第140話 only brave:踏み込む二歩目
怪我をしているマルクを治しながら修は気になったことを訊く。
「じいさん、ちょっと質問なんだけどよ。『始まりの勇者』って何だ?」
マルクから零れた言葉。
なぜか修の耳に残った。
隣ではアリーも頷いている。
「儂も詳しくは知らん。儂が若い頃に一度だけ、他国を移り渡っている途中で道端の話が聞こえただけだ。『無敵』という単語と共に『始まりの勇者』という言葉を」
たった、それだけのこと。
けれども最強の存在を目指していただけに、記憶の片隅に残っていた。
「ふ~ん」
修としても興味は尽きないが、これ以上の情報がないのであれば仕方が無い。
これで一端、話を流す。
「で、じいさん達はこれからどうすんだ?」
「事情が分かった以上、リーリアには自由に生きる権利がある。儂のようなことは二度と起こさん。時間が掛かろうとも、この儂の名に賭けてな」
「そっか」
修は頷くと不意に周囲を見回した。
「シュウ様? 何をキョロキョロしているのですか?」
突然すぎて明らかに不審な行動だ。
別に誰かに聞かれて困るような話をしているわけではないのに、どうしたのだろうか。
「いや、なんつーか俺らってよ、こういうタイミングで誰かしら――」
と、同時に届いてくる声が二つ。
「せーの、たかーいたかーい」
「あーいあーいっ!」
聞き覚えしかない声が二つ。
修が笑い、アリーが呆れた。
「ベストの人材来たっ!」
「とんでもなく凄いタイミングで帰ってきたものですわ」
王城へと向かう道を歩いている彼を大声で呼ぶ。
「優斗っ!」
呼べば優斗とマリカがこっちを見た。
そして一緒に歩いてくる。
「ただいま、二人とも」
「あうっ!」
軽く修達に挨拶すると、優斗はすぐ近くにいるマルクとリーリアに視線を向け、
「こちらは?」
「天下無双と“大魔法士の許嫁”ですわ」
アリーが言うと同時に優斗の視線が僅かに鋭くなる。
「……なんだって?」
「安心してください。大抵の問題は片付いていますわ」
「それならいいや」
視線を普通に戻す優斗。
するとマルクがいきなり現れた存在を訝しげに見た。
「アリシア王女。こやつは?」
「今代の大魔法士――ユウト=フィーア=ミヤガワですわ」
さらっと告げられた爆弾発言にマルクとリーリアが絶句した。
赤ん坊と一緒に登場するなど想定の範囲外だ。
「……なんというか……普通だな」
話を聞くに、もっとごつい身体であるとか危ない気配を漂わせた男だと思っていた。
「今のところは普通ですが、あまり刺激しないでください。貴方達が間違えて触れたら危険ですわ」
アリーが猛獣みたいな扱いをする。
というか出来るのならば“危険物取扱注意”という札でも貼り付けておきたい。
「この赤ん坊は?」
「彼の娘です」
アリーが示すと、優斗はマリカをちょっとだけ前に出す。
「マリカ、この人達に挨拶は?」
「まーっ!」
元気よく叫ぶマリカ。
優斗の顔が綻んだ。
「おー、えらいえらい。ちゃんと自己紹介できるようになったんだ」
抱き上げて頭を撫でる。
「……激甘なのだな」
「ただの親バカですわ」
これが彼の通常運転なので、アリーもさして気にしない。
「っていうか優斗、何で王城来たんだ?」
修達としてはタイミング的にベストでありがたいが、来た理由は何なのだろうか。
「カメラの進捗報告と帰りが遅くなった経緯の報告。ミエスタで貴族ぶっ飛ばして処刑云々の話にまでなったからね」
「……相変わらず大きな問題を報告してくれますわね」
「ちゃんとミエスタ女王とケリつけといたから大丈夫」
ひらひらと手を振って、問題ないことをアピールする優斗。
そして、
「で、そっちの問題は? “大抵”ってことはまだ、終わってないことがあるんでしょ」
優斗はアリーから事の詳細を聞く。
「……正直、まともに対応したら手間だよね」
「ですわね」
「大事にしなくていいか」
「それが楽ですわ」
優斗とアリーで溜息をつく。
というか彼らの中で結論は出ているだけに、経緯をどうするかが問題となっている。
「王様からどうこう言えないのか? そうすりゃ楽だろ」
言い方を悪くすれば、あとは勝手に国がやってくれて手間はない。
けれど優斗は手を振って否定した。
「最終的にやることは変わらないから意味がない。だから国同士の問題に発展させる必要性もメリットもない」
「なんでだ?」
修が首を捻る。
なぜメリットがないのだろうか。
「まず国が把握しているかどうかも分からない存在に対して、リライトが物言うとしたら面倒なんだよ。余計に大きな問題へとなりかねない」
「あん? だって“大魔法士の許嫁”って嘘じゃねーか」
「それは僕らが持っている事実があるからこそ判明した嘘なんだよ」
パラケルススという存在と出会っているからこそ分かったこと。
優斗は言い聞かせるように伝える。
「それに事実の誤認がある。向こうは“大魔法士の許嫁”っていうのを本気で勘違いしてるから厄介なんだよ」
アリーも頷きながら続けた。
「証明がなければ、ただの戯れ言として終わりますわ。いくらリライトが言おうとしても意味がありません」
「だから前提を崩して終わらせるのがベストなんだよね」
「ということですわ」
互いの考えが同じだからこそ、すらすらと言葉を繋げる優斗とアリー。
だが修の頭は……パンクしそうになった。
「……馬鹿にも分かるように頼む」
正直、この二人が何を言っているのか分からない。
アリーが苦笑して内容を噛み砕きながらを伝える。
「誤認は二つあるのですわ。彼らが住まうところでは“大魔法士の許嫁”に対する誤認。そして世界的には大魔法士に対する誤認が」
「一般的に先代は男だと勘違いされてる。だからこそ女性であるリーリアさんが“大魔法士の許嫁”として選ばれていることも矛盾はなかった」
ということは、だ。
「証明が面倒な“大魔法士の許嫁”というものを破綻させるには、先代が女だということを証明すればいいんだよ」
「そして、それができるのは今代の大魔法士であるユウトさんしかいませんわ」
パラケルススの契約者である優斗だけが証明できる。
二人の説明にようやく修が納得したように頷いた。
「あー、なる。つまり優斗が行かないといけねぇのか」
「どういう風にやっても最終的にはそういうわけだね」
証明手段が一つである以上、仕方ない。
優斗はマルクに視線を向ける。
「質問ですが、こちらに来る時には何と言って来ました?」
「飛び出して来たから、特にどうこう言ったわけではない。だが儂に話をした奴がいるからな、察してはいるだろう」
マルクの返答に優斗は思考する。
そしてアリーと顔を見合わせた。
「…………だとするなら、広まるかもしれない可能性を考えたら時間はないか」
「ですわね」
「本来なら、箝口令があるんだけどね」
「人の噂に戸口は立てられませんもの」
仕方ないと言えば仕方ない。
「とはいえ今日は駄目だな。これ以上動き回ったらフィオナにマジで怒られる」
真面目な顔して素っ頓狂な発言をした優斗に修とアリーが吹き出した。
「いや、本当に笑い事じゃないんだって」
けたけたと笑う二人を尻目に優斗は真剣な表情をマルクに向ける。
「明日、ボルグ国へと向かいます。そして“大魔法士の許嫁”という制度を潰します。それでいいですか?」
「……すまんな。儂らの為に」
マルクが頭を下げた。
けれど優斗は別に彼らのために動いているわけじゃない。
「何を言ってるんですか? 貴方達の事など二の次です。基本的には自分の安寧の為にやることですから」
彼らが頭を下げる必要など一切無い。
「来年には大魔法士と発表しますから、その時まで面倒事を伸ばすのは利点がありませんわ」
「だね。被害拡大する前に終わらせたいってだけだし」
それに尽きる。
「優斗、被害拡大ってのは?」
「政治云々を抜いたら、フィオナの機嫌」
真面目に言ってのける優斗に再び修とアリーが笑った。
「そりゃ早く終わらせたいわな」
「ですわね」
◇ ◇
翌日。
学院をサボって問題解決に動いた優斗が夜になって戻ってきた……のだが、修とアリーの前では面白い光景が広がっていた。
「私は不機嫌になってしまったので、優斗さんに慰めてもらっています」
「という風に言ってるだけで、実際は甘えるのに都合の良い状況になったから甘えてるだけ」
優斗の膝の上に頭を乗せて髪の毛を梳いてもらっているフィオナ。
「っていうか普段は甘え足りてねーのか」
「衝撃の事実ですわね」
あれだけベタベタしておいて、まだ足りないというのは……確かに衝撃的だ。
けれども気にしても仕方ないので、今日の顛末を訊く。
「で、あっちで何をやったんだよ?」
「“大魔法士の許嫁”の制度を管理してる貴族のところに行って、大精霊を全部呼んで懇切丁寧に説明した」
聞く限りは普通。
だが、やったのは優斗となると別だ。
「どうやっても“説明”って単語のルビが『脅迫』に変換されるな」
「いや、今回は本当に説明だよ」
「普段の行いのせいですわね」
まったくもって否定できないことを言うアリー。
なので優斗も反論する気にはならない。
「まあ、今回は付き添いがフェイルさんだったからね。楽だったよ」
あくまで優斗自身は個人的な理由で制度を潰す。
とはいえ事情が事情で動くので、それを王様に伝えたらフェイルを付き添いに命じてくれた。
「へぇ~。副長が出てこなくてよかったな」
「フェイルさん曰く『問題を拗らせるだけだから必要ない』ってさ」
「……すげーな、あの人」
仮にも騎士団で二番目に偉い人なのに、そこまでキッパリ言うとは。
「でも、これでじいさん達の面倒は終わったな」
そう言って修は……珍しく思案するような表情になった。
すると優斗が、
「で、何が気になってるの?」
そんな問いを修に投げかけた。
「いや、まあ、今回あった事のうちに……入るかどうかは分からないけど、昨日からちょっと気になってるのがあんだよ」
初めて聞いた言葉。
彼の心に引っかかった名。
「優斗は『始まりの勇者』ってどっかで聞いたことあるか?」
「……なにそれ?」
こてん、と優斗の首が横に倒れる。
彼も初めて聞く名だった。
「いや、分かんねーから訊いてんだけど」
「それがどうかしたの?」
「なんか妙に気になるんだよな」
国の名を冠していない勇者。
修の胸の内にどうも残る。
「優斗。こいつ、どんな奴だと思う?」
「……大層な無茶振りしてくるなぁ」
単語だけで予想しろなど、普通は無理。
優斗が呆れた表情を浮かべる。
「始まりの勇者、ね」
けれど、だ。
単語から浮かんでくる意味に対して、ある程度の予測を付けることを出来なくもない。
そして優斗が今まで疑問に思ってきたことも総じて纏めれば、紛いなりにも言うことはできる。
「とりあえず前置きから考えようか」
優斗のフィオナの頭を膝から持ち上げて起こすと、真面目に話す体勢を取った。
「最初に言うけど“異世界人の召喚”って何であると思う?」
「……何でって……こっちの人達より能力が高いからだろ」
突飛な問いが来たが、修が真面目に答えた。
異世界人は総じてチートを得ている。
普通の人達よりも高い能力を持っている。
だから申し訳なさがあろうとも、異世界人召喚は“ある”ということ。
優斗は一つ頷き、
「そうだよ。だから今の世では当たり前になった。けれど先々に目を向ければ絶対に辿り着くところがあるんだ」
一番の本流。
全ての異世界人召喚に対する大元。
「最初に召喚された者は誰だったのか」
セリアールにおいて、一番最初に召喚された者の存在。
「異世界――つまり僕達がいた世界は召喚されたことで“ある”と分かっているだけ。今現在も“観測はされてない”。ということは、最初に召喚された者は偶然に召喚された」
奇跡のような出来事だったのかもしれない。
偶然の惨事だったのかもしれない。
けれども“優斗達のいた世界の人間を狙って召喚した”わけではない。
「とはいえ、この前置きは結構どうでもいいんだ。そんな昔のことなんて知ったところでどうでもいいし、今回の件において重要なのは次の前置きだよ」
“異世界人の召喚”というものが出来た……だけなら分かる。
けれども疑問となるのは、次に優斗から放たれる言葉。
「一番最初に『勇者』と呼ばれた異世界人は誰なのか」
これが今回の疑問における大元だ。
「セリアールには召喚された者が勇者となる国が幾つかある。修やアリーはそれを当然だって思ってない?」
優斗の問いかけに対して修とアリーは顔を見合わせる。
確かに当然だと思っていた。
「僕らは元々いた世界にある物語のテンプレから、アリーは事実からそう思ってる」
修達は召喚されたから勇者と呼ばれる、と。
アリーは召喚した者を勇者と呼ぶ、と。
当たり前のように思っている。
「でもね、修。異世界という大枠で考えるんじゃなくて、セリアールという一つの世界において“当然”に至る経緯は何だろうね?」
誰もが気にしなくなった異世界人の召喚と追随する『勇者』。
「修、アリー。“大魔法士の許嫁”と同じことかもしれないよ、これは」
二人を見据えて言う。
「“当たり前”であるからこそ最初を見逃す。“当然”だと考えているからこそ想像つかない」
そこにあるのが普通だと思っているから“なぜあるのか”が消えていく。
優斗は指をまず、一本立てた。
「“なぜ”勇者が『勇者』と呼ばれているのか」
続いて二本。
「“なぜ”勇者が生まれたのか」
三本。
「“なぜ”異世界人を勇者とするのか」
四本。
「勇者は幾つもの国に存在するけれども“なぜ”認定される条件が異なるのか」
幾つもの疑問が優斗の口から出てきた。
「今言った疑問にはね、明確な答えが見当たらないんだよ」
勇者がいるのは分かっている。
存在することも分かっている。
けれども“なぜ”“どういう理由で”勇者がいるのかが分かっていない。
「向こうとこっちでの共通概念としてあるのは、勇者とは優しく強い者。そして純粋なまでの魂を持っているということ」
このような人物だからこそ勇者と呼ばれる。
それはどちらの世界でも同じだった。
「でもね、勇者の定義が違う。僕らの持っている定義は『悪を討ち滅ぼす者』であり、『世界を救う者』であり、『民衆を助ける者』だ」
これが元々いた世界から得た勇者という存在。
「けれど『リライトの勇者』と『リステルの勇者』の定義は“国を守る者”」
だからこそ違和感になる。
差異が目に映ってしまう。
「最初はこっちの勇者とは“そういうもの”だと思ってたけど、どうにも違う。国によって定義が違う場合がある。ということは、どうして“国や民衆を救った者”ではなく“国を守る者”が勇者たり得る存在になるんだ?」
そこがどうしても腑に落ちない。
「つまり僕たちの定義で鑑みるならフィンドが正しい。フィンドは各国を動いて人を助けてる。それにイエラートはリライトと同じように“国を守る者”を呼んでいるのに、異世界人を『勇者』ではなく『守護者』と呼んでる。これも僕らにとっては正しい」
だとするなら、この妙な誤差は何なのだろうか。
同じ『勇者』だというのに違いが生まれる。
喚んだ理由が同じだというのに、名に違いがある。
「……要するに、ユウトさんは『リライトの勇者』が国を護る者だというのは誤認だと思っていらっしゃるのですか?」
アリーが思案しながら訊く。
が、優斗は首を振った。
「そこまでは言ってないよ。ただし、リライトにおける勇者の定義が出来た時期によっては、この違和感を無視することは出来ないってこと」
何か意味があって、そう定義しているのかもしれない。
それに間違っているのはフィンドやイエラートという可能性もある。
「あとは……そうだな。これも『始まりの勇者』と関係がありそうなんだけど、とりあえず訊いておこうかな」
優斗はアリーに確認するように問いかける。
「アリー、確認だけど勇者っていうのは何人いるか言ってもらえる?」
「全部で8名。そのうち4名が異世界人ですわ」
「異世界人の勇者はどの国にいて、どういう人?」
「お年を召されているのは一人、タングスという国におりますわ。シュウ様と同年代の勇者は二人。一人は『フィンドの勇者』――タケウチ・マサキ。そしてもう一人は『クラインドールの勇者』――スズキ・ハルカです」
すらすらと答えるアリー。
優斗はふむふむ、と頷いて問う。
「じゃあ、異世界の勇者がいる国でリライトと同等以上に歴史の深い国は?」
「えっと……フィンド、タングス……それに……」
答えていくうちにアリーの表情が驚きに染まる。
優斗は予想通りだったのか続きを答えた。
「クラインドール、だよね?」
「はい」
「……全部かよ」
修が唸った。
全部の国がそうだと偶然とは言い難い。
「異世界人を勇者と呼んでいる以上、『異世界人』と『勇者』という存在は切り離せないはずなんだ」
絶対に繋がっている。
「そして、その最たる鍵が――」
「始まりの勇者ってことか」
「だと思うよ」
全て言い終わったことで、優斗は大きく息を吐く。
「けれど『始まりの勇者』という言葉がなくとも、僕が言ったところまでは“誰かが気付いているであろう出来事”だよ」
勇者という存在に興味を持って調べたら、これぐらいまでは見当付いていることだろう。
「とはいえ、その先に辿り着けてないのは忘れ去られた“何か”があるんだろうね」
おおよそ、そんな感じだろう。
「それに『始まりの勇者』との関係性については僕の見当外れかもしれない。というか、その可能性のほうが高いっていうのも忘れないで」
「……そもそも『始まりの勇者』という単語を聞いただけで、ここまで答えられるユウトさんがおかしいですわ」
「答えろって言ったのそっちじゃん!!」
優斗がツッコミを入れると、修とアリーが笑った
「でも理由とか失われてたら厄介じゃね? 誰も答えらんねーし」
「大丈夫ですわ」
「大丈夫だよ」
修としてはそんな可能性もあると思ったのだが、アリーと優斗がさらっと反論した。
「失われてたら『始まりの勇者』という単語すら存在しませんわ」
「天下無双が聞いたってことは、口伝だろうと秘伝だろうと秘匿されていようとどこかに残っているはず。『始まりの勇者』の意味を知っている『モノ』がね」
そして同時に修を見る。
「まあ、さらにはこいつがいるし。気になったって言った以上、いずれ分かることだとは思うけど」
「ですわね」
二人して結論付けるが、どうにも褒めてるような感じがしないのはどうしてだろうか。
すると困惑した様子なフィオナが優斗の服の裾を引っ張った。
「……何を話しているのか、正確には分かりませんでした」
定義だの概念だの言葉が曖昧すぎる。
もうちょっとはっきりしたものであれば、フィオナも理解し易かったのだけれど。
「だいじょうぶ。修なんてあんまり分かってないから」
よしよし、とフィオナの頭を撫でながら優斗がフォローを入れる。
「なんかすげえ言われようだな、おい」
「僕は基本的にアリーが理解すればいいやって感じで喋ってたんだけど、修は理解できたの?」
「任せろよ」
修がドン、と胸を叩いて自信を漲らせる。
なので優斗は意地悪い笑みを浮かべて訊いた。
「だったらリライトの勇者においての疑問点は?」
「……はっ? いや、なんだそれ? お前、そんなこと一言も言ってないだろ」
すぐに困惑した表情になる修。
というか、そんな話題は一切出ていない。
けれどもアリーが平然と答えた。
「“勇者の刻印”ですわ。数いる勇者の中でも『勇者』というものが刻まれるのはリライトだけです。これも違和感といえば違和感になりますわね。何かしら『始まりの勇者』との関係性があるかもしれません」
「正解」
パチパチ、と拍手する優斗。
けれども修は意味が分からない。
「え~っと……どういうことだ?」
「いや、だからアリーが理解すればいいって言ったよ」
「……えっ? さっきのやり取りで理解したのか?」
修がアリーに思わず訊いてみると、彼女は事も無げに頷いた。
「まあ、勇者にも差異があることを改めて疑問として突き詰めれば、リライトの勇者における他の勇者との差異は“勇者の刻印”ですから。これは貴方達の言っているチートとは、また別のベクトルにあるもの。さっきあげられたユウトさんの問いかけから導き出すのは容易ですわ」
さらっと答えるアリー。
だが修には理解不能だった。
「……こいつらの頭、どうなってんだ?」
「リルさんが『この二人だけは敵に回しちゃ駄目ね』って言ってましたし、似たような極悪思考回路の持ち主なのでしょうね」
フィオナから言われたどでかい一言。
優斗とアリーは顔を見合わせ、
「……アリーのせいで極悪思考回路って言われてるんだけど」
「絶対にユウトさんのせいですわ」
◇ ◇
「『始まりの勇者』について、これからどうしますか?」
アリーを王城へと送る帰り道で、二人はそんな会話をしていた。
「いや、別に調べなくてもいいやって思ったわ。お前らの予想だと、いずれ分かるってことだろ?」
「ええ」
「だったら調べるだけめんどい」
気になることは気になる。
だがおそらくは膨大な量を調べ上げることになるだろう。
しかも、それで正解が出るとは限らない。
だったら楽して知るに越したことはない。
「シュウ様らしいですわ」
くすくすとアリーが笑った。
「とはいえ、優斗の『大魔法士』ってのはある意味で厄介な二つ名だよな。勝手に問題呼び寄せるし。つーか、今回初めてあいつに巻き込まれた感じだ」
「それほど影響力があり、世界に名だたる二つ名ということですわ」
故に伝説と呼ばれ、世界の至る所から尊敬を得て夢を与えられる。
“だからこそ”アリーは隣を歩いている少年のことを意識してしまう。
――ユウトさんが大魔法士ならば。
内田修はどうなっていくのだろうか。
――シュウ様もきっと……。
同等の存在であるからこそ“そうなのだろう”と思うことがある。
優斗が『大魔法士』ならば、修も『リライトの勇者』という一国で終わるような存在じゃない。
「…………」
優斗は気付いたら伝説の二つ名を継いで高みへ上がっていた。
けれど修はそうじゃない。
これから定まっているかのように高みの『名』を得る。
優斗と同じ場所へ進んでいく。
“同等”であるからこそ。
「…………」
不意にアリーの足が止まった。
「ん? どうした、アリー?」
修が振り向いて呼びかける。
その表情は暢気で、本当に脳天気。
いつまでもアリーが見ていたい顔だ。
「シュウ様」
だから勇気を出して問いかけよう。
「なんだよ?」
「もしシュウ様が『リライトの勇者』という枠で収まらない勇者なのだとしても――」
優斗と相並ぶ立場になったとしても。
「――わたくしの勇者でいてくれますか?」
アリシア=フォン=リライトの勇者でいてくれるのだろうか。
どこにも行かず、どこかに消えず。
自分の勇者として、この国で過ごしてくれるだろうか。
至るべき場所と辿り着く高みがあるからこそ、僅かに不安となったことを問いかける。
しかし、
「……はっ?」
意味不明の疑問に修が馬鹿にするような声をあげた。
「で、ですからわたくしの勇者で――」
「いや、だからお前は何言ってんの?」
修は論外とばかりに一蹴した。
というか本気で理解できない問いだ。
「前に言ったろ。お前の勇者でいることは俺の根幹だ。余計な心配すんなって」
そしてアリーのおでこをペシっとデコピンをする。
「つーか、俺にとってお前の勇者である以上の『勇者』なんて存在しねーよ」
本当に馬鹿げた問いに対しての返答。
しかも、それが本当だと言わんばかりの自信。
「馬鹿なこと言ってないで帰るぞ。アリーの帰りを遅くし過ぎると王様にアイアンクローかまされて、俺の頭が壮絶なことになんだからな」
再び歩き出す修。
対してアリーは呆然とした後、彼の言葉を頭の中で反芻して……笑顔を浮かべた。
修は自分を慮かって発言したわけではない。
彼の中では絶対のことで、誰にも覆せない事実。
だから自分の顔色を見ずとも軽く言ってのけてしまう。
アリーにとって最良で最高の答えを。
「……ふふっ」
止まった足が先程より軽く感じた。
気分が高揚しているのが容易に分かる。
「えいっ!」
そして飛び込むように彼の左腕に右腕を絡ませた。
修は衝撃と同時に左を見てアリーの存在を確認した瞬間、大いに狼狽えた。
「なっ!? ちょ、アリー! いきなりなんだ!? おい!」
「わたくしの勇者ともあろう存在が、このような夜に離れて送るとは感心しませんわね」
反射的に離れようとする修の腕をガッチリとホールドするアリー。
「ち、近い近い! ってか、めっちゃ近い!」
「あら? 勇者がこの程度で狼狽えるとは情けない」
「いや、そういうことじゃねーだろこれ!」
おろおろあたふた、どうしていいか分からない様子の修など本当に珍しい。
だからアリーは修からの貰った嬉しさを胸に抱きながら、もっと大胆になろうと思った。
「いいからこのまま送りなさい!」
輝かんばかりの笑顔で、大切な人の名を呼ぶ。
「わたくしの勇者――修様!」
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