第145話 外伝:fairy tale
今より1000年前。
一人の少女が一体の精霊を召喚した。
「おおっ、出てきた」
それは今まで誰もが出来なかったこと。
精霊王――パラケルススの召喚。
「へぇ、こんなおじいちゃんが精霊の主なんだ」
だというのに少女は平然としていた。
とりあえず試してみたら出来てしまった……といった様子なのにも関わらず、出来たところで当然だと思っているかのように。
「ねえ、パラケルスス」
少女は呼び出した存在に対して、笑みを浮かべて左手を差し出す。
「私と契約しよう」
これが後の世に伝説となった『大魔法士』と呼ばれる少女――ミラージュ聖国王女マティス=キリル=ミラージュとパラケルススの出会いだった。
巻き込まれ異世界召喚記~外伝~
『 fairy tale 』
とある世界の、とある空間。
パラケルススは昔を思い返し、懐かしさに目を細める。
自分を従えようとする人間がいるなど、考えもしなかった。
だから言ってやった。
『ならば力でまずは従わせてみたらどうかの?』
本当に契約するに足る存在なのかどうかを。
自分と契約できるほどの常識外な少女なのかを見極める為に。
すると、だ。
少女は目を輝かせ、いきなり神話魔法を放ってきた。
躊躇も何もなく楽しいとばかりに戦う。
本当に変な少女だった。
「どう? 私は貴方の契約者に足る存在かな?」
縦横無尽に暴れ、周囲を焼け野原にしたあとに笑みを零しながらの言葉。
パラケルススは呆れたように首を縦に振った。
『よかろう。儂の契約者としてお主を認めよう』
愉快だと思った。
別に人間と契約することを忌避しようとは思っていない。
だから、この少女とパラケルススは契約をした。
『……しかしのう』
パラケルススは苦笑する。
それからは初めてばかりの日々で、本当に驚きの連続だった。
「あっはっはっはっはっ!! 四竜如きが私に敵うとでも思ったか!?」
高笑いを上げながら四体の竜を相手に啖呵を切り、
「手加減する相手を間違えたね、フォルトレス」
強大な存在を前にして尚、余裕を崩さない。
『まこと、剛胆な女子であったな』
生まれながら精霊に好かれ、独自詠唱の神話魔法を操る。
まったくもって王女らしくなかったが、それでも皆が彼女を好いていた。
異常な力を持っているが故の恐れを尊敬に変え、常識外の存在であるからこその畏怖を憧れとさせた。
それだけの魅力がマティスにはあった。
しかし、だ。
「この歳になると、やっぱりパラケルススとの付き合いが一番長いんだよね」
人間であるからこそ老いがあり、生命に限りがある。
昔のように暴れられないから、今は会話の相手をすることがパラケルススにとって主な出来事だ。
「次に旦那が長い付き合いだけど……まあ、私らしいか」
樹に寄り掛かり、ひなたぼっこをしながらマティスは小さく笑う。
契約をしてから60年。
たくさんの問題を起こして、たくさんの問題を精霊の主と共に解決してきた。
小さな事も、大きな事――世界だって助けた。
「ねえ、パラケルスス。私、そろそろ死ぬよ」
『そうか』
姿形が変わらぬ精霊と、老いて様相が変わったマティス。
それが人間というものだとパラケルススも理解している。
だから何を言うわけでもない。
「いずれ私と同じような人間が現れる。だからさ、その時はまた力を貸してくれないかな? その時も問題とかたくさん出てくるだろうし」
『どうかのう。契約者殿のような存在は二度と現れぬような気がするが』
「だいじょうぶ。10年後か、100年後か、それとも1000年後かは分からないけど、またパラケルススと契約できる人間が現れるよ」
確信しているかのように、皺を深くし笑むマティス。
『契約者殿得意の運命論というやつか?』
「そうだね」
素直に頷いて、マティスは言う。
「ねえ、パラケルスス。私と契約して楽しかった?」
『契約者殿ほど愉快な人間はそうそう、いないと思うがの』
本当にそう思う。
出会いからして破格だった。
やること為すこと、全てがとんでもなかった。
これも一重にマティスと契約したからこそ経験した出来事。
故に目の前にいる契約者と過ごした日々は、本当に愉快だったとパラケルススは断言できる。
「なら、よかった」
マティスは朗らかに笑い小さく目を瞑る。
そして懐かしむかのように昔日の記憶を紡いだ。
共有している体験を。
同じく経験している出来事を。
惜しむのではなく、楽しかったと再確認する為に。
それから数日、パラケルススとマティスの契約が終わった。
◇ ◇
そして10年、100年、1000年と時が経ち。
「……マジで?」
マティスと同種の人間が現れる。
パラケルススの前にいるのは、僅かに呆然としている少年。
「えっと……これって本物の詠唱だったの?」
精霊の主が現れたというのに、少年はパラケルススではなく詠唱の真偽に驚いていた。
パラケルススは人間の世界に興味はない。
けれど、己がどのように扱われているかは理解していた。
それが1000年経とうと変わることがなかったことを知っている。
だからこそ、だろう。
少年は少女と“同じ”だと思った。
パラケルススが初めて契約した少女――マティスと。
『――――――』
その時、ふわりとパラケルススに近寄るシルフの姿があった。
彼女の言葉に精霊王は素直に頷く。
『そうさな。契約者殿はマティスと同じだの』
性別は異なり、生まれた場所どころか世界すら違う。
それでも少年は少女と同じように、精霊を従わせるに頷ける存在。
パラケルススは横目で視界に映る火の大精霊を見る。
『それでイフリートはなぜ、落ち込んでいる?』
まったくもって火の大精霊らしくない。
するとシルフが困ったような表情になった。
『なるほど、契約者殿にあまり使役されていないか』
確かにとパラケルススは頷く。
と、さらにイフリートからの訴えがある。
『というかシルフばかりずるい? いや、仕方なかろうて。契約者殿と一番相性が良いのはシルフだ』
風と相性が良い今代の契約者。
だからこそシルフを好んで使役している。
『まあ、アグリアやウンディーネ、ファーレンハイトは奥方と相性が良いからの。特に不満もあるまいて。ノームは子供に人気だから契約者殿も頼りにしているし、トーラも契約者殿が信頼しているのはよく分かる。エレスは契約者殿がマジギレした瞬間、最良の存在に変わるからのう』
おおよその役割分担がある。
しかし、
『お前は規模と結果が危ないだけに契約者殿も扱い辛いのだろう』
マティスは暴れん坊というか、しょっちゅう周囲を破壊しながら敵を倒していただけに、イフリートを好んで使っていた。
今代も戦う場所が荒野とかなら、また話は別なのだろうが。
『それに自分の扱いが悪いと言うが儂などクソジジイと呼ばれることもあるのだから、お前はまだ丁寧に扱われているの』
それは昔も今も変わらない。
先代の時は、
「おいこら、そこのクソジジイ。ちゃんとこっち向いて喋れ」
話をしよう、と言ってきたが面倒だったので無視したらいきなり呼ばれた。
今代は勝負を吹っ掛けたら、
「こん……のクソジジイ! いきなり勝負とか頭おかしいだろうが!!」
そう叫んで神話魔法をぶっ放してきた。
『本当に懐かしいと思わされる。この儂をクソジジイと呼ぶなど、あの二人しかおるまいて』
精霊の王たる自分をボロクソに言えるなど、まさしくマティスと今代の契約者――優斗だけだ。
パラケルススはふっ、と笑う。
『マティスよ。お主の予感は当たり、儂は再び契約者を得た』
再び己と契約できる人間が現れた。
『お主とは違うが、それでも“同じ”だと言える新たな契約者殿をな』
彼女と同様に敵を圧倒し、同じように問題ばかり抱える。
本当に困ったような存在だ。
『だからこそ、言えるのう』
彼女に伝えられることがある。
『儂は今、愉快だぞ。“契約者殿”』
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