第294話 new brave?:勇者の勘とかいう魔法みたいなもの





 ウィノスト王との話し合いも終わり、城を出る六人。

 修は気楽な様子で正樹に尋ねる。


「で、とりあえず森に向かうのか?」


「いや、その前にギルドに寄ってみようと思ってるよ。あの森で依頼が出てたら厄介だからね」


 正樹が気付いた理由もギルドの依頼があったからだ。

 似たような依頼がないとも限らない。

 なので確認のためにギルドに顔を出した時だ。

 受付が騒がしいことに気付く。


「だから、あの森の依頼は俺が全部受けるって言ったじゃん!」


「で、ですがすでに依頼は完遂されていますし、特に問題はないかと……」


「いや、そういうことじゃなくてだな……っ!」


 十七、八歳くらいの少年が受付嬢に食ってかかるように身を乗り出して会話をしていた。

 修達は建物に入って早々、何があったのかと首を捻るが受付嬢は正樹達の顔を見た瞬間に、ほっとした表情を浮かべた。


「あっ、ちょうどよかったです! あの方達が先日、森で依頼を受けた人達ですよ」


 少年は受付嬢が示した連中に視線を向けると、あからさまに安堵した笑みを浮かべた。


「本当に無事……みたいじゃん」


 黒髪をぐしゃっと撫でながら、少年は正樹達に近付いてくる。

 なので代表して正樹が尋ねた。


「えっと、君は?」


「俺はギルドランクBのトウマってことで、よろしく!」


 元気よく返事をした少年に正樹も朗らかに対応する。


「ボクは竹内正樹だよ。それでさっき、受付嬢の人と揉めてたみたいだけど……」


「あの森での依頼は俺が全部受けるって言ったのに、あんた達が依頼を受けたって聞いたから……さ。その、変なことに巻き込んで悪かったじゃん」


「なるほどね。ちなみにボク達は依頼の品は森から少し外れた別の場所で採ったんだよ」


「そうだったのか。それはよかったじゃん」


 トウマという少年は本当にそう思っているのか、表情を一切隠さずに嬉しそうに言い切った。


「ちなみにあの森での依頼は他にあったりする?」


「今は俺が全部請け負ってるから……」


「だったら都合が良いってことだね」


 正樹は振り向くと、今回の主要人物に声を掛ける。


「修くん、今だったら暴れても問題なさそうだよ」


「おお、そりゃ助かるわ」


 面倒事が減ったと言わんばかりの修に対して、トウマは困惑した様子だ。


「ど、どういうことじゃん?」


「君が焦った理由を解決しに行こうと思ってね」


 トウマはあの森の異変に気付いている。

 だから誰も近寄らせないようにしている。

 そんなこと、話の流れから容易に分かることだ。


「ちょ、それは危な――」


 だから彼は正樹達のことを止めようとして、目の前の人間が名乗った名前が聞き覚えがあることに気付く。


「……あれ? ちょっと待つじゃん。タケウチ・マサキって名前、どこかで……」


 何度か頭を叩くと、不意に思い出したのかハッとした表情を見せる。


「……フィンドの勇者?」


「うん、フィンドの勇者――竹内正樹。あらためてよろしくね」


 気負うことなく頷いた正樹に、トウマは顎が外れそうなほど驚いた表情を浮かべる。


「ほ、本物……!? いや、確かにこの雰囲気は本物っぽい……っ!」


 そう言った瞬間、正樹と修が感心したような様子を見せる。


「ってことは、あっちにいる女性のどっちかはニア・グランドール!?」


 背後にいるニアとミルに視線を向けると、ニアが恥ずかしそうに身をよじった。


「わ、私の名前も知っているのか……」


「知ってるも何も、勇者で一番有名なのはフィンドの勇者じゃん! そのパーティメンバーを知らないなんてこと、あるわけない!」


 興奮した様子のトウマに正樹達は苦笑してしまう。

 どうやら思っていた以上にフィンドの勇者という名は凄いらしい。

 けれど修だけはじろじろとトウマを見てから、正樹に話し掛ける。


「ところで正樹、こいつをどう見る?」


「正直なことを言えば、ウィノストの異世界人よりは雰囲気が近いかな」


「だよな、やっぱり」


 同じ感想に至ったことが当然だと言わんばかりに修に、正樹もふっと笑ってしまった。

 二人のやり取りが多少、不可思議に映ったのか卓也が訊いてくる。


「修、どうしたんだ?」


「いや、面白いことになってんなと思ったんだよ」


 そう言って修は説明しようとして……首を捻った。


「……どう説明すりゃいいんだ、これ?」


「ウィノスト王国の勘違いしてることが分かったって言えばいいのかな?」


「そう、それだ正樹! さすが先輩だけある!」


 今回は優斗という説明係がいないので、代わりに正樹が修の言いたいことを伝える。


「正先、どういうことなんだ?」


 ちんぷんかんぷんなやり取りに口を挟んだのは克也。

 なので正樹は分かりやすく説明する。


「克也くん、異世界人っていうのは基本的には『どういう人』だと思う?」


「こっちの人間よりも強い、だろう?」


「そう、基本的な考えとして国で一番強いのは召喚された異世界人……ということになってる。だけど当て嵌まることって、あんまりないんだよね」


 最終的にそうなることはある。

 けれど現状、当て嵌まることが多いかといえば引っ掛かる。


「例えばイエラートでは教官が克也くんより強いよね?」


「そうだな。教官に勝てる気はしないぞ」


「他にもヴィクトスなんかは自前の勇者もいるし、そもそも優斗くんのはとこだって今は強いわけじゃない。愛奈ちゃんなんて才能がいくら凄いといってもまだ幼い」


 今後は逆転していくだろう。

 けれど今、現時点で国の一番と呼べる異世界人は意外と少ない。


「だけど通説として異世界人は強い。それがイメージとして存在する」


「ああ、そっか。だから『勇者』になりたいなんて勘違いをウィノストの異世界人はしたんだろ?」


 卓也が納得いった、とばかりに問い質した。

 正樹も素直に頷く。


「ボクや修くんが気付いたのは、この国にはウィノストの異世界人よりも強い人がいるってことだよ。ついでに言えば勇者っぽさっていうのかな? そういうのがウィノストの異世界人よりもトウマくんのほうが濃いんだよ」


 勇者らしさ。

 それがウィノストの異世界人にはない。

 逆に一緒に歩いているトウマという少年には、それがある。


「だから彼は森の異変に気付いてた」


 勇者とは一種のトラブルメーカーだ。

 問題があれば、必ずそれにぶち当たる。

 だというのに勇者になりたいと言ったウィノストの異世界人は、森の異変に気付いてすらいなかった。

 だからこそウィノストの異世界人が勇者になりたいと言ったことは違和感になる。

 何故なら大層、問題になりそうなことにぶち当たっていなかったから。


「それに、ほら。トウマくんはボク達が現れた時、妙にほっとした表情になってたよ。きっと森の異変に近付けないよう頑張ってたんだろうね」


 むしろトウマの頑張りの隙間を縫って依頼をもぎ取った正樹達こそ、トウマからすれば衝撃的だろう。

 タイミングが神がかってると言っても過言ではない。

 けれどそれをあけすけに言うのはどうだろうか。

 トウマが顔を真っ赤にしている。

 卓也が可哀想に、と思いながらトウマを見る。

 ニアも同意見なのか、卓也に頷いている。


「あのトウマとやら、顔が真っ赤になっているぞ」


「……勇者っていうのは、どうしてこう遠慮無く相手の気持ちを暴露するんだろうな」


 悪いことではないが、暴露された当人としては堪ったものじゃないだろう。

 けれど気にせず修はトウマに確認を取る。


「お前、あの森の異変がどれだけヤバいかも分かってんだろ?」


「そ、そりゃあれだけの異変に気付かないほうがおかしいじゃん」


「だよな。俺ら、今からそれを解決しに行くんだけどよ。お前から見て、俺らは解決出来ないように見えるか?」


 淡々と訊かれたことにトウマは一瞬、言葉に詰まる。


「……えっ? いや、それは……」


 トウマは正樹達のことを見て、ふと沸き上がった感情があった。

 ほとんど見ず知らずの出会ったばかりの人達だというのに、


「俺らなら大丈夫。そう思っちまったんじゃねえか?」


 ニッと笑って訊いてくる修にトウマは思わず頷いてしまう。

 彼らの雰囲気はある意味、異様だ。

 何が起こっても、どんな問題でも解決出来るような気がしてならない。

 いや、そのように思わされてしまう何かがある。


「どちらにせよ、ウィノストの異世界人も動いてる。さっさと俺らで片付けたほうがまだ被害は少ないと思うぜ」


 ウィノストの異世界人の名前を出した瞬間、さっとトウマの顔が青ざめた。

 どうやら彼のことを知っているようで、慌てて修に声を掛ける。


「だ、だったら俺も付いていく! どうせなら道案内、必要じゃん!」


「そうだな。まあ、お前だったら大丈夫だろ」


 気楽に言う修に対して、卓也がちょっとしたツッコミを入れる。


「いいのか……って訊いたところで、勘で大丈夫だってことだろ?」


「おう、そういうこった」


 内田修の勘ほど当たるものはない。

 だから彼が大丈夫だと言うのなら大丈夫なのだろう。

 と、そこで正樹が不意にとんでもないことを言い始めた。


「そういえばトウマくんって、異世界人の血が入ってたりする?」


 たぶん、そうなんじゃないかな……といった感じで軽く尋ねる正樹。

 だが問われた当人としては衝撃的でしかない。


「ど、どうして分かったじゃん!?」


「なんとなく、かな」


 再度、勇者の勘とかいう凄まじく当たる代物を目の当たりにして、卓也やニアは渇いた笑いしか出てこない。

 確かに髪の毛は黒いが、そこまで珍しいわけでもない。

 だというのに、その結果に思い至ったのがまさしく勇者の所業だ。




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