第141話 小話⑪:存在自体が冗談としか思えない二人の会話

 

 “大魔法士の許嫁”が嘘だと判明した翌日。

 今、天下無双の前にあるのは気圧されるほどの圧倒的な存在感だった。

 

「――ということだ。そしてこれは精霊の主パラケルススと今代の大魔法士である僕が、嘘偽りないことをここに誓って話したこと」

 

 昨日、赤ん坊にデレデレしていた人物と同じなのかとマルクは不思議に思う。

 けれどもリライトの勇者が“同等”と示した意味としては、本当に理解できた。

 背に9体の大精霊を従えて、堂々と話す姿。

 

「“大魔法士の許嫁”というのが偽りであるということは理解出来ただろう?」

 

 まさに――大魔法士だった。

 

 

       ◇      ◇

 

 

「と、さっきは思ったのだがな」

 

 天下無双――マルク・フォレスターは首を捻る。

 話が終わり、リーリアが“大魔法士の許嫁”ではなくなった。

 そして優斗達が帰るまで一息つくのに、マルクとリーリアの二人が暮らしている家の庭でティータイムとなったわけだが。

 今、マルクの目の前にいるのはオーラも何もない少年。

 

「確かに今の僕はそうかもしれませんね」

 

 優斗は苦笑する。

 本当に穏やかな表情をするものだとマルクは思った。

 だからこそ、少し訊いてみたい。

 

「お主は大魔法士の二つ名を求めていなかった……というのは本当か?」

 

「ええ。僕が欲しかったのは『大魔法士』という二つ名ではありません。誰にも負けない力です」

 

「いつからそう在らねばならなかった?」

 

「物心ついた時からすでに」

 

 幼少時は無理矢理に。

 両親が死んでからは負けてしまえば全てが終わるから。

 だから強く在るしかなかった。

 

「貴方は手を伸ばしたが故に強くなった。その在り方が僕には眩しく映ります」

 

 ふっと柔らかく笑う優斗。

 マルクは軽く目を見張った。

 

「……お主は…………」

 

 これが17歳の少年が浮かべる笑みなのだろうか。

 彼の瞳には本当に羨む色が浮かんでいる。

 マルクは内心、驚きを隠せない。

 どうすれば自分の人生を羨めるほどの人生を歩めるのか。

 

 ――これが……大魔法士になった少年。

 

 確かに語るべき人生ではないのだろう。

 いや、正確には“他人に語れるような人生”ではなかったのだろう。

 それを出会ったばかりの爺が訊くなど、憚られるにも程がある。

 リライトの勇者が言わなかった理由もよく理解できた。

 なれば、と思う。

 

「お主が望むべき人生を、今は謳歌しているか?」

 

「これ以上なく」

 

 今度は嬉しそうな笑み。

 年相応の、少年らしい笑顔。

 

「……そうか。リライトの勇者とアリシア王女の言っていたことが、よく分かった」

 

 やっと手に入れた幸せ、と二人は告げていた。

 今ならば、彼らの憤りの本当の意味が理解できる。

 こんなポッと出の爺に彼の幸せを壊されては、確かにたまらないだろう。

 

「あ、あのっ!」

 

 と、ここでリーリアが家政婦を連れながら、なぜか強張った面持ちで登場した。

 

「お、お、お祖父しゃま! お茶をご用意しました!」

 

「……リーリア。何を緊張しているのだ」

 

 まさか噛むとは思わなかった。

 好きに呼べ、と昨日言ったはずだが。

 

「だ、だって……っ!」

 

 顔を真っ赤にしながら、リーリアも席に座る。

 マルクは頬を掻きながら、

 

「数年以上も顔をつきあわせてきたが、もうちょっと落ち着いた性格だと思っていた」

 

 今まで取り乱した姿など見たことがない。

 しかし今の彼女は本当にテンパっている。

 

「長年の想いが募っていたのですし、大変可愛らしいじゃないですか」

 

「世辞ではないのだろうが、これほど裏の無い言葉を贈れるのは凄いものだな」

 

 女性としては眼中にないのが分かる。

 と、ここでマルクはちょっと気になったことがあった。

 

「お主の妻はどういう女なのだ?」

 

「超絶に可愛いです」

 

「……そうか」

 

 タイムラグ無しの速攻で答えられた。

 これ以上の話をするのは、何かしらの危険があるとマルクの脳内で信号が発する。

 なのですぐに話題を変えた。

 

「お主は小僧と違い、学がありそうなものだがどうだ?」

 

「どうでしょうね? 学院の成績は良いですが、さすがに1年と少ししかセリアールにいませんし、まだまだ分からないことだらけですよ」

 

「……? ああ、そういうことなのか」

 

 マルクは首を傾げようとして、思い出したかのように納得した。

 リライトの勇者の異世界人であり、そして優斗は彼の親友。

 ということは、そういうことなのだろう。

 

「黒髪に黒目。確かに合致する」

 

「今までも会ったことがおありで?」

 

「儂ともなればな。さすがに歴々の勇者とも顔を合わせたことがある。小僧を除けば、最近会った異世界人の勇者では『クラインドールの勇者』が訪ねてきた」

 

「……ついに出たよ。新しい勇者の名前が」

 

 優斗が小声で呟いた。

 彼としてはやってしまった感が強い。

 

「クラインドールの勇者とは、どのような?」

 

「お主達くらいの年若い少女だ」

 

「……女の子が勇者ですか」

 

 珍しい。

 というか初めてだ。

 

「何をやっているのか分かりますか?」

 

「諸国を巡っていると聞いたな、あの時は」

 

「……ってことはいつか来るな」

 

 また小声で呟く。

 これはもう、諦めたほうがいい。

 

「しかしリーリアさんはこれでお役御免となったわけですが、貴族であるということは結婚適齢期ではありますよね。どうされるのですか?」

 

「リーリアにはお主以上の素晴らしい男と結婚してほしい。それだけだ」

 

「僕は性格に難がありすぎますから、僕以上となるとすぐに現れそうなものですが」

 

 苦笑いの優斗。

 マルクは少々考え、

 

「リーリアはどのような男と結婚したいのだ?」

 

 当の本人に訊いてみた。

 リーリアはさして考えることもなく、

 

「お祖父様に認められるほどの男性です」

 

 すっぱりと答えた。

 

「マルクさんが認める男性というのは?」

 

「……そうさな。この『天下無双』より強いこと。そして学があり、礼儀があり、リーリアを死ぬまで愛していき、リーリアから愛されていることだ。立場が不釣り合いな場合は儂がどうにかしてやる」

 

 とりあえずはこんなところだろう、とマルクが言う。

 だが思わず優斗が額に手をやった。

 この人物、自分がどれほどの男なのか理解できていないのだろうか。

 

「……壁がでかすぎる」

 

「衰えた爺に勝てぬようではリーリアはやれぬよ」

 

 くつくつとマルクが笑う。

 そう言って、彼は優斗から少し離れた場所に立っているフェイルに視線を送った。

 

「騎士よ。貴様は立ち姿から見て中々の腕だと思うが、妻はいるのか?」

 

「私は先々月、妻と別れた身ではあります。ですが一度失敗した身であり、歳も一回り近く離れていることからリーリア様とは分不相応でしょう」

 

「……ふむ。ならば仕方ないか」

 

 かなりの実力の持ち主だとは思うが、そう答えられては仕方がない。

 と、ここでフェイルが少しずつ距離を縮める。

 

「しかし天下無双」

 

「どうした?」

 

「大変失礼だとは思うが、その……握手をしてはいただけないだろうか」

 

 時を見計らっていたのかフェイルが近付いて、手を差し出した。

 マルクもさして気にした様子もなく握手をする。

 その光景に面を食らったのは優斗。

 

「もしかして天下無双のファンですか?」

 

 問いかけに対して素直に頷くフェイル。

 

「ユウトが知らないのは仕方ないが、この方は“生きた英雄”と言うに近しい方だ。こと要人警護ということに関しては素晴らしい経歴を持っている。それに今いる6将魔法士の中でも一番の古株だ」

 

「ああ、そういえば神話魔法使えますものね」

 

 なれば6将魔法士でもあるわけか。

 

「最近は神話魔法を使えるだけで粋がる小童が多すぎる。ガイストは好ましい輩だが、ジャルの馬鹿はその筆頭だったな」

 

「……その名前が出るとは」

 

 二人とも知っているだけに驚いた。

 

「なんだ? 知り合いか?」

 

「ガイストさんは今、リライトにいらっしゃいます。ジャルは思いっきりぶっ飛ばしました」

 

 優斗が説明するとマルクが大笑いした。

 

「そうかそうか、ジャルの馬鹿をぶっ飛ばしたか。さして理由は訊かぬが、どうやってぶっ飛ばした?」

 

「パラケルススで地面に押し潰して、神話魔法待機させながら殺気で心をへし折ったあと、100キロくらい先の草原に投げ捨てました」

 

「ほう。物理的に投げ飛ばしたというのだな。さすがは大魔法士というべきか」

 

 それから笑みを交えながら様々な会話に花を咲かせる二人。

 リーリアも聞こえてくる話題を嬉しそうに聞いていたのだが、フェイルだけは笑えなかった。

 

「……内容が壮絶すぎる」

 

 歴戦の勇と蘇った伝説。

 届いてくるのは国家規模の話ばかりだった。

 

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