第301話 大魔法士の弟子⑤
「魔法を使わずに勝て」
それが出来ると優斗は分かっているから。
だからあえて課題を弟子に突きつける。
けれど相手としては、あまりにも軽い扱いに憤慨するだろう。
事実、リンノは自身のことをあまりにも粗雑に扱う大魔法士に憤りを覚えた。
そんなことはお互い様であることを棚に上げて。
「ふ、ふざけないでください! 課題!? しかも魔法を使わずに!? わたくしはトルド王国で天才と呼ばれた――」
「天才と呼ばれた奴が、無才のキリアを未だに倒せないなんておかしいと思わないんだ?」
どれだけ才能があると吠えても、天才だと自称しても意味はない。
現実としてリンノはキリアを倒せていない。
何を言ったところで証明出来なければ虚言と同じだ。
優斗がはっきり言うと、リンノは少しだけ俯いた。
だが、それを許す優斗ではない。
「それで? そのまま俯いてていいのかな? お前がまだ戦う気だったから僕は課題を出したんだけど?」
指摘をされてリンノは顔を上げると、はっとした表情でキリアを見る。
彼女は大きく息を吸ったあと、右足を少し前に出していた。
そして八曜を握る右手は力感無く、下に降ろされている。
剣を扱う者にとっては多少の違和感を覚える構えではあるが、それこそが大魔法士に連なる構えだ。
「――わたしは今から貴方を用いて、相手を圧倒するわ」
師匠と瓜二つの構えを取った弟子は、輝きを放った八曜に宣言するように言い放つ。
同時、鋭い視線がリンノを貫いた。
「行くわよ、八曜」
今までは牽制の初級魔法を放っていたが、今回は課題もあって何もしない。
ただショートソードを持ったまま真っ直ぐに突き進む。
キリアの行動に面を喰らうリンノだが、翠色の宝珠に魔力を込めて風を叩き込もうとした。
「風雅」
けれどキリアは小さく呟くと、八曜を下から上に軽く振るう。
それだけでキリアに向かってきた風は容易く切り裂かれた。
さらに突っ込む姿勢をキリアが見せると、リンノは次いで朱い宝珠に魔力を込めて炎を生み出す。
「水麗」
再びキリアが呟くと、今までとは比にならないほど大きい水球がキリアの周囲に幾つも漂った。
その幾つかを放ってリンノが生み出した炎をかき消す。
彼女が慌てて名剣に炎を纏わせるが、キリアは焦った様子を微塵も見せず八曜に水を纏わせると近接戦を行う距離まで踏み込んだ。
そして最初の相対と同じように横薙ぎ。
リンノも合わせるように細剣を薙ぐが、キリアは最初と違って軌道を一切変えない。
炎を纏った細剣と水を纏ったショートソードを打ち合う音が響いた瞬間、互いが纏っていた炎と水が消えた。
瞬間、
「炎舞」
キリアはすかさず腕を引いて、さらには炎を生み出して聖剣に纏わせると突き出した。
一方のリンノは炎が消されたことに驚き、さらには打ち合った相手のショートソードが一瞬にして引かれたことで身体のバランスを崩す。
時間にしてみれば打ち合ってから一秒にも満たないが、勝敗の分かれ目となるには十分過ぎる。
気付けば炎を纏わせたキリアの聖剣がリンノの首筋近くに突きつけられていた。
するとキリアはリンノに目もくれず優斗へ話し掛ける。
「先輩、練習としてはこれぐらいでいいでしょ?」
「そうだね。握った感覚は今までのショートソードと違いはある?」
「ないわ。重心に違いはないし、いつもの感覚と何の狂いもない」
「それは重畳。調整した甲斐があったよ」
優斗がキリアに近付いていくと、キリアは聖剣を鞘に収める。
するとリンノがはっ、とした表情で優斗に言い募った。
「こ、これは……何かの間違いで……っ!」
自分が思っていたことと違う展開、結果になると自信がある者はそのように言ってしまう。
けれど、それも当然なのだろう。
彼女は『何か』が分かっていないから負けた。
「それに途中で大魔法士様が聖剣を与えたから――」
「間違いと言われてもね。そもそも一度目のハンデ戦は、お前が『これ以上は無駄』と言った時点で決してる」
続ける必要はないと声高に告げたのはリンノ。
互いが思い描く勝敗は真逆とはいえ、無駄であることは確かだったので優斗もそこで終わることを認めた。
しかしリンノが何故か勝負を続行しようとしたため、渡した聖剣の試用をしたわけだ。
「お前が終わりの意思を示した。それに乗っただけなのに、どうして与えたとか卑怯とか言われなきゃいけないんだろうね」
だから優斗は彼女に対して告げた。
まだ戦うつもりだったんだ、と。
「そもそも僕に何も示していないのに、終わりを告げるなんて三流のすることだよ」
「そんなことはありません! ちゃんと戦って圧倒したことを示しました!」
「あれで示したとか、お遊戯会じゃないんだから」
優斗は全く興味を抱かなかった。
リンノは常に優斗の予想を下回ることしかしなかった。
「同じ条件であれば近距離、中距離、遠距離のどれだろうとお前がキリアに勝ってる部分はないよ」
本当にキリアより優れている部分がなかった。
「上回っている所が一つだけあったとすれば、それは武器の性能だけ」
最高峰の名剣と市販品のショートソード。
これだけは明確に上回っていた。
「武器も含めて実力というのなら、その通りだと答えるよ。だけどお前は僕の親友達が最も嫌うタイプの名剣使用者だね」
リンノの強さは武器に依存している。
「お前は名剣の性能に寄り掛かってるだけの三流でしかない」
決して寄り掛からず、寄り掛かられることのない使い手。
そこから遙か遠い使用者だ。
「で、ですがわたくしは天才と呼ばれていて……っ」
「お前に対するトルド王国の評価は、僕の前で何の価値があるの?」
「……か、価値?」
「お前の国がお前を天才だと評したら、そのまま世界においても天才を貫き通せるってこと? 天才であることを世界に向けて言い張れるほどの才能を持ってるの?」
優斗が知っている天才は間違いなくそうだ。
セリアールの中でも間違いなく言い張れるほどの才能を持っている。
「キリアに負ける程度の実力しか持っていないのに天才だなんて、あまりにも甘ったるくて傲慢だと僕は思うけどね」
世界の広さを知らないのか、それとも周囲が甘やかしたのか。
優斗には分からないことだし興味も無い。
けれどリンノの言っている『天才』という言葉はあまりにも空虚だ。
「けれど最初に言ったように勘違いしてほしくないのは、お前に戦闘の才能がなければ自身の実力も勘違いしている部分は、僕の弟子になるためには“必要ない”部分なんだよ」
キリアとて同じだった。
自分の実力は高く見ていたし、相手の実力も看破できない。
戦闘の才能すらなかった。
そこは出会った頃のキリアとリンノに大きな違いはないと優斗は思っている。
「僕はお前のことに興味がない。関心もなければ、どうでもいいとさえ思ってる。けれど――」
優斗は自分の甘さを理解している。
どれだけ辛辣な言葉を並べようとも、リンノが悪人ではないと分かっている。
ならば、だ。
「――ハンデ戦の時に最後まで戦って言い訳を並べず負けたことを悔しがっていれば、アドバイスぐらいはしてあげたよ」
キリアの時だって最初は弟子にする気はなかった。
だがキリアは猪突猛進に突っ込んできては戦いを挑んできた。
貪欲に強くなることを求めていた。
そこが二人の違いだろう。
ハッ、としたリンノの表情に優斗ははっきりと告げる。
「お前の失敗は僕が言った『弟子になる条件』を軽んじたことだね」
後輩でもなければ何の関わりも繋がりもない。
だとしたら優斗の言葉はちゃんと聞いておくべきだった。
「もう帰ってもらっていい? お前が僕の前でこれ以上、出来ることもやれることもないよ」
◇ ◇
何度も何度も優斗に言われたことが頭の中に木霊する。
リンノはそのまま馬車に乗って自国に帰る気になれなかった。
カフェで優斗のことが書かれてある書類を見ながら、突きつけられた事実を反芻する。
あそこまで言われて何も反省もしない、ということは出来ない。
「あの御方は礼儀には礼儀を、無礼にはさらなる無礼を返す御方」
確かに書かれてある。
正確な詳細ではなかったが、それでも簡単な為人は記されてあった。
けれど気にしなかったのは自分だ。
大魔法士の弟子になるという夢を見て、大魔法士本人を見ていなかった。
だから、あんなことが出来たのだ。
アポイントも取らずに押しかけ、自分の都合を勝手に押しつけ、大魔法士を良いように解釈する。
あまりにも無礼と言わざるを得ない。
キリアに言われたことも、自分の心を抉るには十分過ぎるほどだ。
「“誰”の弟子になろうとしていたか、ですか。確かにそう言われても仕方ありません」
彼女はきっと大魔法士の弟子になりたいから、なったわけではない。
結果として大魔法士の弟子になっただけだ。
「キリア・フィオーレ……」
自分の夢を叶えた存在。
最初から敵視していた忌むべき相手。
望んだ立場にいるキリアだからこそ、彼女の言葉は突き刺さった。
「……っ!」
思わず拳を握ってしまう。
これが嫉妬だということは分かっているし、自分が無様だということも分かっている。
けれど羨ましいという感情はどうしても消えない。
と、その時だった。
「今、そなたは面白い者の名を呟いたな。フィオーレの知り合いか?」
近くのテーブルから声を掛けられた。
視線を向ければ、そこにいたのは老人と少女。
そしてリンノは老人に見覚えがあった。
「……天下……無双?」
現存する英傑の一人。
絵にもなっている御仁を、リンノは何度か見たことがあった。
「その通りだが、何故そのような顔をしている。フィオーレと何かあったのか?」
天下無双――マルクが問い掛けると、リンノは目を伏せた。
これを誰かに話して、どうにかなるとは思えなかった。
自分の恥を晒すような真似をするのも嫌だった。
だが一緒にいた少女が、リンノの様子を見るとマルクに声を掛けた。
「お祖父様……」
「分かっておるよ、リーリア。これを見過ごすのも気分が悪くなろう」
マルクの返答に彼の孫は顔を輝かせた。
そして天下無双は再び、リンノに話し掛ける。
「何をそこまで落ち込んでいるかは分からぬが、これでも無駄に経験は重ねておる。助言の一つも出来るであろうよ」
マルクにしては珍しく、柔らかい声音でリンノに伝えたこと。
彼女が驚いたように伏せた目を上げると、天下無双は頼りがいのある笑みを浮かべた。
「どれ、この老体に少し話をしてみぬか?」
天下無双が持っている絶対の安心感に気が緩んだのだろうか。
今日、あったことをリンノはマルクに話す。
自分が何をやらかして、どうしてここにいるのかも。
マルクは全てを聞き終えると、苦笑いを浮かべた。
「そなたは儂と同じ失敗をしている。儂もまた二つ名だけを見て、本人を見ていなかった」
「天下無双も……ですか?」
「ああ。儂は彼奴の仲間にだが、随分と絞られただろう?」
「……その通りです」
マルクも同じことをやった。
二つ名だけを見て、優斗のことを見ていなかった。
だからこそ告げたことに、彼の仲間は凄まじい憤りを見せて天下無双を言葉でも戦いでも圧倒してみせた。
「リンノ=ヴェル=ルルドよ。彼奴はお前が思い描くような人物ではない。誰もが思い描くような理想の存在ではあるまいよ」
絵本に描かれているような人間だとは言えない。
誰かの理想を詰め込んだ性格もしてない。
「それにフィオーレは射殺すような視線で儂の――天下無双の戦いを見据える。次、戦った時に少しでも勝ち筋を見つけるために」
相手が天下無双だろうと怯まない。
強くなるための意志を決して捨てず、曲げることもない。
「彼奴が望む弟子とは、そういう者のことだ」
キリアに比べれば彼女はどうしたって普通だ。
であればリンノに対して優斗が何か思うことはない。
「けれど、それでもあの御方の弟子になることは……」
マルクの言い分はよく分かる。
それでも自分が抱くこの想いは、
「……わたくしの夢だったのです」
馬鹿なことをしたことは分かってる。
あまりにも優斗本人に横暴だったことも理解した。
けれど、それでも自分の夢だけは誰にも否定してほしくない。
「そなたの夢を否定することは誰にも出来まい」
夢を持つのは自由だ。
そのために行動することだって、誰かを傷付けなければいい。
「結局のところ、そなたは夢を叶えるに足る存在ではなかった。それだけのことだ」
優斗の弟子になるには、二通りがある
一つは知り合ってから、長い時間を掛けていつの間にか弟子になること。
もう一つは一度の出会いで優斗の目に留まること。
リンノは後者を狙って弟子になろうとしたが失敗した。
「繋がりから弟子になることを求めなかった以上、結果が覆ることはない。ルルドが彼奴の弟子になることはない」
はっきりと突きつけられた現実に、リンノは再び強く拳を握る。
マルクは彼女の様子を見ながら、さらに言葉を告げた。
「なれば次はどうする? 夢破れたことで、落ち込むだけの人生を過ごすつもりか?」
問い掛けると、リンノは強く大きく首を振る。
そして真っ直ぐにマルクを見据えて答えた。
「あの御方の弟子――キリア・フィオーレに勝ちたいのです!」
彼女に嫉妬している。
彼女のことを羨んでいる。
何故なら彼女は自分が望む立場にいて、自分が欲する場所にいる。
だからこそ――倒したい。
「キリア・フィオーレにだけは負けたくないっ!」
身勝手な敵意と、図々しいぐらいの敵視。
ただの嫉妬だとしても、それでもこの気持ちは消えない。
強く強く、胸の裡に刻まれている。
マルクはリンノの顔を見て、思わず笑みを浮かべた。
「良い顔だ。貪欲に強さを求めている」
一種の楽天的な思考と甘さが消えている。
「最初からその顔をしていれば、彼奴とて無碍にすることはなかったろうに」
今のリンノの表情は実に優斗好みだ。
決して軽んじることはなかっただろう。
「わたくしは夢破れたとしても、それでも夢を求めた日々を残したいのです! そのためにはキリア・フィオーレを倒せるようにならないと、わたくしはわたくしを許せないのです!」
甘いと言われようとも追い掛けた。
生温いと思われようとも頑張ってきた。
その日々を決して蔑ろにしたくない。
だから、
「天下無双。どうすればキリア・フィオーレに勝てますか!?」
強い想いを声に乗せてマルクに問う。
勝つために必要なことを教わるために。
「……そうさな」
マルクは手を顎に当てて考える仕草を取る。
少しだけリーリアを視界に入れて、彼女を通じて懐かしい日々を思い返し、ふっと笑った。
「大魔法士になる夢破れた者と、大魔法士の弟子になる夢破れた者。ちょうどよいかもしれぬな」
届かないものは届かない。
叶わないものは叶わない。
マルクは誰よりもそのことを分かっているから、
「ルルドよ。儂の弟子になれ」
最近までわだかまりが残っていたけれど、だからこそ彼女の気持ちも少しばかり理解出来る。
先達として、夢破れた者の歩き方を教えることが出来る。
「……えっ?」
「何だ? 儂の弟子では不満だと言いたいのか?」
「い、いえ、そうではなくて……わたくしが天下無双の弟子になるなど、本当によろしいのでしょうか?」
「そなたがフィオーレに勝つ可能性を残すには、儂の弟子になる以外はない」
あの二人は異常を闊歩していく。
今のリンノが追いつくのは不可能に近い。
でも、だからこそ天下無双ならば不可能を覆すことが出来る。
「今の表情ならば、儂の厳しい指導にも着いてこれるだろう」
必死に、死に物狂いで強くなると決めている。
ならば問題などない。
「それに儂の弟子になれば夢の欠片は残る。大切にしておくことだ」
マルクがそう言うと、リンノが不思議そうな顔をした。
なので笑いながら説明する。
「儂は彼奴と懇意の間柄だ。フィオーレとの模擬戦など幾度となくやるつもりだ。その際、その場限りだとしても彼奴に教えを請うことは出来る」
「……ほ、本気で教えてくれるのでしょうか?」
リンノが大魔法士の弟子になることはない。
けれど大魔法士の目に適わずとも、天下無双の弟子として現れるのならば。
リンノはきっと変わったのだろうと、優斗は再評価する。
「もちろんだ。彼奴は弟子を谷底に突き落とすのが好きだからな。そなたが育つことで弟子が窮地に陥るのならば、意気揚々と指導もするだろう」
だから夢の欠片を持っていていい。
何もかもを捨てる必要はない。
「夢破れたとしても、その想いは何かに繋がる」
大魔法士になる日々を求めたことで、今はリーリアの祖父を名乗ることが出来た。
堂々たる態度でリンノに告げたことを、憧れるような瞳で見てくる孫に胸を張ることが出来る。
「儂が我が二つ名を誇りと出来たように、そなたもいつか大魔法士の弟子になる日々を誇ることが出来るだろう」
心に残るわだかまりを解消された時。
きっとリンノもマルクと同じように誇れる日が来るはずだ。
だからこそ天下無双が差し出した手を、リンノはぎゅっと強く握りしめる。
「よろしく……お願いします……っ!」
思わず涙が零れると、リーリアがそっと近付いてハンカチを取り出し優しく拭った。
「貴女は……?」
「お祖父様の孫、リーリアと申します。リンノ様、これからよろしくお願いします」
「……はいっ。よろしくお願いします」
リンノが頭を下げると、リーリアは祖父に満面の笑みを浮かべた。
「お祖父様もさすがのお言葉でした」
「孫に幻滅されるわけにはいかんからな」
今までマルクは後進の指導をあまりしてこなかった。
弟子も持たずいひたすら自身の研鑽をしてきた。
けれど、これも良い機会だろう。
また一つ、楽しみが増えたことで天下無双はくつくつと笑った。
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