第295話 new brave?:最高速の力技





 目的地に歩きながら、トウマは自身の生い立ちを語る。


「俺、先代ウィノストの異世界人の孫なんだよ。小さい頃はじいちゃんに戦い方とか色々と教わってたじゃん」


「だからまあまあ強いんだな」


 修がなるほど、といった調子で相づちを打つ。

 ただトウマにはちょっと……どころか、かなり心配していることがある。


「けれどウィノストの異世界人が動いてるのか……」


「あいつ、どんな感じなんだ?」


「それなりに強いじゃん。だけど……」


「お前よりは弱い。ついでに言えば、トラブルが起こっても後手後手に回ってる感じか?」


 まるで見通しているかのような修の言葉に、トウマは驚きの表情を浮かべる。


「なんでそこまで分かるじゃん?」


「勇者やお前が気付いてる森の異変を知らない時点で、そういうことになるんだよ」


 勇者はトラブルに見舞われる。

 ぶち当たることはあっても、後手後手に回ることはない。

 つまり勇者と呼ばれたいのであれば、すでにトラブっているはずだ。

 すると克也が二人の話を聞きながら恐る恐る訪ねる。


「お、俺もそういうことに敏感にならないと、イエラートの守護者として失格か?」


「お前は別にいいんだよ。勇者じゃないんだから」


 あくまで勇者であれば、の話だ。

 勇者でないのだからトラブルにぶち当たらなくても問題はない。

 ミルも修の意見に同意した。


「カツヤは、大丈夫。ちゃんと、頑張ってる」


「ありがとう、ミル」


 ほのぼのとした二人のやり取りに、全員にほんわりとした空気が醸し出される。

 けれどそれも少しの間だけだ。


「さて、と。そろそろ森の異変がある部分に入るじゃん」


 トウマの案内で問題の場所に到着する。

 正樹が手っ取り早く修に確認を取った。


「それで、どうかな?」


「こりゃ正樹が死闘になるって判断は間違ってねえよ。やっぱり俺か優斗案件の代物だ」


 修が頭を掻きながら辟易したように話す。

 他の人間もどうやら異変の空気を感じ取っているようで、


「何か……空気が重いな」


「心なしか雰囲気も暗く感じる」


「精霊達も怯えてるぞ」


「ちょっと、鳥肌立った」


 卓也、ニア、克也、ミルも異常であることを確かに分かったようだ。


「正樹は他の面々を守ってくれな。俺は大暴れしなきゃならなそうだ」


「うん、分かったよ」


 無敵の勇者としての言葉に、正樹は一も二もなく頷く。


「大暴れするのはいいけど、加減は考えろよ?」


「どうだろうな。難しいかもしんねえぞ」


「……それほどの相手なのか」


 あの修が難しいと言ったことで、卓也も気持ちを入れ直す。

 ヤバさを肌で感じてはいるが、それがどの程度のものなのかを卓也は判断出来ない。

 けれど、だ。

 あの修がそこまで言うのなら、間違いなく相手は過去トップクラスなのだろう。

 不安はないが、それでも緊張しないかといえば嘘になる。

 そしてさらに足を踏み入れると、嫌な空気の密度が増してきた。


「さて、と。そろそろ目的地っぽいけど……」


 修が周囲を見回すと、これ見よがしに大きな洞穴が見える。


「あそこだな」


 剣を抜き、正樹達をそこで留まらせてから修は軽い調子で洞穴を除く。

 その瞬間だ。


『――――ッッ!!』


 何かの雄叫びが響き、その衝撃波で修が吹き飛ばされた。


「おおっ!?」


 吹き飛ばされた修は慌てて体勢を立て直す。

 同時、軽い調子をすぐに切り替えて真面目な表情に変わった。


「おいおい、雄叫びだけで吹き飛ばされんのかよ」


 一種の魔法なのかもしれないが、それでも驚かなかったかと問われると嘘になる。

 修が戦闘態勢を取ると、少しして洞穴から足音が響いた。

 音の響きからして四足歩行。


「正樹、卓也達を頼んだぞ!」


「うん、分かってる!」


 阿吽の理解で勇者二人が警戒心を広げると、洞穴から十メートルサイズの竜が現れた。

 けれどそれは美しいと呼べる姿ではなく、どちらかといえば優斗が闘技大会で戦ったカルマに似たように刺々しく禍々しい。


『やはり、再び現れたか』


 すると竜は修に目をやると、憎々しげに見据えて告げる。


『此度も邪魔をするか、始まりの勇者』


 言葉を喋る魔物がいるのは修も知っているが、それでもこれほどの憎しみを持たれて話し掛けられたことはない。


「邪魔って何のことだよ。というか『再び』ってどういうことだ?」


『我が王――魔王様を再び邪魔しようというのだろう?』


 その時、誰もが気付いた。

 目の前の竜は千年前――始まりの勇者と呼ばれた最初の異世界人に関わりがあることを。


『だが、そうはさせぬ。千年前にやられた傷は癒え、以前よりも力は増した』


 竜は前足を屈むように伏せると、再び憎々しげに修を見てから告げる。


『我が名は邪竜ファルニト。魔竜王ベルゼスト様に代わり貴様を殺してやろう』


 殺気が吹き荒れ、純然たる悪意に卓也達は身体が勝手に身震いを起こした。

 平然とその場に立っているのは修と正樹だけだ。

 だが正樹とて表情は険しい。

 邪竜ファルニトの本当の実力に気付いているからだ。

 だというのに修は目前にいる相手に思わず笑いが込み上げてしまう。


「……ははっ」


 今まで相手をしてきた奴らより雰囲気が違う。

 纏っている空気が全く違う。

 何をどうしたって今までで最も強い相手だ。


「邪竜ファルニト……だってよ」


 修のことを『始まりの勇者』と認めたのは、その実力故だろう。

 もしかしたら姿形すら似ているのかもしれない。


「面白いじゃねえか。魔竜王――最強の魔王の配下ってか」


 優斗が言っていた。

 最強と呼ばれる魔王と、無敵と呼ばれる魔王がいたことを。

 その配下であればなるほど、これほど強いのは分かった。

 国を滅ぼせるほどに強いことも理解している。

 それでも、それが内田修を相手取るに足るかといえば違う。


「だったら俺も見せてやるよ」


 修は剣を放り投げると魔法陣を折り畳み、神剣と成し、前へと突きつける。


「現実に残ったからこその〝幻〟を」


 伝説と幻。

 伝説は現実から消えたからこそ伝聞となり、御伽噺となった。

 幻は現実に残ったからこそ消えてしまい、その姿を見せなくなった。

 

 けれど今、伝説と相並ぶ〝幻〟はここにいる。


 揺るぎなくこの世界で、威風堂々と立っている。

 だから、



「この〝俺〟に――『始まりの勇者』に勝てるもんなら勝ってみせろ」







 同時、修と巨体のファルニトの姿は霞み、ファルニトの爪と修の神剣が甲高い音を響かせて鍔迫り合いを始めた。

 その一瞬のぶつかり合いでさえ、衝撃が広がって周囲の木々はへし折れ正樹達でさえ転びそうになるほどだ。


「随分と硬い爪じゃねえか!」


『此度の始まりの勇者はよく喋る!』


 巨体故に動作が遅い……ということはない。

 現状、修と同じ速度で動き回っている。

 動き一つが一撃必殺と言っても過言ではないファルニトに対して、修は華麗に捌き、時に躱しながら至近距離での乱打戦を繰り広げている。

 竜という巨体を無視した高速移動をするファルニトも、それに対して時に受け止めきる修。

 どちらも竜や人間という枠から外れきっている。

 だが、


「そんじゃ、もうちょっと威力を上げるぞ」


 修が告げた瞬間、横薙ぎの一閃でファルニトの巨体が真横に五十メートルほど吹き飛んだ。

 けれどそれが決定的なダメージになったか、といえば違う。

 すぐさまに体勢を立て直したファルニトは即座にドラゴンブレスを吐き出す。

 過去、黒竜が放ったものと同じ……どころか倍以上はある風の衝撃波に対して修は神剣を肩に担ぐと、乱雑に振り下ろした。

 その一刀によりドラゴンブレスは瞬く間に消え失せる。

 だが、それも織り込み済みだったのか今度は神話魔法相当の炎弾がファルニトから三連発された。


「ちっ、森の中で炎なんて使ってんじゃねえよ!!」


 修は舌打ちをすると、神剣を左脇に収めると、


「っしゃあ!!」


 掛け声と共に、地面を抉るほどの巨大な剣閃を生み出した。

 その速度と威力たるや過去に比類を見ないほどのもの。

 地面を抉りながら半径五○○メートルほどの半円を描き、木々を根こそぎ粉微塵に砕いた一撃は、ファルニトが放った炎弾すらもかき消す。

 そして直撃を喰らったファルニトが少しよろけた隙を修は見逃さない。


『求め砕くは破軍の一撃』


 神話魔法を詠唱しながら一気に前へと駆け出す。


『破砕し、微塵と化し、その全てを芥とせよ』


 そしてファルニトが修の姿を認識した時には全てが遅い。


『それは何もかもを無に帰す一撃成ればこそ!!』


 右手をファルニトの胸元に当て、完成した神話魔法をぶちかます。

 直径百メートルほどの光り輝く円球が生まれたと同時、一気に収束して修の手の平で淡く消えた。

 轟音はなく、されど目前にいたファルニトは消え去っている。

 残ったのはただ、巨大な円球に抉れた地面のみ。


「よっしゃ、終わった」


 誰かがピンチに陥ることもなく、誰かが傷付くこともない。

 ただただ単純に、森の一部が更地になっただけで勝敗は決した。


「これなら少しばっか暴れたぐらいで問題ねえだろ?」


 修は自信満々に振り向くと、どうだと言わんばかりに胸を張る。

 けれど卓也と正樹を除いて、他の面々は顎が外れそうなほどに驚いていた。


「……修先、優先よりヤバかったぞ」


「シュウ、ユートより凄いこと、やった」


「……これがミヤガワの言っている同等とやらの実力か」


「……ヤバすぎじゃん」


 剣閃のみで森を更地にして、さらに使った神話魔法は地面に巨大な穴を作り出している。

 もっと言えば何で近距離戦が出来るのかも分からない。

 優斗はあれで、もっと分かりやすい戦い方をするだけに修の凄まじさが際立った。


「というかどうしてフィンドの勇者じゃなくて、あの人が戦ったじゃん?」


「それはボクよりも修くんのほうが強いからだよ」


 トウマの当然すぎる疑問に対して正樹は平然と答える。


「ボクだったら……うん、やっぱり死闘になってただろうから助っ人を呼んだんだよ。さすがにあれほどの強さの魔物に対して、あそこまで一方的で倒せるのはボクが知る限り、二人しかいないから」


 むしろあれほどの強さを持つ邪竜に対して、あんなにも一方的な攻撃を加えられる人間がいることがトウマは信じられない。

 ウィノストの異世界人など、彼に比べればミジンコのような強さでしかない。


「というか始まりの勇者って……?」


 トウマ以外はどうやら理解しているようだが、知らない勇者の名前だった。

 ふと疑問を口にするが、上手く答えられる者がいないからか皆、曖昧に笑うのみ。


「まあ、いいじゃん。異様な雰囲気はなくなったみたいだし、ウィノストの異世界人が関わる前に終わったし、万々歳な結果じゃん」


 異常だった部分は正常に戻った。

 ウィノストで生きている人間としては、ほっと一安心出来る。


「うしっ、それじゃウィノスト王に報告して終わりだ。さっさと行こうぜ」


 修の号令で皆が動き出す。

 けれど卓也だけは不意に振り返ってから、一人呟いた。


「なんか色々と知ってそうな魔物だったし、何も訊かずに倒したって言ったら優斗に怒られそうな気がするな」




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