第143話 話袋:ギルド体験学習とガイストの苦労
リライトのギルドにある、大会議室にて。
とある打ち合わせが行われていた。
「とんでもない面子だね」
優斗、修、クリスはドアを開けて会議室内に入るやいなや、錚々たるメンバーに驚きの感想を述べる。
中にいるのはギルドでも手練れのおっさん連中と、三年のギルドランク中位・高位を持つ者達。
おっさん達は優斗達が会議室に入ってきたのを見ると、それぞれ声をあげた。
「お久しぶりです」
優斗が挨拶し、ごついおっさん達が一斉に笑みを浮かべる。
「おおっ、ミヤガワの坊主じゃねーか!」
「どうだ? フィオナ様とはいちゃいちゃしてんのか?」
「当然、いちゃいちゃしてますよ」
「爆ぜろ!」
そして剛胆なまでの笑いが響く。
次いで修も同じ。
「シュウは相変わらず暴れてんのか?」
「まあな。おっちゃん達もだろ?」
「当たり前だ!」
「「 イエーイ! 」」
なぜかいきなり皆でハイタッチをし始める。
同じく会議室にいた生徒会長――ククリが彼らの様子に驚いた。
近くにいるクリスに話しかける。
「大人気なんですね」
「この若さで高位ランクの二人ですからね。さらにシュウはあの性格ですし、ユウトも飲み比べ出来る酒豪です」
と受け答えをしているうちに、クリスもおっさん達に声を掛けられる。
「おっ、王子もいるぞ!」
「王子、今日もイケメンだな!」
和やかに話しかけられるクリス。
が、大きく溜息をついた。
「……いい加減、名前で呼んでほしいものです」
「間違ってないだろ」
「間違ってない」
「もう面倒なので否定はしませんよ」
無駄だというのが分かっている。
すると今のやり取りにククリが首を捻った。
「王子というのは?」
「自分のあだ名です」
諦めたように苦笑して、彼らの輪に入っていくクリス。
優斗も一通り挨拶が終わると、続いて一人の男性に近付く。
「ガイストさんも来てらしたんですか」
図体のでかいおっさんに話しかける。
おっさんは笑みを浮かべた。
「うむ。若人の役に立てるのならば当然だ」
最近リライトにやって来た6将魔法士――ガイスト・アークス。
二人して会話に花を咲かせる。
「最近、ラスター他数名がガイストさんに弟子入りした……みたいな話を聞きましたけど」
「ラスターはフィオーレ君に置いてかれるかもしれないと危機感を持っていたのでな。必死に鍛錬している」
「切磋琢磨して頑張ってほしいですね」
「それは我々次第だろう?」
「ですね」
今回、このようなおっさん達――ギルドメンバーが集まった理由は一つ。
学院一年生希望者によるギルド体験学習のため。
ククリが司会進行しながら話を詰めていく。
「特にギルドランクA以上の皆さんはバラけていただいたほうがいいと思うのです」
「そうだな。そして基本的に我々二名、一年生二名のフォーマンセルがいい」
唯一のギルドランクSであり教育にも熱心なガイストが主立って発言する。
そして優斗達も意見を出していく。
「ランクSはガイストさんだけとして、ランクAって何人いるの?」
「今回の体験学習に来ていただけるのは総勢18名。討伐系は12名で、うち2名は学生のユウトさんとシュウさんです」
ククリの言葉にガイストはふむ、と頷き、
「とりあえずは私とランクAはランクCと組ませたほうがいいだろう。ランクBはランクB同士だな。実力に不安がある組み合わせの場合は、もう一人加えよう」
「それがいい」
「だな」
おっさん達も頷いていく。
「他に何かありますか?」
ククリが見渡すと男子学生の一人が手を上げて意見を言った。
「通信簿とかはどうですか? いくつかの項目を書いて“良”“可”“不可”で皆さんに判定してもらうんです。それであまりにも出来が悪い子達がいた場合、本登録した際に依頼制限を掛けることも出来ると思います」
「おっ、確かにいいな」
「ですね」
修とクリスがナイスアイディア、とばかりに賛成した。
「確かに新人のトラブルはありますからね」
「あらかじめ分かる、というのは大いに助かるものだ」
ククリとガイスト他おっさん達も同じく賛成して、今回の体験学習に組み込むことを決定。
すると修が笑いながら、
「おっさん達、脳筋だからってちゃんとやれよ?」
「お~い、シュウ。お前が言うか?」
「お前だって馬鹿じゃねーか」
コントみたいなやり取りに全員で笑う。
そしてひとしきり笑ったあと、ガイストが締めた。
「大事なのは一年生が安全に依頼をこなせる状況にすることだ。皆、いいか?」
「「「 おうっ! 」」」
◇ ◇
そして体験学習本番。
「本日はギルド体験学習に来ています」
総勢50名の一年生が大会議室の椅子に座ってククリの話を聞いている。
「学院三年の中位・高位ギルドランク所持者とリライトギルド所属の方々には責任者として、今回皆さんの行う依頼の手伝いをしていただきます」
一年の前に立っているおっさん・三年連合に拍手を送る。
「それでは、ギルドでの心構えをガイスト・アークスさんから聞かせていただきます。皆さん、ご静聴を」
ククリは頭を下げると、一人の大柄な男が生徒達の前に立つ。
齢40ほどの男は全員を見回して、第一声を発した。
「ギルドランクS、6将魔法士ガイスト・アークスだ」
彼の自己紹介に周囲がざわついた。
無理もない。
神話魔法を使える6将魔法士が目の前にいるのだから。
ガイストは学生が静まるまで待つと、再度口を開く。
「さて、まずはここにいる一年生に問いかけよう」
ぐるりと見回しながら、彼は尋ねる。
「15歳から依頼を受けることが出来るというのは……どういう意味か分かるかね?」
いきなり6将魔法士から訊かれたこと。
一年生の大半には頭に疑問符が浮かび上がる。
「一般的に仕事を始める年齢だから? それとも依頼を受けることの実力を持てるのが15歳だから?」
幾つか提示して、ガイストは首を振る。
「いいや、違う。自分で自分の命の責任を持てる年齢だということだ。死ぬのだとしても、それは誰でもない己の責任だということだ」
重い話に一年生の顔つきが変わる。
ガイストは彼らの変化に頷き、話を続けた。
「ギルドで一番死ぬ可能性が高いのは、君達のように年若い初心者だ。それがなぜだか分かるか?」
もう一度、問いかけるように告げる。
「己が実力を把握していないからだ。特に君達のような学院に通う生徒は、その傾向が強い」
若いからこそ世界を知らない。
「総じて君達は『選ばれた者』という意識がある。それは仕方の無いことだし、間違いではない。学院に通っているのだから」
けれども、だ。
言い換えればプライドが高い。
「だが、それに驕ることだけはしないでほしい。君達に才はあるが、実力があるわけではない。特に魔物の討伐を主にしようとしている者達は、気を付けるんだ。いいか? 魔物は手加減もしなければ、憐憫の情を持ってくれることもない」
理性ではなく、本能で襲いかかってくる。
「つまり敵わぬ場合は死があるのみ。そしてそれは、他の誰でもない自身の責任だ。誰も責を負ってはくれない」
誰かを責めることは出来ず、誰かに転嫁することも出来ない。
「ギルドとはそのような世界だ」
己の強さを把握し、沿った依頼を受けなければならない。
でなければ死ぬ可能性が高い。
「今日は学院でも腕利きの先輩方及びギルドの手練れが君達とパーティを組む。我々にとって仕事だ。『君達を守る』という依頼を受けている」
そう言うが、すぐにガイストは笑みを浮かべた。
「しかし楽しい仕事でもある。未来のギルドを担うべき若者にギルドというものを教えることが出来るのだから」
自分達の仕事の素晴らしさを若者に教えられる。
周囲にいるギルドの人達が一斉に頷いた。
「仕事をしている我々の空気をしかと感じてほしい。そして君達も依頼をこなすのだから、どうか無理せず頑張って遂行してほしい」
ガイストが頭を下げる。
と、同時に拍手が一気に広がった。
優斗と修は小声で話す。
「さすがは6将魔法士だね」
「お前のぶっ飛ばした奴とは大違いだわな」
◇ ◇
そして一年生のやりたい依頼内容に沿って、パーティを編成していく。
優斗達はあらかじめくじ引きでペアを決めており、修はクラスメートと。
優斗はクリスと組むことになった。
「ウチダ組と――」
先に名前を呼ばれた修達はパーティとなった一年生と一緒に受付を向かっていくが、会った瞬間に頭を下げられていたので、特に問題はないだろう。
「ミヤガワ組とローラ組」
続いて名を呼ばれて優斗とクリスが立ち上がる。
しかし、
「不許可です」
「拙者も同意見だ」
茶髪のウェーブヘアーの少女と黒い長髪を束ねている少年が異を唱えた。
歩こうとしていた優斗達は止まり、同時におっさん達が笑う。
絶対に“こういう奴ら”が出てくると思った、という笑いだ。
ククリが丁寧に問いかける。
「不許可とは?」
「妾達に相応しいのは6将魔法士だけでしょう」
一年生二人がガイストに視線を送る。
が、ガイストは一瞥するのみ。
代わりに優斗が嘆息。
「妾に拙者って……また濃いのが来たな」
どうします? と視線でガイストに問いかける優斗。
すると同じく視線で『教えてやろう』と返ってきた。
残っているおっさん達も笑いを噛み殺しながら、小さく親指を立ててくる。
優斗とクリスは顔を見合わせ、肩をすくめた。
と、同時に相手方の自慢が始まる。
「妾はローラ男爵家の次女、ビオラ=ハインツ=ローラです」
これで分かったでしょう、とでもいった感じのビオラ。
しかしガイストはピクリとも表情を変えない。
「それが何の意味を為す?」
「……えっ?」
ビオラが予想外の返答を得て、目を見開いた。
「ギルドにおいて血筋がどのような意味を為すのかと言った」
淡々とガイストは話す。
「ギルドは実力の社会だ。血筋も権力も不可侵であり意味を為さない。そして、それぐらいは誰もが分かっている場所」
当然であるということ。
要するに、
「今の我々の感想としては『世間知らずのお嬢様達がやって来た』になる」
そしてガイストは優斗に視線を送り、
「ミヤガワくん。この結果はどうなる?」
「今回は複数パーティへの依頼を請け負った、という体で動いています。でしたら答えは明白だと思われますね」
今度は優斗が説明を行う。
「今回の依頼について、我々に非はありません。つまりパーティメンバーを理由なく嫌だと言って変更を求めるのなら、彼らが依頼を変えるしかありません。つまり彼らは今回の依頼を達成できず、これで終わりです。ついでにギルドは早急に別のメンバーを揃えることになり、ギルドへ多大な迷惑が掛かることから注意リスト入りといったところでしょうか。次に同じことをやれば除名です」
ガイストを始め、その場にいるギルドの職員も頷く。
「ニースくん。ということは今回の体験学習として、彼らは依頼失敗ということになるな?」
「そうですね。前例としても同様の事例があることから、これも“体験”ということで話は終わります」
生徒会長の返答にガイストは頷く。
「では代わりにミヤガワくん達と共に依頼を行いたい者はいるか? 彼らは依頼を破棄した。ということはギルドは代わりの人材を見つけなければならない」
ガイストの驚くべき発言に一年生がざわつき始める。
すると、だ。
「や、やればいいのでしょう! やれば!」
「……致し方ない」
先程の二人が憤慨しながら会議室を出て行く。
そしていなくなったと同時に、おっさん達が優斗に話しかけた。
「大変だなぁ、ユウト」
「……良い大人がニヤニヤしないでください」
「まっ、ガキっていうのは毎年似たようなことをやるからな。今年は誰が当たるかと思ってたんだが、お前だったか。すっげえ苦労するぜ?」
まるで一年生に言い聞かせるかのように話すおっさん達。
優斗も意図が分かったのか、ガイストに話題を振る。
「ガイストさん、どれくらいやったらいいんですか?」
「普段ならば全力で教えてやれと言うところなのだが……いかんせん、体験学習だ。ニースくん、どうすればいい?」
「ミヤガワさんには非常に面倒を掛けてしまいますが、やり過ぎないようにお願いします。彼女達もリライトの将来を担う若者ですから」
「了解だよ。ただし状況によっては僕の責任において体験学習を終わらせるからね。あとはギルドのルールを曲げることにはなるけど、ガイストさんとの交代も視野に入れる」
優斗の思わぬ言葉にガイストが目を丸くした。
「これはギルドの体験学習だろう? ミヤガワくんも言った通り、それはルールを曲げている」
「ですがガイストさんは人を育てる第一人者ですから。彼らにギルドへの可能性を残すのなら、ルールを曲げることも考慮しておいたほうがいいと思います」
「……ふむ。そういう考えもあるか」
今回の体験学習が“何のためにあるのか”を考えれば、ルールを曲げることも特例としては必要かもしれない。
優斗がククリに視線を送った。
「ニース生徒会長。それでいい?」
「構いません」
「分かった。クリス、行こう」
「そうですね」
やれやれ、といった感じで優斗とクリスが会議室から出て行く。
嵐が去ったあとのような状況に、室内が静まる。
その中でガイストが口を開いた。
「今回、我々の組み分けはくじ引きだ。無論、初対面のペアだってある。その理由は分かるかな?」
問いかけたことに対して、一年生は頭を縦に振る。
これで分からないわけがない。
「我々はこのような状況でも実力を発揮しなければならず、そして発揮できるからだ。特に依頼の難度が上がれば顔を見知らぬ同士で動くことがある。それを教える為にもそうしている」
つまりは一年生と同じ立場で行動することになる。
「とはいえ若い世代だけ、というのも不安だろう。だから基本的に我々のようなおっさんと呼ばれる世代と、学生という組み分けでくじ引きにしてある。しかし今出て行ったミヤガワくんと先程のウチダくんだけは例外。どうしてか分かるかい?」
優斗と修だけは学生同士でのペアとなっている。
そして、最たる理由など一つ。
「この二人がランクAの強者だからだ」
はっきり告げた言葉に一年生が驚きを表した。
ガイストは職員を見て、
「世界的に見ても数は少ないと思うが……どうだったか?」
「18歳以下でランクAを持っているのは総勢30名。そのうちの二人が彼らですよ」
「ならば単純計算をすると、ギルドにおける18歳以下の上位30名に入っているわけだ」
そして笑みを零しながら伝える。
「ちなみに私がランクAになったのは二十歳。彼らより二つも年齢が上の時だ。それだけでも凄さがよく分かるだろう?」
おおっ、と会議室全体で声が上がる。
だからガイストは染み渡らせるように、もう一度伝えた。
「ギルドは確かに上品な人間が集まる場所とは言い難い。だからといって傲慢な荒くれ者がまかり通るほど、落ちぶれた場所でもない。一般的な常識など問わずとも必要なものだ」
実力があればいい。
けれど実力だけがあればいい、ということではない。
「今一度、言おう。ギルドにおいて血も権力も君達を守ってくれない。その理由をしっかりと知った上で頑張って欲しい」
一方で会議室を出て行った優斗とクリス。
「クリス、実はあの貴族の子が馴染みの顔なんてことは――」
「シュウではないので、そのような偶然そうそうありません」
「だよね」
甘すぎるくらいの希望を一蹴される。
そして溜息を吐いた。
「……はぁ。なんで後輩ってなると生意気な子しか出会わないんだろ」
「あれですね。生意気な後輩部門はシュウではなくユウトの担当なのでしょう」
「もう足りてるんだけどな、生意気なのは」
◇ ◇
「「 くしゅっ! 」」
朝のホームルーム前。
話をしていたキリアとラスターが同時にクシャミをした。
「二人一緒にクシャミなど珍しいこともあるな。誰かが俺らの噂でもしてたか?」
冗談まじりに話すラスターだが、
「…………」
キリアは軽く視線を上に向け、僅かに睨んだ。
「どうした?」
「わたし達が同時にってことは……どうせ先輩ね。内容は生意気な後輩ってところかしら」
なんとなく、そんな感じがした。
ラスターが呆れたように額に手を当てる。
「……キリア。なんか当たってそうで怖いぞ」
◇ ◇
キリアとラスターがくしゃみをした頃、優斗は片手にバインダーを持ちながら二人を対面に迎える。
そして自己紹介を始めようとした瞬間、
「初めまし――」
「貴方達は妾達には不要」
「邪魔だけはしないでいただきたい」
第一声から面白いことを言われた。
優斗は頬を掻きながら、どうしたものかと思う。
「今の発言は本気?」
「当たり前です」
「手出しは一切、御免被る」
バッサリと言い切られた。
優斗はクリスと顔を見合わせると、
「分かった」
一つ、頷いた。
「ご自由にどうぞ。僕らは手出しを一切しないから」
優斗とクリスは受付近くのソファーに座っている。
と、これから外に出て行くパーティが近くを通った。
すると一年生の一人が近付いてきて、
「あ、握手してください!」
なんてことを言ってきた。
優斗がどういうことかと、一緒にいるおっさんに目を向ける。
「ガイストがお前とシュウのこと言ったんだよ」
「……あの人、何言っちゃってんの」
「どうせみんな知ってることだろーが」
「いや、まあ、そうですけどね」
Aランクは数いれど、やはり優斗と修は若さ故に有名だ。
「いつか一緒に依頼を受けるのも、お願いします!」
「じゃあ、今度機会があればね」
握手をしながら優斗が朗らかに笑う。
「お~い、おっちゃんもAランクなんだぞ。こいつと一緒だぞ~」
「オレも何だかんだでここにいるってことは、結構頑張ってるんだけど~」
するとおっさんと三年が茶々を入れた。
一年生が慌てて頭を下げる。
「す、すみません!」
「いいってことよ。憧れとけ憧れとけ」
「そういうこと」
笑って一年の背中を叩き、一緒に外へと出て行く。
そうしているうちに、だんだんと受付の前にいた人達も少なくなっていき、とうとう残っているのは優斗達のみ。
ククリもやることが終わったのか、受付を見に来る。
「やっほ、ニース生徒会長」
「まだ残ってたんですか?」
「手出し無用って言われたからさ、手出ししてないんだよ」
さらっと優斗が答え、ククリは額に手を当てる。
「……ミヤガワさんはそういう方ですよね」
「ニース生徒会長は帰り?」
「そうですね。またこちらへと来ます」
「お疲れ様」
ひらひら、とクリスと一緒に手を振ってククリを見送る。
受付では職員の女性が断りの言葉を入れていた。
「申し訳ありませんが、今回の体験学習で仮発行しているライセンスではこの依頼を受けることはできません」
そして時計を見て優斗に声を掛ける受付嬢。
「ミヤガワさん、そろそろ」
「分かりました」
立ち上がると、張り出されてある依頼を三つを手にとって受付へ向かう。
「どれがいいか選んで」
「な、なんでいきなり!」
突然出てきた優斗に困惑するビオラ。
「ここの受付はね、今は体験学習の為に使わせてもらってる。で、そろそろ普段の受付もしないといけないから」
ずいっと依頼票を見せる優斗。
しかしビオラと拙者言葉の少年は叫んだ。
「妾達に相応しくないわ!」
「弱い敵ばかりではないか!」
ある意味分かりやすいくらいに分かりやすい返答だったので、優斗もにっこりと笑って言葉を返す。
「三秒あげるから、依頼を受けるか体験学習を終わらせるか選んで」
◇ ◇
結局は依頼を受けることとなり、ギルドを出て行く四人。
一年生は納得がいかなかったようで優斗に詰め寄るが、普通に流す。
「今回、仮発行されたギルドライセンスで受けられる依頼のランクは決まってる。だからその中で選ばないといけない」
「き、聞いてないわ!」
「僕らのことを『不要』って言ったんだから、聞けるわけもないよね」
優斗は心底どうでもよさそうな表情をすると、話は終わったとばかりに下がった。
もちろん不要と言われているので下がったまでなのだが、
「き、貴族の妾に対してなんたる態度なの!?」
「拙者をバカにしているのか!?」
どうにも馬鹿にされていると思ったらしい。
「貴方程度、こっちはどうにでも出来るのよ!」
「…………」
しかし優斗は無言。
言葉を発さない。
「何か言いなさい!」
それもまた癪に障ったらしい。
しょうもなさそうに優斗が口を開く。
「ギルドは貴族であろうと不可侵だからどうにもならない。さっきガイストさんが『意味を為さない』って言ったのを理解してなかったみたいだね。ついでに言えば、クリスを知らないような貴族が粋がってどうするの?」
視線で示すとクリスは笑みを携えたまま告げる。
「どうも、初めまして。貴女流に自己紹介をするならばレグル公爵家長子、クリスト=ファー=レグルと申します」
「…………えっ?」
突然のことに驚きの声がビオラから漏れた。
にこやかな笑みを浮かべたまま、クリスは貴族というものを説く。
「貴族であることを誇って他を見下すところを見るに、どうやら成り上がりの男爵であるようですね。それではリライトにおいて高貴とは言えませんよ」
「……あっ、えっと……その……」
いきなり貴族として最上位の存在が目の前にいて、縮こまるビオラ。
「さっき君が掲げたことと同様のことを彼に言ってもらった。そっちの君も極東の有力者の子供だか何だか知らないけど、リライトにおいてリライトの公爵家より格上なわけがないよね? つまるところクリスが『帰れ』と言ったら、君達は帰るってことになる」
優斗がズバっと言う。
狼狽える二人だが、少年が頑張って反論する。
「ギ、ギルドとは血筋など関係ない場所だとさっき言っていた。つまり貴公らの発言は的外れだ」
「そうだね。つまり君達の発言は論外だって分かったかな?」
笑顔のまま優斗が突きつける。
「次に言ったら本気で体験学習を終わらせるよ」
そして話は終わり、とばかりに再度優斗が下がろうとする。
しかしビオラが気付いた。
「な、なぜ貴方が仕切っているんですか!」
「なぜも何も、今回の監督責任者は僕だからね」
仕切るのも当然というものだ。
そして手持ちのバインダーに書き込む。
「これだと依頼受ける以前の問題かな」
「そうですね」
「というわけで不可に不可、不可っと」
さらさらっとペンで評価をつけていく優斗。
「な、何を書いているのだ!?」
「今回の体験学習の通信簿。一年生には足りてない部分を頑張ってね、っていう指標となるものだよ。これ、ギルドに提出するから」
バインダーに挟まれた紙をペンで叩く優斗。
と、ここで今回の依頼場所である森に辿り着く。
まだ出入り口付近だが、ガイストの姿が見える。
「そうだ、上手いぞ。重要なのは攻撃を受けないことだ。人以上の力を持っている魔物もいるから、防ごうとしたら吹き飛ばされる可能性もある。最悪でも受け流すように出来ることが討伐でやっていくコツだ」
どうやら森に入る前に一通りのレクチャーをしているらしい。
少年と少女の二人が手取り足取り教えられている。
するとガイストの視線が優斗達を捉えた。
「ミヤガワくん。調子は?」
「まあ、分かってるとは思いますけど厳しいですね。最後に呼ばれたガイストさん達より遅く森に到着した時点で分かるでしょう?」
肩をすくめて、お手上げのポーズを取る優斗。
後ろにいる一年生が睨んだ。
けれど、どこ吹く風とばかりに二人は話を進める。
「……ふむ。まだやめさせるまでは至っていないのかい?」
「とりあえずは、ですけどね。ただし彼らがギルドに登録した場合、依頼は『個人のものに限らせる』という注釈は付けないと駄目でしょう」
「“死ぬなら周りを巻き込まず勝手に死ね”だな」
「その通りです」
後半、かなり物騒な会話になっている。
しかし平然と言っているあたり、冗談抜きのことだろう。
「だがミヤガワくんの言うことを聞かないとなると、先程言った通りに特別措置として私がついたほうがいいのではないかな?」
「かもしれません」
優斗は呆れながら息を吐く。
「おそらくこの二人は例年以上の馬鹿ですね。未だに僕のランクすら知らない二人ですから」
「自己紹介は?」
「させてもらってないですよ」
優斗の返答にガイストが心底呆れた。
「……やはり私のほうがいいか」
「僕は心底助かります」
「そうか」
少しだけ考える仕草をした6将魔法士だが、結論がすぐに出たのか頷きながら自分達と一緒にいた一年生に視線を送る。
「君達には申し訳ないが、交代してもいいかね?」
「「 はい、大丈夫です! 」」
即答された。
6将魔法士の代わりとなるのが優斗ならば、彼らとて不満はないのであろう。
するとガイストとコンビを組んでいたおっちゃんが優斗の脇腹を肘でつついた。
「珍しいなユウト。お前、責任感あるのによ」
だからこそのランクAだというのに。
そんな彼がガイストとはいえ、人に任せるというのは驚きだ。
優斗は頭を掻きながら、
「ギルドの体験学習とはいえ学院行事ですからね。先程も言った通りルールを曲げることになりますが、学院の意向を考えるとやっぱりガイストさんが適任なんですよ」
「結果、依頼制限になるがな」
「その為の通信簿ですし、自業自得でしょう」
優斗がバインダーを軽く右手で叩いた。
しかしまったくもって隠してない会話だったため、高飛車二人にも内容は丸わかり。
「さ、さっきから何を馬鹿なこと言ってるの!?」
「今回の評価をギルドに上げるんだから、制限が掛かるのは当たり前。新人が依頼を行う前に気付けるんだから、ギルドにとっても良い手段だよね」
楽して馬鹿を見つけられる。
「なんで妾達が制限を掛けられるのよ!?」
「いやいや、どうして制限を掛けられないと思ったの? だって君達は協調性なし、人の話は聞かない、コミュニケーション取れない、自己中心的、実力を把握できてない。ざっと並べてもこれだけある」
すらすらと述べる優斗。
「これだけ醜態晒してたら無理。むしろこれで『問題ありません』って報告したら僕のほうが頭おかしいって疑われるレベル」
「……ミヤガワくん。少し言い過ぎだ」
事実は事実であるが、もう少しオブラートに包んでもいいとガイストは思う。
優斗はガイストに目線で謝ると、言葉を続けた。
「けれど今から“なんで”をガイストさんが教えてくれるから、しっかり教わったらいいと思うよ」
パチパチパチ、と拍手する。
「よかったね。一緒に行動することが出来て」
本当ににこやかな笑みを二人に向ける優斗。
おっさんが呆れるように言った。
「……ユウト。すっきりした笑顔浮かべてんな」
「やれと言われればやりますけどね。ただ、生意気なやつを指導する苦労を知っているだけです」
「キリアの嬢ちゃんか」
「あれは本当に生意気ですからね」
◇ ◇
ガイストが問題児を引き連れていくと、優斗は残った一年生二人に謝った。
「ごめんね。ガイストさんが良かったでしょ?」
「いえ、大丈夫です!」
けれどすぐに否定された。
むしろ嬉しそうに笑みを見せている。
「以前、助けていただきありがとうございます!」
すると少年の方が優斗に頭を下げた。
一瞬だけ何のことかと優斗は思ったが、すぐに思い当たる。
四月に袋だたきにあっていた少年だ。
「ああ、あの時の一年生だね。元気だった?」
「はいっ!」
少年は元気よく返事する。
「ぼくはキッカと言います」
そして隣の少女も同じように名乗る。
「あたし、リンドです」
そう言って一年生が優斗とクリスに頭を下げた。
二人も先程とは大いに違う反応に笑みを零し、
「ギルドランクA、ユウト・ミヤガワだよ」
「ギルドランクC、クリスト=ファー=レグルです」
手を差し出して四人は握手する。
「アークスさんが仰っていました。18歳以下でギルドランクAは30人しかいないって」
「凄いです!」
キッカとリンドが尊敬の眼差しを優斗に向ける。
「ありがとう、二人共」
優斗もにこやかに笑った。
「じゃあ、早速だけど何の依頼を受けたのか教えてもらえる?」
優斗とクリスが一年生から依頼内容の書かれてある紙を受け取る。
「へぇ、これは」
すると優斗が面白そうな笑みに変わった。
「討伐と採取の複合依頼。よくこんなもの見つけ出したよ」
「最後だったというのに凄いですね。ガイストさんも彼らが見せてきた時、内心で喜んでいたと思いますよ」
優斗とクリスが感嘆の声を上げる。
「あの、どういうことですか?」
キッカが首を捻った。
「この魔物はね、倒した証明となるものが角でしょ?」
「はい」
「それで、この角は見目が良いから加工すれば装飾品になる。というわけで、採取系にも属するってこと。だから普通より依頼の達成料金が高くなる場合があるんだ」
そう言って優斗は紙に書かれてある一部分を二人に見せる。
「ほら、ここ。角を綺麗に持って帰れば依頼達成料金が1.25倍になるって書いてある。一石二鳥の依頼なんだよ」
何も知らない一年生に選ばせているからこそ、運が良かったのだろう。
「そういえば、ガイストさんが色々と教えてたみたいだね」
森に入る前に優斗は先程のことを確認する。
「はい。主に攻撃された場合の対処方法なんです」
受けるではなく躱す。
躱せなければ受け流す。
そう教わった。
「だったら、どうしてガイストさんが教えたのかしっかり理解しておく?」
優斗がガイストの教えを引き継ぐようなことを言い出した。
二人はすぐさま頷く。
「じゃあ、キッカ君にお願いしようかな」
言って優斗はショートソードを抜き、キッカも剣を構えて防御態勢を取った。
「これが人間による普通の攻撃」
軽く振るう。
甲高い音が鳴り、キッカの剣に防がれた。
「じゃあ、次。ちゃんと受け身を取ること。いいね?」
優斗はぐっと身を捻ると、力強く右足を踏みしめて左脇に収めたショートソードを振り抜く。
キッカは正面から剣閃を受けるが、
「……うわっ!?」
一つ前とはまったく威力の違う攻撃に受けることが出来ず、思い切り後方へと吹き飛ばされる。
あらかじめ受け身を取ることを指示されていたため、慌てずに受け身を取った……のだが、少々唖然としていた。
やることは読めていたのに容易に吹き飛ばされたのは、まだいい。
唖然としたのは、優斗がすぐ目の前にいて剣先をキッカに向けていること。
「僕が魔物であったとしたら、どんな結果になっていたか分かるね。こういうことになるから、受けるじゃなくて躱す。もしくは受け流すことが大事だってガイストさんは言ったんだよ」
優斗が左手を差し出す。
そして引っ張り上げた。
「ちゃんと理解できた?」
「はい」
キッカの返事に優斗は頷く。
「じゃあ、森に入ろうか」
森の中を歩きながら優斗とクリスは一年生と話す。
「討伐系って、例えばどういう魔物を倒すか知ってる?」
「わかんないです」
リンドがすぐに答えた。
クリスが苦笑し、
「人を傷つけたことがある魔物や、一定数以上増えたと思われる魔物。凶暴性が高い魔物。こういう魔物が討伐対象として国や被害にあった人物から依頼されます。要するに普通より危ない依頼ということですね」
「ちなみに依頼の魔物だけを倒して終了っていうのは、確率として半々くらいなんだよ」
「どうしてです?」
リンドが首を捻った。
優斗も苦笑し、
「それはね――こんな感じで魔物と遭遇するからだよ」
瞬間、すぐ近くの草木からガサリと擦れる音が聞こえた。
同時に出てくる魔物が一体。
体長二メートルぐらいの……狼っぽいのが現れた。
犬歯とかが異様に発達して伸びていて、見るからに凶悪な相貌。
キッカとリンドがビックリして剣を抜こうとした……のだが、
「はい、慌てない」
それを優斗が和やかに止めた。
「顔とか凄い厳ついけど、この魔物は大人しいからね。こっちから襲わない限りは通り過ぎてくれる」
二人を宥める。
魔物は優斗達を気にすることなく、目の前を横切って去って行く。
「だからといって、先制攻撃すれば問題ない……とかは思わないように。強さ的にはDランクだから結構強いよ」
完全に魔物が去ってから、優斗達はまた歩き出す。
するとリンドが手を上げた。
「ミヤガワ先輩。質問です」
「はい、どうぞ」
「Sランクの魔物と遭遇した場合はどうすればいいんです?」
「まず逃げる。とにかく逃げる。攻撃なんてしたら駄目。すぐにこっちが反撃くらって死んじゃうから」
基本的にSランクの魔物は大きくて強い。
凶暴性も高い。
魔法も神話魔法ではないとすぐには殺せない。
上級魔法だけで戦うならば、最低でも四人は必要だ。
「じゃあ、今日出会ったら一巻の終わりです?」
「今日は僕とクリスがいるから安心して。ちゃんと時間稼ぐから安全に非難できるよ」
あっさりと言ってのける優斗。
気負いはなく、嘘偽りもない言葉にキッカとリンドの優斗達に対する尊敬度が上がった。
「じゃあ、そろそろ討伐依頼の魔物がいる場所に着くから気を張るように」
「「 はいっ! 」」
◇ ◇
元々、体験学習でやれる魔物だったので強いことはない。
なのであっさり終わった。
そのままキャンプポイントに行って昼食を作る。
「キッカ君とリンドさん。これから料理を作るけど、料理できる人は挙手」
優斗が訊いてみる。
が、どちらも手を上げなかった。
「料理は出来たほうがいいよ。例えば護衛の依頼で他国に行く時なんかは、時と場合によっては日を跨ぐ。その時はこういうキャンプポイントで料理しないといけないから」
今日は体験だから、と言って優斗が手際よく料理を用意する。
すると近くで同じように料理をしていたおっさんが優斗の料理を覗き込み、
「ユウトの料理は爽やかすぎるな、おい」
「そっちの料理は豪快すぎます。キャンプポイントでパーティに女の子もいるのに肉ぶち込んだだけの汁物とかありえません」
ただの野宿とは違い、このような場所では調味料等がある場合がある。
ここにはあるので優斗はそれを使って、ベーコンや野菜を使ったあっさり味のスープ。
逆におっさんは肉とか食べられる物を入れただけのスープ。
同じスープなのに、さわやかさが全然違う。
おっさんは豪快に笑い、
「これぞ、ギルドの料理!」
「料理できないおっさんのごった煮です」
「あっはっはっはっ! まあ、一度くらいは経験させたほうがいいってことよ!」
笑っておっさんはスープをパーティへと持って行く。
優斗は振り返り、
「というわけで料理は出来たほうがいいよ」
◇ ◇
料理を食べ終わり、座りながらゆったりしていると修達が顔を出した。
「修、そっちの調子は?」
「なんも問題ねーよ」
あっさりとした様子の修。
だが、パーティを組んだクラスメートの委員長が馬鹿言うな、とばかりの表情になる。
「はぁっ!? お前のせいでオレがどれだけ苦労してると思ってるんだ! お前が『悪い例』を見せるとか言って大騒動じゃないか!!」
魂の叫びと紛うばかりに嘆く委員長。
「そっか。こいつが問題児だったね」
優斗が苦笑する。
「まあ、こいつらも俺が悪い例を見せてっから、これをやったらヤバいって分かったと思うぜ?」
なあ、と修が振り向くと一年生は大きく頷いた。
「とりあえず一年生が納得してるならいいと思うよ」
委員長はご愁傷様だが。
「んじゃ、俺達はまた森に行ってくっから」
「はいはい、行ってらっしゃい」
ひらひらと手を振って修を見送る優斗。
「僕達ももう少し休んだら同じように森へ入ろうか。確かに何をやったら危険なのか、とかは教えておいたほうがいいから」
「そうですね」
クリスが頷く。
「でも、その前にキッカ君とリンドさんの質問タイムにしようか」
初めて体験したギルドの依頼なのだし、気になっていることはたくさんあるだろう。
するとキッカが手を上げた。
「どうやったらギルドランクって上がるんですか?」
「基本的にはきちんと依頼をこなしていれば順当に上がっていくよ。ギルドの職員さんが依頼の達成率と達成数を鑑みてやってるみたい」
続いてはリンド。
「あの、クリスト様って……あれですよね。『学院最強』って呼ばれてます?」
「はい。僭越ながら」
「けれどギルドランクはミヤガワ先輩のほうが上なんです?」
「ギルドランクは強ければ高い、というものでもありません。自分は都合上、あまり依頼を受けられる時間もありませんし、ランクが上がるのに時間が掛かってしまったんですよ」
優斗もクリスも丁寧に質問に答える。
その時、
「そこの貴方。今後、特別に妾達とパーティを組ませてあげてもよくってよ」
さっきの二人が突然やって来ては、変なことを言ってきた。
おそらくガイストが何かを言ったのは理解できる。
しかし、どう解釈したのかビックリするくらいに高圧的だ。
「今のってどっちに言ったのかな?」
「自分でしょうか」
分かってはいるが、あえて言ってみる優斗とクリス。
「ち、違います! 平凡な顔の方です!」
ビオラが慌てて付け加えた。
分かりやすいぐらいにどっちに言ったのかが分かる。
優斗も納得して苦笑した。
が、一つ前の発言は何を言っているのか意味が分からない。
「君達がギルドに入ったら最初はランクG。そして僕はランクA。何をどうやったら『特別』なのかを論理的に説明してくれるかな?」
「妾達とパーティを組めるなど名誉なことです」
「……はい?」
返ってきたのは優斗の想定外の解答だった。
「えっと……何が『名誉』なのかを教えてくれる?」
「妾達とパーティを組むことに決まっています!」
堂々と言ってのけるビオラ。
理解できないので、とりあえず優斗は監督者の名を叫ぶ。
「ガイストさん!」
すると6将魔法士が遠くにいながらも声に反応した。
「ミヤガワくん、どうした?」
「持って帰って下さい」
優斗が一年生二人を示す。
それだけでガイストが頷いた。
「ああ、すまない」
軽く頭を下げて連れて帰ろうとする。
だがビオラが納得いかないように叫んだ。
「わ、妾達が組ませてあげると言っているのに何故!?」
「……いや、何故も何も」
優斗としてはどうして分からないのかが分からない。
「……ガイストさんでも駄目なんですか?」
「手が掛かるのは間違いない。午後でどれくらい指導できるかが問題だ。ミヤガワくんの様子から察するに先程伝えたことも、再度言い直さねばならないだろう」
ガイストは懇切丁寧に説明した。
優斗のこともだ。
しかし、あれで理解していないとなると、
「……頭が痛いな」
「さっきパーティを組めないって伝えたの、覚えてないんですかね?」
「……それはすまん。彼らの行動次第では取り消してもいいと伝えてしまった」
「結果が……これですか」
「……ああ」
優斗とガイストが同時に溜息を吐く。
「キッカ君。一般的に見てさ、どっちが名誉だと思う?」
額に手を当てながら優斗が話を振った。
「それって……その、言わないと駄目ですか?」
「ううん。普通は言わなくても分かるよね、普通は」
“普通”という部分を強調する優斗。
というかもう、監督者でもないのだし相手するのも面倒になってきた。
「ガイストさん。この二人と関わりたくないので、あとはお願いします」
そう頼むと、別の場所から怒鳴り声が聞こえてきた。
「な、なんだと!? 拙者達を愚弄する気か!!」
優斗の言い様に長髪を束ねた少年が憤った。
同時に刀を抜く。
ふむ、と優斗は頷き、
「ギルドパーティ同士のいざこざは時折あることだけど……やりたいの?」
なので優斗はガイストに確認を取る。
「やりますか?」
「御免被る」
義はなく理由もない。
それで優斗を相手にするなど愚の骨頂だ。
「で、どうするんですか?」
「とりあえずは体験学習が終わってから結論を出そうと思っている。あまり慮しい結果にはならないだろうが」
「そうですか」
頷く優斗。
だが少年のほうは納得いかなかったようで、ピクリと刀が動いた。
僅かな攻撃の予兆。
それを見逃す二人でもない。
「ここにいるのは高位のギルドランク所持者二人だ。不用意な行動は慎みなさい」
「そうだね。これが体験学習じゃなかったら潰してるよ」
一瞬にしてガイストが右手を掴み、座っていたはずの優斗が気付けば少年の首へ右手を添えている。
あまりの芸当に一年生全員が息を飲んだ。
けれど当の本人達はのほほんとした様子で、
「それじゃ、あとはお願いします」
「分かった」
◇ ◇
「あの、ミヤガワ先輩って弟子とか取ってますか?」
先程の光景に興奮を覚えたまま、キッカが尋ねた。
「弟子は取ってないけど、指導してる子はいるよ。この間一緒にいた女の子のキリアがそうなんだ」
「あの、ぼくもお願いしたいです!」
指導してると聞いてキッカが立候補する。
けれど優斗はごめん、と謝るポーズを取った。
「あんまり人を教えることはしてないんだ」
それだけでキッカは落胆した様子になる。
「や、やっぱり……ぼくじゃ駄目ですよね」
この間、弱いところを見せた。
指導するには値しない存在だろう。
「ううん、そうじゃないよ」
けれど優斗は首を横に振って否定する。
「僕が言いたいのはね、キッカ君が望むことに対して僕は必要なのか。僕でなければならない理由があるのか、ってことだよ」
いきなり優斗から問われたこと。
キッカは思わず考える。
「えっと……」
しかし、答えをすぐには見つけ出せない。
優斗は優しい口調で諭すように告げる。
「つまりはね、そういうことなんだ」
そして、だからこそキリアを教えている。
優斗の周りにいる人間だって相当に酷い。
修なんて同等だし、クリスも学院最強の二つ名を持っている。
アリーだってフィオナだってキリアよりは強いだろう。
けれどキリアは彼らにちょこちょこ相手をしてもらっているとしても、優斗に指導される基本を絶対に崩さない。
それは『優斗でなければキリアの限界を超えさせることが出来ないから』だ。
遠慮なく、差別なく、平然と限界まで追い詰める優斗だからこそと言ってもいい。
「大丈夫だよ。今日一緒に付いて回ったけど、キッカ君はちゃんと強くなれる。だからこそ君を指導するのは僕じゃなくていいと思うんだ」
フォローするように伝え、優斗は笑みを零す。
「とはいえ今日は同じパーティだからね。訊きたいことがあれば、何でも訊いてくれていいよ」
◇ ◇
体験学習が終わり、依頼を達成したほとんどは依頼達成料金を受け取る。
今日一日を通したことで考えが変わった者、やる気を増した者と様々にいるだろう。
そして彼らはそのままおっさん達に連れて行かれ、ギルド内の酒場にて大宴会の一員となった。
その中でガイストと優斗、ククリの姿がない。
この三人はギルドの職員を交えての会議を行っていた。
手元にはガイストが書いた通信簿があり、オール『不可』。
優斗がガイストに尋ねる。
「どうしようもないくらいに酷い結果になってますけど、依頼はどうでした?」
「失敗だ」
「実力は?」
「自慢するだけあって、上級魔法を1つは使えたが……」
「なのに依頼を失敗したんですか?」
「火の上級魔法を森で放とうとしたんだ」
それをガイストが大慌てで止めた。
大火事にでもなってしまったら笑えないどころではない。
しかもガイストが注意したところで、理解したかどうかは判断できなかった。
「ニースくん。さすがにこれでは厳しい」
「……ちょっと想定外ですね。今までの問題児はそこまでではなかったのですが」
全員で難しい顔をする。
優斗はとりあえずガイストに、
「彼女達を真っ当に出来ますか?」
「……正直、あのレベルの子達は私も無理だ」
「そうですか」
育成の第一人者でも無理。
続いて優斗は職員に、
「もし彼らに制限をつけて依頼をさせるとしたら、どれくらい制限をつけたほうがいいですか?」
「街中の手伝いすらも……正直、簡単には許可できないでしょう。一番容易な薬草採取でも森には入ることになってしまいますから」
「ですよね」
デメリットが多すぎる。
職員が頭を下げた。
「ニースさん、大変申し訳ないけど……」
「前代未聞ですが仕方ありません」
ククリは大きく溜息をついて頷いた。
「こちらとしても学院の評価を下げるわけにはいきませんから。今までの方々が築き上げたギルドとの信頼が崩れてしまいます」
◇ ◇
話し合いが終わり、優斗も宴会に参加した。
すると修が近寄ってきて、
「あいつら、どうなった?」
「要注意リストを超えてブラックリスト。ギルドで何も出来ないよ。ライセンスは発行されず、依頼を出しても拒否。一切ギルドには関わらせない」
学院としても問題児としてリストアップされるだろう。
「すげー裁定になったもんだな」
「いくらギルドが誰に対しても門戸が開いてるとしてもね、あれは無理」
とはいえ面倒事は終わった。
気晴らしとばかりに優斗が店員へ酒を頼む。
と、同時にドアから一組の男女が入ってきた。
キリアとラスターだ。
二人はキョロキョロと室内を見回すと、優斗を視界に捉える。
するとキリアが勢いよくやって来た。
「ちょうどいいところにいたものね」
「……? なにが?」
首を捻る優斗に対して、キリアはにっこりと黒い笑みを向けた。
「先輩、何を話していたのかしら?」
「生意気な後輩がめんどくさいって話」
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