第84話 優斗の従妹様、降臨

 五時限目。

 講堂にて全校生徒が集まり、新生徒会のお披露目。

 書記、会計、副会長から始まった挨拶も最後。

 会長の番。

 彼は壇上の中央に立つと、

 

「まずは君達の疑問に答えておこうかね」

 

 開口一番、こう言った。

 

「忙しい方なのだが、今日は特別ゲストとして来て貰った」

 

 そして壇上袖を指し示す。

 

「私達の師匠、大魔法士を」

 

 生徒会長が告げた瞬間、若い男が袖から中央へと歩いてくる。

 全体がざわついた。

 修達も「どこの誰だ?」みたいな視線を向けたのだが、

 

「ん?」

 

「あれ?」

 

 和泉と優斗が何かに気付いた。

 二人は思わず顔を見合わせる。

 

「おい、あれは……」

 

「……嘘でしょ」

 

 無駄に自信を持っている表情。

 見覚えがある。

 

「レイナに一撃で倒されたミエスタのギルド若手のホープだろう?」

 

「……だよね」

 

 優斗と和泉は数週間前、護衛の依頼で向かったミエスタで見た顔だ。

 

「確か決闘をしていた時に言っていたな」

 

「自慢げにね」

 

 馬鹿げた口上、

 

『最近、大魔法士が現れたという話があってね。それは俺のことを言ってるんじゃないかという噂もあるんだ』

 

 ということを。

 

「冗談抜きで自分のことだと信じていたのか?」

 

「……それこそ冗談だと思いたい」

 

 思わず頭を抱える優斗。

 自称大魔法士は満足げに生徒全員を見回す。

 そして、

 

「俺こそ巷で噂になっている大魔――」

 

『大変申し訳ありませんが、現時点を以て新生徒会のお披露目は終了とさせていただきます。生徒はすみやかに退室してください』

 

 喋ろうとした瞬間、先生に遮られた。

 上から幕が下りてきて、生徒会四人と自称大魔法士の姿が見えなくなる。

 さらにざわつく生徒達を先生方が誘導し、講堂から出していく。

 優斗とアリーは講堂の隅へとこそこそ抜け出す。

 そこにレイナがやって来た。

 

「ミエスタにいたよね?」

 

「ああ。私が倒した奴だ」

 

 呆れ返る優斗とレイナ。

 

「お二人は先ほどの自称大魔法士を知っているのですか?」

 

「ミエスタのギルドにいたんだよ。無駄に自信満々でギルドで若手ホープって呼ばれてるらしい。黒竜は自分が倒したとか嘯いて、噂の大魔法士は自分なんじゃないかって思ってる」

 

「そいつがケンカを売ってきたのでな。私が買って一撃で気絶させたわけだが……」

 

「まさかリライトに来てるなんてね」

 

 優斗とレイナが説明すると、今度は三人で頭を抱える。

 

「生徒会が騙されてるのか、それとも都合の良いカモが現れたと思って利用されたのかは分かりませんが、さすがにこの場で宣言されると学院どころかリライトに大きな迷惑ですわ」

 

 学院から噂が広まって大変なことになる。

 アリーは少し思案し、

 

「……面倒ですがわたくしが出たほうがいいですわね」

 

「アリーに任せていいの?」

 

「何を言っているんですか? ユウトさんにも手伝ってもらいますわよ」

 

「ですよね」

 

 半ば諦めた口調で優斗が頷いた。

 楽なんてできるわけがない。

 

「しでかしたことの大きさを知って貰うためにもリルさんに協力してもらいますわ」

 

 大国リライトの王女と留学で来ている他国の王女。

 大物二人で攻め立てる。

 

「了解。リルを呼んでくるよ」

 

「お願いしますわ」

 

 優斗はアリー達から離れると、修達に近付く。

 

「和泉から聞いたけど面白い展開じゃね?」

 

「アホらしい展開なんだよ。お前の予想が当たったんだから」

 

 軽く修の頭をチョップする。

 

「どうすんだ?」

 

「アリーが出るってさ」

 

 事が事だけに。

 

「そっか。まあ、優斗は行かなきゃなんねーだろうけど、他に誰か必要か?」

 

「リルにも手伝ってもらうって言ってた」

 

「あたし?」

 

 名前を出されて驚くリル。

 まさか自分が関わることになるとは思ってもいなかった。

 というか何をするのだろうか。

 

「王女二人で虐めるみたいだよ」

 

「……なるほど。そういうことね」

 

 アリーの考えを理解して人の悪い笑みを浮かべるリル。

 

「他の奴らは撤収でいいか?」

 

「うん。僕のことは保健室にでも行ってることにしといて」

 

「はいよ」

 

 頷いて、修は他の仲間と講堂から出て行く。

 優斗とリルはアリー達と合流。

 

「面白いことするみたいね」

 

「する、というよりしないといけませんわ」

 

 やらなければならない。

 馬鹿なことをしている奴らに馬鹿であると示すために。

 

「私は念のため、お前達の護衛に就くとしようか」

 

「いえ、大丈夫ですわ。先生方がいる前で暴れる真似はしないで……いえ、レイナさんにも来てもらったほうがいいですわね。負けているのなら、それだけでも虐める手段になります」

 

 くすくすと笑いながら、淡々と冷徹に相手を潰す算段をつけるアリー。

 どこからどう見ても王女だとは思えない。

 

「……アリー、怖いよ」

 

「何を言ってるのですか。ユウトさんがやっているのと同じことをやろうとしているだけですわ」

 

 しかも優斗より、絶対に可愛い。

 これしきのことで怖いとか言われたくない。

 

「リライトの宝石と呼ばれるアリーが僕の真似をするなんて……」

 

「わたくし、これでも大魔法士の従妹ですから」

 

 思わず出た返しにリルとレイナは首を捻る。

 けれど優斗とアリーは吹き出した。

 

「あははっ。また懐かしい話を持ち出してくるね。何ヶ月前だっけ?」

 

「八月の終わりの暗殺未遂パーティーで刺された怪我が治った日ですから、五ヶ月くらい前だっと思いますわ」

 

「フィオナ達に尾行くらった時のことだよね」

 

「ですわ」

 

 小物屋の店員に恋人なのかと訊かれて、思わず従妹だと言った。

 まさかそれを今更、口にするとは。

 笑いながらハイタッチ。

 

「それじゃ、期待するよ従妹様」

 

「期待してください、従兄様」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 幕が下りた壇上では優斗達の担任――クランが呆れるような言葉を口にしていた。

 学長も教頭も二年の学年主任も一緒にいるが、これも生徒会指導を受け持ったクランならではの不幸。

 

「お昼に言ったこと、覚えていないんですか?」

 

「覚えているがね」

 

「ならどうして、このようなことを?」

 

「証明してあげようと思ったのだがね。私達が大魔法士の弟子だということを」

 

「俺がリライトに来ているなんて本来、喜ぶべきことだよ」

 

 自信満々の生徒会長と自称大魔法士。

 呆れて言葉も出ない、とはこのことだ。

 どうしようか、とクランが考えてると袖から四人の姿が見えた。

 優斗、アリー、リル、レイナ。

 まずはリライトの王女が中央に歩いてくる。

 他のメンバーは袖の裏に隠れた。

 

「ここから先はわたくし達に任せてもらってもよろしいですか?」

 

「アリシアさん? けどこれは……」

 

 指導を受け持つ自分の役目だ。

 

「さすがに今回の件ばかりは、一生徒だけでなくリライトの王女としてこの場におりますわ」

 

 そして近くにいる学長を見る。

 

「よろしいですわね?」

 

 アリーの確認に対し、学長は黙って彼女を促した。

 

「クラン先生。さすがに嘘をつくにしても使った『名』が問題なのです。ですからわたくしが出しゃばること、許してもらえませんか?」

 

 王女の嘆願。

 クランは少し考えて……頷いた。

 

「ありがとうございます」

 

 了解を得てアリーは堂々、生徒会長達の前に立つ。

 けれど生徒会も自称大魔法士も表情は険しい。

 

「アリシア様。嘘とはどういうことかね? こうやって私は本物を連れてきているのだよ」

 

「実力のある俺だからこそ呼ばれているんだ。大魔法士は眉唾じゃない。現にここにいるんだよ」

 

 彼らの後ろにいる役員達も同様のコメントだがアリーは意に介さない。

 

「笑わせますわね。そこの自称大魔法士はどれくらいの実力を持っているのですか?」

 

「大魔法士に対して失礼だね。俺にはガイルという名前があるんだ。ミエスタのギルドで知らない者はいないよ」

 

「それは失礼しましたわ」

 

 とりあえず頭を下げる。

 

「では大魔法士とその弟子達に、まず窺いましょう。どのような経緯を持って貴方達は知り合ったのですか?」

 

「だいたい、一ヶ月ほど前だったかね。私が彼と出会い、弟子にしてもらったのだよ。大魔法士の彼は多忙なため、なかなか会えないのだが演説の前に会う機会があってね。その時に他の生徒会役員達も弟子にしてもらった、というわけだね」

 

「俺としてもあまり指導できないのは心苦しいんだけど、それでもいいって言ってくれてね。だから間違いなく彼らは大魔法士の俺の弟子なのさ」

 

「そうなのですか」

 

 一度、頷く。

 ここからアリーの仕込みが始まった。

 

「ではガイルさん。神話魔法でも大精霊でもよろしいので、使っていただけませんか?」

 

 尋ねるとガイルと共に後ろの役員達も失笑した。

 リライトの王女に対して無礼すぎるが、それでも笑ったということは彼女があまりにも“事実を知らない”と思っているのだろう。

 

「残念だけどかなりの精神集中を必要とするからね。あと、威力も強すぎるから滅多に使おうとは思わないんだよ」

 

「アリシア様はそんなことも知らないのかね?」

 

 馬鹿にするような響き。

 

「申し訳ありませんわ」

 

 けれど平然とした様子のアリー。

 

「でしたらガイルさんの強さを証明できませんわね。大魔法士というのならば、さぞかし素晴らしい実力を持っていると思ったのですが」

 

 そして少し困ったような表情。

 彼女の様子にガイルは胸を張り、

 

「リステルの災害の一つ、黒竜を倒したのは俺だよ。まあ、偶然出会ってしまってギルドの履歴にも残ってないんだけどね」

 

 自信満々に言い放つ自称大魔法士。

 掛かった、とアリーは内心でほくそ笑んだ。

 “誰も知らない”のであれば、いくらでも言えばいい。

 けれど自分達に対して自慢するのは馬鹿だ。

 

「本当に貴方が倒したのですか?」

 

「そうだよ」

 

「では当事者にでも訊いてみましょうか」

 

「……なんだって?」

 

 疑問を浮かべるガイルに対して、アリーは袖に合図を送る。

 するとリルが堂々と出てきた。

 

「こちらはリステル王国第4王女、リル=アイル=リステル様です」

 

 会釈すらせずにリルはアリーの隣に立つ。

 

「リルさんは黒竜が倒された場所にいたのですわ」

 

「ええ。ばっちりいたわよ」

 

 新たな王女の登場に困惑する相手側。

 けれど生徒会長が突っ込む。

 

「王女が黒竜を倒した場所にいるわけないと思うがね」

 

「なに? あんた黒竜を倒した経緯を知らないの?」

 

 馬鹿にするようにリルが笑う。

 

「ど、どういうことかね!?」

 

 憤る生徒会長に対してリルは笑みを浮かべたまま。

 

「リステルの黒竜は女性を生け贄に捧げさせ続けた。けれど耐えられなくなってリステルがやめてくれ、と頼んだのよ。そしたら黒竜が『王女を捧げろ』なんて言ってね。それであたしが選ばれたわけ」

 

 リルの笑みはどんどん面白がるようになってくる。

 

「まあ、黒竜を倒すための嘘だったんだけど、謀られた黒竜が怒ってあたしを付け狙ったの。あたしは逃げるためリライトへ留学。けれど情報を知るためにリライトとリステルの国境沿いに行ったら運悪く黒竜に見つかった。その時にお兄様――リステルの勇者や他に腕が立つ人もいて、黒竜を倒したんだけど」

 

 そう、当事者であるリルは一部始終を全て知っている。

 だから言える。

 

「あたしはあんたを見てないわ」

 

 ガイルを指差すリル。

 彼のことなど影すらも確認していない。

 

「これはリライトとリステルの公式記録からも分かりますわ。なので貴方はいったい、どこの黒竜を倒したのですか?」

 

 アリーが追撃。

 すると生徒会長が厚かましくも答えた。

 

「おそらくは別の黒竜を倒したと思うのだがね」

 

「へぇ、あたしはリステル以外に黒竜がいるなんて知らなかったわ」

 

「わたくしもですわ」

 

「しかしリステル以外にいない、と確認が取れたわけでもないと思うがね」

 

「俺も勘違いしていたのかもしれない。黒竜は一体だけだと。だからリステルの黒竜を倒したと思ってたんだ」

 

「まあ、そう言われましてはこちらもどうしようもないですわね」

 

 中々に図太い神経の生徒会長とガイル。

 すぐにアリーが引き下がった。

 今度は別の話題を引き出す。

 

「しかし先ほど、ミエスタのギルドで若手のホープと仰っていましたね」

 

「最大派閥のリーダーなんだよ、俺は」

 

 頷くガイルにアリーは思い出したかのように告げる。

 

「わたくしは先日、知人の女性から面白い話を伺いましたの。ミエスタのギルドでケンカを売られたって。相手は若手のホープらしくて、黒竜を倒したことも自慢していたらしいですわ」

 

 色々と符号が合致する。

 少し、ガイルの表情が険しくなった。

 

「けれど話を聞こうとしない彼女に腹を立てたホープは勝負を挑んだらしいのですが、一撃で負けたらしいですわ」

 

「……まさか。別人じゃないか?」

 

「では訊いてみましょう」

 

 アリーがまた、合図を送る。

 続いて現れたのはレイナ。

 

「前生徒会長のレイナ=ヴァイ=アクライト。学院最強と呼ばれる女性ですわ」

 

 レイナは至極真面目な表情でガイルを見る。

 彼が僅かばかりに反応を示した。

 

「私は貴様が売ったケンカを買ったと思ったのだが、気のせいか?」

 

「……さあ? 少なくとも俺は君に負けた記憶はないね」

 

「それはそうだろう。気絶していたからな」

 

 覚えているわけもない。

 

「大魔法士の俺が簡単に気絶するわけないだろ? 別人じゃないか?」

 

「有名人である彼を騙った別の誰かだと私は思うがね」

 

 生徒会長がフォロー。

 

「ふむ。つまり何十人も引き連れていた奴は別人だったというわけか?」

 

「だろうね」

 

「……そうか、いいだろう」

 

 レイナも引き下がる。

 けれどあまりにも苦しい言い訳。

 副会長、書記、会計の表情に疑念が浮かんでいた。

 どうやらこの三人は騙されている口らしい。

 

「だったら最初の質問で気になったところ、あたしが訊かせてもらうわ」

 

 リルが袖から聞いていて疑問に思ったところ。

 

「まずあんた、どうしてこいつを大魔法士だと思ったのよ。流れてる噂なんて大半の人間が冗談だと思ってる。けれどあんたは信じた。どうして?」

 

「なんだ、そんなことかね? 私も最初は冗談だと思っていたのだがね、けれど彼と一緒に戦ったときに冗談など吹き飛んだのだよ。この実力、まさしく大魔法士だとね」

 

「つまり一緒に戦って信じたってこと?」

 

「そうだね」

 

「ふ~ん」

 

 リルがくつくつと笑う。

 

「何がおかしいのかね?」

 

 苛立つ生徒会長だが、リルは答えずに笑うだけ。

 

「では続いて私が問おう」

 

 笑い声が響く最中、今度はレイナの疑問。

 

「貴様らは先ほどアリシア様のことを笑っていたが、神話魔法がどういうものか知っていて笑ったのか?」

 

 レイナの問いかけには書記――キリアに対抗意識を持っていた彼女が答えた。

 

「神話魔法とは神の如き魔法のことですのよ」

 

 自信満々に答える書記。

 だがレイナは軽く首を振った。

 

「違う。お前の説明は教科書の記述だ。私が訊いているのは使っている瞬間を見たことはあるか、ということだ」

 

「えっ? そ、それはありませんのよ。神話魔法を使えるのは6将魔法士と大魔法士である彼ぐらいですし、多大な集中が必要だと言ってましたし……」

 

「ならば訊こう。ここにいるのは大国リライトの王女であるアリシア様だ。神話魔法を見る機会など貴様らよりよっぽどあると思うが、どうだ?」

 

「……え、えっと…………」

 

 思わず言葉に詰まった。

 確かにそうかもしれない。

 大国の王女アリシア=フォン=リライト。

 彼女ならば6将魔法士に会う機会とてあるのかもしれない。

 

「事実としてはアリシア様は神話魔法を見たことがある。ちなみに私も見たことがあるし、キリアも見たことがある」

 

 書記がキリアに対抗意識を持っていることを知っているからこそ煽る。

 

「なっ!? キリアさんも!?」

 

 思わず声が漏れる書記。

 わざとらしくレイナが目を見張った。

 

「知らないのか? あいつは先週、国家交流で6将魔法士と出会っている。まあ、いろいろと事情は省くがキリアは6将魔法士が神話魔法を使おうとした瞬間を目撃している」

 

 とはいっても詠唱しようとしている姿だけ。

 他は詠み終わった優斗が神話魔法を待機させている状態のみだが、言わなくてもいいだろう。

 

「だから神話魔法を見たことがある者にとっては不思議だ。6将魔法士ですら多大な集中など必要ないのに、どうして大魔法士は必要なのか、ということをな」

 

「で、でも、キリアさんは神話魔法について教えてあげたら納得してましたのよ!?」

 

「納得したのではなく呆れただけだろう。神話魔法の話を聞いただけであり、しかも教科書の上でしか知らない者が実際に見た者に対して講釈を垂れているのだからな」

 

 しかも自慢げに言うものだから、正すのもアホらしいというものだろう。

 

「6将魔法士と比べても仕方ないのではないかね? 大魔法士はそうである、というだけじゃないかね?」

 

 また生徒会長が茶々を入れる。

 けれど、思わずアリーもレイナも笑った。

 笑いが収まりかけていたリルも再び笑い出す。

 

「さ、さっきから何が可笑しいのかね!?」

 

 怒鳴る生徒会長。

 しかしアリー達は笑いすぎて出てきた涙を拭う。

 

「いや~、笑わせてもらうわ」

 

「本当ですわね」

 

「堪えるのもかなり大変だな」

 

 良いコントだ。

 一しきり笑ったあと、アリーは深呼吸をして笑いを収める。

 

「ではさらに訊きましょうか」

 

 全員を見回す。

 

「1000年以上現れなかった大魔法士ですが、その『名』にまず必要なものは何か分かりますか?」

 

 基本中の基本。

 この質問にガイルが堂々と答える。

 

「実力だろう? 俺のような強さを持った」

 

 リルがまた笑う。

 冗談もここまで来ると勘弁してほしい。

 笑いすぎて息が出来ない。

 と、軽い呼吸困難のリルを傍目に書記が答えた。

 

「あの……パラケルススの契約者ですの」

 

 副会長と会計も頷く。

 アリーは彼女達が知っていて少し安堵した。

 

「その通りですわ。誰もが認める大魔法士というのは前提条件として精霊の主、パラケルススの『契約者』であるということです」

 

 まあ、一般常識だ。

 

「では『契約者』というのがどういうものか、知っていますか?」

 

 再びの問いかけ。

 けれど分かるわけがない。

 大魔法士であるはずのガイルから何も教えてもらっていないのだから。

 

「か、彼に訊けば分かるのでは?」

 

 書記が恐る恐る発言する。

 

「いえ、役員の皆さんはすでに聞いていますわ。彼が『契約者』ではない理由を」

 

「――ッ!?」

 

 相手側五人全員が驚く。

 

「この中で精霊術に詳しい者はいますか?」

 

「……あの、わたくしは一応囓っていますの」

 

 書記が手を挙げた。

 キリアが多少は精霊術を使えるために自分も使えるようになろうと思って勉強をした。

 

「では大精霊を召喚するのに必要なのは?」

 

「詠唱です。呼び寄せるためには大精霊から詠唱が必要となります」

 

「正解ですわ。ならば以上のことを踏まえた上で聞いてください」

 

 言い聞かせるようにアリーは役員を見据える。

 

「『契約者』というのは常識外の存在ですわ。パラケルスス以外の大精霊なら詠唱せずとも呼べる。彼らの名を紡がずとも軽々と呼べる。本当にふざけた存在ですわ」

 

 つまりこの事実が“ガイルが大魔法士である”ということを否定することになる。

 

「先ほどわたくしが訊いたことを覚えていますか? わたくしはこう問いました。『神話魔法でも大精霊でもよろしいので、使っていただけませんか?』と。それに対して彼の答えは、皆さんも知る通りですわね」

 

 かなりの集中が必要だと言っていた。

 

「少なくとも大精霊は軽々と呼べるはずの『契約者』がどうして、かなりの集中が必要などと仰るのでしょうか? 理由は明白ですわね。彼が『契約者』ではないからですわ」

 

 アリーの断言。

 思わず納得する役員三人だったが、彼らの様子を見て生徒会長が噛み付いた。

 

「アリシア様。私とて現在に至るまでマティス以外の『契約者』が存在していないことなど存じているのだがね。さらに『契約者』がどういう存在かという文献はほとんどない。冗談もほどほどにしてほしいものだね」

 

 まるで論破したかのようにドヤ顔をする生徒会長。

 けれどそれで、やっと判断できた。

 生徒会長はガイルを大魔法士などと思っていない。

 焦って言葉が出たのだろう。

『マティス以外の契約者が存在しない』と言ってくれた。

 やっと呼吸困難から立ち直ったリルがニヤリとする。

 

「冗談ね……」

 

「言いたくなる気持ちは分かるがな」

 

 レイナもその点に関しては同情してあげる。

 だが黒い笑みを零して頷きあった。

 さあ、仕上げの時間。

 

「では、そもそもの発端について話しましょうか。大魔法士という噂について」

 

「……どういうことかね?」

 

 尋ねる生徒会長に対し、アリーは無視して役員三人に視線を向ける。

 

「皆さんはすでにガイルさんが大魔法士ではないこと、理解できていますわね?」

 

「……えっと……その……はい」

 

 困惑している様子ではあったが、間違いなく三人は頷いた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺は周りからも噂されている大魔法士であって――」

 

「貴様は少し黙っていろ」

 

 レイナが睨み付ける。

 

「…………っ……」

 

 それだけでガイルが黙った。

 あまりにも弱すぎるが、一瞬で負けたことを思い出したのだろう。

 アリーは気を取り直して続ける。

 

「ではどうして『大魔法士』の噂があるのだと思いますか?」

 

「この人が触れ回ったからでは?」

 

 書記の発言。

 けれどアリーは首を横に振る。

 

「いえ、この方はおそらく『大魔法士』の噂を自分のものだと勘違いしたお馬鹿さんなだけですわ」

 

 さらには虚言癖と妄言癖がある厄介な男。

 

「話を戻しますが、つまりは『大魔法士』と呼ぶに値する方がいるというわけです」

 

 本物がいる、という事実が漏れたから噂になったということ。

 思わず色めき立つ三人だが、リルが釘を刺した。

 

「これからアリーが言うことは箝口令が敷かれてることよ。でも言わなければならない、ということはあんた達がしでかしたことの大きさと酷さを自覚しなさい」

 

 抉るような直球の発言。

 三人がすぐに落ち込む。

 

「リル様。こいつらは騙されただけでは?」

 

 一応、レイナが確認を取る。

 状況を見ている限りだとそうだ。

 

「レイナ、甘いわよ。言いたくないけど、馬鹿が勢揃いって感じ。考え無しに『大魔法士の弟子』とか言って生徒会役員になってるんだもの。そんなくだらない武装するくらいなら実力で役職を勝ち取ってみろって話じゃない」

 

 正当すぎるリルに彼らは返す言葉もない。

 アリーは苦笑する。

 

「問い詰めるのは後々にしましょう」

 

 今からやることではない。

 とはいえ、甘やかすつもりもないが。

 

「さて、『大魔法士』と呼ぶに値する方が噂になって民衆へと流れてたのですが、普通に考えたら王族であるわたくしが知っている、と皆さんは思わなかったのですか? 先ほどレイナさんが問いかけた神話魔法についてもそうですが、仮にも『大魔法士』のことなのに」

 

「…………」

 

 疑問に対して、三人は無言。

 

「思わなかったみたいですわね」

 

 彼らは自分達しか知らないことだ、と自慢して振る舞っていた。

『大魔法士』という名が噂として流れたのなら、真偽くらいは国が確かめていると思えるはずだが。

 まあ、馬鹿なのだろう。

 目の前の餌に食い付いて常識すらも忘れている。

 

「はっきりと申しますわ。『大魔法士』は存在しリライトにいます。これはリライトだけが言っているのではなく各国の王族が納得している本物の『大魔法士』です。そして各国が認めたということは、間違いなく世界で重要な人物であるということ」

 

 目の前にいる自称とは違う。

 

「だからこそ貴方達が演説で発言した『大魔法士の弟子』というのは、学院だけの問題では済まないことを自覚しなさい」

 

 叱りつけるアリー。

 三人がさらに縮こまった。

 

「本来ならば貴方達が演説を行った時点で大魔法士の弟子なのか判断が付くのですが、不幸にも彼は先週行われた国家交流に向かっていました。無論、貴方達が弟子というのは嘘だと思っていましたが、本人に確認が取れなかったので今日まで問題が長引いたわけですわ」

 

 タイミング的には最悪だった。

 すると生徒会長が矛盾を見つけたとばかりに、

 

「ならばどうしてリライトは民衆に大魔法士を隠したりするのかね?」

 

 意気揚々と突っついてきた。

 書記も疑問が浮かぶ。

 

「それに国家交流って学生と騎士が行ったはずですのよ」

 

 2年とキリア、それに近衛騎士が2人だったと書記は認識している。

 けれどアリーは微塵も動揺しない。

 

「『大魔法士』はわたくしのクラスメートです。民衆に広めないのは彼を学生として過ごさせたい、という父様の意思によるものです」

 

 そして合図。

 

「ということでご紹介させていただきますわ」

 

 袖から最後の一人が現れる。

 出てきた彼は、軽い感じでアリーに話しかけた。

 

「外野から見てると面白かったよ」

 

「内野からでも面白かったですわ」

 

 二人して苦笑。

 アリーは右手の平で優斗を指し示す。

 

「彼が世界から認められている本物の『大魔法士』。ユウト=フィーア=ミヤガワです」

 

 紹介した瞬間、生徒会長とガイルが笑う。

 

「こんな学生が大魔法士!? 先ほども言ったが冗談もほどほどにしたほうがいいと思うがね!」

 

「こんな子供が大魔法士なわけないだろ。やっぱり俺が大魔法士なんだって」

 

 笑い声が壇上に響く。

 しかし気にする様子なくアリーは一言。

 

「お願いしますわ」

 

「了解」

 

 頷いた優斗は軽く左手を振るう。

 同時、背後に八体の大精霊が現れた。

 お手軽気軽に召喚。

 まさしくありえなくて、常識外。

 

「こんな感じでいい? お望みとあらば神話魔法でもパラケルススでも何でもやるけど」

 

「いえ、十分ですわ」

 

 現に優斗とアリー、リル、レイナ以外は学長ですらも言葉を失っている。

 ガイルと生徒会長達は精霊術を知らずとも圧倒されて腰すら抜かしていた。

 

「…………」

 

 呆気にとられている五人に対して、アリーは目の前にあるのが事実だと言わんばかりに告げた。

 

「これが『大魔法士』というものですわ」

 

 信じられないようなことを平然と行う。

 だからこその『大魔法士』だ。

 

「ガイル、と言いましたわね。まだ貴方は己が大魔法士なのだと偽れますか?」

 

 アリーが問いかけるも反応はない。

 嘆息して次の人物に問う。

 

「生徒会長? 冗談みたいな存在だからこその『大魔法士』ですわ。貴方程度の常識に囚われる方ではありません」

 

 声に反応したのか視線が合う。

 

「本物を知っているわたくし達に対してよくもまあ、あれほど堂々と嘘を言えたものです」

 

「なっ!?」

 

「貴方は『大魔法士』を悪用し、生徒会選挙を勝ち抜こうとしましたわ。相応の覚悟はできているのでしょう?」

 

「ち、違うのだね! 私も彼に騙された!」

 

「嘘を言うものではありませんわ。貴方は彼が自称大魔法士ということを知って利用した。そうなのでしょう?」

 

「違う!!」

 

「もともと、大魔法士など噂で冗談だと思っていた貴方は、嘘をついたところで誰も気づけないと思っていた。違いますか?」

 

「ちが――」

 

「そして自分が扱いやすい手駒を大魔法士の弟子にして、生徒会を思うように動かそうとした」

 

「ち――」

 

「残念ですが、貴方は人の上に立つ器ではありませんわね」

 

 冷たい視線を送るアリー。

 それはまさしく、大国リライトの王女としての眼光。

 

「……が……う……」

 

 心の奥底まで見透かされるようで、思わず言葉が出なくなった生徒会長。

 アリーは続いて役員に言う。

 

「貴方達三人は騙された立場。こちらとしてもこれ以上、強く言おうとは思いませんわ」

 

 ただ、生徒会は降りてもらうことになるとは思う。

 

「いいの? 一応は不敬罪にできるわよ。王女の立場としていたアリーを嘲笑したりしたんだから」

 

「別にいいですわ。王女としてもいる、といったので学生でもあります」

 

 この程度で罪とか言うつもりはない。

 

「アリー、そろそろ大精霊を還してもいい?」

 

「ええ。ありがとうございますわ」

 

 謝辞を述べると同時、大精霊が消えていく。

 

「あとは先生方とレイナさんにお任せしますわ。さすがにこれ以上は介入できませんし」

 

「仕方ないが、これも前生徒会長の役目か」

 

「ですわね」

 

 アリーが苦笑する。

 すると書記が優斗に話しかけた。

 

「あ、あの」

 

「なに?」

 

「貴方が本物であるなら、わたくしを弟子にしてほしいのですが……」

 

 彼女に同意するように、副会長も会計も同じことを言ってきた。

 優斗は嘆息。

 

「君達を弟子にして、僕に何の利点があるの?」

 

 ただ面倒なだけ。

 

「無駄にプライドが高い。降って沸いた偽物のステータスで役職を得て他人を見下す。育てる価値もないし、面倒を見ようという気にもならない」

 

 利点など一つもない。

 手間しか増えない。

 

「で、でも大魔法士であるなら――」

 

「あのね、『大魔法士』って聖人君子じゃないし便利道具じゃない。どんな奴でも弟子にするとかありえないから」

 

 ホント、こんなのに敵視される彼女は可哀想だ。

 

「キリアを見習えよ」

 

「なっ!?」

 

「キリアも無駄にプライド高いし調子乗るし猪突猛進型の馬鹿だけど、君達みたいに邪気はないし向上心は人一倍。負ければ素直に受け入れる。そして何よりも自分自身の力で前に進もうとしてる。弟子にしたいと思えるのはこういう人物」

 

 つまりは、

 

「ガイル、だったっけ。君達はこいつがお似合いじゃない? そこそこ実力はあるみたいだし」

 

 じゃあね、と彼らに手を振って優斗は踵を返す。

 反論も意見も何もなかった。

 アリーもリルも優斗に続く。

 

「ユウト、トドメ刺したわね」

 

「自分から刺されに来たんだから、やってあげないと」

 

「的確に相手を抉ってましたわね。ユウトさんを見ているとわたくしの真似も、まだまだだと実感しますわ。これでも大魔法士の従妹ですのに」

 

「あんたがやってるのは大魔法士のユウトの真似っていうより、魔王のユウトの真似よ」

 

「……誰が魔王だって?」

 

「ユウトに決まってるじゃない」

 

 キレたら“恐怖”そのものみたいな存在になるくせに。

 

「ではわたくしは従妹として、魔王のユウトさんを真似するべきでしたわね」

 

「そんな王女、嫌だから」

 

 自分みたいな王女なんて見たくない。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 とはいっても、すぐに帰れるわけもなかった。

 素直に下校時間で帰れたのはリルだけで、意気揚々と講堂を出て行った優斗もアリーもレイナと共に後始末をすることになった。

 ガイルは未だに自分を大魔法士と言い張っていたので、信頼ある近衛騎士のビスに引き渡す。

 役員達も処分が検討されている。

 優斗は大魔法士本人だから学院側に改めて事情説明。

 アリーも説明のフォロー。

 レイナはレイナで先生の了解を得て役員選挙の次点に話をつけていた。

 それが全て終わったのが八時過ぎ。

 優斗はアリーを王城へと送り、レイナとも途中で別れる。

 少し歩いてようやく家に帰ってこれた。

 

「今日は長かったな」

 

 久々の学院だったのに。

 門を抜け、家に入る。

 玄関に駆け寄ってくる足音が聞こえた。

 

「……お、おかえりなさい……なの」

 

 愛奈が迎えに来る。

 思わず笑みが零れた。

 疲れが癒やされる。

 

「ただいま、愛奈」

 

「えっと……おにーちゃんにあいたいってひと……いるの」

 

「ありがとう、教えてくれて」

 

 頭を撫でながら二人して広間に向かう。

 いつものメンバー以外で誰か来ているのだろうか。

 と、ソファーに視線を送るとそこにいたのは、

 

「……ラグ?」

 

 ココの婚姻相手、ラグがいた。

 隣を見れば彼女も一緒に座っている。

 

「ユウト様、弟子の件はいったいどうなったのだ!? 先ほど解決したと聞いたが、ココから詳しくはユウト様から、と言われたのだ!」

 

「……まず何でラグが知ってるの?」

 

「ココの手紙で知らされた!」

 

「何でいるの?」

 

「大魔法士の弟子などと聞いて、黙っているわけにはいかないだろう!!」

 

 優斗はそれを聞くと愛奈をエリスに渡す。

 そしてココに近付いて、両の拳で頭をぐりぐり。

 

「ちょっ、ユウ! 痛い痛い! 痛いです!」

 

「余計なことを余計な奴に言うな! このアンポンタン!」

 

 世界で一番言ってはいけない国の人間だ。

 大きくため息をつく。

 まさか最後の最後に、盛大に疲れることになろうとは。

 少しはゆっくりさせてほしい。

 

「ユ、ユウ! なんか強くなってる! 痛さ増してる! 力入ってきてます!!」

 

「ユウト様、早く説明してくれ!」

 

 腕をタップするココと、話を急かすラグ。

 端から見ていた愛奈がエリスに尋ねる。

 

「……おにーちゃんたち、あそんでるの?」

 

「見てて面白いから、きっと遊んでるのよ」

 

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