第298話 大魔法士の弟子②
翌日、キリアは朝から意気揚々とトラスティ邸に向かっていた。
いつも気合いは入っているが、今日はさらに気合い十分だ。
守衛に挨拶をして玄関の前で立っていると、優斗もちょうどいいタイミングで出てくる。
「おはよう。それじゃギルドに行こうか」
「分かったわ」
簡単な挨拶をしてから二人は敷地の外に出ようとした……その時だ。
守衛の前に豪勢な馬車が止まった。
それ自体は特に二人の動きを妨げるものではない。
豪勢な馬車など、それこそ公爵家だからこそ色々と来る。
優斗は少しだけ御者や車の中の様子を窺って、自分が知っている人物ではないことを確認した上で外に出ようとした……のだが、
「やっと辿り着きましたの、ミヤガワ様!」
一人の少女が車の中から優斗を認識すると、老齢の男性を連れて飛び降りてきた。
もちろん優斗が知らない少女で見たこともない。
誰なのか訝しげに見ていると、少女は目を輝かせたまま喋り出す。
「わたくし、リンノ=ヴェル=ルルドと申しますの! ミヤガワ様に会いにここまで来ましたの!」
少女の話に優斗の視線は思わず険しくなる。
どう考えても、碌でもない話でしかなさそうだったからだ。
「是非ともミヤガワ様とは個室で話させて頂きたいと思いますの」
リンノという少女はそう言って、何故かちらりとキリアを見てから鼻を鳴らして笑った。
別に無視してもよかったのだが、トラスティ邸の前で騒がれても困る。
それに他国の貴族様っぽい様相をしているので、念のためトラスティ邸の広間で話すことにした。
もちろん邸内に入れた理由は、トラスティの関係者かどうかを確かめるため。
万が一でもトラスティ関連の相手であれば、外で待たせるのが不味いのは確かだからだ。
なので広間に通した後、義母に確認を取ったが「知らないわよ」と返答があった。
要するに無関係の相手だったのでさっさと叩き出したい気持ちになったが、リンノという少女に付き従っている老齢の男性が口を開いた。
「お初にお目に掛かります、大魔法士様。こちらはトルド王国ルルド公爵家のリンノ=ヴェル=ルルド様。私は専属執事のディアノと申します」
別に興味もないのに自己紹介をしてきた。
面倒なことを言うなよ、と念じつつ冷めた視線を二人に送る優斗。
「リンノお嬢様は魔法の才に溢れた女性です。この度はミヤガワ様にお願いがあり、リライト王国まで来させて頂きました」
老齢の男性の説明だけで、もう関わりたくないことが分かる。
優斗は息を一つ吐くと、続きを促した。
するとディアノは真っ直ぐに優斗を見据えて伝えてくる。
「大魔法士様と呼ばれる貴方様の弟子になりたい、と。お嬢様は仰っています」
「……やっぱりどうでもいい話だったか」
優斗は大げさに嘆息すると、話は終わりだとばかりに言葉を返す。
「悪いが弟子は取らない主義だ。どうやって僕のことを知ったのかはこの際、訊かないでおくから帰れ」
優斗は相手をせずに二人を追い返そうとする。
けれど今度はリンノが真面目な表情で話を終わらせようとしない。
「こちらとて調べは付いておりますの。そちらの女性がミヤガワ様の弟子なのでしょう?」
優斗の隣に座っているキリアを指差すリンノ。
「別にこいつは弟子というわけじゃない。学院の後輩の面倒を先輩が見るのは、ありふれた光景だろう?」
「ですから調べたとお伝えしました。わたくし、彼女がミヤガワ様の弟子だということを確信しておりますのよ」
事実としては確かにキリアは優斗の弟子だ。
けれど優斗が否定している以上、普通はそこで納得しなければならない。
だというのに突っ込んで訊いてくるのは何故だろうかと優斗は首を捻る。
「仮にキリアが弟子だった場合、お前に何の関係がある?」
「相応しくないのです」
はっきりと断言したリンノに優斗は眉を寄せる。
「相応しくない?」
「はい。わたくしはこれでも国では天才と呼ばれた身。わたくしこそが最も大魔法士様の弟子に相応しいですの」
自信満々に言ってのけるリンノ。
背後に立っている老齢の男性も同意見なのか、よくぞ言ったとばかりの雰囲気を醸し出している。
一方で優斗は何度目かになる溜め息を吐くと、
「話にならないな」
彼女の言い分を一刀両断した。
リンノを弟子にするつもりなど、優斗は毛頭無い。
だから付き纏われるだけ鬱陶しい。
とはいえリンノとしては優斗の言い分に納得出来るわけがない。
「話にならないとは、どういうことなのかを教えて頂かないことにはわたくしとて納得出来ないですの」
「一々、説明しなければならない理由が僕にはない。話にならないと言った以上、お前が弟子になることはない。それすらも理解出来ないのか?」
優斗は淡々とした調子で彼女の発言を否定する。
確かに大魔法士の弟子になりたいと言って、否定したところで理由まで説明する必要が優斗にはない。
と、そこでロニスが紅茶を用意して持ってきた。
優斗とキリアの前にカップを置き、丁寧に注ぐ。
「ありがとう、ロニス」
「もったいないお言葉です、我が主」
「ロニスの紅茶って本当に美味しいのよね」
「褒めて頂き光栄です、キリア様」
キリアには軽く会釈をしてからロニスは戻ろうとする。
けれど彼女の行動に納得出来ない人物もいた。
老齢の執事であるディアノだ。
「……どういうことですかな?」
「どういうこと、とは?」
「リンノお嬢様にお茶を出さないとは、どういうことなのかと言っているのですよ」
「必要がありませんので」
「……っ!? リンノお嬢様はトルド王国ルルド公爵家のご令嬢! 一介の家政婦如きがお茶を出さないなど無礼にもほどがあります!」
淡々と無表情で答えるロニスに激高するディアノ。
だがそこでロレンも状況に応じて広間に顔を出した。
「ご老人、無礼はどちらでしょうか?」
「……それこそ、どういう意味でしょう?」
「我が主の客人でもない者を、我々がもてなす理由はありません」
ロレンも無表情でディアノに反論する。
そのことについてさらに反論されそうになるが、ロレンは言葉を続けた。
「たかが他国の公爵令嬢如きが大魔法士たる我が主に対してアポイントも取らず、我が主が念のため義母君へトラスティ家の関係者ではないかと確認したことを受け入れたと勘違いし、厚かましくももてなしを要求する。そちらのほうがよほど無礼だと思いますが」
理路整然とした説明で反論する意思を削ぎにいく。
「我が主の格を下げるような行いを、忠臣たる私達がすることはありません」
そしてロレンとロニスは優斗に対して丁寧に礼をしてから下がる。
もちろん二人の対応方法は彼らが独自に考えて行った……というわけではない。
そのようにすることを指示した人間がいる。
「家政婦長、あのような対応でよろしかったでしょうか?」
優斗達から離れた場所で、トラスティ家の家政婦長であるラナはロレンの言葉に頷きを返す。
「先ほども伝えましたが相手が他国の高位貴族だからといって臆してはいけません。ユウトさんのお客様ではない以上、確固たる態度で臨まなければなりませんよ」
とはいえロニスは最初にミスがあった。
そのことをしっかりとラナは注意する。
「ロニスはティーカップを三つ用意したこと。そのことについては気を付けないといけません」
「はい、家政婦長」
「高位貴族や王族だからといって、もてなすべき相手であるとは限りません。それはロレンやロニスが平民であろうと変わりませんよ。大切なのはユウトさんにとって、どのような相手かということです。さらには貴女達の行動によってユウトさんの格すらも決まってしまうのですから、細心の注意を払うのは当然のことです」
そこにいるのが王族や貴族だからといって何の意味も無い。
大魔法士に対して彼らの血筋や位は何の役にも立たない。
「ミヤガワ家の最前線に立つとは、そういうことですよ」
優斗の客人であろうなら平民であろうと丁寧に。
違うのならば王族であろうと臆さない。
その判断を二人は常に迫られる。
「とりあえずは及第点を与えましょう。どちらも臆さずに相手を出来たのは評価すべき部分です」
ラナが頷いて納得した様子を見せる。
だが、
「ですが一つ、確認すべきことを怠っていましたよ」
「……確認すべきこと? 家政婦長、ご指導をお願い致します」
ロレンはすぐに理解が出来なかったので、教示をお願いする。
するとラナは小さく笑ってから二人が怠った部分を指摘した。
「主の手を煩わせる輩であるのならば、自分達が叩き出しましょうか? とユウトさんに確認を取るべきでした」
さらにラナは言葉を続ける。
「もちろんユウトさんであれば誰であろうと問題はありません。二人に手間を掛けさせる必要がないとも考えるでしょう……が、家臣である以上は必要な確認です」
優斗があの程度の輩に後れを取ることはない。
だが、だからといって主に任せて放置していいわけではない。
「リヴァイアス城で働いていた時であれば、そのことを任されている臣下が確認する立場だったでしょう。ですがロレン、貴方は何を目指していますか?」
「家令を目指しています」
「ならば客人の危険度を認識するだけではなく排除も貴方の仕事の一つになります」
次いでラナはロニスに視線を向ける。
「ロニス、貴女は?」
「ユウトさん……いえ、ユウト様かフィオナ様付きの家政婦を目指しています」
「ということは客人の相手をするだけでは足りない。分かりますね?」
仕事の幅が王城で働いている時よりも広い。
そうなると本来は広く浅く知識と経験を持つことが良いだろうが、それは一般的な主の場合だ。
優斗が主である以上は広く深くが理想的。
「今日、二人について私は幾つか理解しました」
その点について言えば、あそこにいる他国の公爵令嬢は役に立ったと言える。
ラナは家政婦長として、今後の教育に必要なことを把握したのだから。
「一つ目は貴族・王族への対応の仕方。これは出来ていると伺っていましたから及第点を与えました。ですが及第点でしかない以上、向上の余地はあるということ」
及第点を取ったからとはいえ甘やかすことはない。
もっと上を目指せるとラナは二人に伝える。
「二つ目は大魔法士の家臣である、というプライドをまだ持っていないこと。横柄になれと言っているわけではありませんが、甘く見られることを許してはいけません」
客人ではない他国の公爵令嬢にティーカップを用意したこと。
その執事である老人に嘗めた態度を取られたこと。
これはどちらも正しいとは言えない。
「ですが家政婦長、若い我々は侮られることもあるかと」
「ならば態度や雰囲気から優秀な家臣であると理解させ、若輩だからといって軽んじることを許さないことです。それもまたユウトさんの家臣としては必要なスキルとなるでしょう」
ロレンの言葉に対して、ラナは正直に対策を教える。
「事実、ユウトさんは雰囲気をガラリと変えることが出来ます。普段の様子からは考えられないほど、誰にも反論を許さない雰囲気を纏うことがユウトさんは可能です」
相手が大魔法士だと知らなくとも侮れなくなる。
そういったことが優斗は出来る。
「でしたら家政婦長。侮られないために必要なことは、どのようなことでしょうか?」
ロニスが強い意志を持って聞き返す。
優斗の家臣としてのプライドを持っていないと言われたが、それでも家臣である自覚はある。
だからこそ足りないのであれば、足りるように頑張るのみだ。
「一挙手一投足……に注意するだけでは、まだ甘いでしょうね。表情、視線、態度、仕草、動き方を洗練させてこそ若輩と侮られることは無くなるでしょう」
難しいことを言っているのはラナも把握している。
平民の年若い家臣が侮られないようにするなど、それぐらい注意しないと覆すことは出来ない。
けれど、
「私は出来ないことを言ったりはしません。むしろ二人はかなり早い段階で会得出来ると思っています」
「……えっ?」
思わぬ言葉を掛けられて、ロレンが驚きの声を漏らす。
ロニスも目を見開いてビックリしていた。
だからラナは小さく笑って告げる。
「御父上の教育が行き届いていた。それを証明してあげましょう」
貴族や王族を相手にするだけの動き方を二人は出来ていた。
だからこそ洗練させればいいだけ。
そのことをラナはしっかり把握している。
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