第82話 新しい家族

 

 副長とビスとダンディがどこかに行っている間、優斗とキリアはのんびりとソファーで休憩。

 愛奈は泣き疲れたのか、優斗の膝を枕にしてぐっすり。

 

「先輩、大魔法士っていうか大魔王よね」

 

「そう?」

 

「そう? って……。あのね、あんなに怖かったの初めてなんだから」

 

 身体が震えるほどの恐怖など、未だかつて味わったことがない。

 

「わたし、戦ってる時が一番怖いと思ってたのに、先輩の殺気のほうがよっぽど怖かったわ。しかも何? どっちが正しいか分からなくなるわよ、あの展開」

 

 端から見たら優斗のほうが悪党にしか見えない。

 

「キリアに稽古をつけてる人が凄いっていうのは分かったんじゃない?」

 

「凄いっていうか怖い」

 

 ただの恐怖対象だ。

 

「でも強いのは確かだし、本当に先輩の弟子になろうかしら」

 

 気軽にキリアが言うけれど優斗は止める。

 

「やめたほうがいいよ」

 

「なんで?」

 

「一応、ミラージュ聖国から『大魔法士』なんて呼ばれてるわけですよ、僕は」

 

「それは知ってるわ」

 

「僕がいまのところ、結構な勢いで稽古をつけてるのは嫁とキリアぐらいなんだけど、弟子なんて取る気はない。もしキリアが弟子とか言い出したらキリア以外にも多数殺到し始めるし面倒なのは火を見るより明らか。さらにキリアは余計な目で見られると思うよ。“大魔法士の弟子なのに”とか“大魔法士の弟子だから”とか」

 

「実力を純粋に見てくれないってこと?」

 

「そういうこと。それに現状で弟子もどきって扱いになってるんだし、稽古をつけろって言われればやってあげてるし、このままでいいでしょ」

 

 優斗の説明にキリアは頷く。

 

「まあ、稽古つけてくれるんだったら何だっていいわよ」

 

 とりあえず世界最強の人間の手ほどきを受けられることが分かればいい。

 と、ハーレムにもみくちゃにされていた正樹がやって来た。

 

「優斗くん、お疲れ」

 

 手に持っているコップを渡してくれた。

 

「ありがとうございます」

 

 素直に受け取る。

 

「優斗くん、あれだよね」

 

「何ですか?」

 

 首を捻る優斗に正樹は、

 

「ぶっ飛んでるよね」

 

 爽やかすぎる笑みでさらっと酷いことを口にした。

 

「……言うに事欠いて、それですか?」

 

「いやぁ、ボクだって『フィンドの勇者』として頑張ってるけど、あそこまで圧倒されるとは思わなかった」

 

「誰でもビビるわよね」

 

 むしろ気圧されなかった人物はいなかっただろう。

 

「っていうかフィンドの勇者、あんたって結構大それたこと言ったわよね。大魔法士に対して『仲間になってほしい』なんて」

 

 チャレンジャーだ。

 身の程知らずと言っていいかもしれない。

 

「知らなかったから言えたことだけど、本当ならボクが仲間にしてほしいって言う場面だよね」

 

「どう言われても嫌ですよ。勇者が二人も仲間にいるなんて考えただけでぞっとします」

 

 微妙にタイプの違う勇者だから厄介だ。

 と、キリアが気になる。

 

「先輩の仲間の勇者って『リライトの勇者』ってこと?」

 

「そうそう」

 

「先輩じゃないんだ」

 

「僕はそいつの召喚に巻き込まれただけだよ」

 

 本命は自分じゃない。

 すると、正樹が羨ましそうな顔をして、

 

「……いーなぁ。ボクも誰かと一緒に召喚されたかった」

 

「過ぎたことは諦めてください」

 

 優斗が苦笑する。

 

「でも先輩みたいなのがいるんだから『リライトの勇者』も肩身が狭いでしょうね」

 

「なんで?」

 

「先輩が勇者じゃないのに化け物みたいな実力持ってるんだから、わざわざ『リライトの勇者』として召喚された人の身になって考えてみなさいよ」

 

 肩身が狭いどころじゃない。

 

「あ~、言いたいこと分かるよ。ボクも最初から優斗くんが仲間にいたら勇者としての自信なくしてたかも」

 

 キリアと正樹がうんうん、と頷く。

 しかし優斗は小さく笑った。

 

「何か勘違いしてるみたいだけど『リライトの勇者』は僕と同等だよ」

 

「…………はっ……?」

 

「……なんだって?」

 

 聞き間違えかと思って二人が聞き返す。

 

「だから同等。むしろ僕のほうが分が悪い」

 

 もう一度説明する。

 

「うわぁ……凄いね、そっちの勇者は」

 

 正樹はどうにか納得した。

 キリアは頑張って情報を咀嚼する。

 

「えっと……つまり先輩みたいなのがもう一人いるってこと?」

 

「いるってこと」

 

「……シャレになってないわよ」

 

 大魔法士と同等ってどういうことだ。

 

「僕以上にシャレになってないから『リライトの勇者』なんだよ」

 

 チートの権化。

 主人公。

 それが修だ。

 

「仲間の中で勇者が一番強いっていうオーソドックスな形は崩してないよ」

 

「……魔王すら逃げ出したくなるようなパーティね」

 

 むしろ目の前の男のほうがよっぽど魔王みたいだ。

 三人で今日の出来事について談笑していると、

 

「マサキ、そろそろ馬車の用意ができるみたいだ」

 

 ニアが話しかけてきた。

 

「分かったよ」

 

 彼女は来たついでに優斗を睨む。

 キリアが呆れた。

 

「……フィンドの勇者。貴方、仲間に常識っていうのを教えてあげたら? 仮にもリライトの貴族で大魔法士よ、先輩は。不敬にも程があるんじゃない?」

 

 キリアですらここまでは出来ない。

 思わず正樹も謝る。

 

「ご、ごめんね優斗くん」

 

「別に気にすることでもないですよ。今後、正樹さんと会うことはほとんどないですから、そう思ったら子供のちょっとした敵愾心と思えます」

 

「ん~、ボクとしては近いうちに優斗くんと会うと思うんだよなぁ」

 

「……正樹さん。そんなこと言われると本当に会いそうなんですが」

 

 正樹のような人物が思うからこそ、事実になりそうな気がする。

 ニアが優斗の態度に怒鳴った。

 

「貴様! マサキに会いたくないのか!?」

 

「ああ、もう、はいはい。僕が悪かったですよ」

 

 適当にあしらう。

 

「とりあえず近々会う云々は置いとくとして、今日はここでお別れですね」

 

「うん。この世界で初めて日本人と会えて嬉しかったよ」

 

 優斗と正樹は握手をする。

 

「それじゃ、また」

 

「うん、またね。愛奈ちゃんのこと、よろしく」

 

 正樹はニアと共に去って行く。

 入れ替わるように、続いてはダンディ。

 

「ユウト殿、キリア。今日はお疲れだったのう」

 

「マイティーさんこそ」

 

「儂はそこまで疲れておらん。強いて言えば、洞窟の中を走ったぐらいか」

 

「僕もあんまり、ですよ。たぶん一番疲れたのはキリアです」

 

 二人でキリアを見る。

 一緒に笑った。

 

「確かにキリアは死にそうな顔をしていたのう」

 

「ちょっ、ダンディさん!?」

 

「はっはっは。良いではないか。200対6を倒れることなく耐えきったのだ。誇るべき誉れとなるだろう」

 

 豪快に笑うダンディ。

 

「キリアも儂の戦友だ。今日の誉れを胸に今後も精進し、共に上を目指そうではないか」

 

 言うと同時、ダンディとキリアは優斗を指差す。

 

「いつかは心ゆくまで闘おう」

 

「いつかは倒すわ」

 

「変に仲間意識持たないでください」

 

 優斗が呆れた。

 ダンディがさらに笑う。

 

「まあ、それはそうと儂もそろそろ帰らんといかんのでな」

 

 そして愛奈の頭を大きな手で優しく撫でる。

 

「娘っ子のことはリライトに任せる。フィンドの勇者に儂、そしてリライト近衛騎士団副長と大魔法士。これだけの『名』を前にしてジャルやリスタルの連中が何か言うことはないだろうが、もし言ったところで義は儂らにある。何か困ったことがあれば副長に儂を頼るよう伝えておいてくれ」

 

「分かりました」

 

「では、また会おう」

 

 大きく手を振ってダンディが帰って行く。

 しばらくしてから副長とビスが戻ってきた。

 

「我々もリライトに帰りましょう」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 高速馬車に乗っているうちに愛奈は目を覚まし、優斗の膝の上で外の風景を見ている。

 副長が優斗に話しかけた。

 

「ユウト様」

 

「何ですか?」

 

「本日のところはアイナをトラスティ家で預かってほしいのです」

 

「別に構いませんけど、いいんですか?」

 

「はい。私は帰ってから早急にアリスト王と話し合いをします。明日の朝までにはリライトでのアイナの待遇について決めますが、その間は王城で預かっているよりも慕っているユウト様の家に預けたほうがこの子も安心するかと」

 

 優斗が頷く。

 けれど、話を聞いた愛奈が所々の単語を理解していたのだろう。

 

「……あいな……おにーちゃんとはなれるの……いや」

 

 優斗にしがみついた。

 副長は微笑する。

 

「分かっていますよ。騎士のお姉ちゃんに任せてください」

 

 安心させるような声音。

 こくり、と素直に愛奈が頷いた。

 

「どうするつもりなんですか?」

 

「アイナをトラスティ家に住まわせるよう、配慮するつもりです。ユウト様だってそのようにお考えなのでしょう?」

 

「ええ。僕には助けた責任があります」

 

 ただ今日くらいは王城で保護、という形を取ると思っていた。

 

「今のトラスティ家はある意味、要塞です。常駐している守衛の数も騎士の数も以前より多いですし、先日の魔物騒動の時から結界魔法も張られています。保護する場所としては最適かと存じています」

 

 さらには優斗とフィオナ。

 呼べばすぐに駆けつけてくれるリライトの勇者と友人達。

 まさしく鉄壁だ。

 

「愛奈の事とは別に、僕がやらないといけないことはありますか?」

 

「面倒事になろうともユウト様に迷惑をお掛けすることはありません。お任せください」

 

「もし面倒事になったら、僕の名を存分に使ってくれて構いません。相手が後悔してもし足りないぐらいに後悔させてください」

 

「畏まりました」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 夕方にはリライトに戻り、キリアを降ろした後にトラスティ家の前。

 最初は副長やビスも説明のために残ってくれようとしたのだが、これから王様と色々話し合わないといけないのに余計な手間を取らせるのもどうかと思って断った。

 

「ここが今日から愛奈が住むお家だよ」

 

 愛奈が頷く。

 と、バルトが出てきた。

 

「ユウトさん。お戻りになられましたか」

 

「はい。ようやく帰って来れました」

 

「そちらのお嬢さんは?」

 

 バルトが温和な表情を浮かべながら訊いてくる。

 なんとなく分かっているらしい。

 

「僕の妹、といったところですね。今日からこの家に住まわせようと思っています」

 

「でしたら我々にとって新しいお嬢様ですね」

 

 バルトは頷くと、それ以上は訊かずに守衛室へと戻った。

 優斗は愛奈の手を引いて家の中に入る。

 

「ただいま」

 

「お帰り、ユウト」

 

「あ~い」

 

 広間に顔を出すと、いたのはソファーでお茶を飲んでいるエリスと近くでお絵かきをしているマリカ。

 平日の昼3時頃なので、フィオナとマルスはまだ帰ってきていない。

 エリスは言葉を返してから優斗を見て……愛奈を発見。

 

「また可愛らしい子と一緒ね。妹でも連れ帰ったの?」

 

「似たようなものです」

 

「この家で育てるの?」

 

「僕が助けたので責任があります。だから土下座してでも一緒に暮らす許可を義父さんと義母さんから取るつもりです」

 

「別にそんなことしないでいいわよ」

 

 エリスは簡単に手を振って優斗達に近付く。

 

「この人は僕の義母さん。ちゃんと挨拶できる?」

 

 優斗がちょっと背中を押す。

 少し前に出た愛奈とエリスの目が合った。

 

「……あいな。6さい」

 

 端的でも挨拶ができた。

 優斗がえらいえらい、と頭を撫でる。

 

「アイナっていうのね」

 

 小さく笑みを浮かべるエリス。

 

「ユウトの妹になりたい?」

 

 問いかけに愛奈は首肯。

 さらにエリスは訊く。

 

「じゃあ、私はアイナのママになるんだけど大丈夫?」

 

 だが訊いた瞬間、愛奈は小さく首を横に振った。

 

「どうして?」

 

「ママは……こわいの」

 

 ふっ、と愛奈の雰囲気が変わった。

 

「……パパもママも……すぐ……ぶつの。……すぐ……おこるの。だから……ママはこわいの」

 

 だんだんと表情が乏しくなっていく。

 これは彼女が母親なのが嫌、というわけではなく『ママ』という単語に拒否反応を示したと見るべきだろう。

 思わずエリスの表情が鋭くなった。

 

「ユウト、この子って……」

 

「僕と同じ日本出身で、昔の僕に似た境遇で、似たような耐え方をしてます。会ったときは完全に感情も思考も止めてました」

 

「……そうなのね」

 

 優斗が愛奈を『妹』と評した理由の一端はこれか。

 同じ日本人というだけじゃない。

 似ているからこそ優斗は愛奈に同じ道を歩ませないよう助けようとしている。

 

 ――義息子が助けたいって言ってるなら、手伝うのが義母の役目よね。

 

 エリスは気合いを入れると愛奈の頬を両手で包んだ。

 

「じゃあ、お母さんはどう?」

 

「おかーさん?」

 

 首を傾げる愛奈にエリスは大きく頷く。

 

「そう、お母さん。ママは怖いのよね? でもお母さんは怖くないわよ」

 

「……いっしょじゃ……ないの?」

 

「違うわ。お母さんはすぐにぶたないし、すぐに怒らない。アイナが頑張ったらぎゅって抱きしめるし、偉いことしたら良い子良い子って頭を撫でてあげる」

 

 愛奈が言っている『ママ』は母親なんかじゃない。

 母親だなんてエリスは断じて認めない。

 

「だから早速訊くわよ。アイナは今日……頑張った?」

 

 半ば確信を持ってエリスが尋ねる。

 けれど突然のことに愛奈は困惑した。

 

「……あ……う……」

 

 何と言っていいか分からない。

 けれど優斗が手を差し伸べた。

 

「今日はすごく頑張ったよね、愛奈は」

 

「ユウト、本当?」

 

「もちろんです。6将魔法士に逆らって、魔物の洞窟でも一人で頑張ったんですよ」

 

「……6将魔法士に……魔物、ね」

 

 色々と物騒な単語が出てきたが、今はどうでもいい。

 愛奈が頑張った。

 それが分かればいい。

 頬を包んでいた両手を離してソファーに座る。

 

「アイナ、こっちにいらっしゃい」

 

 手招きする。

 けれど愛奈の足は動かない。

 

「……………あぅ……」

 

 怖い。

 良いイメージを持っていない。

『ママ』というものに。

『パパ』というものに。

 育ててくれる、という人達に。

 

「…………うぅ……」

 

 でも欲しい。

 大好きな人達が欲しい。

 家族と言える人達が欲しい。

 欲する心と拒否する心が綯い交ぜになって、足が止まる。

 

「いい? アイナ」

 

 しかしエリスは把握した上で伝える。

 

「私だってすぐにアイナのお母さんになれるわけじゃないわ。けれど言葉だけでもお母さんって呼んでくれれば、それだけで私はアイナのお母さんになるために頑張るわよ」

 

 全力で母親になってやる。

 本人にも文句を言わせないくらいの母親に。

 

「私は今、アイナのお母さんになろうと思ってるわ。でもその場所じゃお母さんの手は届かないの。だから怖いかもしれないけど頑張って一歩、踏み出して。お母さんが思いっきり引っ張ってあげるから」

 

 優斗と同じように怖がってる愛奈。

 けれど違う。

 今回は互いに一歩、踏み込むんじゃない。

 自分が五歩も六歩も踏み込んでやる。

 身を乗り出してでも愛奈の手を取るために。

 

「愛奈、がんばれ」

 

 エリスの断言に愛奈の背にいる優斗は彼女の肩に手を置いて、軽く押し出した。

 一歩、二歩と愛奈の身体がエリスに近付く。

 それと同時に母親になろうとしている人からの問いかけ。

 

「アイナはお兄ちゃんが欲しい?」

 

 思わず愛奈がエリスを見た。

 足は……ゆっくりと向かっていく。

 

「アイナはお兄ちゃんが欲しい?」

 

 再度の問いかけ。

 頷いた。

 

「……ほ……しい」

 

「お姉ちゃんは?」

 

「……ほしい……の」

 

 ちょっとずつ、歩いて行く。

 ちょっとずつ、エリスに近付いていく。

 想いを叶えるかの如く、距離が縮まっていく。

 

「お父さんは?」

 

「……ほしいの」

 

 エリスまであとちょっと。

 愛奈は頷きながら歩いて行く。

 そして最後。

 

「じゃあ、お母さんは?」

 

 エリスの最後の問いかけ。

 愛奈は答える。

 

「……ほしいのっ!」

 

 言ったと同時、たどり着く。

 エリスのところに。

 

「分かったわ」

 

 大きく笑みを零して、たどり着いた愛奈を向き合う形で膝の上に乗せる。

 

「アイナはお父さんもお母さんもお兄ちゃんもお姉ちゃんも欲しいのね」

 

 そして強く抱きしめた。

 

「だったら私がアイナのお母さんになるわ。これからどんどん、アイナのことを好きになって、大好きになって、愛していく。だからこれは、その一歩目」

 

 親子になるために。

 

「アイナのお母さんとしての一歩。そしてアイナは私の娘になるための一歩」

 

 愛奈の髪を撫でる。

 

「よく頑張ったわ。私の娘は頑張り屋さんね」

 

 優斗と同じような優しい声音。

 けれど違う温かさ。

 親の温かさ。

 愛奈の目にじわりと涙が浮かんだ。

 

「……おかー……さん」

 

「あらあら、それに泣き虫なのね」

 

 微笑むエリス。

 優斗は何となく、絵を描いているマリカを抱き上げた。

 

「ほんと、義母さんはこういう所が凄いよな」

 

 正直に言ってしまえば、一緒に住むことは断られないだろうと思っていた。

 けれど、さすがに愛奈の母親になってくれ、と頼むのは筋違いだとも思っていた。

 なのに頼むこともなく全力で母親になると言ってくれるエリス。

 本当に尊敬できる義母だと思う。

 思わずマリカに話しかけた。

 

「ばーば、凄いね」

 

「あいっ!」

 

 マリカが元気よく頷いた。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 しばらくしてからフィオナと修、卓也、ココが帰ってきた。

 そして愛奈を見てからというもの、状況を察する。

 優斗としてはフィオナの反応だけが心配だったのだが、

 

「まあ、優斗さんのことですから。どうせキリアさんのことも呼び捨てくらいにはなっているでしょうし」

 

「さっすが優斗。期待を裏切らねーな」

 

「本当だな」

 

「やっと……わたしより小っちゃい子が来てくれました」

 

 どいつもこいつも簡単に納得し、一人は変な感動をしていた。

 愛奈はエリスの膝の上。

 今は同じ方向を向いて、上からぎゅっと抱きしめられている。

 

「いい、アイナ。この子がお母さんの娘でアイナのお姉ちゃん」

 

 エリスがフィオナを指差す。

 

「……おねーちゃん?」

 

「はい、お姉ちゃんですよ」

 

 フィオナは近付いて愛奈の頭を一撫で。

 

「名前はアイナ、ですよね?」

 

 愛奈が頷く。

 

「じゃあ、これからは“あーちゃん”って呼びますね」

 

「……っ!」

 

 こくこくこく、と愛奈が何度も頷く。

 どうやら凄く嬉しいらしい。

 続いて修が愛奈の前に出る。

 

「俺は修。まあ、優斗とは兄弟みたいなもんだ」

 

 にっ、と笑う。

 

「……しゅーにい」

 

 ポツリ、と愛奈が言った。

 修がさらに笑う。

 

「オッケー。これからそう呼んでくれな」

 

 おおざっぱに愛奈の頭を撫でる。

 

「じゃあ、次はオレだな。オレは卓也。修と同じで優斗とは兄弟みたいなものだよ」

 

「……たくやおにーちゃん」

 

「ああ、愛奈の呼びやすいように呼んでいいよ」

 

 卓也は優しく愛奈の頭を撫でる。

 

「わたしはココですよ。お姉ちゃんの親友です」

 

「……ココおねーちゃん」

 

「わたしはアイちゃんって呼びますね」

 

 こくこくと愛奈が首肯。

 あまりの人気っぷりにエリスが苦笑した。

 

「我が家の新しいアイドルね」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 とりあえずは仲間全員に状況を説明。

 修や卓也は愛奈が同じ日本人ということに少々驚いたようだが、それ以上に腹を立てていた。

 

「ジャルって野郎、叩き潰したんだろーな?」

 

 話を聞いて修が当然のように確認を取った。

 

「物理的に叩き潰したよ」

 

「なら良し」

 

 卓也も満足げに頷く。

 修はさらに話題を広げ、

 

「あとは『フィンドの勇者』っつったっけか。俺らが無理って判断したハーレムやらかしてんの」

 

「あれはもう二度と関わりたくない部類だね。フィンドの勇者は凄い勇者っぽくて良い人なんだけど、取り巻きが怖い」

 

「八ヶ月ぶりに日本人に会えばしょうがねーだろ」

 

「理解はしてあげられるんだけどね」

 

 正樹は同情する余地が多分にある。

 ただ、これからも日本人に会う機会がありそうで怖い。

 特に他国によく行く自分だからこそ。

 

「まあ、こっちはそんな感じ。修達は? 何か面白いことあった?」

 

 優斗の問いかけに修以外が変な表情で優斗を見た。

 とりあえずはあったらしい。

 

「なに?」

 

「優斗、弟子取ってるのか?」

 

 変なことを卓也が訊いてきた。

 

「取るわけがない。弟子もどきはキリアがいるけど、弟子にはしないって言ったし」

 

 優斗の返答に全員が『そうだよな』という表情をさせた。

 

「やっぱ嘘じゃねーか」

 

「だろうな」

 

「私達が知らない、というのがおかしいですよね」

 

「本当です」

 

 四人が納得する。

 

「何があったの?」

 

「今週、生徒会選挙があったんだけど優斗はいなかっただろ?」

 

「うん」

 

 卓也に頷く優斗。

 月曜に演説があり、その後に投票。

 次の週の月曜には完全に代替わりになっているはずだ。

 

「あれ? 今日でレイナさんもお役ご免だっけ?」

 

「問題はそこじゃねーんだよ」

 

 修が今週、何があったかを伝える。

 

「会長、副会長、書記、会計が演説で『大魔法士の弟子』っつったことが学院で話題になってんだ」

 

「……大魔法士の弟子?」

 

 優斗が首を捻る。

 

「誰それ?」

 

「優斗が知らねーのに俺らが知ってるわけねーだろ。ただ、そういう奴らが今代の生徒会役員だってことだ」

 

「……ふ~ん。大魔法士と偽ってる奴に騙されてるのか、共謀して大魔法士の弟子になってることにしてるのか知らないけど馬鹿だね」

 

 正樹も風の噂で大魔法士のことを知っていた。

 大半の人間は冗談だと思っているようだが、それを利用しようとする人物だっているだろう。

 

「どうすんだ?」

 

「勝手にさせたらいいんじゃない? 僕に迷惑が掛からない範囲で嘘を付くならね」

 

 火の粉が降りかかってきたら、ただじゃおかないけれど。

 と、新たな問題が発生したことを優斗が聞いている最中、愛奈がトコトコと歩いてきた。

 

「あーちゃん、どうしましたか?」

 

「…………おかーさんがごはんって……言ってたの……」

 

 ぼそぼそと喋る愛奈に修が笑みを浮かべる。

 

「知らせに来てくれたんか?」

 

 愛奈がこくこく、と頷く。

 

「サンキューな」

 

 修が小さな身体を抱き上げた。

 

「あっ! ず、ずるいです! わたしだってアイちゃんを抱っこします!」

 

 するとココが修に渡すことを要求する。

 ちょっとした奪い合いになった。

 卓也、優斗、フィオナは笑い声を漏らす。

 

「自分より妹分が出来て嬉しそうだな」

 

「マリカも可愛がってくれるから、こうなるのは目に見えてたね」

 

「みんな、一人っ子ですからね。あーちゃんのことだって存分に可愛がりたいんですよ」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 修達は食事を終えてから帰り、エリスは愛奈と一緒に就寝。

 フィオナも触発されたのかマリカと夢の世界。

 優斗は帰ってきたマルスとテラスで飲み合う。

 

「義父さん、帰ってくるのが遅かったですね」

 

「アリスト王に早くに帰ってやれ、とは言われたがね。アイナをうちの子供にする書類にサインを書いていて遅くなったんだよ」

 

「……すみません。手間を取らせてしまって」

 

「いいんだよ。ユウト君が連れて帰ってきた、ということは面倒を見る気なのは分かっているし聞いている。エリスは母親になろうとするだろう。私も新しい娘には早く会いたかったが、副長から話を聞いて一秒でも早く娘にしてあげたいと思ったんだよ。まあ、寝ている顔は見れたから良しとするかな」

 

 自分も明日から頑張ろう、と気合いを入れるマルス。

 

「何かしらトラブルは起こりませんでしたか?」

 

「ないよ」

 

 グラスを煽りながらさらっと答える。

 

「……義父さんはあったとしても、ないって答えるから厄介です」

 

 しかも優斗すら気づけないほどに平然と。

 

「義息子に心配をかけるようでは、まだまだな父親になってしまうからね」

 

 ふっと笑ってマルスが飲み干す。

 優斗も同じようにグラスを一気に傾けて空にする。

 

「ユウト君の出番はもうない。ここから先は私達の領分だ。だから安心してなさい」

 

「……あれだけ『力』を振るったのに、お役ご免っていうのも何か変な感じがします」

 

「いや、ユウト君が名乗っただけである程度の抑止力にはなるからね。対外的にはそれだけで十分なんだよ」

 

「ならいいんですが……」

 

 二人で互いのグラスに新しく酒を注いでいく。

 

「とりあえずは、新しい娘のことを祝って乾杯といこうじゃないか」

 

「ですね」

 

 優斗とマルスはグラスを合わせる。

 

「それではトラスティ家の新しい家族」

 

「愛奈に」

 

「「  乾杯  」」

 

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