第300話 大魔法士の弟子④





 誘いに乗ったリンノは馬車から名剣である細剣を持ってきて、トラスティ邸の庭に立った。

 その姿を見てから優斗はキリアに声を掛ける。


「なんか都合の良い相手だったからラッキーだね。本当は魔物を相手にしてる時に教えようと思ってたけど、彼女のほうが分かりやすくて助かるよ」


「そうなのね。分かりやすくなるのは、わたしも大助かりだわ」


 優斗は基本、本当に教えたいことを濁しながら伝える。

 そうしないとキリアの身にならないと思っているからだ。

 だから今回、楽になるほうを選んだのがキリアは意外とすら思っていた。


「それじゃ、行ってくるわ」


「うん、頑張ってね」


 キリアを見送った優斗は椅子に座って観戦しようとする。

 けれど側に立った執事が挑発するような視線を向けてきた。


「これで大魔法士様も勘違いされることはないでしょうな」


 自身が使えているリンノを信じているからこその言葉だろうが、だからこそ優斗は九曜を手に呼び寄せると執事の首筋に当てた。


「お前は僕を誰だと思ってるんだ? 他国の公爵令嬢如きの執事が、上から目線で誰に何を言ってるか分かってるんだろうな?」


 首の皮一枚だけを斬り、執事の首からほんの少し血が滲み出た。


「……なっ!?」


 突然のことに執事は驚きと恐怖で動けず、瞳だけが優斗を捉えた。

 けれど老人の内心も何もかも知ったことではない。


「先に言っておくが、お前達の件はトルド王に苦情を入れる。そしてお前達の横暴によって、トルド王国に一度たりとも行くことはない」


 こんなアホ共に情報を漏らした国など行く価値も関わる価値もない。

 そして優斗はふっと息を吐くと、九曜を鞘に収める。


「分かったのならこれ以上、僕の前で口を開くな」


 執事を睨み付けると、彼は恐る恐る頷いた。

 それを確認すると優斗はあらためて椅子に座り、楽しそうな笑みを浮かべてキリアを見た。



 キリアは目の前にいる少女の雰囲気から実力を察しようとする。

 おそらくではあるが、彼女と自分の間にそこまでの実力差はないと思った。


 ――むしろ、わたしのほうが強い?


 けれど自信を持って言えるわけではない。

 何となく、あべこべな印象がある。

 自分のほうがかなり強いような気もするのだが、かといって負けているような感覚もある。

 あまり味わったことがない感覚だ。

 不思議そうにキリアがリンノを見ると、彼女は名剣の中でも最上位に位置する細剣を抜いて堂々と言い放つ。


「わたくしの実力を以て、大魔法士様に弟子入りを認めて貰いますの。だからこそ余裕を持って倒してあげますわ」


「だったら頑張ったほうがいいわね。わたしは易々と倒されないから」


 言葉を返しながらキリアもショートソードを抜く。

 そして次の瞬間、二人は前へ駆け出した。

 互いに武器を右手で持ち、左脇に置く。

 同時、横薙ぎを振るって……キリアは違和感を持った。


 ――わたしを……狙ってない?


 リンノの視線がキリアではなく、少しズレている。

 それが何か、ほんの一瞬でも判断が出来なかった。

 これはキリアの経験値が低いからこそのミス。

 リンノの視線は圧倒的強者だと気付かせずに行うもので、実力が近しい者達との特訓ではあまりされないからこその代物。


 ――まさか……っ!


 だから気付いた時には遅い。

 キリアは基本的に誰であろうと油断はしない。

 今だって油断はないが、だからこそ目の前の攻撃に意図を見出そうとしてしまった分の遅れがある。


 ――間に合う……!?


 キリアは反射的にショートソードを打ち合うのではなく、滑らせるように振り抜いて逸らそうとするが……駄目だ。

 普段なら間に合っているとしても、市販のショートソードと名剣の中でも最上位の細剣となれば話は別。

 より洗練に角度と当て方を調整しなければならない。

 だけど、そこまでの余裕がキリアにはなかった。

 今まで培った反射的な対応では――武器の圧倒的な格差による破壊行動は防ぎきれない。


「……っ!」


 ショートソードが根元から折られた感覚がキリアの手にある。

 さらには細剣に嵌め込まれた赤と緑の宝珠のうち、翠色の宝珠が輝き出した。

 瞬間、キリアの身体は吹き飛ばされる。


「い……つ……っ!」


 鎌鼬のように切り裂かれたりはしないが、それでも突然の衝撃に嫌いは十メートルほど吹き飛ばされる。

 その後、何度か地面に転がったのだが、


「……なるほどね。そういうことか」


 上手くダメージを殺しながら転がったキリアは納得するように頷きながら、すぐさま立ち上がった。

 そして手にある折れたショートソードを見て、ちらりと優斗を視線に入れて、キリアは内心で笑ってしまった。


 ――確かに分かりやすかったわ、先輩。


 自分の実力どころか戦闘スタイルすら全て理解している優斗なら、キリアがショートソードを折られることは把握していたことだ。

 けれど、それで負けると微塵も思っていないのなら、キリアは師匠の考えに応えるべきだろう。

 しかしリンノは会心の笑みを浮かべて、


「さあ、負けを認めなさいキリア・フィオーレ! 貴女にはもう、どうしようもないでしょう!?」


「……どうしようもない? 貴女が言っているから乗ってあげるけど、大魔法士の弟子がこの程度で負けを認めると思ってるの?」


 キリアは折れたショートソードを捨てると、両腕に風の精霊を纏わせる。

 武器がないからといって、そのことを想定せずに特訓を受けているわけがない。


「舐めて貰っちゃ困るわね。これからが本番よ」


 そしてキリアは再びリンノに向かって駆け出した。

 今度は細剣の赤い宝珠が輝き、炎が吹き出すがキリアは一瞥してすぐに判断する。


「今まで見てきた名剣の中で一番、反応速度も威力も高いけど……命中率はそこそこみたい」


 聖剣ではないので、命中率は使用者に委ねられる。

 だがリンノは名剣を十全に仕えないのだろう。

 躱しながら突っ込んでくるキリアに命中させることが出来ない。

 そのまま至近距離まで近付くと、リンノは巨大な炎を剣に纏わせて思い切り振り切った。

 風の精霊を腕に纏わせているとはいえ、さすがに威力の高い攻撃を受け止めることは出来ない。

 だからキリアは攻撃範囲を見切りながら、思い切り後退する。

 そして牽制の火の初級魔法を幾つか放った。

 けれどそれも風を吹き出した名剣の一振りで簡単にかき消される。


「……だとしたら」


 キリアは彼女の行動を確認すると、再び突っ込む。

 またしても吹き出した炎を躱しながら近づくが、同じように巨大な炎を纏わせた細剣を振り切られて仕切り直しとなる。

 何度も何度も同じことをするが、結果は変わらない。

 キリアの攻撃は攻撃と呼べるほどのものではなく、リンノの攻撃は一度でも当たればキリアを倒すことが出来る。

 しかも五分、十分と経ったところで攻勢と守勢は一度も入れ替わらない。

 二人の戦い方を見れば、勝敗は決まったも同然と思う人間もいるだろう。

 リンノもそのうちの一人だった。


「これ以上は無駄です、大魔法士様! 彼女がわたくしに勝つ方法はありません!」


 大勢は決したと言うリンノ。

 けれど優斗は彼女を見た後、キリアに問い掛ける。


「このまま戦えばどっちが勝つと思ってる?」


 常に攻勢を保ってきたリンノと守勢に回っていたキリア。

 であれば自ずと答えは分かると言い放ったリンノに対して、キリアは冷静な視線を優斗に返す。


「このまま戦えば――」


 勝敗がどちらに決するか。

 キリアは思ったことを口にした。


「――わたしが勝つわ」


 強い意志を瞳に灯して優斗を見据える。


「な、何を馬鹿なことを――っ!」


「その通りだね」


 リンノが反論しようとするが、優斗は当然のように頷いた。

 キリアはショートソードを折られて、それでも戦いを挑んだ。

 一見すれば無策に思えるが、優斗からすれば全く違う。

 リンノの攻撃方法とキリアの攻撃方法の違いを見れば一目瞭然だ。

 高火力で優位に立っていたのはリンノだが、常に先手を仕掛けていたのはキリア。

 しかもキリアの攻撃は初級魔法と簡単な精霊術のみ。

 応じるリンノは広範囲・高威力の攻撃を繰り返していた。

 つまるところ狙いは消耗戦だ。

 体力でも身体のダメージでもなく、魔力を削りにいった。

 現状ではそれが勝利に繋がる最善だとキリアは理解していた。


「でも、だからこそ問い掛けるよ」


 優斗はキリアを見据えたまま、今まで自分が叩き込んだことを体現した弟子に言い放つ。


「短期戦で勝つ方法を思い描ける?」


「……いや、無理よ。わたしじゃどうしたって、そのリスクを負えない」


「リスクが何かは分かってる?」


「高威力の攻撃に対抗する防御方法がないこと」


 キリアの堂々とした答えに優斗は大きく頷く。

 市販品のショートソードは大魔法士さえ折られることがある。

 であれば弟子がショートソードを折られる可能性はもっと大きい。


「というわけで、今日からは短期戦のやり方も教えていくよ」


 優斗はリンノを完全に無視して講義を始める。


「勘違いしてほしくないんだけど、キリアが魔力消費による完勝を狙ったのは間違えではないし、事実として今回は確実に勝つと言える。だけど常識的な部分だと長期戦っていうのはそれだけでリスクなんだよ。選択する回数も増えるし良いことがない」


「まあ、そうよね。クリス先輩とかわたし以上の経験者に長期戦狙いでいっても、どこかで先にミスを犯すと思うわ」


「さらに言うなら現状のキリアは防御の術が一つ、欠けた状態になってるといっても過言じゃない」


 優斗は先ほどキリアが投げ捨てたショートソードに視線を送る。

 防御にも用いるショートソードの脆さがネックになっているのは、優斗だけではなくキリアだって分かっていることだ。


「じゃあ、手っ取り早く解決するにはどうする?」


「わたしも名剣か聖剣を使う」


「うん、そうだね。キリアが言った通り、性能の良い武器を使うのがベストだよ。だから――」


 優斗はそう言うと、右手を軽くかざした。

 ただそれだけの行動だが、突如優斗の手の平から光が生まれる。

 次の瞬間、一振りのショートソードが優斗の手に握られていた。


「先輩、それは?」


「――八曜。この世界の中で最高峰の聖剣だよ」


 優斗は簡単に説明すると、手にしたショートソードをキリアに向けて放り投げる。

 キリアはそれをキャッチすると、まじまじと師匠を見た。


「簡易的な聖剣もどき。あれは便利だから使わせていたけど、それでも何の意味もなく続けさせたわけじゃない」


 人によっては便利だから、やらせただけに見えるだろう。

 けれど決して、それだけではない。


「聖剣は誰でも使える。けれど誰でも本当の主になれるわけじゃない」


 十全に扱うために。

 その力を余すことなく振るうには、相応の関係が必要となる。


「何故なら加護であろうと精霊の意思が関わってくるから。そういうことよね?」


「その通りだよ。今まで無視してきたからこそ、改めて精霊と対話する時間を設けたんだ」


 キリアは最初、精霊術を無視していた。

 威力が弱いからという、それだけの理由で。

 けれど現在――優斗と出会ってからは違う。


「だから今なら、最低限は使える」


 これは優斗がミラージュ聖国の伝手を使って手に入れた物だ。

 ラグに頼めば、加護の付いていないレプリカをすぐに送ってくれた。

 それをキリア用に調整し、改めて加護を加えた聖剣として生み出し、今日の今日まで置いておいた代物だ。


「これはキリアのためのショートソードだよ」


「わたしのための……聖剣」


 キリアは投げ渡された八曜を見て、それに込められている加護の凄さに戦慄を覚えていた。

 きっとまだ、自分はこのショートソードを最低限の力しか引き出せない。

 つまりは一割を引き出せるかどうか。

 それが分かるほどに、この聖剣は凄まじい力が秘められていると分かる。

 だが、だからといって扱うことに臆することはない。


「わたしは先輩みたく自在に扱えるわけじゃない。時には傷つける時だってある」


 キリアは八曜に語り掛けるように撫でて、そして抜き放った。


「というかたぶん、わたしって扱い荒いわよ」


 優斗のように華麗に剣を振るえるわけではない。

 誰かのように上手く剣を扱えるわけではない。


「精霊についてもそう。昔のわたしは精霊術なんて必要ないって思ってた」


 威力が弱いから。

 ただ、それだけの理由で必要ないと思っていた。


「ねえ、八曜。それでもわたしが主でよかったって、そう思ってほしい」


 ぎゅっと柄を握りしめ、真っ直ぐに八曜を見据える。


「先輩の聖剣であるよりも、わたしの聖剣でよかったって思ってもらいたいわ」


 何一つ混じり気のないキリアの本音。

 どこまでも真っ直ぐに上を目指す少女の心の裡。

 すると八曜は少しだけ輝きを見せた。


「……今のは?」


「どうやら八曜は共に歩む者として、キリアを認めたみたいだね」


 けれどそれは優斗と九曜のような関係とは違う。

 師匠と愛剣の関係は、どちらかといえば王と従者の関係に近い。

 だから最初から十全に扱えるわけではないキリアと八曜では、どうしたって師匠達とは違うものになる。

 どちらかといえば相棒に近いものだろう。

 八曜がキリアのことを知るにつれて、彼女の実力が上がるにつれて八曜も引き出せる力を増やしていく。

 ただの聖剣ではあり得ない、最高峰の聖剣だからこそ意思のようなものを持っている。


「これなら相手が強力な攻撃を持ってる魔物だろうと誰だろうと、折られずに防ぐことが出来る」


「そうね。八曜なら折られるわけがないわ」


 刀身に触れながら頷くキリア。

 強度も申し分ないことが分かる。

 もちろん、防ぐための技量を持つことも大切だ。

 そのことをキリアはしっかり認識している。

 と、その時だった。


「ひ、卑怯です! 第三者から武器を与えるなんて――っ!」


 リンノが声を張り上げて二人の会話に割り込んできた。

 優斗はリンノを見ると、興味なさそうに息を吐く。


「ああ、まだ戦うつもりだったんだ」


「戦うつもりも何も、優勢なのはわたくしで――」


「というか気付いてないなんて、馬鹿を通り越して憐れだね」


 武器を与えたと言っているが、そもそも前提条件が違う。

 優斗は今日、最初からキリアに八曜を渡すつもりでいたのだから。

 要するに、


「僕は武器を与えたんじゃない。この勝負は最初からハンデ戦というだけだよ」


「……ハンデ……戦?」


「お前が名剣を持ち出した時点でキリアのショートソードが折れることは織り込み済みだし、その後のキリアの行動が勝利に繋がる最善かどうかを確認したかっただけ」


 弟子が間違えないことは理解していても、実際に確認したかった。

 この勝負はそれだけでしかない。


「けれど、まあ、戦う気があるのならありがたい」


 優斗はリンノからキリアに視線を変える。


「キリア、課題だ」


 対戦相手を僅かに視界に入れて、それから傲慢に言ってのけた。


「魔法を使わずに勝て」


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