第81話 大魔法士の力

 優斗が答えると、副長は傅いた。

 

「それならば」

 

 契約者として。

 大魔法士として動くのなら。

 伝えるべきは一つ。

 

「どうぞ、御心のままに」

 

 圧倒し、驚愕させ、震わせる。

 誰も止められない。

 止める術を持たない。

 副長だろうと勇者だろうと6将魔法士だろうと。

 条理を通せず不条理にはさらなる不条理を突き立てられる。

 この場にいる誰もが彼からすれば格下。

 

「副長。後処理は任せていいですか?」

 

「お任せください」

 

「ありがとうございます」

 

 笑みを浮かべながら優斗は副長とすれ違う。

 次いでビス。

 

「ビスさん、お疲れ様です」

 

「副長の無謀は慣れてるけど、これは最上級だからね。さすがに疲れたよ」

 

「でもやり遂げたんだから凄いです」

 

 お互いに苦笑。

 

「やるんだね?」

 

「はい」

 

「副長が傅いた意味は分かっているかい?」

 

「はい」

 

「騎士の剣とは護るもの。故に捧げられるべき相手は少ない。だからこそ君はリライトの副長が捧げられるほどの存在だと、理解しているかい?」

 

「はい」

 

 三度、優斗が頷く。

 

「なら頼んだよ」

 

 ビスとは握手をする。

 続いてはキリア。

 

「生きてる?」

 

 止まった戦場で、キリアは膝に手をつき大きく呼吸をしている。

 

「……副長に先輩の弟子もどきって言われたのよ。倒れたらどうなるか分かったものじゃないわ」

 

「お疲れ」

 

 優斗が肩を叩いた。

 

「後は任せていいのよね?」

 

「もちろん」

 

 優斗が頷く。

 平然な様子にキリアは呆れる。

 

「簡単に頷けるのが酷いわね」

 

「弟子もどきに弱いところを見せるわけにもいかないからね」

 

「言ってくれるわ」

 

 一笑してハイタッチ。

 最後は正樹。

 

「優斗くん。やっぱり君に仲間になってほしかったよ」

 

 副長をも傅かせることができる優斗。

 とてつもない人物なのだろう。

 

「でもね、今はそんなことどうでもいいんだ。ボクはただ、君があの子を助けてくれたこと。そして共闘できる味方だってことが嬉しい」

 

「……正樹さん」

 

「勇者だったらハッピーエンドが一番だよね?」

 

「はい」

 

「だから助けよう、あの子を」

 

「分かりました」

 

 腕同士を交わせる。

 優斗は一度、目を閉じ……開ける。

 周囲への圧迫感がさらに増した。

 視線の先には6将魔法士、ジャルがいる。

 

「お前は愛奈が頑張ったら離れることを考えるって言ったらしいが……本当か?」

 

「嘘に決まってんだろ」

 

 せせら笑う。

 まあ、どうせそんなところだろう。

 怒る必要も何もない。

 信用なんてしちゃいないのだから。

 

「だろうな」

 

「おら、クソガキを早く返せよ」

 

 ジャルが愛奈を手招きするような仕草を見せる。

 優斗は無視して振り返った。

 

「副長」

 

「はい」

 

「愛奈の首輪はどうすれば外れますか?」

 

 優斗の質問に副長はダンディの側にいる愛奈の首輪を確認する。

 

「魔法科学の技術を使っている首輪です。通常ならばジャルの魔力を首輪に流して外す、と答えるのですが……」

 

 あくまで一般論ならそう答える。

 けれど、

 

「ユウト様ならば、いかようにでも」

 

 彼ならば常識に捕らわれる必要性はない。

 優斗は愛奈に近付いて首輪の継ぎ目の部分に手を掛ける。

 

「マイティーさん。防御魔法を愛奈に張ってもらっていいですか?」

 

「分かったぞ」

 

 言われた通りに聖魔法の防御を愛奈に貼り付ける。

 

「どうやって壊すんだい?」

 

「オーソドックスに壊すんですよ」

 

 尋ねるビスを視界の端に入れながら、優斗はぐっと力を込める。

 

「魔力の供給過多で」

 

 言ったそばから継ぎ目から熱と煙が上がる。

 そしてパキン、と甲高い音が鳴って首輪が割れた。

 正樹が呆れたように笑った。

 

「普通、電化製品とかじゃないんだから供給過多で壊す?」

 

「こういうのって途中で魔力認証のロックが掛かってるんでしょう? だったらロックごとぶっ壊せばいいんですよ」

 

 現に壊れた。

 優斗はしゃがんで愛奈と目を合わせる。

 

「あと一回、この場所で頑張ってくれないかな?」

 

 問いかけに愛奈はこくり、と頷いた。

 

「騎士のお姉ちゃんも勇者のお兄ちゃんもみんな、愛奈を助けたくて頑張ってくれた。だから僕に言ったように愛奈の声で伝えてあげて。愛奈が何を望んでるのか」

 

 また頷いて、愛奈はすぐ側にいる大人達に視線を巡らせる。

 

「……たす……けて」

 

 小さな声ではあったが、はっきりと。

 “助けて”と。

 伝えた。

 瞬間、正樹と副長から笑んだ。

 段々と周囲へと笑みは広がっていき、堂々と副長が宣言する。

 

「これよりアイナを6将魔法士、ジャルより保護します! これはリライト近衛騎士団副長のエル=サイプ=グルコント及び――」

 

「マイティー国第5王子、ダンディ・マイティー!」

 

「フィンドの勇者、竹内正樹!」

 

 思わぬところから名乗りが出た。

 副長が見ればダンディと正樹がニヤリとしている。

 どうやらリライトだけの責任にするつもりはないらしい。

 しょうがない人達ですね、と副長は小さく笑って最後に一番重要な『名』を告げる。

 

「そしてリライト王国子爵であり精霊の主パラケルススの契約者であられる、マティスの再来――『大魔法士』ユウト=フィーア=ミヤガワ様の決定である! 非を唱える者は相応の覚悟をしなさい!」

 

 ジャルを含め倒されず立っている170人に伝える。

 威風堂々、嘘偽りなく。

 思わずざわつく周囲に対し、副長はさらに告げる。

 

「6将魔法士。私もマイティー様も伝えたでしょう? 化け物の尾を踏みかけていると」

 

 けれども自分が力を持っているから、と。

 不条理を通せるから、と。

 意に介そうとしない。

 馬鹿なことをしているものだ。

 化け物を踏み潰す?

 その程度の力で出来るわけがない。

 

「『力』とはどういうものか。不条理とはどういうものかを身に刻んで後悔しなさい」

 

 優斗と正樹が前に出た。

 表情には余裕が現れている。

 

「風の噂で大魔法士が現れたって聞いたことあるけど、優斗くんだったんだ。ただの冗談だと思ってた」

 

「まあ、普通は信じませんよ」

 

「ボクは信じる。だからエルさんも耐えてくれって言ったと思うから」

 

「ありがとうございます」

 

 そして同時、眼光鋭くジャルを睨む。

 調子に乗りすぎている糞野郎を。

 

「たかが6将魔法士如きが僕達と同郷の子供をよくもまあ、奴隷みたいな扱いしてくれたな」

 

「同じ異世界人として許せるものじゃない」

 

「神話魔法を一つ使えるだけで驕るなよ」

 

「報いは受けてもらう」

 

 宣戦布告。

 勝つと分かっているからこその宣告。

 けれど人数は9人に対して170人。

 さらに優斗達でまともに戦えるのは優斗、正樹、副長、ダンディ、ニアの5人。

 敵の一人が嘲るように飛び込んできた。

 

「はっ、大魔法士!? そんな眉唾、誰が信じるか!!」

 

 意気揚々と優斗達に斬りかかる。

 

「信じる必要はないが」

 

 ぽつり、と優斗が呟いた。

 正樹が剣を弾き、優斗が風を纏わせた手を振るう。

 

「信じなかったら大惨事だな」

 

 襲いかかった敵をピンボールのように吹き飛ばし、同時に大精霊八体を召喚。

 魔法を使おうとしている敵が、飛び込んでこようとしている敵が驚愕に染まる。

 斬ってこようと魔法を使ってこようと何でもしてみせろ。

 狙いが誰だろうと攻撃なんて届かせない。

 そんな余裕は生ませない。

 優斗が告げる。

 

「全員、寝てろ」

 

 岩が飛び交い、水が押し寄せ風が舞い斬り、炎が荒れる。

 雷が轟き雪氷が吹き狂い、光が貫き闇が惑う。

 さらに優斗の足下に魔法陣が広がる。

 

「……む、無理だ! 魔法で倒せねぇ!」

 

 思わず敵の一人が嘆いた。

 魔法を使ったとしても意味がない。

 大精霊を倒す魔法など存在しないのだから。

 僅か数秒で九割以上の敵が倒れた。

 しかもかろうじて防いだところで、

 

「求めるは聖光、巡る円環」

 

 勇者の大技が入る。

 正樹が聖剣を円に振るい、発せられた聖光がトドメとばかりに立っていた敵に襲いかかった。

 初撃で大精霊、二撃目で勇者の大技を喰らって耐えきれる雑魚はいない。

 故に残るのは一人。

 

「……嘘だろ」

 

 目の前の光景を信じられないジャル、ただ一人。

 

「わざわざ残してやったんだ。感謝しろよ」

 

 逆に優斗がせせら笑う。

 

「どうだ? 力で蹂躙するっていう、お前がやっていることを逆にやられた気分は」

 

「――ッ!」

 

 お決まり事のような挑発に優斗を睨み付けるジャル。

 

「『力』があるんだろう? ならば振るえばいい」

 

 やってくれて構わない。

 

「不条理な存在なんだろう? ならば不条理であればいい」

 

 そう在ればいい。

 

「ただ、僕はお前以上の『力』を振るって、お前以上の不条理になってやるだけだ」

 

 それだけのこと。

 

「お前如き矮小な存在が振るう力も不条理もたかが知れてるしな」

 

 嘲る。

 プチリ、目に見えてジャルが激高した。

 

「し、神話魔法を使ってぶっ殺してやる!!」

 

 吠えながら唱え始める。

 

『求め猛るは業火の源――』

 

 思わず正樹が斬りかかろうとするが、優斗は手で制した。

 

「残念ながら僕はノリが悪い。言霊を紡がせるつもりもない」

 

 左手を上げ……下げる。

 

「――ぐぅっ!?」

 

 瞬間、ジャルが地面にめり込み、彼を中心にクレーターが生まれた。

 視界の範囲外、上空からふわりと老人が降りてくる。

 

『契約者殿。別に撃たせても構わんのに』

 

「防げるのと面倒は別問題だ」

 

『ほっほ。それもそうじゃの』

 

 パラケルススが笑い声を漏らす。

 精霊の主が重力操作を行い、ジャルを地面に縛り付けていた。

 

『大精霊を使役している途中で密かに儂を召喚し待機させる。人がいるというのに、あれほど地味なパラケルススの召喚はないと思われるがの』

 

「文句を言うな」

 

『おお、怖い怖い』

 

 爺がおどける。

 優斗は相手にするのをやめてジャルを見据える。

 

「さて、どうする?」

 

「な、舐めんな! これぐらい、オレにかかれば――ッ!」

 

 過度な重力で潰れそうな身体に力を込めて立ち上がろうとする。

 けれど、

 

「まさか今ので限界だとでも思ってるのか?」

 

 追撃。

 さらに10センチほど身体が地面に埋もれる。

 

「大魔法士と精霊の主を舐めてるのはお前だろ? こっちはまだ本気でお前を倒そうなんて思ってない。遊んでやってるんだよ」

 

「…………っ!」

 

 思わずジャルが息を飲んだ。

 本物のパラケルスス。

 そして精霊の主を従えている契約者。

 冗談とは……思えない。

 

「何なら、一気に地下百メートルまで押しつぶしてやってもいいが……生きていられるか?」

 

 優斗があからさまに異次元なことを口にした。

 ジャルの心が折れそうになる。

 

「とりあえず、お前が二度と愛奈に手を出さないって言ったら止めてやる。どうする?」

 

「ふ、ふざけ――」

 

「戯れ言は訊いてない。どうする?」

 

 反論どころか暴言すら許さず、力を強めた。

 どうあっても起き上がれないほどにジャルの身体が地にめり込む。

 身じろぎすら取れなくなった。

 

「お前が喋れるのは『はい』か『了解しました』か『わかりました』の三つだ。どれを選ぶ? 選ばない限りは永遠にそのままだ」

 

 それ以外に解放などしてやらない。

 許してやる気もない。

 

『二筋の破邪。望むべきは十字架なる光。求むべくは聖なる導き』

 

 言霊を紡ぎ、右手を向けた。

 発動させれば光の十字を以て切り裂く神話魔法を待機させる。

 ジャルに逃げる術はない。

 

「もう一度だけ、訊いてやる」

 

 逃げることも反撃することも何もできない状況下で放たれるは、押しつぶされる圧迫感とは別の迫力。

 ジャルの心をへし折るほどの殺意。

 

「愛奈に二度と手を出すな。分かったか?」

 

 優斗が告げる。

 ジャルはここでようやく副長が言ったことを理解した。

 世界最高レベルの魔法士と呼ばれる6将魔法士の自分が赤子のごとく捻られる。

 これが『力』だ。

 これが不条理だ。

 目の前にいる化け物の尾だけは踏んでしまっては駄目だったと。

 今更ながらに思わされた。

 

「…………わ……」

 

 ついに心が折れる。

 

「……わ……かった……」

 

 かろうじて言葉を出す。

 すると、押しつぶしている力がいきなり無くなった。

 それと同時、今度は身体が浮き上がる。

 ジャルの手下も同様だ。

 200人全てが浮き上がっている。

 

「お、おい、何を――」

 

「邪魔だからゴミ掃除だ」

 

 こんな危ない奴ら、側に置いておけるわけがない。

 

「パラケルスス。やれ」

 

『了解、契約者殿』

 

 浮き上がった全員の身体がさらに上がっていき、急激に速度を上げて遠方へと消えていく。

 パラケルススは満足げに笑った。

 

『とりあえず100キロ先ぐらいの草原に置いたが、それでよいかの?』

 

「ああ、助かる」

 

 返答にパラケルススは頷いて消えた。

 優斗は大きく息を吐く。

 

「終わり、だね」

 

 満足して振り向く。

 そして愛奈のところまで歩いていき、しゃがみ込む。

 

「…………おにー……ちゃん……」

 

 心配そうな愛奈と視線が合う。

 優しく優斗が笑った。

 

「これで愛奈は自由。もう怖いのも辛いのも痛いのもないよ」

 

「……ないの?」

 

 愛奈が恐る恐る、聞き返す。

 

「そうだよ。お兄ちゃんが怖い人、ぶっ飛ばしてあげたから」

 

 にっと笑って頭を撫でる。

 

「…………あっ……」

 

 愛奈は優斗の笑顔に安心したのか、力が抜けたようにしゃがみ込んだ。

 

「…………ふ……ぇ……」

 

 同時、目から涙が浮かんだ。

 辛い日々からの解放。

 ようやく訪れる安寧。

 優しい人との出会い。

 その全てが詰まっているのだろう。

 溢れた想いが、ぽろぽろと零れ始める。

 

「よく今まで我慢したね」

 

 優斗は愛奈を引き寄せて背中をさする。

 

「たくさん我慢したから、たくさん泣いていいんだよ」

 

 優しい声音。

 それが切っ掛けだった。

 

「……あ……う……ぅぁ…ぁ…っ!」

 

 大人しい少女が声を上げて泣き始めた。

 ビスとキリアはハイタッチをし、副長とダンディは握手をした。

 正樹はハーレムにもみくちゃにされる。

 けれど視線の先は愛奈。

 誰も彼もが愛奈を優しく見守った。

 

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