第299話 大魔法士の弟子③
一方、ロレンとロニスの物言いにリンノは苛立って少々声を荒げる。
「どうしてですの!? わたくしは大魔法士様の弟子に相応しいのに……っ!」
若干、涙目になりながらもリンノは思いの丈を優斗にぶちまける。
「わたくし、ずっとずっと大魔法士様の弟子になることを夢見ていましたの! 魔法も剣技も頑張って、いつか大魔法士様が現れたら弟子になりたいと思っていましたの!」
憧れていることがあった。
憧れている人がいた。
だけど、そうなりたい……というわけではなくて。
もし存在するのなら関わりたい、と。
ただ、それだけを考えていた。
だから本当に居ると知った時、心が跳ねた。
これは運命なのだと、これは偶然ではないのだと思った。
だって自分ほど相応しい人間はいない。
だって自分ほど彼の存在に適う人物はいない。
そう思っていたのに、彼の存在にはすでに居た。
まるで弟子のように可愛がっている存在が。
それが事実か否か、そんなのはどうでもよかった。
事実であれば間違っているし、否であれば自分がそうなると決めていたのだから。
故に彼女は動いた。
事実であれば間違いを正すために。
否であれば自分がそうなるために。
「だから彼女は大魔法士様の弟子には相応しくないですの! わたくしこそが――」
「ねえ、ちょっといいかしら?」
と、その時だった。
キリアが口を挟んだ。
それも彼女の言い分が意味不明だと言わんばかりの表情で。
「……何ですの?」
「貴女、誰の弟子になろうとしてるの?」
目の前の少女の思想がキリアには分からない。
だからこそ尋ねてみるしか理解する方法がない。
「誰って、そんなの大魔法士様の――っ!」
「だから大魔法士様は誰なのかって言ってるのよ」
「ミヤガワ様ですの! そんなこと、分かりきっていることでしょう!?」
「分かっていたら、こんなことになってないわ」
自分が弟子になりたい、と言う分には別にいいだろうとキリアは思う。
優斗だって面を食らうだけで済んでいたはずだ。
「貴女の問題点は二つ。一つはわたしを否定したこと、もう一つは先輩の弟子になる基準を勝手に決めつけたこと……で合ってるわよね?」
隣に確認を取ると、その通りと言わんばかりに優斗は小さく頷いた。
こんなことは優斗の為人、さらには大魔法士という存在を理解していれば分かることだ。
つまるところリンノという少女はどちらも理解していないと言わざるを得ない。
「別に貴女が大魔法士様の弟子に相応しくないのは、当然のことで――」
「わたしが弟子に相応しくないってことは、大魔法士の判断が間違ってる。そう言ってるわけよね?」
意味合いとしてはそうなる。
彼女は堂々と優斗に対して言っているわけだ。
大魔法士が間違っている、と。
「そ、そうは言っていませんの!」
「じゃあ、どういう意味なのよ?」
キリアが弟子であることを否定するのなら、同時に彼女が弟子になることを認めた大魔法士の判断も否定している。
間違っていると声高に叫んでいるのに何故、言い返すのだろうか。
「貴女よりも、わたくしのほうが『相応しい』と言っているだけで――」
「先輩の弟子になる条件すら分からない人間が、よくぞほざいたわ」
勘違い甚だしい。
大魔法士の弟子とは即ち、才能の有る無しではないというのに。
「あとね、貴女の言葉にある隠れた意味合いを気付けないとでも思ったのかしら?」
キリアを相応しくないと断言し、自分こそが相応しいと吠える。
「どうして二人目になろうとしないの? どうして自分だけが弟子だと思いたいの?」
それが意味することは単純明快だ。
「貴女は弟子であることに誇るのではなく、自慢したいんでしょう? 自分だけが大魔法士の弟子だ、って」
「……っ」
言葉を突きつけた後、キリアはふっと笑った。
「今――“揺れた”わね」
「そ、そんなことありませんの! わたくしこそが大魔法士様に最も相応しい弟子だと確信していますの!」
けれどリンノの反応は厳しいものだと言わざるを得ない。
弟子になりたいだけならば、別に二人目でも構わないはずだ。
だというのに彼女はキリアのことを否定した。
そこには自分こそが、自分だけがという感情が隠れている。
キリアですら気付いたのだから、優斗が気付いていないわけがない。
だからこそ優斗はまるで興味なさそうに声を発する。
「大魔法士に最も相応しい弟子だと確信しているだと?」
そう言って大魔法士は少女に目をやると、くっと嗤った。
「さっきキリアも言ったが僕がどんな人間を弟子にしたいと思うか、分かった上での発言なんだろうな?」
問い掛けたところで、どうせ答えは間違っている。
だというのに優斗は嗤ったまま、さらに問いを重ねた。
「ほら、答えてみろよ。僕は一体、どのような人間を弟子にしたいんだ?」
さらに突っついて答えを引き出させる。
そしてリンノから出た答えは『才能』というものだった。
優斗は思わず真顔になって、
「僕のことを馬鹿にしてるのか?」
至極真剣に、何をほざいているのかとばかりに言い返した。
「才能だの実力だの、そんなものは僕から見ればどんぐりの背比べに過ぎない。考えも弟子となったからには変えてやる。だから僕が最も重要とするのは意思だ」
大魔法士の弟子になる方法とは一体何か。
その答えは一つしかない。
「“強くなりたい”。その意思に不純物が混じれば、その時点で僕の弟子たりえない。才能だの相応しいだの、そんなどうでもいいことを混ぜた時点でお前は駄目だ」
大魔法士の弟子になるのが夢だったから何だと言うのだろうか。
宮川優斗の弟子に相応しいのが才能なわけがない。
「だからお前は大魔法士の弟子になれるわけがない。理解したか?」
彼女が並べた理由は、正直言って大魔法士の弟子になるにあたって何の理由にもならない。
彼女の夢も才能も上滑りして、最も大切なことを失っている。
それは大魔法士が宮川優斗であること、だ。
故に彼女は『宮川優斗』の弟子になる資格がない。
彼が弟子にしたい人物、弟子だと認めた人物はどのような意思を持っているかが最重要。
即ち『強くなりたい』という絶対の意思。
リンノにはそれが欠けている。
「さて、そろそろ無駄話も終わりだな。馬鹿共を騒がせて無駄な時間を過ごすのもトラスティ邸に悪い。キリア、準備しろ」
「分かったわ」
二人して立ち上がろうとする。
けれどリンノは遮るように言葉を発した。
「わ、わたくしの実力も分からないのに、どうしてそこまで言えるのですか!?」
憤る気持ちそのままに叩き付けた言葉に、優斗は小さく舌打ちをする。
「こいつ、本当に自分の立場が分かってない――」
この場で格の違いを教えてやろうと考えて……不意に気付いたことがある。
彼女の実力と、今のキリアの実力との差に。
「いや、ちょうどいいか」
優斗はリンノを見たあと、キリアを見て急に雰囲気を普段通りに戻した。
「キリア、相手をしてあげて」
「……え~、面倒なんだけど」
「これだけ騒ぎを起こしてくれたんだから、少しぐらいは役に立って貰わないと割に合わないでしょ」
優斗がそう言うと、キリアは目を瞬かせた。
そしてちらりとリンノを見ると、ニヤリを獰猛な笑みを浮かべる。
「なるほどね。役には立ってくれるんだ?」
「まあ、役に立たなくても準備運動ぐらいにはなるよ」
優斗的には役に立とうが立たなかろうが、別にどちらでも構わない。
どちらなのかは彼女の自信の源が何によるものか、それ次第だ。
「というわけで一戦交えさせてあげるけど、どうする?」
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