第200話 立ちはだかる
闘技大会当日。
優斗とフィオナはマリカと一緒に出店を巡っていた。
お父さんに抱っこされてる娘は、わたあめを頬張る。
「どう、美味しい?」
「おいし~!」
「そっかそっか。美味しいね~」
ふわふわな綿毛のような食べ物を満面の笑みで食べるマリカ。
ちょっと顔がべたつくと、
「まーちゃん、少し待って下さいね」
フィオナが口周りをふきふき。
綺麗になったら、またマリカはわたあめを食べ始める。
「去年は大会に出てたから、あんまり出店とか興味なかったんだよね」
優斗はお祭りのような状況の会場付近を見回し、楽しそうな笑みを浮かべた。
フィオナも去年のことを思い出す。
「あの時から皆さんと優斗さんが互いに扱いを変えましたよね。もちろん優斗さんの私に対する扱いも」
「そういえばそうだよね。敬語外したのもこの大会の時だっけ」
懐かしい。
昔は仲間全員に敬語を使っていた。
今ではありえないこと、この上ない。
「一年後にはこんなことになるなんて予想つかなかったけどね」
実力を見せた去年の闘技大会。
結果、気付けば大魔法士なんて呼ばれているのだから人生どうなるか分からないものだ。
「まーちゃん。パパ、とっても凄かったんですよ」
フィオナがわたあめを食べ終わったマリカの口元を再びふきながら話し掛ける。
「ぱぱ、つおい?」
「そうなんです。強かったんです」
「ママが近付いてきた時は心底焦ってたけどね」
優斗が苦笑する。
当時は本気で驚いた。
まさかフィオナがあれほど感情を見せるだなんて思っていなかったから。
「それはパパのせいです。心配したんですから、本当に」
「ママが心配しすぎなだけだと思うけど」
「仮にもAランクのカルマが相手だったんですよ。パパのこと、心配するに決まってます。そうですよね、まーちゃん?」
「……あう?」
去年の闘技大会から数週間後に出会った愛娘は首を捻る。
それも当然だ。
マリカの前で戦った優斗は兎にも角にも圧倒的な戦いしかしていない。
むしろフィオナのほうが劣勢に陥ったりしている。
同意を求める相手を間違えていた。
優斗が吹き出す。
「そりゃそうだ。ママのほうがずっと危ない戦いしてるもんね」
「あいっ!」
「……なんか納得いきません」
◇ ◇
会場の入り口前で配られているトーナメント表。
優斗達ももらおうとしたところで、彼らの姿に気付いたココがぱたぱたと駆け寄ってきた。
そして手に持っていたトーナメント表を見せる。
「ユウ、フィオ。これ見てください」
何十人もの名前が書いてある用紙の中で、左上に書かれている名前。
優斗もフィオナも面白そうな笑みになった。
「あらら、これはビックリだ」
「驚きですね」
「あいっ」
マリカも肯定するように頷いた。
「本当に分かってるのかな、マリカは」
優斗はこちょこちょ、と娘をくすぐって遊ぶ。
すると修も遊んでいる優斗を見つけて近付いてきた。
「よっ、お前らトーナメント表見たか?」
「見ました見ました」
ココが何度も頷く。
「めっちゃ面白い展開になったじゃん」
紙の左上を軽く叩く修。
そう、そこに書いてあるのは彼らの親友の名前。
「まさかクリスが出るなんてな」
リライト魔法学院に燦然と輝く最強の存在。
それが出てくるとなれば、学生も大いに盛り上がるだろう。
「俺としてはキリアが優勝候補だと思ってたんだけどな」
「それは修の贔屓目だよ」
「けどよ、実際はどうなんだよ。俺もお前も出てないから、クリスが登場するっつったって勝つ気満々なんじゃねーの?」
というか誰が出てこようと常に勝つ気でいそうなのがキリアだ。
けれど優斗は首を振る。
「いや、そんなことはないよ。少なくともトーナメント表を見た瞬間、かなりの緊張が襲ったはずだね」
昔ならいざ知らず、今はそういう風に考えられるよう改造してある。
だから緊張感は増したはずだ。
その時、
「皆さん、おはようございます」
今日の主役が登場する。
金髪碧眼、王子の風体を醸し出している学院最強。
クリスはにこやかに話し掛けてきた。
「驚きましたか?」
「めっちゃ面白い」
「ビックリしたよ」
優斗も生徒会での仕事は主に演劇が担当だった。
闘技大会はクリスが他の役員と請け負っていたので、知るよしも無かった。
「問題がなければ準決勝でキリアさんと当たります。ラスターさんとは決勝ですね」
トーナメントの山としてキリアは左下。
ラスターに至っては逆側。
「自分も負けるつもりでは戦いませんよ」
「そりゃ出るからには勝たないとな」
修が当たり前とばかりに頷く。
学院最強が容易に負けては名が負ける。
もちろん優勝を狙っているはずだ。
だから幾ら優斗の弟子だとしても、立ちはだかるのならば勝つまで。
とはいえ、
「大丈夫だよ。キリアだって優勝することがどれだけ難しいかってことぐらいは分かってる」
しかもクリスが出ているなら尚更だ。
優斗は挑戦的な視線を向ける。
「だけど師匠として言わせてもらうなら、挑むことに意義がある」
今代の学院最強に全力で立ち向かう。
またとない機会だ。
「それに僕だって感覚的にどれほどのものかは理解してるけど、実際に見てみたいものだよ」
未だに優斗は遭遇していない本当の姿。
「クリスト=ファー=レグルの“全力”を」
授業中だろうと、誰かに教えている時だろうと、魔物と戦っている時だろうと彼は常に実力をセーブしている。
そうすることが出来る力量だから。
「うちの弟子は格下だから難しいかもしれないけど……とりあえず、奥の手の一つや二つは暴けるように頑張るだろうね」
それぐらいは出来るように鍛えてきたつもりだ。
僅かに自信を覗かせる優斗。
クリスは小さく笑った。
「ユウトがそう言うということは……」
「もしクリスとキリアが戦う場合、僕はキリアの応援だよ。いいでしょ?」
「構いません」
たまにはこういうこともいいだろう。
幾ら応援とはいえ優斗が敵に回る。
面白い展開だ。
◇ ◇
選手控え室では仕事が休みのレイナが後輩の激励をしていた。
その中でも、特に関わりのある二人に話し掛ける。
「キリア、ラスター。クリスは強いぞ」
「それはそうでしょう。今の学院最強ですから」
「分かってるわ」
軽い調子で返事をするとラスターと、固い表情のキリア。
ラスターが彼女の様子に気付いた。
「キリア、どうした?」
「……正直、勝てる気がしないわ」
「なぜだ? ミヤガワほどではない以上、可能性はあると考えたほうがよくないか?」
あくまでも楽天的なラスター。
しかしレイナは彼女の態度こそが正しいと頷く。
「キリアは理解しているようだな」
「時々、戦ってもらってるから分かるのよ」
指導という形ではあるけれど。
剣を交えているからこそ分かることがある。
二人のやり取りにラスターもようやく楽観的な考えがなくなってきた。
「レイナ先輩、どういうことですか?」
彼女はクリスの仲間だ。
キリア以上に彼のことを理解している。
「どういうことも何も、あいつは間違いなく学院最強だということだ」
レイナは少し小声で二人だけに言い聞かせるよう話し始めた。
「クリスは自身に甘えを許さない男だ。甘ったれな貴族の坊ちゃんとは一線を画している」
公爵家唯一の跡取りということもあるだろうし、性格的なこともある。
だからこそ言うとすれば、クリスは間違いなく自分に厳しい。
「そんな男が、だ。あいつらが側にいて鍛錬を怠ると思うか?」
彼の親友達。
異彩を放つ異世界の少年達がクリスの側にいる。
「基本的に男性陣は一芸以上に秀でている。シュウもユウトもタクヤも和泉も」
各々が分野においてトップクラスの実力を示している。
「確かにあいつらは特殊な出自だ。だからこそ仕方ない部分もある」
チートと呼ばれる能力を持っていたり、天恵と呼ばれる才能や異世界故の知識がある。
「だがな。だからといってクリスト=ファー=レグルが“仕方ない”で終わらせるわけがない。あいつは和泉達と親友になれる男だぞ。“普通”などと思ってはいけない」
彼の親友達は全員が普通をかなぐり捨てている。
だとするならば、類は友を呼ぶ……ではなくて“類は友しか呼ばない”。
そう考えるほうが自然だ。
「あいつは学院最強に恥じぬ……いや、同時期の実力で言えば私すらも凌駕する本当の強者だ」
一年前のレイナはまだ壁を越えていなかった。
才能豊かな、騎士を目指す少女。
ただそれだけだった。
優斗達と出会い、和泉と出会い、彼女の実力は加速度的に上がっていた。
けれど同様のことがクリスに起きていないはずがない。
「二ヶ月ほど前だったか、クリスと手合わせをした」
仲間の中で戦闘組となるのは優斗、修、クリス、レイナの四人。
だから偶には、ということで無理矢理に彼と勝負をしてみた。
「結果は私の勝利ではあった。だが……」
全力と全力の真剣勝負。
間違いなく手を抜いたりしては勝てなかった。
「いや、恐れ入った。あいつの真の実力というものに」
レイナだけは知っている。
クリスの本当の強さを。
キリアはそれを僅かでも感じているからこそ楽観的になれない。
「わたしは努力だってまだクリス先輩に追いついてないわ」
「そうだな。あいつは和泉達と出会うまで一人だった。勉強と鍛錬しかやることがない日々。クリスの才能を持ってすれば、どうしたって強くなれる」
たった一人だったとしても問題ない。
「あいつにとって鍛錬とは基本の型の繰り返しだった。無論、それだけで十分な程だ。“欠点無き基本”と呼ばれるぐらいにはな」
見本と見紛う流麗な剣裁き。
問題なく使える上級魔法。
まさしく欠点などないオールラウンダーと呼べる実力だ。
「けれどシュウとユウトがクリスを変えた」
「先輩達が?」
キリアの問い掛けにレイナは頷く。
「シュウからは本当の戦いに連れ込まれ、そしてユウトからは創造の仕方を見せつけられた」
おそらく本当の戦いとは魔物討伐だったりのことだろう
けれどもう一つは何なのだろうか。
ラスターが首を捻る。
「創造……ですか?」
「ああ。創造性のある破天荒な戦い方といえばシュウなのだろうが……」
あれもあれで想定外の塊だ。
基本に囚われない型無き戦い方と言ってもいい。
しかし、
「ユウトも十分、破天荒だろう?」
独自詠唱の神話魔法を操り、精霊の主とすら契約をした。
それこそ過去に一人しか同類を見出せないぐらいには破天荒だろう。
「キリア。お前は受け継いでいるからこそ理解できるはずだ」
「……えっ?」
まさか自分に話を振られると思わなくて少々驚くキリア。
「なぜ驚いている? 砕いた魔法陣を合わせることや精霊術を用いて簡易的な聖剣にすること。お前とユウト以外にやっている奴を私は見たことがない」
習っているほとんどが優斗独自の技と言っても過言では無い。
魔法陣の合成は彼オリジナルの神話魔法に連なるもの。
精霊術を用いた簡易的な聖剣とすることは優斗が聖剣を使っている以上、事実上の使い手はキリアしか存在しない。
「それは……だってわたしも見たことなかったし無理だって最初は思ったけど、先輩は出来るって言って挑発してくるから“やってみせてやる”と思っただけよ」
「普通はそれで納得しない。いくら相手がユウトだろうとな」
くつくつとレイナは笑う。
「本当に良い間柄だと私は思うぞ」
さすがは師弟だとしか言えない。
おかげでキリアはオンリーワンの存在を獲得しつつある。
「キリア、ラスター。遠き果てを目指すのなら、まずは目の前にある頂を知ることも大切だ」
最強の大魔法士。
無敵の始まりの勇者。
遙か彼方に存在する二強。
けれど、だ。
その前にある頂とて、決して侮れるものではない。
「世代トップクラスの実力を持つ、この学院の最強のことを実感してみろ」
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