第296話 new brave?:問題以外は無視するに限る





 森で起こった謎の騒ぎでざわめく城下を抜け、修達は登城する。

 そしてウィノスト王に報告を始めた。


「無事に終わったので報告に伺いました」


 代表して正樹が伝えると、ウィノスト王はほっとした表情を浮かべた。


「それは何よりだが、どうしてトウマと一緒にいるのだ?」


 どうやらウィノスト王はトウマのことを知っているようで、不思議そうにする。


「彼のおかげで森の異変は抑えられていたと言っても過言ではありませんでした。なので一緒に動いて貰っていたんです」


「おおっ、そうか。さすがは先代の孫だけあるな」


 嬉しそうな表情を浮かべた後、ふと気になったことがあるのか真剣な顔で尋ねてきた。


「そういえばケイジ達はどうしたのだ?」


「どこを捜索しているかは分かりませんので、出会うこともありませんでした」


 本当に正樹達は知らない。

 彼らが関わる前に終わらせてしまったのだから。


「となると、やはり彼を勇者と呼ぶのは……」


「難しいというか、正直に言えば森の異変に気付いていない時点で無理かと」


 後手後手に回り、今回だって正樹達が先回りして即行で片付けてしまった。

 これで勇者になりたいと言われても首を捻らざるを得ない。


「どちらかといえば、まだトウマくんのほうが勇者らしさがあるかと思います」


「えっ、俺!?」


 唐突に名前を呼ばれて焦ったのはトウマだ。

 先代異世界人の孫とはいえ、ただの一般人に近い自分のほうが勇者らしいと言われても困惑するのは当然だ。


「森の異変に気付いて、誰も近寄らせないようにした。それだけかもしれないって思うかもしれないけど、少なくともウィノストの異世界人よりは勇者っぽさがあるんじゃないかな」


 事実、彼のおかげで誰も怪我をしていないし、トラブルに巻き込まれてもいない。

 それは紛れもなくトウマが動いたからこそだ。


「ウィノスト王。ただの異世界人であれば、ウィノストの異世界人も別に問題ないと思います。けれど『勇者』と呼ぶなら、今回の一件は気付いて然るべきことです」


「……ううむ。やはりそうか」


「そもそも大魔法士が言っていましたが、『勇者』だというのならボク達のように勇者として呼ばれる召喚陣でこの世界に喚ばれたはずですから」


 優斗のような運命論者としての論理は必然的にそうなる。

 だが違う以上、ウィノストの異世界人は勇者たり得ない。


「というわけで問題は始まりの勇者である修くんが片付けてくれましたし、克也くんをさらに巻き込んだら今度こそ大魔法士が出張ってくると思いますので、ここら辺で手を打って頂けると助かるのですが」


「……だ、大魔法士様が出張ってくるのか?」


「克也くんは大魔法士が可愛がっている後輩の一人ですから」


 優斗の所業は各国に伝わっているだろう。

 ウィノスト王も大魔法士の名を出されれば、さすがに戦慄を覚えてしまう。


「な、ならばやはり我が国の異世界人が勇者と呼ばれるのは諦めることにしよう」


 優斗と事を構えてまで自国の異世界人を勇者と呼ぶ気はないのだろう。

 ウィノスト王はあっさりと引き下がった。

 けれどある意味ではよかったと言わんばかりに、ウィノスト王はほっとした息を吐いた。


「ケイジには申し訳ないが、やはり勇者となるには難しいと伝えておく」


「それが最善かと」


 ウィノスト王と正樹は頷き合う。

 すると肩の荷が下りたのか、ウィノスト王は朗らかな表情で全員に語り掛けた。


「此度は本当に助かった。まさかリライトから始まりの勇者まで来てくれるとは思わなかったし、何より我が国の危機を救ってくれて感謝の念に絶えない」


 大魔法士と同等と呼ばれる始まりの勇者。

 それがわざわざ国を出てきて問題解決をしてくれるなど、普通は思わない。


「トウマも先代異世界人の孫として、危険を事前に察知してくれて大いに助かった。これからもよろしく頼む」


「は、はい!」


 ウィノスト王に声を掛けられて、トウマが焦った様子でかしこまった声を上げた。


「後日、リライト王やフィンド王、イエラート王には感謝の書状を送っておこう。特にイエラート王には面倒事に巻き込んで申し訳ないとも伝えておく」


「よろしく頼む……です」


 未だに上手く敬語が使えない克也がつっかえながらも頷きを返した。


「それでは失礼します」


 代表して正樹が言葉を発して、七人は振り返って謁見の間から退出する。

 そして王城から出ると、トウマが感謝の言葉を告げた。


「俺が言うべきじゃないかもしれないけど、助けてくれてありがとうじゃん」


 おそらくウィノストにいる人間としての言葉に、正樹達は気楽に返事をする。


「別に気にしなくていいよ。ボクにとっては、それが勇者としてやるべきことだから。まあ、今回はボクでも難しそうだったから手助けして貰ったけど」


 各国を巡って人助けをしている正樹にとっては、いつも通りの当たり前のこと。

 だから感謝されるのはありがたいが、畏まって言われることでもない。


「トウマくんはこれからも大変かもしれないけど頑張ってね」


「まあ、俺は俺に出来ることをするだけじゃん」


 今回のような一件はもう勘弁だが、それでも自分にだって出来ることはある。

 それが分かっただけ、トウマにとっても良かったことだろう。

 すると修がニヤっと笑って助かったと言わんばかりに頭の後ろで手を組んだ。


「そんじゃ、俺がやらかした森の後始末とか頼むな。上手い具合に言い訳しといてくれよ?」


「えっ、ちょっと待つじゃん!? あれの言い訳、俺がしないといけないのか!?」


「だって俺ら、もう帰っちまうからな。後は頼んだぜ」


 焦るトウマに全員で笑う。


「それとウィノストの勇者が騒ぎ出してこっちまで話が来たら、トウマの名前を出すからそこら辺も頑張ってくれな」


「なっ!? ど、どうしてじゃん!?」


「だって俺らにとってはウィノストの異世界人より、よっぽどトウマのほうが勇者らしいし」


 誰よりも先に異変に気付いて、誰よりも率先して動いていた。

 ウィノストの異世界人よりよほど、勇者らしい行動をしている。


「というわけで、頑張ってくれよな」


 修にニッと笑うと、他の面々も似たように笑った。

 トウマはその姿を見た後、大きく息を吐いた後、仕方なさそうに頷く。



       ◇      ◇



 トウマと別れを告げてリライトに戻ると、トラスティ邸に顔を出す。

 そして卓也、ミル、ニアはそのまま料理講座となった……のだが、


「それで? テンション上がって邪竜を倒して、何も知らずに帰ってきたんだ?」


 優斗は一通りの話を聞いた後、修と正樹ににっこりと恐怖を叩き込むような笑顔を向けた。


「正樹も一緒にいたのに、それに気付かなかったんだ?」


「ご、ごめんね。いち早く倒さなきゃいけないと思ってて……」


「……これだから勇者は」


 大げさに息を吐くと、優斗は説明するかのように長ったらしく嫌みったらしく言い放つ。


「いい? ノリで動いてノリで解決出来るのは勇者だけであって、僕はいつも情報だの手順だのを踏んでから解決してるんだよ、分かる? せっかく魔王の情報が入りそうだったのに、即行で片付けるとか何を考えてるのかな?」


「まあ、いいじゃねえか。いつかは分かることなんだしよ」


「おい、こら、それで何とかなるのは勇者だけだって言ってるでしょ」


 もう一度、大げさに息を吐いてから優斗はソファーに深く座り込む。


「それにしても邪竜か。まさか魔竜王の配下が生きてるとは思わなかったな」


 そうなると、もしかしたら他にもいるかもしれない。

 魔王の配下に連なっている者達が。


「……厄介そうな気がしてならない」


 次のステージに上がった気分、とでも言えばいいだろうか。

 タイミングがどうにも気になってしまう。

 手の平の上で転がされているような感じだ。


「まあ、でも、考えても仕方ないことか」


 いつか、どこかで同じことが起こる可能性がある。

 そのことに気付けただけ儲けものだと思っておこう。

 優斗はそうして思考を止めると、正樹達と何でもない雑談を始めた。


「それにしたって、ウィノストの異世界人だっけ? それを放っておいてよかったの?」


「別に問題ないと思うよ。勇者らしくなかったし、他にもっと勇者に相応しい人がいたから」


「正樹がそう言うんだったら大丈夫なんだろうけど、それにしたって無視して帰る……なんて手段が取れるなんて羨ましい限りだよ。僕の場合、そういう輩は必ず突っ掛かってくるからね」


 無視したいのは当然だが、上手くいくことはない。

 その点だけを考えると、勇者というのはある意味で羨ましい。

 どうでもいいことは放っておいて問題ないのだから。


「刹那も面倒事に巻き込まれるなんて災難だったね」


「そう言われても、俺は俺で仕方ないことだ。召喚されて日が浅いことも事実だしな」


 無駄に発言権はあるので、狙われやすい。

 今回、それが分かっただけで十分過ぎるほどの収穫があった。


「もちろん、いつかは優先達に迷惑を掛けないようにするぞ」


「そうだね。その時を楽しみにしてるよ」


 すぐにでは無理だろうけど、克也ならばきっと大丈夫。

 そんな予感が優斗にはある。


「ただし今は困った時に僕であれ正樹であれ、すぐに相談するように。現状、僕と正樹が関わってどうにか出来ない問題ってないから」


「分かってる。その時はまた相談させてもらうぞ」


「よろしい」


 優斗は満足そうに頷くと、卓也達が料理を大量に持ってきた。

 それからは全員で取り留めのない話をしながら、時間は過ぎていった。





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