第142話 小話⑫:イエラート組のそれから&やってきましたリライトに
※イエラート組のそれから
「あざっ…………した」
刹那は訓練を与えてくれている教官に頭を下げて……べしゃっと潰れた。
教官が頑張った刹那に苦笑して、近くの兵士へ水を持ってくるように指示する。
もちろんその場には、彼の訓練姿を見ている朋子とミルの姿があった。
「情けない姿だわ」
自分の兄ながらもうちょっと格好良く倒れられないかと思う。
例えば仰向けで大の字とか、マンガチックでいい。
けれど一緒に刹那の鍛錬を見ているミルが首を捻った。
「克也、格好良い」
「……えっと……ミル?」
思わず朋子は彼女の額に手を当てて、熱がないかを確認する。
「どうか、した?」
「いや、私の兄ながら格好良いとは到底思えなくて」
妹の贔屓目でも厳しいのだが、ミルは違うのだろうか。
「がんばってる。それが、格好良い」
「あんな姿でも?」
「うん」
真っ直ぐに頷くミル。
しかし、う~んと眉をひそめる朋子。
「フィンドの勇者のほうがよっぽど格好良いと思う」
イケメンで実力があり性格も良い。
まさしく格好良いの塊だ。
けれどもミルには違っているらしく、
「えっと……マサキは、顔が格好良い。でも克也は……雰囲気? ううん、克也が格好良い」
どうにもミルの刹那に対する評価は高い。
というか、これだけ言われると勘違いしかねない評価だ。
「………………」
朋子は少々、考えてみる。
同じ学院に通っているから分かることだが、ミルにとって刹那は特別だ。
一線を画している、と言ってもいいぐらいに。
――未だに克也だけなのよね、ミルに触れられる男の人って。
男が苦手なミルは『一般的な男性と握手できるようになる』というのが目標だ。
しかし、ちょこちょこ会話は出来るようになっても握手は未だに無理。
けれど刹那にだけは、胸に縋り付くことが出来るほどに触れられる。
「………………」
つまりミルに一番近い男性ということになる。
ということは、
――将来の義姉候補よね、ミルって。
朋子はマジマジとミルを見詰める。
「……有りだわ」
「トモコ?」
可愛らしく首を傾げるミル。
「……ああ、もう。本当に可愛い」
純粋無垢というか、計算していないのに計算されているかのような行動は、女ながら素直に可愛いと思ってしまう。
「朋子、何を悶えてる?」
すると復活した刹那が二人の下へとやって来た。
「お疲れ様、克也」
「ああ、ありがとう」
ミルがタオルを刹那に渡す。
と、同時にミルが彼の手と腕をペタペタと触り始めた。
「……ミル?」
「克也、筋肉ついてきてる。手も、ちょっとゴツゴツになった」
「そうか。頑張ってる甲斐があるものだ」
和やかに談笑する刹那とミル。
けれど朋子だけは内心でヒートアップしていた。
――いい、いいわ! この青春ラプソディーみたいな無自覚に甘い感じがいい! あの『瑠璃色の君へ』にも匹敵する甘酸っぱさだわ!
というわけで、朋子は二人に話題を振る。
「そういえばミル。『瑠璃色の君へ』は読んだ?」
「タクヤとリルの?」
「そう、それ」
「読んだ。タクヤ、凄かった」
やっとイエラートにも入ってきた小説。
その主人公となるのは実際にいる卓也とリル。
三人にとってよく知る人物だ。
「克也は読んだ?」
「読んだには読んだが……あれは卓先達にとって公開処刑だろう」
ノンフィクションだというのに、あれほどの物語を為してきた二人は本当に凄いとはおもう。
刹那だってのめり込んでしまった。
しかし、ふと思い返せば登場人物は実在している。
さらには知り合いだ。
そうなると、途端に可哀想という想いも芽生えた。
「ミルはああいうの、憧れる?」
「……憧れる、はわからない」
ミルが難しい顔をする。
「でも、克也も同じようなこと、してくれた。リルの嬉しいって気持ち、よく分かる」
あの夜に。
刹那もミルに似たようなことをしてくれたから。
だから分かる。
「えっ? えっ!? なに、お兄ちゃん、ミルに似たようなことやってるの!?」
「わざとらしく『お兄ちゃん』とか言ってテンション上げるな朋子! っていうかミル、それ内緒って言っただろう!?」
刹那の嘆きにミルが「あっ」と一言、発した。
「……口、滑った」
※やって来ましたリライトに
とある事件から2週間ほど。
リライトの王都に一組の夫婦が降り立った。
馬車から降りた瞬間、夫は感嘆の声を上げる。
「……都会ってすげえ」
田舎では見られない壮大な建物に、降り立った広間だけで村の何十倍もの人数。
道行く道も綺麗に整備されていて絵画を見ているようだ。
嫁のほうもキョロキョロと周囲を見回す。
「本当に“都会”って感じがするわ」
田舎から出てきた夫婦、ノイアーとケイトは物珍しそうに周囲を眺めた。
背にはコリンもちゃんといる。
「何かこれほど凄いと、こんなもの持ってきて大丈夫だったのか心配になるな」
ノイアーが手に持っているのは、野菜や果物が大量に入っている袋。
「で、でもうちの村でのお土産って……やっぱり野菜とか果物だし」
自慢となるものは作物と自然。
なので持って行けるものは限られてくる。
「あ~……とはいえ、もう遅い。とりあえず行ってみるか」
「そうね」
二人して頷くと、優斗が紙に書いてくれた住所へと向かう。
否、向かおうとした。
「住所って……こっちよね?」
「向こうじゃないのか?」
大通りから幾本もの道に別れている。
だが、ケイトとノイアーが指差した方向が全く違う道だ。
「……都会って広いな」
「……そうね。村だと探す必要ないもの」
本当に困った。
都会慣れしていない、というのはこういうことなのかと実感させられた。
同時に誰かに訊いたほうがいいのだろうか……と考える。
ノイアーは道行く人を眺め、
「あの、ちょっといいか?」
とある男女に声を掛けた。
「ん? どうした」
「こ、この住所のところに行きたいだ」
冷静に訊こうと思っていたが、どうにもまだ都会にテンパっていたらしく……噛んだ。
一気に田舎くさい言葉遣いになってしまった。
けれど目の前にいる男女――少年と少女は特に気にした様子もなく、書かれている住所に目を通す。
「……ん? なあ、この住所って……」
少年が隣にいる少女に目をやると、頷かれた。
「そうよ」
「ってことは……ああ、なるほど」
納得したかのように少年は頷いてノイアー達に向く。
「ここから近いし連れてってやるよ」
「い、いいのか?」
「ああ、問題ないよ」
安心させるような笑みを浮かべる。
「荷物重そうだから、幾つか持とうか?」
「大丈夫だ。そこまで迷惑は掛けられない」
「そっか。まあ、辛いなら言えよ。手伝うからさ」
少年は少女と一緒に歩き始める。
その後をノイアー達も付いて行った。
そして少年が会話の種とばかりに訊いてくる。
「名前、訊いてもいいか?」
「ノイアーって言うんだ。ミエスタの小さな村から友達に会いに来た。それで、こっちが嫁のケイトと娘のコリン」
三人が自己紹介すると、少年も同じように言う。
「オレは卓也。で、こっちがリル」
「よろしくね」
一組の男女――卓也とリルがニコっと笑みを浮かべた。
◇ ◇
「えっと……デート中か? 迷惑じゃなかったか?」
「ん? ああ、大丈夫だよ。こいつとはいつでも出掛けられるから」
「だから遠慮しなくていいわ」
気にするな、とばかりにひらひらと手を振る。
そして、少し歩いていると豪勢な住宅が並ぶ場所に出た。
「なんか……凄いところに向かってないか?」
「本当にこっちなの?」
「間違いないよ」
卓也は笑って歩き続ける。
そして10分ほど歩き、一際目立つ豪邸が目の前に現れた。
「その住所に書かれてるのはここだよ」
卓也が立ち止まる。
ノイアーとケイトは豪邸を見て、
「…………」
「…………」
思わず口をあんぐりと開けた。
「ほ、本当にここなのか?」
「ああ、ちょっと待ってな」
卓也がバルトに挨拶しながら中に入っていく。
ノイアーとケイトは目の前にある豪邸を見て、未だに驚いていた。
とりあえず、二人の相手にと残ってくれているリルにノイアーは訊いてみる。
「えっと……リルさん?」
「どうしたの?」
「オレらが会いたいのは、ユウト……なんちゃらっていう友達なんだ」
「ユウト・ミヤガワでしょ? だからここで合ってるわ」
さらっと答えられたことにノイアーがビックリした。
と、同時に豪邸から二人出てくる。
一人は先程の卓也。
そしてもう一人は、
「ノイアー、来たんだ」
優斗だった。
赤ん坊を抱きながら、ノイアー達に近寄ってくる。
「ケイトさんもコリンも久しぶり」
前と変わらない様子で挨拶する優斗。
「今、奥さんのほうは出掛けててね。で、こっちが僕の自慢の娘、マリカだよ」
マリカを軽く前に出すと、コリンが反応した。
「あーっ!」
「あいっ!」
「うーっ!」
「あうっ!」
何か通じ合うものであったのだろうか。
それとも会話でもしたのだろうか。
「楽しそうでなによりだね」
笑みを零す優斗。
すると隣にいた卓也が門を出て行き、
「優斗、また後で来るな」
「分かったよ」
「ノイアー達も、また後でな」
手を振って卓也はリルと帰っていく。
その光景にも呆然としたノイアー達だが、それよりもまず先に確認したい事がある。
「えっと……その、なんだ。ユウトってあれか?」
「なにさ」
「貴族なのか?」
「まあ、そんな感じ」
普通に肯定された。
「とはいえ貴族っぽくないでしょ?」
「……なんか動きに気品があったけど、学院に通ってたらそうなると思ってた。でも実際は貴族だからなんだな」
「気品っていうのは……ちょっと自分じゃ分からないな。とはいえ新米貴族だから、貴族扱いされると肩凝るんだよね」
心底面倒そうに言う優斗。
ノイアーとケイトが顔を見合わせた。
「だったらオレらはいつも通りでいたほうがいいのか?」
「他国の貴族なんて結構どうでもいい存在でしょ。だからいつも通りでいてもらわないと僕が困る」
優斗の言い分に「確かに」と頷く二人。
むしろ、この間と同じようにいることこそ優斗の望みなのだろう。
「ユウトさん、こちらは?」
すると期を見計らっていたのか、バルトが声を掛けてきた。
「僕の恩人のノイアーとケイトさん、それにコリンです」
「ああ、先日の方々ですね」
優斗が答えるとバルトがすっと下がった。
どうやら彼らの素性を知りたかったようだ。
「それじゃ、あらためて言うけど」
優斗は右手で家を示すように手を広げた。
「いらっしゃい、三人とも」
◇ ◇
まずは広間に通す。
貴族にしては質素なのがトラスティ家なのだが、それでもノイアーとケイトは衝撃を受けた。
まず広い。
そして綺麗だ。
「マリカはコリンよりお姉ちゃんだから、コリンを楽しませてあげてね?」
「あいっ」
マリカが胸を張って頷いた。
「うん、良い返事だ」
赤ん坊二人がテーブル近くにあるマリカのオモチャで遊び始める。
その光景を見届けて、三人はソファーに座った。
「あっ、そうだ。ユウト、これ土産」
「こんなのでいいかリライト来てわかんなくなっちゃったけど」
ノイアーとケイトが四つの袋を差し出す。
中には大根だったり苺だったりと、大量に入っていた。
「こっちとしては美味しい野菜を持ってきて貰って、凄く嬉しいけど……持って来すぎじゃない? だいじょうぶ?」
「大丈夫だ」
スパっとノイアーが言う。
「だったら、ありがたくいただきます」
そう言って優斗は調理場へと野菜を持って行く。
そして戻ってきたと同時に、
「ユウト。私達、そろそろ出掛け……って、あら? お客さん?」
とある男女も広間に顔を出した。
優斗は二人を示しながら答える。
「前に話したミエスタの夫婦です」
「ああ、あの時のね」
どうにも話が広まっているらしく、その二人もノイアーとコリンのことを知っていた。
片方は金髪の男性で、もう片方は黒髪の女性。
ノイアーは優斗と女性を見比べる。
「ユウトのお姉さんか?」
素直に訊いてみると、女性が自慢げに笑った。
「どう、ユウト? 私もまだまだ若いわよ」
「……義母さん。見た目はそうかもしれませんが、腰痛いって言って僕にマッサージさせたの誰か忘れたんですか?」
「いやいや、エリスは十分に若々しいよ」
「義父さんもちょっと黙って。っていうか今からパーティーなんですから、油売ってないでさっさと王城に行って下さい」
しっしっ、と追い払うような仕草をする優斗。
けれどエリスは無視してノイアーに話しかける。
「二人は泊まる場所、どうする気だったの?」
「どこかの宿に泊まろうかと思ってて」
「ユウトの恩人だから却下ね。ユウトが世話になった時と同じように、今度はうちに泊まっていきなさい」
エリスがノイアーの発言を瞬殺した。
そして広間に控えていたラナに声を掛ける。
「ラナ。客室の準備は?」
「滞りなく終わっています」
「だったら決定。二人もそれでいい?」
さっと決めてしまうエリス。
ノイアーとケイトはあまりにも早い流れに顔を見合わせる。
「えっと……いいんですか?」
「当たり前じゃない。義息子の恩人に対して礼を欠かすなんてことはしないわよ」
◇ ◇
そしてしばらく談笑していると、ついに本命が帰ってくる。
「ただいま戻りました」
フィオナが広間に顔を出した。
「お帰り」
迎えると、フィオナの視線が優斗の向かいに座っているノイアーとケイトに移った。
「こちらの方々は?」
「この間、僕がお世話になった人達。ノイアーとケイトさん」
「ああ、先日のミエスタの方々ですね」
フィオナは頷くと、ピシっと姿勢を正す。
最初に軽く頭を下げた。
「この度は夫の窮地を助けていただき、真にありがとうございます。ユウト・ミヤガワの妻、フィオナと申します」
そして頭を上げながら、
「夫共々、誠心誠意おもてなしさせていただきますね」
柔らかな笑みを浮かべる。
本当に感謝しているからこその笑顔。
「……とんでもなく美人だな」
「うわぁ、綺麗な人」
何というか破壊力が凄かった。
優斗が国で一、二を争う美少女と言っていたが、これは確かに納得させられる。
「……思わず顔が赤くなったぞ」
「わ、わたしも顔が赤くなっちゃった」
ノイアーとケイトが自身の顔をペタペタと触る。
頬が紅潮しているのが分かった。
フィオナは優斗の隣に座ろうとして……赤ん坊二人が遊んでいる事に気付く。
「あ~い」
「たー」
マリカが積み木の一つをコリンに渡し、コリンが積み上げていた。
「優斗さん。このとてつもなく素晴らしい光景は?」
「マリカとコリンの二人で遊んでもらってるんだ」
「そうですか」
赤ん坊二人が楽しく遊んでいる姿にフィオナは柔らかな表情を浮かべると、優斗の隣に座る。
そして親同士だからこそ分かる話を始めた……はずだったのだが、
三時間後、
「優斗、久々に会えて楽しかったか?」
「遊びに来たわよ」
卓也とリルが顔を出す。
と、そこで広がっている光景は、
「だからマリカが最強に愛らしいのは分かるでしょ?」
「それは分かる。とても分かるぞ。だがな、コリンだってマリカから受け取った積み木を立てる姿とか最高に可愛いだろ?」
「確かに分かります。あの姿は大変可愛かったです。ですが、まーちゃんの渡す仕草を見て下さい。愛らしさの塊でしかありません」
「分かるわよ、とっても分かる。でもね、コリンの積み木を立て終わったあと、マリカちゃんと一緒に笑う姿とかもう龍神すら卒倒しかねないわ」
親バカの娘自慢対決が始まっていた。
卓也とリルは額に手を当て、
「あ~、そこの親バカ四人」
「そろそろ夕飯の時間なんだけど」
声を掛けると四人は同時に時計を見た。
そして全員驚いた表情になる。
「あれ? もうそんな時間なんだ」
「時間が経つのは早いものですね」
「しょうがない。今日も引き分けか」
「そうね」
なぜか満足したかのように握手をする。
もう勝負なのか自慢なのか、何なのかが卓也達には分からない。
「……そんなに話すこと、あるのか?」
「親バカってこうなんじゃないの?」
卓也とリルには理解の範疇を超えてる四人だ。
すると優斗が二人の態度に笑みを浮かべ、
「えっ、なに? 卓也とリルも聞きたい? なんだ仕方ないな、まだまだ話すことたくさんあるし、そこに座っ――」
「「 言ってない!! 」」
◇ ◇
さらには夕飯時には二人が追加されたのだが、
「ふぅーははははははっ! さらばだアリー!」
「ちょ、ちょっと待っ……ああもう、待ちなさい修様!!」
なぜか広間では盛大な追いかけっこが繰り広がっていた。
「……なあ、ユウト。これはどういうことだ?」
「うちの親友と王女様の骨肉争うバトル」
「……何であんなことになってるの?」
「アリーのデザート食べたから」
ノイアーからもらった食材を使った普段よりも美味しい食事。
その後には苺をふんだんに使ったデザート……だったのだが、それを修が一口で処分。
結果、こうなった。
「王女様って……王女様だよな?」
「うん、リライト王国の王女様」
普通に答える優斗。
しかし、普通は王女様がこんなところにいるわけがない。
だからノイアーとケイトはもっと優斗が分からなくなる。
ミエスタ女王と知り合いであり、リライト王女が食事を摂りに来る。
どうなれば“こんな奴”になるのだろうか。
「……なんかもう、めんどいから親バカでいいな」
「そうね。ユウト君ってとんでもなさそうな人だけど、面倒だから親バカでいいわ」
なので考えることを二人はやめた。
そして卓也とリルに話しかける。
「タクヤは話しかけたとき、オレのことを知ってたんだな?」
「まあ、話には聞いてたよ。だから住所見て名前聞いて確信した」
「知り合いだったら教えてくれたらよかっただろ?」
「内緒にしてたほうが面白いからな」
くすくすと笑う卓也。
ケイトもリルを見て、惚れ惚れとした表情になる。
「リルさんも綺麗よね。っていうかここにいる人達、みんな綺麗でビックリしたわ」
「あら、ありがとう。とはいえあたしもリステルだと美姫で通ってたんだけどね。さすがにアリーとかフィオナだと分が悪いわ」
なんかリルから酷い単語が聞こえた。
ノイアーが額に手を当てる。
「……オレさ。お前らだけは普通だと思ってたんだが、とんでもない単語が聞こえたぞ」
「とんでもないのはこいつだけ。オレは普通」
そのまま話を終わらせようとする卓也。
だが甘い。
「お~っと、なんか手が滑った」
優斗がどこからか取り出した小説がなぜかノイアー達の手に渡る。
あまりにもわざとらしく、軽く苛立ちすら覚える動きだった。
「おまっ、馬鹿! なんで持ってんだよ!」
「これでも小説とか大好きなんだよね」
「そんなことは知ってるよ!」
「じゃあ、持ってるに決まってるよね」
ニヤニヤと笑う優斗と焦る卓也。
ケイトは飛んできた小説のタイトルに目をやる。
「……えっと……『瑠璃色の君へ』? これがどうかしたの?」
「これ、ノンフィクション小説。登場人物紹介を見てみなよ」
優斗がノイアー達に指示する。
慌てて卓也とリルが止めようとするが、
「甘い甘い。卓也の作るデザートくらいに甘いね」
優斗が二人の行動を防ぐ。
というか突破できるわけがない。
なのでノイアーとケイトは小説をめくる。
「……なになに? 主人公、タクヤ。リライト魔法学院に通う少年。ヒロイン、リル。リステル王国第4王女」
「タクヤに……リル」
ノイアーとケイトの目が二人に向く。
がくり、と卓也とリルが崩れ落ちた。
「目の前で事実を知られるほど……きついものはないな」
「……っていうかユウト、なんでここに持ってきてるのよ」
「話のネタになるかと思って」
「ただの処刑だろ!」
ドSにも程がある。
優斗は笑いながら、
「けどね、本当に面白いんだよ。だから久々に大人買いしちゃった」
「……なんですって?」
「うちに10冊くらいあるよ、それ」
優斗自身もかなり重要な役として登場しているが、それはそれで面白い。
うんうん、と頷く優斗に対してリルと卓也はアイコンタクトをする。
「……タクヤ」
「そうだな」
そして同時に駈けた。
目指すは優斗の部屋。
「あっ、僕の部屋にあるのはノイアー達に渡したやつだけだから。他は家の各所にあるから探すだけ無駄無駄」
「なんでだ!?」
◇ ◇
その夜。
優斗達は暴れるだけ暴れて、騒ぐだけ騒いだ。
男子勢による酒豪対決もやったのだが……優斗の圧勝。
当然の結果といえば当然の結果だった。
そして翌日、一番飲んでいた優斗と二番目に飲んでいたノイアーなのにも関わらず、早く目が覚めたので二人だけで朝食を摂る。
「よく眠れた?」
「あれだけふかふかのベッドに寝たのは初めてだ」
パンを食べながら嬉しそうに笑うノイアー。
ケイトもベッドで飛び跳ねながら楽しそうにしていた。
すると、そこにエリスがやって来て、
「ノイアー君。うちに来てくれたお土産、ちゃんと持って帰ってね」
ドン、と大きな荷物をノイアーの近くに置いた。
中には服やら壺やらアクセサリーやらが、多々入っている。
「……えっ?」
ノイアーが中身を見て驚く。
ビックリしたのでエリスを見ると、笑っていた。
「うちの義息子の恩人なのよ。これくらいの御礼は当然ね」
「い、いや、でも、これ……」
宝石の類も数種、入っている。
絶対に高価だ、これは。
「うちでいらなくなったアクセサリーだから気にしないで。取っておくにも邪魔だし、質に入れるかどうするか悩んでただけの代物なの。だからもらってくれると嬉しいわ」
そう言ってエリスは優斗を見た。
「まあ、本当ならもっと豪勢なものになっちゃうんだけど自重したのよ」
「まあ、あくまで“僕”の恩人ですからね」
大魔法士ではなく貴族でもない、宮川優斗の恩人なので自重した。
とはいえ義母たる自分は公爵の家柄なのだから、あまりにも安いと駄目だ。
その妥協点が渡したお土産になる。
「あとね、悪いんだけど時々うちの者をノイアー君のところへ向かわせるから、農作物の売買相手になってほしいの」
「……義母さん。それはどういうことですか?」
優斗が僅かに眉根をひそめてエリスを見る。
それは優斗とノイアー達の友人付き合いの一線を越えるものなのではないか、という疑惑を含んだ視線だ。
「悪いけど貴方の恩人だからって理由じゃないわ。これを見て」
エリスがとある紙を優斗に見せる。
そこにはノイアー達が今回持ってきた農作物の値段が書かれていた。
苺を見てみると、一キロで6000エン。
「これがリライトで買える、ノイアー君の作った苺と同じくらいな物の相場。それで、こっちがノイアー君に訊いた卸値」
すぐ下に視線を向けると、書かれているのは1000エンという文字。
「……ちょっと待って下さい。確かにノイアーのところの苺は美味しいですし、高級品だというのは何となく分かっていました。ですが、この卸値はどえらい安くないですか? 普通は利益を乗せても30%くらいでしょう?」
「そのはずなんだけど……」
エリスは呆れたように額に手を当てる。
それだけで優斗は予想がついた。
「ノイアー、どういうルートで売り捌いてた?」
「馬鹿伯爵のところの商人に卸してた。っていうか、それ以外許されなかったんだよ」
予想通りの答えに優斗は小さく舌打ちする。
「……あの野郎。そこでもぼったくってたのか」
またしても殺意がわき上がる。
しかし解決したので、これからはそういうのも無くなるだろう。
するとエリスが厨房に視線を向け、
「でね、ロスカが嘆いたの。うちで買っているものより安いのに美味しい。だからこれを時々でいいから仕入れたいって」
トラスティ家でコックをやっている青年、ロスカがそう言ったらしい。
けれど、それよりも驚いたことがある。
「……えっ? うちの料理、ノイアーのところより高い食材使ってたんですか?」
「物によってはそうなのよ。ロスカが嘆くのも分かるでしょ?」
「確かに」
コックのロスカが仕入れている食材よりも安く、美味しいとなれば嘆くのも当然だ。
「けれど、どうするおつもりですか?」
「ある程度は適正の価格にしようと思うわ。とはいえ直接売買だから中間搾取もないし安上がり。あとはロスカとノイアー君の交渉次第にしようと思って」
「そこは僕の出る幕ではないですし、ご自由に」
とはいえトラスティの者だろうとぼったくったら優斗はキレる。
エリスも分かっているが故、そう言ったのだろう。
「ノイアー、それでいい?」
「まあ、うちの作物を気に入ってくれたなら嬉しいが」
「安心していいよ。昨日はマリカが美味しさのあまり、輝かんばかりの笑顔を見せてたから。食事であの表情を見たのは初めて」
「うちのコリンは大抵、あの表情をしてくれるが」
瞬間、優斗とノイアーの視線が交わった。
同時に笑みを浮かべる。
「第三ラウンド、やる?」
「望むところだ!」
そしてまた、親バカ勝負が始まった。
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