第297話 大魔法士の弟子①
修達がウィノスト王国の問題を片付けた翌日。
トラスティ邸で響く剣戟は、そこで日々を過ごす人間にとってはもう耳に馴染んだものだった。
時にリズム良く、時にリズムを乱すように。
一生懸命に少女が立ち向かっている。
その剣戟を受け止められ、いなされ、弾かれたとしても。
何度も何度も挑んでいく。
そして最後、吹き飛ばされて終わるのもいつも通りの光景だ。
「はい、今日はこれで終わり。何が悪かったのかは自分で考えるように」
汗一つかかずに少女を吹き飛ばした師匠は、ショートソードを鞘に収めてしまう。
一方の弟子は肩で大きく息をしながら、それでも気力で身体を起こして、
「……分かったわ」
むすっとした表情で頷いた。
師匠が終わりと言ったら終わり。
自分がもう一度、と言ったところで意味はない。
だからパチン、と両頬を叩いたキリアは二人の様子を見ていたフィオナに近付いて声を掛ける。
「フィオナ先輩、今日はどうだった?」
「剣に精霊を随分、スムーズに宿せるようになりましたね。剣戟の善し悪しは分かりませんが、簡易的な聖剣にする部分に関しては成長していることが私でも分かりますよ」
「本当っ!?」
「はい、本当です」
膝の上にいるマリカをあやしながらフィオナが肯定する。
そこでやっとキリアは小さくガッツポーズをした。
「……よしっ! フィオナ先輩に褒められるくらいにはなってるわね」
師匠である優斗は兎にも角にも褒めてくれない。
自分が成長していることは分かるのだが、それがどれくらいなのかは意外と本人は分かっていないものだ。
だからそういう時は第三者に確認をする。
そしてフィオナは配慮せずに言葉を述べてくれるので、キリア的には非常に助かっている。
だが二人の光景を唖然と見ている者もいた。
それは出会ってから日が浅いからこその衝撃。
「キ、キリア、大丈夫ですか?」
偶然、トラスティ邸に寄っていたシルヴィが慌てた様子で駆け寄ってくる。
けれどキリアはケロッとした様子で首を捻った。
「シル? 何をそんなに焦ってるのよ?」
「あ、焦りもします! キリアがユウト先輩の弟子だというのは聞いておりましたが、これほど厳しく指導を受けているとは聞いておりません!」
「今日はいつもより随分と楽なんだけど……」
「……そ、そうなのですか?」
「嘘は言ってないわよ。普段はもうちょっと死んでるから」
もっと限界まで追い詰められる。
気力で立っているのは今日も変わらないが、それでも普段よりは楽だった。
「先輩には考えがあって、今日は緩いみたいね」
「……あ、唖然とさせられてしまいます」
誰がどう見たって厳しい訓練だった。
だというのに、キリアはそれが楽だと言う。
「確認したいことがあったから、今日はこの程度で済ませたんだよ」
優斗もゆっくりと歩きながら四人に合流する。
「確認したいことって何よ?」
「簡易的聖剣の出来をちょっとね」
若干、はぐらかしながら答える優斗に対してキリアはこれ以上、深く突っ込んで訊いたりはしない。
どうせ教えてくれないからだ。
「それはそうと先輩、明日はギルドに付き合ってくれるのよね?」
「別に構わないって、さっき言ったでしょ」
「じゃあ、Cランクの討伐してもいい? 弱い魔物でいいから」
今までは一人で討伐することは禁止されてきた。
提案しただけでボコボコに言われて、徹底的にやられた。
けれど自分は前と比べて成長している。
なので駄目なら駄目で構わない、といった調子でキリアは尋ねた。
すると優斗はちらりとキリアを見ると頷きを返す。
「いいよ。明日はCランクの魔物討伐にしよう」
「えっ、いいの!?」
「もちろん普通にやらせるわけじゃない。それぐらいは理解してるでしょ?」
「当然よ!」
だけど許可を得られたことが嬉しい。
ちゃんと成長していることを優斗も認めている、と言ったも同然だからだ。
「良かったですね、キリアさん」
「キリア、一人でCランクの魔物に挑むなんて凄いです!」
フィオナもシルヴィも拍手をする。
「りあ、おめでと~!」
マリカもはしゃぎながらパチパチ、と拙く手を打ち鳴らす。
三人から賞賛の声を浴びて、キリアは嬉しそうにぎゅっと拳を握った。
◇ ◇
キリアは家に帰ると、自分の部屋でショートソードを取り出してじっくりと見る。
「う~ん、そろそろ買い換え時かしら」
優斗の弟子になってからというもの、武器のケアにも気を掛けてきた。
柄の部分から刃に至るまで、じっくりと見渡す。
量産品とはいえ何万と振ったショートソードは手に馴染んでいるし、今更手放すには惜しい。
けれど量産品故に消耗の度合いも名剣や聖剣とは段違いに早いのも確かだ。
「先輩は九曜の他にも量産品のショートソードを使ってるのに、どうしてあんなに綺麗なの……って、腕の違いよね」
斬り方や捌き方に至るまで、何から何までが違う。
そういった部分でもやはりキリアはまだまだだと思わされてしまう。
「だけど精霊剣を確認したかったってことは、明日は精霊剣で何かさせられるってことよね」
もしかしたらCランクを相手に精霊剣だけで相手をしろと言われるかもしれない。
少なくとも魔法で真っ当に相手をさせてはくれないはずだ。
だからキリアは手に持ったショートソードをじっと見つめると、いつものように呟いた。
「炎舞、水麗、地堅、風雅」
単語を発する度に様変わりするショートソード。
始めた時と比べれば、この変わり身の早さは雲泥の差がある。
これもまた鍛錬の賜物だと実感してしまう。
「これでCランクが倒せるかどうかは不明だけど、先輩が許可したんだから一応は大丈夫ってことよね」
何を倒せと言われるのかは知らないが問題はない。
でなければあの師匠が許可を出すはずがない。
「キリア、ご飯!」
と、ここで母親から呼び出しがあった。
ショートソードを鞘に入れて、キリアは食卓に顔を出す。
そして夕ご飯を両親と一緒に食べる。
「今日はどこで何をしてたんだい?」
母親の問い掛けにキリアはご飯を頬張りながら何でもないかのように言葉を返す。
「学院が終わった後は、トラスティ邸で訓練よ」
「迷惑は掛けてないだろうね?」
「お母さんは心配しすぎ。確かに公爵家の貴族様だけど、良い人達ばっかりなんだから」
キリアはそう言うものだが、母親からすればトラスティ公爵といえば雲の上。
しかも毎週のように行っているとなれば、心配するのも分からないではない。
「そうは言ってもね、あんたの性格を考えたら迷惑を掛けてるんじゃないかって思うのも仕方ないじゃないか」
「だから大丈夫だってば。わたしの師匠とフィオナ先輩が前に来て言ってくれたじゃない」
「私は公爵家のご令嬢が来て心臓が止まるかと思ったよ」
一応、優斗はキリアの師匠としてキリアの家に伺ったことがある。
平民の両親からすれば、公爵家に突入するキリアのことが心配だろうから、と。
そして案の定、キリアの両親は唖然としていた。
訓練馬鹿の娘ではあるが、まさかそのために貴族の邸宅に突入を繰り返しているなんて知らなかったのだから。
「くれぐれも公爵様の機嫌は損ねないでおくれよ」
「たまにフィオナ先輩の両親には会うけど、いつもフレンドリーに接してくれるわよ」
というか時々、お菓子だって貰ったりしている。
まあ、優斗の弟子なので身内気分なのだろう。
「それよりも明日はやっと、Cランクの魔物を倒しに行くんだから」
「Cランクって危険じゃないのかい?」
「危険って言えば危険だけど、師匠が許可してくれたのよ」
「そうかい。あの師匠さんが認めたならきっと大丈夫なんだろうね」
キリアの母親は優斗と初めて会った時のことを思い出す。
丁寧に、決してキリアを軽んじることなく育てることを約束してくれた。
年齢はキリアの一つ上らしいが、一種の老練さを感じるほどに落ち着いていて、キリアの母親としてもうっかり納得してしまったほどだ。
何よりじゃじゃ馬娘の手綱を取れるのだから、本当に凄い人物なのだろうとキリアの母親は勝手に思ってしまう。
「師匠さんには一度、手土産でも渡したほうがいいかもね」
我が娘ながら、随分と生意気に育ってしまった。
なのに上手くコントロールして手懐けてくれているのだから、キリアの母親としては感謝しても足りないくらいだ。
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