第293話 new brave?:どうにも違う





 高速馬車でウィノスト王国に向かう途中、ふと気になったことがあるので卓也は訊いてみた。


「そういえばどうして克也達がウィノスト王国に行くことになったんだ?」


「俺達もよく分かってない。急に打診があったからだって王様は言ってたぞ」


「……奇妙な話だな」


「ボクもそう思ってね。ニアと一緒に付いていくことに決めたんだよ」


「で、そこで変な気配があったってわけか。色々とごちゃごちゃになりそうな感じだな」


 卓也は面倒そうな表情をさせるが、修は気楽に言い放つ。


「まあ、一個一個潰していきゃいいだろ。向こうの異世界人とやらに会って、その後に森を調査してみれば何かしら分かることがあるんじゃねえの?」


「そうだな。刹那達も正樹さん達も、とりあえずそういった感じでいいか?」


「ああ、俺達は問題ないぞ」


「うん。ボクもそれで大丈夫だよ」


 とりあえずの予定が決まったところで、話は雑談に移っていく。


「それにしても修くんって、あんまり国外に出ないんだね」


「フィンドの勇者とは違うからな。リライトの勇者が優斗みたいに国外行きまくりっていうのは不味いだろ」


「でも今回は優斗くんに嵌められて、国外に行くことになったんだよね?」


「そろそろゆっくりしたかったんだろうな、あいつ。毎月毎月どっか行ってるし」


 大魔法士故に仕方ないことだろうが、意外と関係ないことでも国外に出向いている。

 なのでゆっくりしたい、という気持ちがあったのだろう。

 一方でミルは卓也に話し掛けていた。


「タクヤ、また料理、教えて欲しい」


「ああ、いいぞ。刹那達が何を食べたいか確認してから作ろうか」


「うん。頑張る」


 やはりミルが料理を作ろうとする源は克也と朋子に美味しいと言って貰いたいからだ。

 するとニアがおずおずと会話に入ってくる。


「わ、私も料理を教えて貰ってもいいだろうか?」


「ニア? 突然、どうしたの?」


「い、いや、なんだ。私も正樹のために異世界の料理を覚えておいたほうがいいと思ってな」


 日本の料理という点において、卓也以上の先生はいない。

 そして正樹が恋しがっていることも知っているニアは、この機会にどうしても習っておきたかった。


「ニアも参加するのか。それじゃ今までミルに教えたこともおさらいしつつ、新しい料理を作るとするか」


「た、助かるササキ。私はそこまで料理が得意ではないから、簡単なものを教えてもらえると嬉しい」


「分かったよ。幾つかピックアップしておく」



       ◇       ◇



 ウィノスト王国というのは、端的に言えば普通だった。

 とりわけ栄えているわけでもなければ、何かしら特色があるわけでもない。

 どこにでもある中堅国というのが、辿り着いた時に抱いたイメージだ。


「それに精霊関係に特別傾倒してるってわけでもなさそうだ」


 卓也が克也に確認を取るように訊けば、異世界人の後輩は頷きを返した。


「そうだな。前回来た時も感じたけど、うちの国より精霊が活発なわけでもないぞ」


 だからこそ呼ばれた理由が分からない。

 不思議そうにしながらも、修達は王城へ向かう。

 城門に立っている兵士に証文を見せると、かなり驚いた表情をされた。

 克也だけではなくリライトの勇者にフィンドの勇者、挙げ句の果てに世界的有名人である卓也が一緒にいるのだから、それも当然のことだろう。

 兵士が慌てて報告しにいくが、どうにも城内からの戻りが遅い。

 しばらく経ってから兵士が戻ってきた時、一緒に現れた側近らしき男から言われた言葉は修達も驚きの返答だった。


「呼び出したのはイエラートの異世界人だけで、他の異世界人は呼んでいない……だって?」


「は、はい。皆様には申し訳ないのですが、ここでお待ち頂けないかと……」


 側近の男が汗を拭いながら丁寧に頭を下げる。

 けれどそれで納得するような連中ではない。


「どうにも不味そうな感じがするね、これ」


「刹那だけで来いって、面倒事が待ってる気しかしねえな」


 正樹と修が顔を顰めて納得いってない表情を浮かべる。


「だ、大丈夫なのか?」


 克也が焦ったような表情をさせるが、修は気軽に言ってのける。


「おいおい、俺らの後ろに誰がいると思ってんだよ。それにお前は大魔法士が面倒みた後輩だぞ。刹那に無茶苦茶な要求したら、あいつが出張ってくるに決まってんだろ」


 邪悪に嗤いながら、何事かと出張ってくるだろう。

 たかだか中堅国の王如きでどうこう出来るとは思えない。


「ついでに言えば修くんが〝始まりの勇者〟だってことも各国の王には周知の事実だしね。さすがに優斗くんほどの立場はないけど、それでも滅多に国を出ない〝始まりの勇者〟を足止めして登城させなかったっていうのが周辺諸国に広まると、結構な悪評になると思うよ」


「それを言うなら正樹もだろ。各国の問題を解決しまくってるフィンドの勇者を招き入れないとか、普通にヤバイことやってるって言ってるようなもんじゃねえか」


「あとは、タクヤも。たぶん、ユートの次に招待をしたい人達って、タクヤとリルだから。普通、タクヤが来たら喜ぶ」


 その三人を登城させないとなると、克也に無理難題を吹っ掛けると言っているようなものだ。

 異世界人の先輩として、後輩をそういった状況にさせるわけにはいかない。


「ちょっと面倒になるとは思うけど、やっぱりイエラート王に断りを入れてもらったほうがいいんじゃないかな」


「オレも正樹さんに賛成。厄介なことになりそうな気配が凄い」


 正樹の発言に卓也が肯定する。

 他の面々もそれぞれ頷きを返した。

 なので側近の男に克也のみでは登城させられないことを伝えると、焦った様子で待つように頼み込んで再び王城の中に戻っていった。

 そして数分後、今度は全員に登城の許可が下りる。

 突然、判断が変わったことに嫌な予感しかしないが、正樹達がいるならばと安心して克也は王城内に入っていく。

 全員で謁見の間に到着すると、そこにはウィノスト王……だけではなく二十代半ばほどの男性と、二人の女性が待ち構えていた。

 ウィノスト王は克也だけではなく修、正樹がいることに緊張しているようだったが、男性は余裕に満ちた表情をしている。

 一応、礼儀として全員で頭を下げてから改めて話を聞く姿勢を取ると、ウィノスト王からとんでもない発言が飛んできた。


「イエラート王国の異世界人。君には我が国の異世界人である彼を新しい勇者として推薦して欲しいのだ」









 いきなりすぎる発言に克也は理解が出来ない。

 というか修も正樹も卓也も他の面々も、誰もが理解出来る発言ではなかった。


「どうしてオレが……? こういうのって王様達で話し合うことじゃないのか……ですか?」


「もちろんその通りだが、君のような子に話を通しておいたほうが何かとスムーズに進むのだよ」


 そう言いながらウィノスト王はちらちらと修と正樹の様子を窺っている。

 どのような反応をされるか心配で仕方ない様子だ。

 だから、というわけでもないが正樹は困惑している克也の代わりに質問をする。


「克也くんが言った通り、各国の王で話し合うことであって彼を巻き込もうとする理由は何でしょうか? そもそも新しい勇者を作るというのならボク達も関係ない話ではありません。それを無視するのは道理が通らないと思うのですが……」


 核心を突いた正樹の質問にウィノスト王の言葉が詰まった。

 すると男性がふっと笑って声を発する。


「いや、あれなんだ。彼のような異世界人から推薦を貰うと勇者になりやすいと思ってね。私も国内では勇者のような扱いを受けているから、いっそのこと正式に勇者になるのも手だと思ったんだよ」


 その自信に満ち溢れた姿は自分が勇者になることを信じ切っている。

 すぐ側にいる女性達も同意見のようだ。


「ケイジ様ほど勇者に相応しい御方はおりませんわ!」


「そうです! ケイジ様ほど素晴らしい御仁は滅多にいないのです!」


 同時、修と正樹とニアが額に手を当てた。

 似たようなことがあったのを思い出したからだ。


「勇者会議の時、似たような感じでトラブってんの知らねえのか?」


「トラストの勇者と聖女様、大変だったね」


「あれはあれで勇者勇者と五月蠅かった」


 三人が盛大に息を吐くと、ウィノスト王も同じように小さく息を吐いていた。

 その姿を目聡く見つけた卓也が、こそこそと正樹に話し掛ける。


「もしかしてウィノスト王って、あの三人に押されて今の状況に陥ってるんじゃないか?」


「可能性は大いにあると思うよ」


「……それに、だ。もしかしてノーレアルが関係してるんじゃないか?」


 勇者勇者とやかましいのなら可能性はあるかもしれない。

 けれど修と正樹は残念そうに首を横に振った。


「いや、ねえよ。さすがに最初の反応の時に確認したけど、妙な魔力の流れはなかったぜ」


「うん、ボクも確認したからそれは大丈夫」


「……余計に性質が悪い。しかも雰囲気的にレキータの異世界人にも通ずるところがあるし」


 妙な自信を持っていそうな部分はまさしくレキータの異世界人に似てる。

 すると修が相手にも聞こえる声で正樹に確認を取り始めた。


「つーか、どうにも感覚的に勇者っぽくねえな。正樹はどう思うよ?」


「う~ん、ボク達とは違うかなって感じる。卓也くんはどう?」


「そもそも勇者だったら、すでに正樹さんが感じた異変にトラブってるはずだろ? だから勇者って言われると違和感がある」


 そもそも勇者である正樹が異変を感じ取った。

 そういった面倒事にぶち当たるのが勇者である、というのが彼らの共通認識だ。

 だから克也とニアはなるほど、と相づちを打つ。


「優先が正先とかはいつもトラブルばっかりだって言ってるもんな」


「そうだな。私もミヤガワが言っている通り、それが勇者だと思っている」


 うんうん、と納得している克也達にウィノスト王も同意したいのだろう。

 けれど自国の異世界人のためにと、どうにか言葉を返す。


「な、ならば我が国の異世界人が問題を解決出来れば――」


「いや、無理でしょう」


 言い掛けた瞬間、卓也がぶった切るように言葉を遮った。


「最高の勇者と名高い正樹さんで厳しいから修がここにいるわけで、要するに大魔法士とか始まりの勇者案件のトラブルだから、正樹さん以下の異世界人がどうこう出来るわけないと思うのですが」


 理路整然とした卓也の説明にウィノスト王の額にたらりと冷や汗が流れる。

 そして囀るような声で正樹に質問をした。


「ち、ちなみにフィンドの勇者が予想しているトラブルの規模は?」


「王都は壊滅するというか……たぶん国が滅ぶレベルの相手だと思います」


 御伽噺の一員である正樹のヤバいは、まさしくそういうことだ。

 それをただの異世界人が解決出来るはずもない。

 だというのにウィノストの異世界人は気楽に言い切った。


「王よ、ご安心下さい。私が解決してみせましょう」


 瞬間、ウィノスト王の表情が愕然としたものに変わる。

 それもそうだろう。

 国が滅ぶ規模だと言われて驚愕したいのに、それを自国の異世界人が気楽に解決すると言ってしまったのだから。


「だ、だがフィンドの勇者が言ったとおりであれば本当に危険なことだ!」


 むしろ目の前には縋り付きたいほど高名な勇者である正樹と、最強と対を成す〝無敵〟の勇者がいる。

 本来であれば泣いて懇願したいことだろう。

 それが出来ないのは、単に自国の異世界人の過剰な自信故だ。

 だからこそウィノスト王はどうにか助けて貰えないかと、涙目になりながら正樹達に視線を送る。

 あまりにも必死な視線を感じた正樹は、若干渇いた笑みになりながらも頷きを返した。


「い、一応、ボク達も森の調査は独自に動きますのでご安心下さい」


「ほ、本当か!?」


「ええ。ただし戦闘になった場合はリライトの勇者に任せるほどの相手だと理解していただければ」


「もちろんだとも! 我が国の異世界人を信じていないわけではないが、フィンドの勇者にリライトの勇者も動いてくれるなら百人力だ!」


 協力の確約を取ったことでほっとしたウィノスト王は、側にいる自国の異世界人に声を掛ける。


「ケイジよ。そなたを信じていないわけではないが、調査は十分慎重に行ってくれ」


「分かっております、王よ」


 自信満々に頷いたケイジは、二人の女性を連れ立って歩き出す。

 そしてすれ違い様、煽るような言葉を掛けてきた。


「私が勇者に相応しいか否か、その目でよく確認するといい」


 ふっ、と余裕を持ちながら謁見の間から出て行くケイジ。

 その姿に感銘を受けて、両腕に絡みつく女性陣。

 三人が出て行ったところで、へとへとになったウィノスト王に正樹は声を掛ける。


「もしかして王同士の会議だと認められないから、周りから話を固めようとしました?」


 直球の質問にウィノスト王はゆるゆると正樹を見てから、ゆっくりと頷いた。


「……我が国の異世界人の頼みだ。それなりに手柄も立てて貰ってる故、断ることが出来なかった」


 普通の異世界人としては、上手くやっていたのだろう。

 だが異世界人には、さらなる高みにいる四人がいる。

 そう、『勇者』と呼ばれる四人が。


「大魔法士が現れてからというもの、どうして四人の異世界人が『勇者』と呼ばれているのか情報共有はされている。また各国の勇者がどういったことを行い、勇者として相応しいのかも理解しているつもりだ」


 つまるところウィノスト王としては、ケイジのことを異世界人としては認めているが勇者になるには足りていないと分かっているのだろう。


「それではやっぱり、克也くんを引っ張り出したのは『勇者』っていうのがまだ分かってない……と思われたからですか?」


「その通りだ。まだ召喚されて間もない異世界人ならば、後押ししてくれるかもしれないと思ってのことだ」


 異世界人というのはそれなりに発言権が高い。

 そこを狙ってのことだろう。

 だからウィノスト王は克也に頭を下げる。


「余計なことに巻き込んでしまい申し訳ない」


「い、いや、そういうことなら仕方ない……です」


 ウィノストの異世界人にへそを曲げられても困るのだろう。

 それを理解してしまったからなのか、克也としても怒る気はしない。


「しかし森の異変というのは、そこまで厄介なのか……」


「国を守る、という〝意〟を持つリライトの勇者がここに来てくれたこと。それだけで非常事態だと思って頂ければ」


 滅多に国を出ないリライトの勇者が今、ここにいる。

 それだけで今回のトラブルの危険度が分かる。


「リライトの勇者……いや、ここに来てくれた規模を考えれば始まりの勇者と呼ぶべきか。そなたにも迷惑を掛けたな」


「いやいや、大丈夫っすよ。正樹が死闘になるかもしれないってことは、俺か大魔法士じゃないと片付けられないってことっすから。ちょっとばかり森が焦土と化すかもしれないっすけど、それぐらいで片付ける予定っす」


 普通に、平然と受け答えする修。

 先ほどのウィノストの異世界人と似ているようで違うのは、これまでの実績と醸し出す雰囲気によるものだろう。

 彼ならば問題ないと思わされる雰囲気が修にはある。


「そ、そうか。であれば王として、そなたらが解決に導いてくれることを信じて待つとしよう」


 ほっと息を吐いて、ウィノスト王は汗を拭った。

 





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