第86話 大事なことは別にある

 二月の後半。

 新しい生徒会も発足した。

 騒動の中心人物であった元生徒会長は退学。

 他の元役員も全員が停学一ヶ月となった。

 ガイルは未だに拘留中らしい。

 一応、優斗達の手からは離れた事件。

 ゆっくりしたい気分はあれども翌週には期末テストがあって、月末に至っては保護者を交えての進路相談がある。

 それが終われば三月まるまる、春休み。

 もちろん在学生は登校日があり卒業式の練習などもしなければならないが、登校も数回しかない。

 

 

 

 

 フィオナ達、セリアール組の面談は昨日終わり異世界組の面談は翌日。

 異世界人という特異性もあって彼らだけ最終日に回された。

 

「僕は義母さんが来るんだけど、修達って誰が保護者で来るの? やっぱり後見の人達?」

 

 授業が終わり、ふと気になって訊いてみる。

 

「俺は王様」

 

「オレはココのお母さんがやってくれるってさ」

 

「俺はクリスの父だ」

 

 つまりは全員が後見となった家の方々。

 

「さすがリライトの勇者ともなれば王様が来るんだね」

 

「……すっげー嫌なんだけど」

 

「なんで?」

 

「たぶん怒られる」

 

「そんなの自業自得でしょ」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 というわけで、いざ進路相談となる。

 まずは優斗とエリス。

 

「ミヤガワ君に関しましては特に言うことないですね。実技、学業ともに優秀ですし素行に関しても問題ありません。学生の見本となる生徒です」

 

「ありがとうございます」

 

 とても嬉しそうにエリスが笑みを浮かべる。

 

「将来の進路としてはどういった形を?」

 

「おおざっぱになってしまいますが、国に関わることをしようと思っています」

 

 真っ直ぐに優斗が答える。

 先生は大きく頷いた。

 

「そうですね。ミヤガワ君の立場としてはやはり、国の中枢に関わっていくことになるのでしょう。『大魔法士』ということもありますので大変だとは思いますが、頑張ってください」

 

「ありがとうございます」

 

 優等生の優斗はさくっと終わる。

 

 

 

 

 

 

 

 続いては和泉とクリスの父、レグル公爵。

 

「トヨダ君は学業も実技もあまり芳しくありませんが、魔法科学に関しては秀でたものがあります。私としてはこの分野の仕事に就くことをお勧めしますが……」

 

 先生の進言にクリスの父は一度、和泉を見たあとに、

 

「先日、アリスト王よりミエスタから派遣される技師の助手になるという話を伺ったので、おそらく彼は先生の仰った道に進むとは思うのですが……」

 

「レグル公爵の言うとおりだ。武具の開発関係に進めればと思っている」

 

 和泉も大仰に頷いた。

 

「では、進路については特に言うことはありません。ただ……」

 

「何かあるのですか?」

 

 レグル公爵としては嫌な予感しかしない。

 

「素行の悪さが目立ちます。いえ、素行というよりは何かを爆発させたり何だりとやらかすのはさすがに悪目立ちしますね」

 

 それはクリスの父もよく分かっている。

 レグル家は今まで何度も爆発事故があったのだから。

 

「……大変、申し訳ない」

 

 先生の心中を察して、思わず頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 次は卓也とフィグナ公爵夫人であるナナの番。

 

「ササキ君は学業、実技共に上の下で安定しています。素行も問題ありませんし」

 

「あら、そうなのです?」

 

「ええ。進路はいくらでも選べると思います」

 

 先生としても非常に助かる生徒の一人だ。

 

「タクヤ君はどうしたいのです?」

 

「……まだ決めてないです。兵士になるにしても、ギルドに所属するにしても、何か違うと思うんで……」

 

 はっきりとした将来のビジョンは見えない。

 

「まだ一年ありますから、その間に見つければいいと私は思っています。ただ、焦る必要はありませんが呑気に構えるとやりたくもない職業に就くことになるかもしれませんので、そこは理解しておいてください」

 

「分かりました」

 

 

 

 

 

 

 最後に修と王様。

 

「ウチダ君は学業こそ普通ですが、実技に関しては素晴らしいものがあります。『リライトの勇者』ということなので学院を卒業後の進路は決まっていますね」

 

「そうっすね」

 

「ただし、素行に関してはトヨダ君と一緒に暴れ回っているのでアリスト王からも注意をお願いしたいのですが……」

 

 思わずギロリと王様が修を睨む。

 

「何か目立つことをやっているのか?」

 

「実験で言われた通りのことをやらずに遊び、あげく爆発させたのが数回。校舎の壁をうっかり破壊したこともありますし、屋上からノーロープバンジーをやったこともあります。その他、細かいことを上げれば数え切れないくらいやっています」

 

「……ほう」

 

 ピキ、と王様の額に青筋が一本入った。

 

 

 

 

 

 

 優斗、和泉、卓也は面談も終わって三人でゆったりと談笑。

 彼らの保護者も保護者同士で世間話に花を咲かせている。

 すると、面談が終わったのか教室から修と王様が出てきた……のだけれど、

 

「ちょ、王様! 痛い痛い!! マジで痛いって!! ギブギブギブギブ!!」

 

「この戯けが!! いくら何でもやりすぎだ!!」

 

 王様が修の頭をアイアンクローしながら出てきた。

 すさまじい登場の仕方に優斗達も保護者も苦笑いしか浮かばない。

 

「ちょっとしたジョーク! おちゃめな冗談じゃないっすか!」

 

「そんなわけがあるか!!」

 

 王様はさらに力を込めるが、優斗達を見ると朗らかに笑う。

 

「悪いがこのバカを説教しなければならんのでな。このまま王城に連れて帰ることにする」

 

「よろしくお願いします」

 

 優斗が頭を下げた。

 

「テメ、優斗! 裏切んのか!?」

 

「さすがにフォローできない」

 

 嘘八百を並べられる優斗でも不可能だ。

 

「な、なら卓也! 助けてくれ!」

 

「ごめん。オレも無理」

 

 優斗と卓也、二人して合掌する。

 修は王様に引き摺られながら優斗達の視界から消えた。

 

「修は残念だな」

 

 しみじみと和泉が感想を述べる。

 思わず卓也がツッコんだ。

 

「お前はクリスの父さんに感謝しろ。後見人が王様だったらお前も同じ状況だぞ」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 エリスは家に帰っても、ほくほく顔だった。

 ご機嫌の理由が気になって、今日は家でゆっくりとしていたマルスが尋ねる。

 

「ずいぶんと機嫌が良いが何かあったのかい」

 

「ユウトのこと、先生が凄く褒めてたのよ。学力、実技ともに優秀で学生の見本となる生徒ですって」

 

「そうか」

 

 マルスは相づちを打って、ソファーに座っている優斗の向かいに腰を下ろす。

 その間にエリスは一端、着替えに部屋へと戻った。

 

「ずいぶんと頑張ったんだね」

 

「いえ、学生として当然のことですから」

 

「当然かもしれないが、しっかりと実行できるのが偉いんだ」

 

 マルスは身を乗り出して優斗の頭をくしゃりと撫でる。

 

「すみません。ちょっと恥ずかしいです」

 

「子育てもあるし『大魔法士』と呼ばれてからは他国に行くことも多かっただろう? けれどもしっかりと成績を残してる。父親としては、やるべきことをしっかりとやっている義息子を褒めたいんだよ」

 

「……ありがとうございます」

 

 ぐしゃぐしゃと撫で回す手の大きさに優斗は嬉しさを覚える。

 

「アイナも頑張っているし、今日は良い事が多い」

 

 マルスは微笑ましくテーブルを見る。

 

「愛奈はさっきから何をしてるんですか?」

 

 優斗も視線を向ければ、なにやら愛奈が必死に書いていた。

 

「文字を教えてたんだよ」

 

「文字、ですか?」

 

「新聞を読んでいたらね、アイナが『おとーさん、もじおしえてほしいの』なんてお願いするものだから、父親としては教えなければならない」

 

 エリスと同様、彼も愛奈の父親となるべく積極的に愛奈と接している。

 引き取ってからというもの、両親二人の頑張りは本当に凄いと優斗は思う。

 その甲斐あってか、愛奈も今ではマルスに懐いている。

 仲間も愛奈に慣れてもらうためにかなりの頻度で顔を出し、しかも家政婦長のラナや守衛長のバルトもやたらと構うものだから、愛奈はある意味で大変そうだ。

 

「ラナに頼んで練習用のテキストを買ってきてもらって、今は文字の習得中というわけだよ」

 

 マルスが大切な我が子を目を細めながら眺めている。

 すると愛奈は急に椅子から立ち上がって優斗達に駆け寄ってきた。

 

「……あの、おとーさん」

 

「どうしたんだい?」

 

「……なまえ、これでいいの?」

 

 おずおずとテキストを渡す愛奈。

 マルスは目を通すと、驚きを表わした。

 

「これは……お父さんの名前かい?」

 

 子供らしい、不揃いな文字ではあるが。

 確かに『マルス=アイン=トラスティ』と書いてある。

 しかも、その下には『おとーさん』とも。

 

「……そうなの。あって……る?」

 

「ああ、合ってるとも」

 

 ニコニコしながらマルスは愛奈を抱き上げて、膝の上に乗せる。

 

「アイナもユウト君と同じで賢い子だね」

 

 先ほどの優斗の時と同じように愛奈の頭を撫でる。

 褒められたのが嬉しくて、愛奈が少しばかりの笑みを零した。

 そして、それを見逃す優斗とマルスでもない。

 

「……笑った?」

 

「笑ったみたいだね」

 

「……?」

 

 驚く二人と、彼らの様子の意味をよく分かっていない愛奈。

 けれど少し間を置いて、大騒ぎになった。

 

「ちょ、ちょっと義母さん! 今、愛奈が笑った!」

 

「エリス! アイナが笑ったぞ!」

 

 慌ててエリスを呼ぶ。

 

「えっ!? アイナが笑ったの!?」

 

 ちょうど着替え終わったエリスがバタバタと駆け寄ってくる。

 

「あなた、何をしたの?」

 

「私の名前を書いてくれたから、偉いねと褒めてあげたら笑ってくれたんだ」

 

 テキストを見せるマルス。

 少し誇らしげだ。

 何となく悔しくて、エリスは愛奈に訊く。

 

「アイナ。お母さんの名前は?」

 

「えっと……まだなの」

 

「書ける?」

 

「……たぶん」

 

「じゃあ、お母さんの名前を書いてくれないかしら?」

 

 こくん、と頷く愛奈。

 

「……っ」

 

 時折、テキストを戻して文字を思い出しながら名前を書く。

 

「……これで……だいじょうぶ?」

 

 エリスに見せる。

 間違いなく、そこにあるのはエリスの名前。

 

「ええ、大丈夫よ」

 

 そしてマルスから愛奈を取り上げて抱っこする。

 

「偉いわね。ちゃんとお母さんの名前を書けるんだから」

 

「だって……おかーさんのなまえなの。まちがえたくないの」

 

 愛奈の返答にエリスが感極まる。

 

「時折思うけど、なんでうちの子達はこんなにも嬉しいこと言ってくれるのかしら」

 

「うちの子だから、じゃないかな」

 

「本当ね」

 

 エリスはぎゅっと愛奈を抱きしめる。

 すると、さらにマリカと一緒にフィオナもやって来た。

 エリスが愛奈を抱きしめたりしているのはよくあるので、フィオナも特に気にすることなく優斗の隣に座り、マリカを彼の膝の上に乗っける。

 

「今日はどうでしたか?」

 

「特に問題なく終わったよ。修は王様から説教くらってるだろうけど」

 

「シュウさんの場合は自業自得ですから」

 

「だよね」

 

 くすくすと笑う。

 修の場合はしょうがない、という言葉で大抵が終わる。

 

「進路はやっぱり国に関する方向ですか?」

 

「そうだね。フィオナは?」

 

「私ですか?」

 

「一昨日、聞かなかったなって思って」

 

 だからちょっとした話の種で訊いてみる。

 

「私の場合、進路は決まっているようなものですから」

 

「へぇ、そう――」

 

 なんだ、と。

 言おうとして気付く。

 少しだけ優斗の顔が赤くなった。

 

「そう……だね。決まってるね」

 

「はい、決まってます」

 

 自分達の関係を鑑みれば一目瞭然だ。

 

「優斗さん、忘れてたんですか?」

 

 少しジト目のフィオナ。

 

「わ、忘れてるわけじゃないけど、元の世界だと僕くらいの歳で結婚するのってあんまりないからさ。ましてや自分がこれほど早くするとは夢にも思わなくて」

 

「だとしても、ちょっとはショックを受けました。ですよね、まーちゃん?」

 

「あい」

 

 マリカが頷く。

 

「こらこら。マリカはよく分かってないでしょ」

 

「あう?」

 

「あう? じゃないの」

 

 優斗はこちょこちょとマリカをくすぐる。

 きゃっきゃっと喜ぶマリカ。

 

「優斗さん、矛先をまーちゃんに向けても駄目ですよ。優斗さんは傷ついた私を慰める必要があります」

 

「いや、あんまり堪えてないよね」

 

 そんなことを言ってる時点で堪えているわけがない。

 ペシっとフィオナの頭を軽く叩く。

 すると愛奈と話していたエリスが、

 

「じゃあ、お庭で真似っこね」

 

「うん、なの」

 

 娘を抱きかかえながら、庭に出て行った。

 

「義父さん、何をするんですか?」

 

 優斗が訊くとマルスは苦笑する。

 

「勉強の息抜きにね、ユウト君のごっこ遊びをするみたいだよ」

 

「……僕?」

 

「アイナを助けたときのことを再現するんだと言っていたね」

 

「また恥ずかしいことを」

 

 優斗も苦笑を返す。

 とはいえ、嬉しいことなのも確かなので家族総出で庭に向かう。

 先に行った愛奈はエリスに当時の状況を説明していた。

 

「えっとね、おにーちゃんがはしってきて……でっかいかめさんをバンってとばしちゃったの」

 

「あらあら、すごいわね」

 

「でね……そのときにいってたのが」

 

 愛奈は両手を前に出す。

 

「もとめるはかざきり、かみのいぶき……なの」

 

 もちろん真似事。

 何も起こらず、次の真似事へと移る……はずだった。

 けれど優斗達は異変に気付く。

 

「「「「 えっ? 」」」」

 

 愛奈の手から魔力から溢れる。

 

「――ッ!」

 

 反射的に優斗が愛奈に駆け寄って両手を真上に弾いた。

 数瞬後、浮かび上がった魔法陣から吹き荒れる豪風。

 それは上空にある結界に当たってかき消える。

 しばし呆然とする皆だが、

 

「……凄いわね」

 

「これは驚いた」

 

「ビックリしました」

 

「あうーっ!」

 

「……忘れてた。愛奈もチート持ちなんだった」

 

 小さな子供なので、頭から抜け落ちていた。

 愛奈は一人、首を傾げている。

 

「……おにーちゃん?」

 

「ごめんね。手は痛くなかった?」

 

「だいじょうぶ……なの」

 

 愛奈の返事にほっと一安心する。

 

「ユウト、今のは? 異世界人が得る『魔法の才能』ってやつよね?」

 

「当たりですが……さすがに驚きました。まさか上級魔法を使えるなんて」

 

 あり得ないだろう、こんなの。

 これほど小さな子供が上級魔法を使えるなんて考えつきもしなかった。

 

「シュウさんは勇者の刻印も持っているから除外として、それ以外で考えると……」

 

「圧倒的な才能だね。卓也も和泉も訓練なしなら中級魔法が限度だったから。『フィンドの勇者』っていう異世界人にも会ったことあるけど、たぶんその人よりも上」

 

 シャレになってない。

 

「とりあえず文字だけじゃなくて、力の使い方も教えないといけませんね」

 

 不用意に人に向けてしまっては目も当てられない。

 

「分かった。私達も責任を持って教えよう」

 

「あなた。魔力制限できる物、アリスト王から戴けないかしら?」

 

「相談しておく」

 

「あーっ! うーっ!」

 

「まーちゃん、大喜びですね」

 

 それぞれが話す。

 けれど会話の内容が内容だけに、少しだけ愛奈が不安そうな顔をした。

 

「…………おかーさん。あいな、へん……なの?」

 

 もしそうだったらどうしよう、と。

 

「……へんじゃ……だめなの?」

 

 不安がもたげる。

 けれどエリスは愛奈の不安を一蹴する。

 

「だいじょうぶよ。アイナなんて変なうちに入らないわ。だってお兄ちゃんのほうがよっぽど変だもの。だから心配しないの」

 

「ちょ、ちょっと義母さん!?」

 

 まさか自分を引き合いに出されるとは思わなかった。

 

「だってそうじゃない。アイナが凄い力を持ってるってことは分かったけど、だとしたらユウトなんてもう変を通り越して異常ね」

 

「いや……まあ、否定はしません」

 

 できるわけもない。

 自分の論外っぷりはちゃんと把握しているだけに。

 

「しかも貴方よりアイナなんて可愛いものだし、私はユウト達の持つ力なんてどうでもいい。大事なのはもっと別にあるもの」

 

 マルスも同意する。

 

「『力』があったところで関係ない。だから驚きはしても決して変とは思わないよ」

 

 そしてエリスはしゃがみ込んで愛奈と視線を合わせた。

 

「アイナは私とマルスの娘。だから余計に不安がらなくていいのよ」

 

 二週間。

 僅か二週間だけれども、それでも二週間。

 ちゃんと親子をやってきた。

 愛奈を愛していくために。

 

「……あいな、おとーさんとおかーさんの……むすめでいいの?」

 

「当たり前じゃない。だってお父さんもお母さんもアイナのこと大好きよ」

 

 これからもっと大好きになって、愛していく。

 だから心配なんてしなくていい。

 絶対、完全無欠の親子になってやるのだから。

 

「…………っ!」

 

 くしゃり、と愛奈の顔が歪む。

 エリスに抱きついた。

 

「あいなも……おとーさんとおかーさんのこと、だいすきなの」

 

 前とは違い、ぎゅうっと強く抱きつく。

 

「ほんと、アイナは泣き虫ね」

 

 エリスは優しく愛奈の背中を撫でる。

 マルスもしゃがみ込んで、愛奈の頭をゆっくりと撫でる。

 

「……フィオナ」

 

「はい」

 

 優斗とフィオナは目を合わせると、マリカを連れてゆっくりと庭から出ていった。

 嬉しさと喜ばしさを表に浮かべながら。

 

 

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