第88話 変人対応に定評がある故に

 三月初め。

 お絵かきセットに色々とマリカが描いていく。

 

「えっと……トンボ?」

 

「あいっ!」

 

 頷き、マリカはさらに描き進める。

 

「これは“じいじ”と“ばあば”かな?」

 

「あいっ、あい!」

 

「上手だね~、マリカは」

 

「あう~っ!」

 

「まーちゃんは凄いですね」

 

 パチパチと優斗とフィオナで拍手する。

 その他、お馬さんごっこをやったりと様々なことをやって、

 

「たっ!」

 

 マリカは今、積み木に集中していた。

 優斗達はベッドに座ってゆったりとする。

 

「最近は平和です」

 

「二週間ぐらいだけどね」

 

 学院も休みに入って、ゆっくりできている。

 

「ただ、そろそろ厄介ごとが舞い込んできそうな気がする」

 

「……優斗さんが言うと本当に来そうで嫌なんですけど」

 

「これはもう、長年の勘が告げてるんだからしょうがないよ」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 ということで三日後、早朝から優斗は卓也とクリスと共に高速馬車に乗っていた。

 

「……なんかもう行く理由が泣きたくなる」

 

「そうですね」

 

「本当にな」

 

 三人揃ってため息をつく。

 

「今年に入ってから、これで何ヶ国目だっけな……」

 

「ユウトは四ヶ国目でしょう。月1ペースより多いですね」

 

「……本当に多い」

 

「お前の場合は微妙に自業自得だよ」

 

 優斗達はこれから待ち受ける面倒な事に対して、すでに疲れを見せていた。

 

 

 

 

 

 高速馬車で向かう二日前。

 優斗と卓也、クリスは王城へと呼び出された。

 そして謁見の間で、

 

「イエラート?」

 

「ああ、あそこも宗教国ということになるのだが……そこから書状が送られてな。ユウト達にはイエラートへ向かってほしい」

 

 宗教国と聞いて優斗の脳裏にラグの顔がちらついた。

 

「大魔法士として、ですか?」

 

 だとしたら凄く嫌だ。

 行きたくない。

 

「いや、大魔法士が向かうとは伝えてあるが、必要とされているのは別の理由だ」

 

 けれど予想外の返答に優斗が少し驚く。

 

「どういうことですか?」

 

「イエラートは異世界人を召喚する数少ない魔法陣が伝わっている国でもある。うちとは違い、召喚した者を勇者と定めることはしていないがな。そして前回召喚した者が老衰で亡くなったということで、一ヶ月前に新しく異世界人を召喚したらしいのだが、その者達が厄介らしい」

 

 王様の説明。

 ちょっとした疑問が浮かんだ。

 

「質問なんですが、異世界人ってひょいひょい召喚できないんですか?」

 

「できない。普通の魔法陣とは違っていて一度召喚してしまえば魔力は自然補給以外、受け付けない。魔法陣に魔力が溜まるまで二十年は掛かる。さらに当該の魔法陣で召喚された異世界人が亡くなるまで新たな召喚は不可能だ。一説によれば龍神が関与しているとも目されている代物だ」

 

「なるほど。だから異世界人が蔓延ることはないんですね」

 

「そうだ」

 

 王様が頷く。

 

「続きを話すが、どうやら今回召喚した者達と会話をするのが難しいらしく『手助けを願いたい』という旨の書状が届いた」

 

「者達……というと?」

 

「ユウト達と同様、巻き込まれた者がいるということだ」

 

 書状からは二人召喚された、となっている。

 

「難しい……というのは会話できない、ということなのでしょうか?」

 

 クリスがさらに問いかける。

 

「違う。意味はともかく単語としては理解できているらしい。だから異世界人特有の暗号かもしれない、と向こうは思っていてな。ゆえにお前達に行ってもらいたい」

 

「なぜ自分も?」

 

「書状を読み進めると、なんとなくシュウとイズミを思い出してな」

 

 王様の言葉に優斗達三人は顔を見合わせる。

 

「王様はシュウ達のような変人だと思っていると?」

 

「おそらくな。そして異世界の変人対策と言えばお前達だ。本来はレイナもだが、卒業間近に無理はさせられないのでな」

 

 優斗、卓也、クリス、レイナ。

 そのうち三人も向かわせれば問題はないはずだ。

 

「……否定したいけど出来ない」

 

「変人対策っていうか、変人慣れしてるだけなんだけどな」

 

「ですね」

 

 

 

 

 以上の理由でイエラートに向かうことになった。

 今は国内に入って馬車が王城を目指している。

 

「良かった点といえば、国からの頼まれ事だから給金が出るってところか」

 

「自分もです。まさかこんなに早く国から承るとは思っていませんでした」

 

「僕は一応、ミラージュ聖国に行ったときに貰ってるから二回目かな。お給金が出るのって」

 

 しかもギルドよりも金払いが良いから、懐は温まる。

 

「ただ、理由がね」

 

「どうする? マジで修とか和泉みたいのが出てきたら」

 

「まあ、会話が通じないってことだから、変人ベクトルが違うだけだと思いたい」

 

「どちらにしても面倒なことです」

 

 直接会わない限りなんとも言えないのは確かだが、それでも内容が内容なだけに気分は進まない。

 

「優斗の出迎えもかったるそうだな」

 

 卓也としてはそこもネックだ。

 ミラージュ聖国の時は大層だったと聞いている。

 けれど優斗は軽く手を振った。

 

「大丈夫だよ。今回は返事の文を出す際、王様に頼んで全力でやめてもらうように伝えた。歓待も受けないし、大げさな出迎えがあったら泣きますよって」

 

「馬鹿みたいな理屈が通ったものですね」

 

「クリス、マジで泣きたくなるんだから僕だって懇願するよ」

 

 と、馬車が遅くなる。

 段々と速度が落ちていき、やがて城門前で止まった。

 ドアを開けて外に出る。

 御者に感謝の意を述べて、とりあえず三人で伸びをした。

 

「思ったよりも早く着いたけど……」

 

 予定していた時間より一時間ほど早く着いてしまった。

 

「こんなに早く着くんだったら馬車の中で弁当を食うんじゃなくて、市街で店に入ったほうがよかったな」

 

「かもしれませんね」

 

 どこかしらで暇つぶしでもしようか、と相談していると城門が開いて一つの影が走ってきた。

 

「女性ですね」

 

「若いな」

 

「僕らと同年代くらいじゃない?」

 

 白銀のショートカットを靡かせて、急いで向かってくる。

 そして優斗達の前に立った。

 

「だ、だだ、大魔法士様ご一行であらせられすすでしょうか!?」

 

 第一声で嚼んだ。

 さらに慌てたのか、返事を聞くこともなく、

 

「あ、あの、あの、あの、わ、わた、私は……っ!」

 

 あわあわと。

 とんでもなくテンパっている。

 よく分からないが、王城から来たので迎えの者なのは優斗達が理解できる唯一のことだ。

 

「クレアに似てるんじゃないか?」

 

 垂れた目尻に柔らかな相貌。

 美人と可愛いなら可愛いに属する感じだ。

 

「慌て具合などはよく似てると思います」

 

「とはいえ、可哀想だから助け船を出さないとね」

 

 優斗はクレアの時と同じように、手を叩いた。

 女性の注目を自分に向ける。

 

「まず深呼吸してください」

 

「は、はは、はい!」

 

 未だに慌てた様子だが、言われた通りに深呼吸。

 十回ほど繰り返す。

 そして、少しだけ落ち着いた女性にクリスが尋ねる。

 

「初めまして。我々はリライト王より命を承りイエラートに参った次第なのですが、貴女は?」

 

「わ、私はイエラート学院二年で生徒会長を務めているルミカ=ナイル=エレノアといいます! この度は大魔法士様ご一行の案内役を務めさせていただきます!」

 

 女性――ルミカの自己紹介に三人は少し驚く。

 

「学生の方ですか?」

 

「は、はい。貴国のリライト王から『案内は学生のほうが彼らも気楽だろう』という文を戴いたらしく、私が皆様の案内役にと指名されました」

 

「そうなのですか」

 

 まあ、年輩が来ても困るので助かる。

 

「では守衛の方も呼んで頂けますか? 我々の身分を証明する証文を確認してもらいたいのです」

 

「わ、分かりました!」

 

 慌てて守衛を呼びに行くルミカ。

 クリスが証文を確認してもらい、城門が開いた。

 王城までそこそこ距離があるので、ルミカが馬車を用意すると言ったが丁重に断る。

 

「まずはこちらも自己紹介をさせていただきましょう。自分はリライト魔法学院二年、クリスト=ファー=レグルと申します」

 

「同じく二年、タクヤ=フィスト=ササキですけど……来た理由から考えると佐々木卓也です」

 

 求められているのは『異世界人』なのだから。

 

「二人と同じく二年、ユウト=フィーア=ミヤガワ……であると同時に宮川優斗。よろしくお願いします」

 

 挨拶をする。

 特に優斗の名前を聞いてルミカが慌てた。

 

「だ、大魔法士様ご一行に敬語を使われるなど恐れ多く、是非ともぞんざいな言葉使いで!」

 

 手を大きく振って拒否するルミカ。

 

「……おい、オレらまで一緒くたにされたぞ」

 

 卓也が残念そうに項垂れる。

 

「自分はこの言葉使いが基本なのですが」

 

 クリスもどうしていいか、ちょっと分からない。

 

「僕に振らないでくれる……って言いたいけどね」

 

 原因が優斗なのだから否定はできない。

 

「ルミカさんでしたか。ちょっとよろしいですか?」

 

 優斗が話しかけるとルミカがカチコチに固まったまま返事をする。

 

「な、なな、なんでございましょうか大魔法士様!!」

 

「同い歳なんですし他国の学生が来たとでも思ってもらえませんか?」

 

「め、滅相もないです。そんな、大魔法士様を学生などと――」

 

「学生ですよ、僕は」

 

 言い切る。

 すると、ルミカの顔が少しだけ呆けた。

 優斗はさらに続ける。

 

「正真正銘、学生です。しかも慇懃な態度を取られると慣れてないので死ぬほど疲れる性質です」

 

「えっ!?」

 

「普通にしてもらったら、こっちも敬語を外しますけど……どうしますか?」

 

 まさかの発言にルミカの歩みが止まる。

 

「えっと……」

 

 しばし、考える。

 けれど答えが出なさそうなので卓也とクリスが手助けした。

 

「余計なことは考えるなってことだよ」

 

「大魔法士といえど、自分達と同い歳です。気を張る場面は少ない方が気楽なのですよ」

 

 二人の助言をルミカは……素直に聞き入れる。

 そして頷き、

 

「その……口調はこれが普通なのでご了承してください。“さん”も抜いてくれると嬉しいです。あと私は基本的に男の子は“君”付けなのですけど大丈夫ですか?」

 

「分かりました。自分も同じですからご理解を」

 

「ありがとう、聞き入れてくれて」

 

「助かる」

 

 四人で同時に頷いた。

 また、歩き出す。

 

「良かったよ。ルミカの頭が固くなくて」

 

「ミラージュ聖国ではミラージュ王にすら敬語を使われていましたからね」

 

「しかも最後まで、だもんな」

 

「……だ、大丈夫だったんですか?」

 

 今さっきのやり取りを鑑みる限り、優斗は堅苦しいのが嫌いなはず。

 なのに王族から敬語を使われるというのはどうなのだろうか。

 

「周囲の空気が敬語以外使う気ないからって感じの空気だから泣きそうだった。結局、第二王子のラグ以外は徹頭徹尾、敬語」

 

 本当に心労が溜まった。

 

「しょうがないことだから諦めろ」

 

 ポン、と卓也が優斗の肩を叩く。

 大魔法士なんてものになった自分を恨め。

 

「……まあ、いいや。それで今日の予定はどうなってるの?」

 

「一応、イエラート王にお会いしてから異世界の方々との対面という形を取らせていただくのですが」

 

「……逃げたい」

 

「あちらの目的はユウトですよ」

 

「だよね」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 そして心労が溜まる謁見も終わり、今は客間でしばしの休憩中。

 ふかふかの椅子に全員座っている。

 

「なんていうか、大変だな優斗も」

 

「王族が膝をついてましたからね」

 

 先程の光景を見て卓也もクリスも少し唖然とした。

 優斗に対しての態度が本当に凄い……というか怖い。

 

「今回はあらかじめ頼んでたから王族だけの謁見で済んだけど、ミラージュの時は三,四十人が全員同じことやってたから、それに比べればマシだよ」

 

「ユウト様……じゃなくてユウト君は大魔法士様なのに偉い感じがしません」

 

「あんまり偉ぶったりしたくはないかな。というかまだ、大魔法士がどれほどの存在なのか詳しく知らないしね」

 

「えっ? でも大魔法士様は本当に凄い存在ですので、どのような態度を取っても問題ないと思います」

 

 歴史上二人目の大魔法士。

 その名は世界に轟いており、伝説と目される存在。

 王族と対等……いや、それ以上だとしてもルミカは普通に納得する。

 けれど優斗は首を振った。

 

「僕的には偉いっていうのと『力』があるっていうのは別物だと思ってる。だから大魔法士というだけで偉いわけじゃない……と考えてるんだけど、あんまり通用しないみたいだね」

 

 今回の件も通じて、弱冠だが諦めが入った。

 立場的には王族よりも上な場合がある、と。

 最低でも王族と同等の立場だろう。

 優斗が盛大にため息をつく。

 クリスは彼の姿に苦笑しながら話題を変える。

 

「ルミカさんは異世界の方々とお会いしたことは?」

 

「一応、彼らを中等学院に通わせようとしているらしく、中等部の生徒会役員を連れてお会いしたことがあります」

 

「年下ですか?」

 

 思わずクリスが聞き返す。

 

「ええ、見た目的に14歳前後なので中等部二年に編入させる手筈です」

 

「どのような感じなのですか?」

 

「えっと……コミュニケーションが取れません。ですから異世界の方々はもしかして、話が通じない方々なのかな、と最初は思ったぐらいで」

 

 何しろ初めて異世界人に会ったのだ。

 そう思っても仕方ないことではある。

 

「言われてるぞ、優斗」

 

「言われてるよ、卓也」

 

 リライトの異世界コンビが互いを肘で小突く。

 

「あ、いえ、今はもう考えも違いますし、決してユウト君とタクヤ君のことではなく……っ!」

 

 ルミカが慌てる。

 

「分かってるよ」

 

「安心しろ。冗談だ」

 

 二人のからかうような笑みにルミカがほっと一安心する。

 間を見てクリスはさらに深く尋ねた。

 

「しかし会話ができないとは?」

 

「なんていうか、会話がかみ合わないんです。眼帯している女の子がいきなり豹変したり、包帯を巻いている男の子が腕が抑えながら『危ない!』とか……」

 

 大丈夫なのか心配になる。

 けれど話を聞いて、優斗と卓也は別の意味で心配になった。

 

「……おい、優斗」

 

「言いたいことは分かる。こっちとして違うと願いたい」

 

 断片だけだが、とある単語が思い浮かぶ。

 

「今は別の異世界の方が対応なさってくださっているのですが、芳しくなく……」

 

「別の異世界人が来てるんだ」

 

 へぇ、と優斗は頷く。

 確かに珍しい人達であり少ないが、いないわけではない。

 むしろ大事には結構関わってくるのが異世界人。

 なので今回も自分達以外にもいるということか。

 けれどルミカから続いた単語。

 これに大層優斗は驚いた。

 

「フィンドの勇者様がいらっしゃっています」

 

「フィンドの勇者っ!?」

 

 思わず物音を立てて優斗が立ち上がる。

 同時、客間の扉が開いた。

 

「ルミカ。やっぱり上手く話し合えな……」

 

 入ってきた男性と優斗の視線が合う。

 

「……うわぁ…………」

 

 思わず優斗が呻く。

 数週間前に会ったばかりの『フィンドの勇者』竹内正樹。

 彼が目の前にいた。

 後ろにいるハーレムも健在だ。

 

「優斗くん?」

 

 困った表情の正樹の顔がいきなり明るくなる。

 

「優斗くんだ!!」

 

 そして駆け寄り抱きついた。

 正樹のほうが身長が大きいので上から包まれる形だ。

 

「だ、抱きつかないでください! う、後ろ! 後ろの人達がきっと怖いですから!」

 

 腕の中で暴れる優斗。

 しかも半ば本気で暴れているので心底焦っているのが丸わかり。

 

「ご、ごめんね。本当に近々会えたから嬉しくて」

 

 満面の笑みのまま、正樹が優斗から離れる。

 

「優斗、この人が?」

 

 卓也の疑問に優斗は頷く。

 

「……そう。フィンドの勇者で同じ日本人の竹内正樹さん」

 

 そして紹介すると正樹の視線も卓也を捉えた。

 

「あっ! もしかして君も?」

 

「佐々木卓也。よろしく、竹内さん」

 

「正樹でいいよ、卓也くん。敬語も無しだと嬉しいな」

 

「分かった。正樹さんがいいなら普通に話すよ」

 

 卓也は改めて正樹を見て、ハーレムを見る。

 

「凄いな。後ろのも含めて」

 

「そうかな? ボクはよく分からないけど」

 

「いや、本当に凄い」

 

 まさしく物語の勇者みたいに思える。

 これこそ王道だ。

 

「もしかして金髪の格好いい人も優斗くんの仲間?」

 

「はい。クリスト=ファー=レグルと申します。クリスとお呼び下さい」

 

「よろしくね、クリスくん」

 

 二人は握手をする。

 イケメンとイケメンの図は非常に絵になっていた。

 

「自分達は国からの頼まれ事でやって来たのですが、マサキさんはどうしてこの国へ?」

 

「ギルドの依頼で来てたんだよ。そしたらボク達のことを知ってる人が来て、後輩ともいうべき異世界者と会話ができないことを知らされてね。昨日から王城にいるんだ」

 

 つまり優斗達と出会ったのは偶然ということだ。

 

「マサキさんは話せたのですか?」

 

 クリスが訊くと正樹は首を横に振る。

 

「話し方が悪いのかな、ボクじゃ上手く会話できなくて」

 

「別にマサキさんが悪いというわけではないと思いますよ」

 

 クリスが優斗達に視線を送れば、うんうんと頷いていた。

 

「とりあえず正樹さんは休んでください。次は自分達が行ってきますから」

 

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