

 強制的に決定。

 というわけで、全員で舞台に戻ると優斗はマイクっぽいものを持って紹介を始めた。

 なんかトラスティ家が座ってるところから僅かにシャッター音が聞こえない気がしないでもないが、気にせずに紹介を始める。

 裏方から端役、そして順にメインどころを紹介してる途中で、白竜が舞台上に降り立った。

 どうやら誰かが気を回してくれたらしい。

 

「黒竜役――白竜」

 

 優斗の紹介に拍手が広がった。

 気をよくした白竜が翼を荘厳に広げる。

 さらに、

 

「アリシア=フォン=リライト役――アリシア=フォン=リライト」

 

 アリーが手を挙げて拍手に応え、

 

「シュウ・ウチダ役――シュウ・ウチダ」

 

 修がカメラにピースサインを向け、

 

「クリスト=ファー=レグル役――クリスト=ファー=レグル」

 

 クリスは綺麗に腰を折り、

 

「ユウト・ミヤガワ役――ユウト・ミヤガワ」

 

 優斗は丁寧に頭を下げながら、自身を紹介する。

 そして最後。

 本日の主役のコールがされる。

 

「それでは皆様、大きな拍手を以て二人のことを迎えて下さい」

 

 今まで十分大きかった拍手がさらに大きくなる。

 優斗が右手を広げて“二人”を指し示した。

 

「今回の主演にして皆様に『瑠璃色の君へ』の続きを見せてくれた、主人公達の登場です!!」

 

 拍手の他にも口笛や応援、感動を述べる声が所狭しと聞こえてくる。

 優斗は一息置くと、

 

 

「タクヤ・ササキとリル=アイル=リステル!!」

 

 

 盛大に二人の名を呼んだ。

 主演が皆に押されて舞台中央に出てくる。

 ちらりと互いを見て、呼吸を合わせるように一礼。

 照れた表情で顔をあげた二人に最高の喝采が起こった。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 無事に終わったことを祝して打ち上げが行われていた。

 完全に一般のお客さんは参加することは出来ないが、学生に関わりの深い者であれば参加できる結構大きな打ち上げなのだが、

 

「クラインがどこかに飛んでってるね」

 

 優斗が変なものを見るような目で呆れていた。

 彼の友人枠として打ち上げに参加しているモルガストの王女は、先ほどからずっと夢見るようにぽわぽわとしている。

 すると隣にいるレンドが、拳を握りしめながら優斗に反論した。

 

「何を言ってますかユウト様!!」

 

 あまりの勢いに優斗もビクっとする。

 というかキャラが違った。

 

「えっ、な、なに!?」

 

「あの舞台を見たならば、誰であれ姫様のようになりましょう! 俺だって頑張って抑えてるんです!」

 

「……そ、そうなの?」

 

「もちろんです!」

 

 ちなみにクラインはあまりの興奮に倒れたうちの一人らしい。

 レンドも失神しかけたと言っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 母から娘を預かったフィオナはノイアー夫妻と話す。

 

「本当にエリス様には何から何まで……ありがとうね、フィオナさん」

 

「いえいえ。ノイアーさんにケイトさんにコリンちゃん、まーちゃんにあーちゃんの服を選べて母も満足したようです」

 

 エリスもほくほくした表情をした。

 とても楽しかったのだろう。

 ついでに腕の中でニコニコのマリカに、

 

「まーちゃんも楽しかったですか?」

 

「あいっ!」

 

「それは良かったです」

 

 どういうものかは分かっていないだろうが、楽しめたのなら何よりだ。

 

「ノイアーさん達も楽しめましたか?」

 

「ああ。ユウトから一冊もらって読んでおいたから、ストーリーもちゃんと分かった。最後のあれには本当に度肝を抜かれた」

 

「格好良かったわよね、タクヤくん」

 

 公開プロポーズをするとは。

 本当に凄かった。

 するとコリンもはしゃいでいる様子で、

 

「たーっ!」

 

「コリンもタクヤが格好良くて満足みたいだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 打ち上げの主役である卓也とリルのところにはたくさんの人がいた。

 その中で順番待ちをしていたイエラート組も、ようやく二人に声を掛けることが出来た。

 

「卓先、リル先、本当に感動した」

 

「凄かった」

 

「卓也先輩凄かったわ」

 

 話し掛ける三人の後ろでルミカも頷いている。

 

「ありがとな、見に来てくれて」

 

「ありがとう」

 

 全員と握手する卓也とリル。

 

「とはいえ、お前達もネタになりそうなことがあったら気を付けろよ。俺らみたいになるかもしれないからな」

 

 苦笑しながら卓也が伝えると、朋子とルミカがにやりと笑った。

 

「まあ、お兄ちゃんは気を付けたほうがいいかもね」

 

「ミルちゃんもですよ」

 

 作品化出来るほどのネタ性であれば、この二人は中々のものだ。

 今後の展開次第ではあるが、もしやろうとするならば刹那とミルしかいない。

 けれど当人達は首を捻り、

 

「なんで俺とミルなんだ?」

 

「……さあ?」

 

 よく分かっていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして別室では和泉とレイナが呆れていた。

 

「カメラを使ってここまで疲弊している人間を初めて見た」

 

「同感だ」

 

 二人の前にいるのは、床に座り込んでいるカメラ部隊の面々。

 まだ何人か元気なものは打ち上げでも写真を撮りまくっている。

 

「何百……いや、もしかすると一人で四桁は撮っているか」

 

 カメラ部隊の背後には山のような写真が積まれている。

 その山の中でも最新の写真が和泉の目に止まった。

 

「これは上手く撮れてるな」

 

 手に取ると、レイナとイアンが覗き込む。

 

「……ふむ。素晴らしいとしか表現できない」

 

「ほう。これはいい」

 

 写っているのは最後のシーンにあるリルの笑顔。

 想定外なアドリブとやり取りに半数以上が舞台のやり取りに心を奪われていたのだが、どうにか意識を取り戻した幾人かが必死にシャッターを押していた。

 イアンは妹の表情を見て感慨深くなる。

 

「リルもこのような表情が出来たんだな……」

 

 昔からは考えられない。

 

「本当に幸せそうだ」

 

 とてもじゃないが一年前では絶対に考えられないような幸せを表現した笑顔。

 

「一部では“激烈王女”と呼ばれていたのが懐かしいな」

 

 イアンが苦笑する。

 和泉が思わず問い掛けた。

 

「そんな風に呼ばれていたのか?」

 

「あの性格だ。婚約者候補ではあったが足蹴にされて気にもされない者や、嫌悪感から無駄に暴言を受けた者達からの悪評だ」

 

 もちろん王女を妻に出来るとなれば、我先にとばかりに詰め寄った輩達も大きな問題だった。

 けれどリルは彼らのことをかわすことなどせず、直球で暴言を吐いた。

 だから年齢に対して幼いとも言われていた。

 性格が悪いとも評されていた。

 イアンとて、何度も愛想笑いをしろと言ったが彼女は頑として受け付けなかった。

 

「しかし、今はそれで良かったと思える。良い男がリルの前に現れたのだから」

 

 妹のことを本当に想う男の子が現れた。

 真っ直ぐなままの妹を大切にしてくれる卓也が。

 

「リルは本当に素晴らしい将来の伴侶を持った」

 

 恋をすれば人が変わる、と言うが本当にそうなのだろう。

 この写真を見ればよく分かる。

 

「それなら新しい渾名を付けたらどうだ?」

 

 すると和泉が名案とばかりに言い始めた。

 

「渾名か?」

 

「そうだ。アリーは“リライトの宝石”で、モルガストから“妖精姫”も来ているのだろう? ならリルにも似たようなものがあってもいいはずだ。“激烈王女”なんて馬鹿げたものじゃなくてな」

 

「ああ、それはいい」

 

 イアンがうんうん、と頷く。

 

「とはいっても私が思い付くものなど一つしかない」

 

「イアンもか。俺も一つしか思い浮かばん」

 

 表現する渾名など、それこそ一つ。

 なぜなら彼女は名の由来を体現した幸せの王女。

 二人は示し合わせるように声を揃える。

 

「「“瑠璃色の君”」」

 

 やはり一緒の答えで二人はくつくつと笑う。

 そして手にある写真を見てイアンは言った。

 

「これに関しては許可を貰ってから考えよう。妹が大切な人に向けた表情だ。迂闊に周囲へ晒しては兄として失格だろう」

 

「それがいい」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 騒がしい打ち上げが終わった。

 夜も更け、大抵の者達が就寝している時間。

 

「卓也、起きてる?」

 

 リルは彼の寝室をそろ~っと尋ねた。

 けれど明かりはなく、等間隔で響く彼の寝息が聞こえてくるだけ。

 

「…………」

 

 近付いて様子を確かめてみると、やはり寝ている。

 

「寝てる……わよね」

 

 これ幸いとばかりに彼女はベッドの中に潜り込む。

 何だかんだで卓也は律儀で結婚するまでは同じ部屋で寝ない、と言っている。

 リルも彼の考えに反論はなかったので、普段は別々に寝ている。

 けれど今日ぐらいは、と思ったので忍び込んだ。

 

「よいしょ、っと」

 

 広いベッドなので二人が寝ても問題はない。

 ちょこちょこと彼に近付いて、ピッタリと隣に並ぶ。

 

「えへへ」

 

 嬉しそうに笑ってリルは左手の薬指の感触を右手で確かめる。

 

「一生の宝物よ。本当にありがとう」

 

 卓也の頬にキスをしてリルは満足げに目を瞑る。

 たくさんの嬉しいことが今日はあった。

 たくさんの楽しいことが今日はあった。

 たくさんの幸せを彼から貰った。

 今日、世界で一番幸せな女の子である自信がある。

 

「……大好き」

 

 彼の腕に触れながらリルは就寝する。

 一生の思い出と、一生の宝物。

 そして生涯を共にする人のことを感じながら……リルは幸せの眠りについた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る