第85話 小話②:例えばこんな一日(卓也・ココ編)&理解できない勇者様

 正直、どういう状況なのかが分からない。

 

「……イアン様?」

 

「イアンでいい。敬語も使ったら怒るぞ、我が未来の義弟よ」

 

 卓也の目の前に座っているイアンは嬉しそうな笑みを零し、彼の隣に座っている女性に視線を向ける。

 

「ナナ様と会うのはお初だな。リステル王国でリステルの勇者をやっているイアンだ」

 

「こちらこそお初にお目に掛かります、イアン様」

 

「タクヤの後見の方であれば、やはりイアンでいい」

 

「ではイアン君でよろしいです?」

 

「ああ」

 

 卓也の隣に座っているココの母親――ナナも柔らかく笑う。

 しかし卓也は意味が分からない。

 

 ――どんな面子なんだよ。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 ナナが卓也の私服を一緒に選びたい、と言ってきた。

 エリスが優斗と一緒に出歩いていることを聞いたりもしたのだろうし、息子もいないのでやってみたいというのもあったのだろう。

 卓也としては特に断る理由もなかったので、珍しく二人で出歩いていたのだが……なぜかイアンと出会った。

 

「それで、イアンは何をしに来たんだ?」

 

「お忍びで遊びに来た」

 

 堂々たる発言。

 

「……それは勇者としていいのか?」

 

「問題ない。今、リステルは落ち着いているしリルの様子を見に来た、と言っているからな」

 

「おい」

 

「散策していたらタクヤがいた。そして我が未来の義弟が世話になっているフィグナ家には一度、挨拶をしようと思っていた」

 

「あらあら、心配なさらずとも大丈夫です。タクヤ君は安心できる子なのです」

 

「リルの相手であるからな。当然だ」

 

 お互いに笑う。

 けれど卓也は違和感しかない。

 

 ――なんていうか、噛み合ってるようで微妙に会話が噛み合ってない!

 

 段飛ばしになっているというか。

 何か変だ。

 

「タクヤ君の後見で本当に良かったのです。こんなおばさんと一緒に出歩いてくれるのですから」

 

「……いや、ナナさん、めっちゃ見た目若い」

 

 三十歳半ばとは聞いているが、二十代で十分通じる。

 見た目からしてちんまりしているし。

 エリスも若く見えるが、それ以上だ。

 

「ほら、これなのです! こうやって優しいんです!」

 

 嬉しそうなナナ。

 バンバン、と卓也の肩も叩く。

 

「ちょっ、ナナさん、痛い!」

 

「ふむ。タクヤは後見の家の方とも良き関係を築いているようだ」

 

「当然です」

 

 自慢げなナナに卓也は愛想笑い。

 

「わたしとしてはユウト君のところのように、タクヤ君もココとくっ付くと思っていた時期もあったのです」

 

「確かに仲が良いらしいな」

 

「しかし、兄妹みたいなものです。そしてリルちゃんも可愛らしいのです。この間も『卓也の後見の家の方ですから』と言ってくれて、ココと三人で買い物したのです」

 

「……ナナさん。オレ、それ初耳」

 

「ほう、リルも成長したな」

 

 ちゃんと関係を築けているとは。

 

「我が家は凄いです。ココはミラージュ王族と婚姻しますし、タクヤ君はリルちゃん――リステル王族ですし」

 

「……考えてみたら多国籍だな。オレもココも国外の人が相手だし」

 

「タクヤ君の結婚式が決まったら、全力でわたしがタキシードを見定めるのです」

 

 まるで決定事項のように言うナナ。

 というより彼女の中では決まっている。

 

「……前にダグラスさんも似たようなこと、言ってたけど」

 

 フィグナ家当主、ココの父親も同じようなことを卓也に告げていた。

 けれどナナは笑顔で、

 

「旦那には譲りません。わたしのほうがタクヤ君と仲良いのです」

 

 

       ◇      ◇

 

 

「――っていうことがあった」

 

 次の日、イアンと会ったことをリルに教える卓也。

 

「……お兄様、本当に遊びに来ただけだったのね」

 

 自分には会わずに帰って行ったと聞いてビックリする。

 

「というより卓也のタキシードを選ぶの、あたしじゃ駄目なの?」

 

「ナナさん、ノリノリだった。オレが何言っても無駄なくらい楽しみにしてる」

 

 彼女の中で決定事項。

 

「じゃあ、一緒に選びたいってお願いするしかないわね」

 

「……オレが選んじゃ駄目なのか?」

 

「あんた、センスないじゃない」

 

「貴族の煌びやかなセンスなんてあってたまるか」

 

「そんなこと言っても、ないと駄目よ。だってあたしが卓也に嫁ぐとしても、一応は王族に連なるのよ? それにただでさえあんた、貴族じゃない。それに『異世界の客人』ということを公にして婚姻届けを出したら、位だって上がるかもしれないわ」

 

「……胃が痛い」

 

 キリキリする。

 

「あたしが婚約者なんだし、頑張りなさい」

 

「……しょうがないけど、頑張るしかないか」

 

 リルのことが好きなのだから。

 素直に頷く。

 するとリルは顔を真っ赤にして、

 

「あ、あた、あたしもちゃんと卓也のお嫁さんになるために……が、が、頑張るから!」

 

 嬉しいことを言ってくれた。

 卓也も朗らかに笑みを浮かべる。

 

「ああ、頑張れ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~~ココ編~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マゴスっ! マゴスはいるか!?」

 

 第3王子の執務室に怒声が響く。

 ドアを開けて、ラグが中に入るがそこにいるのは部下だけ。

 

「マゴスはどうした?」

 

「……先ほど、城下に遊びに行かれました」

 

「止められなかったのか?」

 

「残念ながら私が十数秒ほど席を空けた瞬間、逃げ出されました」

 

 もう、何度目だろうと思い返す。

 二人してため息を吐いた。

 

「……お前には迷惑をかけるな」

 

「……いえ、ラグフォード様の優しい言葉を承ることができるだけ、気が安らぎます」

 

 そして見据えるは、三日分の書類の束。

 

「……なぜ判子を押すだけなのにやろうとしないのだ、あいつは」

 

 考える必要性もない。

 ただ、単に判子を押すだけの作業を回しているというのに。

 

「腕が疲れると仰っています」

 

「ならば私の仕事をやらせたら死ぬな」

 

 ラグの冗談に部下がちょっとだけ笑う。

 最近の彼は、こういうちょっとした冗談が上手い。

 とはいえ目の前の書類とてやらないわけにはいかない。

 

「仕方あるまい。私がやるか」

 

 

 

 

       ◇      ◇

 

 

 

 

 念のため、書類をざっと確認しながら判子を押す。

 

「……ああ、ココに会いたい」

 

 ラグは押しながら呟く。

 末の弟は覚えもいい。

 あとは周りがフォローしてくれれば十分、仕事ができる。

 片付けなければならない仕事も大半は終わった。

 もう少しの辛抱だとはいえ、最愛の女性に会えない日々は辛い。

 

「……ココ」

 

「どうしました?」

 

 すると、ヒョコっとココがラグの前に顔を出した。

 

「……………」

 

 一瞬、ラグが呆然とする。

 だが、

 

「……会いたさのあまり、幻覚まで生まれたか」

 

 眉根を揉みほぐす。

 どうやら、思っていた以上に疲れているらしい。

 基本、休憩という休憩を取らずに全ての仕事を片付けている。

 これも一重に早くリライトに行きたいが為なのだが。

 どうやら不味いラインまで到達したらしい。

 

「お疲れです?」

 

 ペシペシ、とラグの頬に触れるココ。

 物理的な感触でようやくラグも気付く。

 

「ココっ!?」

 

 本物の彼女が目の前にいる。

 それに本気で驚いた。

 

「大丈夫です? 疲れてます?」

 

 心配そうなココ。

 

「大丈夫だ! ココに会った瞬間、吹き飛んだ!」

 

 問題ないとばかりに、声を張る。

 

「しかし、どうしているのだ?」

 

「婚姻相手に会いに来ては駄目です?」

 

「いやいや、そんなことはない! さあ、お茶の時間にしよう! 最高級のものを用意させる!」

 

 急に生き生きとするラグ。

 

「でもお疲れみたいです」

 

 ココは少しだけ考え、ソファーの上に座る。

 

「どうぞ」

 

 そしてポンポンと膝を叩いた。

 

 

 

 

「私はもう、死んでもいい。大往生と言えるだろう」

 

 ココの太ももの上に頭を乗せる。

 歓喜のあまり、天上にも昇る勢いだ。

 ココが苦笑する。

 

「わたしが困ります」

 

 そしてラグの髪を撫でる。

 

「頑張ってるんですね」

 

「一日も早く、ココの下へと向かいたいからな」

 

「でも、無理はしちゃ駄目です」

 

 少しだけ心配そうな表情のココ。

 

「……分かってはいる。だが、仕方なかろう? 一秒でも早くココと共に過ごしたいという想いは止められない」

 

 ラグの言葉に思わずココが笑む。

 

「ありがとう、ラグ」

 

 屈んで、そっと唇をラグに落とす。

 ほんの数秒ばかりの、初めての口付け。

 顔を上げると、互いの視界に入るのは呆然とした表情のラグと顔を赤くしたココ。

 

「ちょ、ちょっと照れます!」

 

「…………」

 

 顔を真っ赤にしたココだが……表情が変わらないラグの異変に気付く。

 

「……ラグ?」

 

「…………」

 

 未だに呆けた様子のラグ。

 思わずココも慌てる。

 

「ラ、ラグ! 大丈夫です!?」

 

 顔を叩き、反応を求める。

 

「ラグ! ラグっ!?」

 

 それでも反応がなくて、ココは慌てて医者を呼んだのだが……。

 幸福のあまりに意識が吹っ飛んでいたということが分かり、後々の笑い話になるのは当然というものだろう。

 














 ――理解できない勇者様――

 

 

 

 

 

 

 

 ふと先日聞いたことで、優斗は気になったことがある。

 

「修って、どうやって白竜と仲良くなったの?」

 

 アリーと二人だったので、訊いてみた。

 

「……あれは酷かったですわ」

 

「そうなの?」

 

「クリスさんとシュウ様がギルドの依頼を受けまして、わたくしとココがお手伝いをしました。依頼内容は西の村の魔物討伐」

 

「ふむふむ」

 

「その魔物はBランクだから最たる問題はなかったのですが、その魔物が白竜の子供をなぶり殺しにしようとしてまして」

 

「……まさか」

 

 優斗の予想が手に取るように分かったアリーは素直に頷く。

 

「魔物を倒したら白竜が登場して、運悪く勘違いされましたわ。何が厄介だったかと言えば、白竜は何一つ悪いことはしていないのです。そのため倒すのも躊躇ってしまいますし、何よりも黒竜より強かったのです。だからシュウ様が相手をしていたのですが……」

 

 アリーは当時の光景を思い返す。

 とりあえず酷かった。

 

「どうやらシュウ様が考えていたよりも強かったらしく、どんどんテンションを上げていきました」

 

「……楽しかったんだ」

 

「でしょうね。久々にシュウ様の異常を見た瞬間でしたわ」

 

 一撃振るうごとに際限なく威力も速度も上げていく修の姿は、まさしくおかしかった。

 だんだんと剣閃が霞み、身体も視界から捉えられない。

 意味が分からない、と言ってよかった。

 

「しかも互いに戦っている最中に通じ合ったものがあったらしく、白竜が『お前のような者が我が子供を殺すはずがない』と言いまして」

 

「なるほど」

 

 こうやって戦いは終了したわけだ。

 

「そして次の瞬間、シュウ様の右手と白竜の右足ががっちりと握手? を交わしましたわ」

 

「……待った。どうしてそこでそうなったの?」

 

 その他もろもろの経緯をすっ飛ばしているんじゃないか、と優斗は疑う。

 だが、

 

「知りませんわ」

 

 アリーは当時の状況の意味不明さに、理解するのを放棄していた。

 

「経緯は過不足なく、ちゃんと伝えましたわ」

 

「それで……握手?」

 

「ですわ」

 

「何それ、酷い」

 

 男同士の殴り合いでも、そんな友情は生まれないと思う。

 

「白竜の凄いところは最終的にシュウ様の実力を見抜いたところですわ。もの凄く手加減されていたのに気付いたそうです」

 

「……凄い魔物もいるもんだね」

 

 こっちの実力を把握できるとは。

 

「わたくしのことを『アリシア嬢』と呼ぶ魔物なんて、驚きを通り越して呆れましたわ。礼節に関してはユウトさんやクリスさんと同等レベルです」

 

 少なくとも修や和泉よりは上だ。

 

「しかも、その礼儀正しさを父様にも買われまして」

 

「……はっ?」

 

 ますますカオスな話題になった。

 どうやら友達になった後、一度リライト城に来たらしい。

 結界魔法すら乗り越えてSランクの魔物が現れたことで場内騒然としたらしいのだが……アリーが取り成し、なぜか王様との面談が生まれた。

 

「黒竜と違い、見目麗しい姿ですし。さらに礼節を重んじる魔物なので父様が気に入るのも分かる気はするのですが」

 

「いや、一応は魔物だから」

 

「そうは言っても、もう遅いですわ。城に入れる唯一の魔物と認定されました」

 

「……マジ?」

 

「マジですわ」

 

 アリーが頭を振る。

 頭痛がしそうだった。

 

「いや、でもSランクでしょ?」

 

「何かやっても、ユウトさんやシュウ様に瞬殺されるのは白竜も分かっています」

 

「……なんで僕のこと知ってるの?」

 

「シュウ様がお伝えしましたから」

 

 自分と同等の大魔法士がいる、と。

 

「何で巻き込む……」

 

「……しょうがないですわ。無傷で白竜を瞬殺できる存在なんて、わたくしが知るかぎり世界でもシュウ様とユウトさんぐらいです」

 

 二人して頭を抱える。

 すると、だ。

 

「お~い、優斗!! アリー!!」

 

 修の声が真上から聞こえてきた。

 嫌な予感しかしないが、二人は頭上を見上げる。

 

「マジ、空飛ぶとかめっちゃ良いぞ!」

 

 白竜の背に乗った修がいた。

 

「うわ、でかいね」

 

 黒竜もそこそこに大きかったような気がしたが、白竜は全長……おおよそ、20メートルくらいだろうか。

 しかも棘のような鱗もなく、綺麗な身体。

 仲間全員が乗っても問題なさそうだ。

 

『シュウ、この者が?』

 

「ああ、俺と同等の優斗だ」

 

 白竜が優斗を見る。

 10秒ほどまじまじと見て……妙に納得された。

 どうやら強さの判断が出来たらしい。

 

『大魔法士よ、シュウを説得しろ』

 

「……はっ?」

 

 いきなり突拍子もない発言をされ、優斗が面を喰らう。

 

『シュウはこれほどの力を持っている上、清廉な魂の持ち主だ。我が子供の主になれと伝えているのだが、断られている』

 

「だって面倒じゃん。お前とは友達なんだし、だったら子供も友達のほうがいいだろ」

 

 修の反論に白竜は嘆息する。

 

『ということだ。大魔法士、説得してくれ。アリシア嬢も、できれば共に説得してくれると助かる』

 

 まさかすぎる白竜の発言に優斗もアリーも頭を抱える。

 二人とも何か言おうとして、やめ、何とも評しがたい表情になった。

 

「…………」

 

「…………」

 

 そして1分ほどじっくり間を置いたあと、優斗とアリーは顔を合わせて、万感の思いを込めて言った。

 

「知るか」

「知りませんわ」


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